前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

政府の施策「GoToキャンペーン」が物議を醸している。

コロナ感染者が増える中、7月22日の旅行から対象となるこの施策、1泊につき一人最大20,000円の補助(内14,000円が実質補助、6,000円はクーポン券など)が出ると聞いたら、そりゃ、行くでしょ!
でも、感染者の多い東京の人は来ないで!と言われている現実を思うと、複雑な気持ちになる。

最初は歌舞伎町や夜の街関連から感染者が出たと言われていたものの、今や感染経路不明者も多数、家族感染もありで、市中感染が広まったといっても過言ではないだろう。

結局ウイルスは何をしても無くならないのだから、これ以上自粛をしてもあまり意味がない気もするが、高齢者や体力のない人にとっては脅威なことを思うと、そこの手当に尽力したほうが良いと個人的には思う。

体力のある若者に遊ぶなと言ってもそれはムリな話だ。
自分達が高齢になって重症化して初めて分かることだからだ。

政府はGoToキャンペーンを撤回する気はない様子。
アノベマスクもそうだが、一旦出した手をひっこめるわけにはいかないだろうし、地域を限定したとしても、意図的にそれを利用する輩も必ず現れるのだから、細かい網を張っても労力と時間と経費のムダだろう。

きちんと自分の頭で考えて、今は行くべきではないと判断すれば行かなければ良いし、今すぐ行かなくてもキャンペーンは来年の3月まで(予定)対象のようだし、状況を見て判断するしかないだろう。

どんな施策でも笑う者もいれば、泣く者もいる。それが良いとは言わないが、そこをどう工夫し、乗り切っていくのか?それに文句を言うだけなら誰にでも出来る。

自分なりに考え、行動に移すこと、それが何より大切なことだ。

タワマンを買うのは「東京を知らない地方の人たち」は本当か?を読んで、だよね~と思った。

タワーマンションに住んでいると言うと、一見セレブ感が漂うが、何が良いのか個人的には理解不能だ。

以前タワマンに住む友人宅(高層階)を訪れたことがあるが、確かに眺めは良いし、角部屋だったのでベランドも広く、窓も大きいから解放感もあって、良いね~と思ったが、ものの1時間もいたら、正直飽きた。

暑いからと窓を開けると強風凄まじいし、モノレールが走る近くのタワマンだったから、その音も結構強烈だった。
人聞きも良いし、見栄えもするが、長年住み続ける所ではないな~というのが正直な感想だ。

賃料目当ての不動産投資ならお得感はあるかもしれないが、長い目で見た場合、それとてたいした収益にはならないのでは?とも思う。

マンションの耐久性はせいぜい30年ほどだ。そのために億単位の部屋を購入したとて、そこに土地は付いてこない。マンションが老朽化したら、管理費も高くなるし、未来においてメリットはほとんどない。

昨今は、川端や海端に高層マンションを建てる傾向にあるため、海風も強く潮風で老朽化も早い。
そんなポンコツ物件を高いお金を払って買いたいとは思わない。

そこに住む人達が見栄っ張りの田舎者だらけかどうかは不明だが、長年東京に住み、その土地柄を知っていれば、まず買うことはないだろう。

「知らぬが仏」とは、まさにこのことか!?

コロナウイルスの感染拡大が留まるどころか、日々増加の一途だ。
特に東京都では感染者が右肩上がり(今日は下がったが)で、東京都だけ緊急事態宣言を出すべきだと言われる始末。

東京都は日本の人口の10分の1がいるのだから、感染者が増えるのは必然だし、近県から300万人程が通勤、通学で毎日上京するのだから、これまた感染者増加は必至だ。
それなのに「東京問題」などと揶揄される始末。

こんな最中にありながら、国交省の施策であるGo Toキャンペーンが7月中旬から前倒しで適用される。
旅行、観光、航空、鉄道業界にしてみれば、ゴールデンウイークでの観光客の当てが外れたうえに、夏休みまでこの状況が続けば、間違いなく倒産することになる。
並々ならぬ陳情が国交省にあったことは容易に想像がつく。

旅行する者にとっては、1泊20,000円の補助が出るのであれば、喜んで行きたいと思う。
殊に首都圏の人達の旅行者数はけた違いだろう。それなのに、東京の人は来るな!と言われても…。

国は東京問題と言い、都は国の問題と言う。

だが、コロナに感染すること自体は悪ではないし、生きている限り動かないわけにはいかない現実を思うと、感染した時に行動履歴を話せない、つまりは人に言えないような行動をしているところに闇を感じる。

周囲の動向を把握し、自分の頭で考え行動、予防、免疫力をアップする生活を送る、それが出来ないことがそもそもの問題なのだ。

国のエライ人達は誰かのせいにしたがるが、そもそもこれは個人の問題なのだ。

田舎の老人ホームに「80代の母親」を入れたら大後悔した息子の悲劇を読んで誰しも介護に迷っているんだなと思わされた。

以前何かの記事にあったが、人類は人類史上子育てはずっとしてきたけど、親の介護の期間はほぼないか、短いものだった。だから、介護を放置する者が多いし、そもそも人間の遺伝子に介護というDNAはない、と書かれていたことに妙に腑に落ちた。

現代のように100歳まで生きる有様は、これまでなかったことだ。
だからこそ、その対応に誰しも困るし迷うのだ。

子供は育てれば日々成長していくが、高齢者は心身共に衰退の一途を辿るばかりだ。
私も親の介護を始めてかれこれ15年ほど経つ。

その間に父は亡くなり、今は縦のモノを横にも動かさなくった、昔は母、今はお嬢様のお世話にかかりっきりだ。

身体能力も日々衰えていくので、デイサービスに通わせたり、訪問マッサージに来てもらったり、夜は寝るまで様子を見つつ…という毎日だ。

とはいえ、私もフルで仕事をしているので、100%介護が出来ているわけではないが、却ってそのほうが良いと思っている。
もし、介護100%になってしまったら、今度は私が潰れてしまうだろうと想像出来るからだ。

幸いなことに、目は離せない状況ではあるものの、母は自力歩行も食事も出来るので、それだけで充分ありがたいと思っている。日々食も細くなっているので、具合の悪い日の方が多くなってはいるが、それでも、何とか過ごさせてもらっている。

身体能力の衰退もさることながら、精神も子供に還っていくので、あれがイヤ、これがイヤとわがままを言っては困らせられることもあるが、そこで怒りに負けると後で自分が情けなくなるので、何とかそれを笑いに転換できるよう、精進の日々だ。

子育ては親が育てられるというが、介護は子供が育てられる、とも言える。
いずれにせよ、人類史上初めての介護の日々なのだから、手探りで最善を尽くし、自身で出来たことに後悔しない、自分を責めないことが大切だろう。

私も他人から見たら足りないことがたくさんあるかもしれないが、自分が出来る限りのことはしているので、そういう意味でいつ何があっても驚かないし、後悔はない。

子育てに正解がないように、介護にも正解はないのだ。

人間いつかは肉体から離れなければならない。
その日がいつ訪れても良いように、出来る限りのベストを尽くす、それに尽きるだろう。

免疫学の第一人者が教える「コロナ対策の黄金習慣ベスト5」は納得!

コロナウイルスが収束する見通しはなくなってきた。
特効薬もないし、ワクチンもない。
治療方法も人によって千差万別だ。

そうなると、あとは自身の免疫力頼みとなる。
こればかりはどんなにお金を積んでも手に入るものではない。

自身の身体のことでありながら、自分の思う通りにはならないし、コントロールも出来ない。
唯一私達が出来ることは、規則正しい生活、つまりは人間が人間として正しく日々を生きることが最も大切だということが分かる。

下記の5項目が先の記事で提示されているものだが、どれもこれも、昔から日本人が知らずに習慣としていたものばかりだろう。

(1)食生活
(2)腸内環境
(3)ストレス対策
(4)体温を上げる
(5)適度な運動

今の日本は世界中の食べ物が手に入るが、昔は和食中心、味噌汁や漬物といった発酵食品と米食がメインだった。まずはこれだけですでに(1)(2)がクリアーされる。

交通機関が発達していない頃はひたすら歩くしかなかったから、これで(5)がクリアー。

現代のように多岐に亘る遊戯場もない頃は、家族で山登りをしたり、海や川などで遊んだりと、自然が遊び相手だった頃は、知らないうちに自然から癒され、ストレスも緩和していただろう。
昔は情報が入手しづらく、詳細が分からないから、細かいことをいちいち気にすることもなかったから、考えすぎることも今よりは少なかっただろう。ということで(3)もクリアー。

(4)は栄養バランスの良い食事と適度な運動が相まって、これまたクリアーだ。

ということで、日本人は昔ながらの生活習慣を踏襲すれば、自然と免疫力を獲得できる、というわけだ。

1日中ゲームをしたり、毎晩飲み歩いたり、昼まで寝たりと、自然の生き物にとって決して良いとは言えない生活習慣を改めれば、自然と免疫力は高まる、というわけだ。

日の出と同時に起き、日の入りと同時に寝る。
なんともシンプルな生き方が、一番の特効薬なのだろう。

ここ数年はネットニュースで世間のことを知ることが多い。
その中で疑問に思うのは、芸能人の私生活を切り売りしている記事だ。

主にSNSに公開された芸能人の私生活をネタにしているのだが、スキャンダルネタを含め、正直なところ、彼らの私生活などどうでも良い。

いや、それ以前に、芸能人は「芸」を売ることが商売のはずなのに、今や芸事ではなく、私生活を披露することが商売になっていることに疑問を感じる。

日本には伝統芸能を始め、音楽、舞踊、演奏、演技等々、一流の芸を鑑賞することは、心身の栄養となる。
それらを「芸」と言うはずなのだが、最近は「芸」のない芸能人が多すぎる。

素行が悪くしばらく活動を自粛していたママタレントが復帰か?と報道された直後に、芸能界引退という記事が出た。
彼女を含め、ママタレと言われる人達って、いったい何の芸があるのだろう?

そのほとんどがアイドルやモデルから芸能界の仕事をするようになったのだろうが、若いうちなら芸なしでも微笑ましいが、歳を重ねても私生活を切り売りするしかない人を芸能人というのはやはり違和感しかない。

ネットニュースの見出しに芸能人の弁当や料理がどうのとか、そういうのがトップにあるあたり、日本はやっぱり平和ボケだと言わざるを得ない。

それで金儲けをしているのだろうが、当の本人は恥ずかしくないのだろうか?
私生活が商品というならそれまでだが…。

いずれにしても、このコロナ禍を機に、芸能人の在り方も見直すべきだろう。

今日の東京都でのコロナ感染者は200人を超えた。
新宿区のホストクラブ等を中心に、1日3000人ほどの検査をした結果だそうだ。

新宿区歌舞伎町での感染が拡大していることから、夜の街は客足が減り、飲食業や風俗業は悲鳴をあげている。

店側も感染対策として都が推進する3密回避や消毒等を実施してはいるものの、狭い店舗で数人集まれば必然的に密になるし、黙って呑むなんてことはまずあり得ないし、酒が入れば気も大きくなって、コロナなんてどこ吹く風、といった感じになり、店側がどんなに対策を講じても大した効果は見込めないだろう。

狭い店舗に高い家賃を払い、維持費のために働いているような店の経営というのはどうなのだろう?
そこに固執する意義があるのだろうか?もちろん、それまでになるには並大抵の努力ではなかっただろうし、せっかく手にした店を手放すのは惜しいだろう。

だが、今後もコロナは無くならないのだ。
それならば、一刻も早く次の段階に目を向けるべきだろう。

地方では、中小企業や職人の継承者がおらず困っているとの特集番組を観た。
決してたやすい仕事ではないし、それを継承するには、これまで以上の忍耐と努力が必要となるが、適性が叶い、それを継承することが出来たならば、新たな道が拓けることは間違いないのだ。

方や風前の灯火にしがみつき、方や継承者がいないことで風前の灯火になろうとしている現実を思うと、自分がしがみついたものが本当に必要なものなのか?

今一度立ち止り、広い視野で未来を見据えることが大切だと感じた。

新宿区民でコロナウイルス感染者に見舞金として10万円を支給する(1,000人迄)というニュースが物議を醸している。

中には入院したり、隔離生活を余儀なくされたことで、生活に困窮している者もいるだろう。
だが、それを悪用し、それならばと意図的に感染して10万円をせしめようとする輩もいるそうだ。

インタビューに答えていたある新宿区民の男性は「ラッキー!」と宣っていた。
仕事はテレワークで昼間は家にいて、夜はクラブに行ってるから、感染するだろうと、感染しても別に…という感じのことを答えていた。家族に感染させたら?という質問にも、そうなったらそうなった時のことです的な回答にも、呆れるしかない。

個人的に感染し見舞金10万円もらえたらラッキー!自分一人が医療機関に入っても大したことないでしょ、という超自己中思考。人として終わっている。

コロナウイルスはこれまでのウイルスと違って日々変異し、強毒化していることや、感染者の免疫細胞を破壊したり、最終的に呼吸困難に陥り死に至る、無症状期間があったとしても、時を経てまた猛威をふるうことなど、この男性は知りもしないのだろう。

物事を調べ、正しく恐れ、手を打つという思考が出来ない人間にしてみれば、見舞金もらえてラッキー!くらいにしか考えられないのだろう。

10万円の見舞金をもらって、一生を棒に振ることなど、先の男性は想像もつかないのだろう。

九州の豪雨は「これまでこんなことは一度もなかった」と、被災した住民が口々に言うほどだ。

線状降水帯は同じ場所で長く豪雨をもたらす。
そんな状況で避難など出来るはずもなく、ただただ成り行きを見守るしかない。

河川の氾濫、土砂崩れと次々と自然は崩壊へと向かうばかりで、それまで平和に暮らしていた人間は成すすべもない。

よく「ご先祖様から受け継いだ土地だから」という言葉を耳にすることがある。
そこで生まれ育ち、その土地から離れたこともないし、先祖の供養もせねばならなければ、確かにそこから出るという選択肢はないのだろう。

だが、ここ数年毎年のように豪雨に見舞われていると、土地は削られ、氾濫した泥水で全てが破壊され流されてしまうのだ。

東日本大震災の津波の時もそうだったが、ほんの数メートル高い場所にあった家は被害を受けずに済んでおり、海岸線上にあった家はものの見事に何キロにも亘って流されてしまっていた。

その惨状を目にした時、人間がどんなに大切に守っていたとしても、自然の働きには抗えないし、無常の風は容赦なく吹くものだと痛感した。

大切なものを守る気持ちは尊いが、それらを守る自身の命がなければ話にならない。
温暖化が進む限り、これからも自然災害は更に激しさを増すだろう。

コロナ禍でこれまでの生活様式を改めねばならぬ中、更にその次のことも考えなくてはならない現実を突きつけられているのだ。

多くのものを失くした悲しみは尽きないが、生きている限り前進するしかないのだ。
これまでと同じ生活は送れないのだ、と腹をくくり、次を見据え行動することが何よりも大切だ。

COVID-19の東京での感染が止まらない。
緊急事態宣言を解除すれば人出があるわけで、否が応でも感染が拡大するのは必至だ。

東京に隣り合う神奈川、埼玉、千葉は、東京から感染がもたらされていると嫌悪感を現しているようだが、おいおい!それは違うだろ!!
そもそも、東京に通勤する人がいるからこうなるんだろう!!と声を大にして言いたい。

夜の盛り場で奇声を上げ、終電に乗り遅れて暴れる人って、ほとんど東京の人じゃないよね。
自分の街にだってホストクラブもキャバクラもソープランドもあるだろうに、仕事帰りに新宿や池袋等で遊んでるのもそうだよね。

東京に職場があるから、1日24時間しかないのに、毎日数時間もかけて通勤し、挙句の果てに東京で遊んで感染したとか、どの口が言う!!!

東京由来というよりは、地方からわざわざ東京に来て濃厚接触するような遊びをして感染し、地元でまき散らした由来と言って欲しいものだ。

そしてテレワーク出来る企業はこれをぜひとも続行して欲しい。

まったくと言っていいほど報道されないが、通勤電車が感染源のひとつであることは、誰もが思いながら目を反らしている現実を、政治家やエライ人たちはどう思っているのだろうか?

未知の細菌やウイルスも…永久凍土の融解で地球が危ない!を読んだ。

ここ数年で地球温暖化は加速し、毎年のように大雨、大型台風が襲来している。
1日100ミリの雨が降り続けただけで河は氾濫し、街は水に流され沈むのだ。

こうなった原因は、取りも直さず人間の日常にあるから、自然に文句を言うのはお門違いだ。
そうなることを見越して、地球温暖化を止める働きをする者もいる一方で、おかまいなしに二酸化炭素等を垂れ流す者もいる。

人間にはいろんなタイプがいて、それが家族であれば逃げようのない関係性に否が応でも向き合わなければならないが、赤の他人であればその場限りで済まされる。

とはいえ、地球という星そのものがひとつの家族と考えると、現実に起きている自然破壊が、近い未来において自分達のクビを締めることに繋がることを、理解出来ない人達に伝える必要がある。そういう意味で、赤の他人だからと、知らん顔して済む話ではないのだ。

現在は未知のコロナウイルスと闘っている最中であるのに、地球温暖化による永久凍土の溶解で更なる未知のウイルスや細菌が出現したら、この地球はいったいどうなるのだろう。

人類だけが生き残れれば良いという問題ではないのだ。
人類以外の生物が生きられないようなことになれば、間違いなく人類も滅んでいくことになる。

その日の食事にありつけるかどうか、生きるか死ぬかといった瀬戸際にいる者に対して、地球温暖化がどうの、二酸化炭素がどうのと言ってもまずもって伝わらないだろう。

今できることは、事の真相がわかる者達が解決の道へ向けて進むしかないのだ。
そうでなければ、日本の、世界の、いや地球の未来は生物のいない世界となってしまうだろう。

熊本では線状降水帯の停滞により球磨川が氾濫しており、数十年に一度と言われる降水に見舞われている。

数年前から世界各地で大雨が降り続いているのは、取りも直さず温暖化のせいだ。
地球の温度が高くなれば、海の水が蒸発し、それが雲となり雨を降らせる。その量が多くなれば台風やハリケーンとなり、猛威をふるうことになる。

中国では大昔から風水を利用した街作りをしており、土地には龍が住み着くと考えられている。
その一つに、長江から約6300kmにあるタンラ山脈まで中国最大の龍脈が流れており、これが中国繁栄の礎となっていると信じられている。

にも拘わらず、中国政府は龍脈の背中の部分に当たる場所に三峡ダムを1994年に作った。つまりは、龍脈の背を断ち切った、ということだ。

その後中国は四川大地震、コロナ発祥、今回の大洪水等々、次々と災難を生んでいる。これは、龍脈を切断したことが原因だと言われている。

そして、最終的には大雨で三峡ダム自体も決壊し始めているそうで、日本ではまったくといって良いほど報道されないが、ダム下流の村や街には既に水が溢れ、決壊状況によっては上海まで水没すると言われており、その被災者は6億人規模に達するそうだ。

あれだけ広大な領土を有していながら、世界中を我が手中にしようとする中国の政策は、自らの強欲により破壊寸前だ。

今や風水も儒教の教えも吹っ飛んだ感のある中国、行きつく先はどこなのだろう。

東京都では本日124人のコロナウイルス感染者が出たと報道された。
そのうち7割が若年層であり、そのほとんどが無症状だそうだ。

テレビのインタビューに答える若者が「感染が怖かったら外に出なきゃいいんじゃない?」と答えていた。ま、確かに一理ある。

外に出なければ良いかもしれないが、現実問題仕事に行くために外に出る人は多くいるし、外に出なくても、感染したと知らずに家に帰り家族に感染させることもあり、そこに高齢者や病弱な人がいたら、その人の命を奪うことになるかもしれないのだ。

若いうちは症状が出なくても、コロナウイルスは免疫細胞を破壊する力があるそうで、それが体内に残って、宿主が高齢になった時に再び猛威をふるう可能性もあるのだ。
それでも、先のインタビューに答えた若者はヘラヘラ笑っていられるのだろうか。

何が正しい情報かは未知ではあるものの、想像の貧困さえゆえ、他者を思いやれない、自分の未来に災いが起きないと信じている能天気な一部の若者達の未来の行方は如何に!?

他者を大切に出来ない人間は、他者から粗末にされる、それが物事の道理だ。

「エリート家族」が生きがいだった老女の末路を読んだ。

世の中には、いかに自分の夫や子供が優秀かを披歴したがる人がいる。

優秀なダンナをゲット出来たことは、奥さんにとって最大の収穫であり、子供を授かり優秀な人材として育て上げたことも立派な成果だろう。

内助の功として家族を支え、人から羨ましがられる生活を送ることに満足し、他者とは違うという優越感にひたることが奥さんの喜びであれば、それもありだろう。

奥さんがしてきたことは努力の賜物だとは思うが「ダンナや子供のため」という大義は、家族にとっては重荷だったのではないかと感じる。

自己を犠牲にして、家族のために尽くしてきた!という思いが一番にあるから、家族は重たすぎる思いに辟易し、逃げていくのだ。さらには、家族のためだけに生きてきた者は、本当の意味で自身のために生きてないから、家族にその不満をぶつけるのだ。

先の記事に出てきた奥さんは、自分を大切にしてこなかったのだろう。
自身の足で立つことなく、家族というステータスに依存してきた結果なのだ。

いつも不思議に思うのだが、ダンナや子供の自慢話をして自身はむなしくないのだろうか?
家族に尽くしてきた事実はあるとしても、優秀なのはあくまでもダンナや子供であって自分ではないのだ。

家族の自慢話をしてくる人を見るたびに「で、あなたは?あなたは何かあるの?」と聞きたくなるのは私だけだろうか。


タオルでくるまれた乳児、バッグの中に…乳児院の裏門前に置き去りを読んだ。

いつの世にも望まない妊娠をして苦しむ人が後を絶たない。
先の記事で子供を乳児院に置いていったお母さんは、きっと断腸の思いだったことだろう。
自分で産んだ子供を手放さなければならない状況下で、子供がかわいいからこそ、乳児院に委ねたのだろう。

望まぬ妊娠の中には、10代の子も多いと聞く。
興味本位で性行為をしたり、家族に恵まれない心の痛みを男性に求めたり、遊ぶ金欲しさにパパ活したり等々…様々な理由があるだろう。

だが、その結果として望まぬ妊娠をした場合、誰が幸せになるのだろう?
妊娠した当人が愛情に飢えてもがいているのに、我が子を心から愛せるのだろうか?

例え運良くそこで婚姻関係を結べたとしても、元々互いが互いを思いやる愛情を以て結ばれていなければ、育児の家庭で喧嘩が絶えないことは目に見えている。
そんな状況下で生まれた子供が幸せになれるとは思えない。

若い時は周りも見えていないし、人生の経験値もないから、甘い言葉にほだされ、一時のやすらぎを求めて易きに流れやすいものだ。
しかし、安易な人生を選択すれば、そのツケは何十倍にもなって帰ってくる。

周囲より大人びた行為をすることで優越感にひたるような愚かな行為は止めたほうが身のためだ。
若いうちは学ぶべきことが多くある。それをおざなりにし、周囲に反発しても何の得にもならない。

自分が大人になった時、後悔しないで済むよう、与えられた環境で自分を磨くことを忘れてはならないと思う。

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