前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2014年04月

忙しい日には、なぜか予定外の用事が勃発しやすい。
パッツンな予定をこなすため、分刻みくらいの勢いで、やるべきことを消化しているなか、言い方は悪いが、その足を引っ張るような事柄が起きるのだ。

そんな時、カァ~!っと頭に血が上って、イラッと感はMAX!
相手があってのことだと、つい相手に八つ当たりしてしまう。
先方は何の悪気もないから、余計に腹が立つ。
時間が経つと、そんな自分にも嫌気がさし、自己嫌悪に陥る。
そうなると、なぜか多忙の連鎖の歯車は止まらなくなる。

そんな時こそ、カァ~!となりやすい気持ちを、冷静な心で沈み落とし、何ごともなかったかのように涼しい顔を無理してでも装ってみる。
ひとつ余計な用事を済ますと、また元の用事に戻る。
すると、また余計な用事をするハメになる。
その度に、自分の心との闘いだ。

それを何度か繰り返していくと、自然とイヤな連鎖は絶えている。
多忙には多忙を以て制す?なのかもしれない

久米島、久高島、斎場御嶽を巡る旅は無事に終わった。
今回、行きたかったすべてに行くことが出来た。

斎場御嶽の帰り道、立ち寄った喫茶店から、久高島が見えた。
斎場御嶽の拝所からは草木が生い茂り、久高島を眺めることは出来なかったが、なぜかこの喫茶店から見ることが出来た。
最後に、久高島の神様が「気を付けて帰りなさいよぉ~」と送ってくれているように思えた。

いただいたケーキとコーヒーはとてもおいしかった

久高島を望む

琉球王国時代の最高の御嶽であり、世界遺産にもなった斎場御嶽(せーふぁうたき)。
ここからは、最大の聖地である久高島が遥拝できる。
かの時代には男子禁制で、最高神官である聞得大君(きこえのおおきみ)や、位の高い祝女(ノロ)がこの地を管理していた。

現世で、こんなに観光客がウジャウジャ行っていいのだろうか?と思うほどだ。
まだ無料で来れた時(現在は有料)には、もっと物の怪の気配や、何かしらの雰囲気を感じたが、今や観光地化されてしまい、人間が多く立ち入ることで、それらを感じることが出来にくくなっていた。

近い将来男子禁制が再開され、大型バスに乗った観光客が規制されるらしいが、出来ればこれ以上現状が荒らされないで欲しいと思う

斎場御嶽

久高島の北端に、アマミキヨが降り立ったと言われるカベール岬がある。
港から自転車で集落を抜けると、あとはまっすぐの一本道だ。
昼間は良いが、夜は街灯もないから漆黒の闇だろう。

岬に着くと、溶岩が隆起し、波に削られた岩肌がむき出しになっていて、所々に植物群の姿がある。
はるか彼方の昔に、この地にアマミキヨが降り立ったかも…などと瞑想すると、波の音さえも神々しく聞こえてくる。

ただただ打ち寄せる波を見ているだけで心が安らぐ。
いつもこの波のような穏やかな心持でいられたら…と心から思う

久高島4

久高島には、沖縄七御嶽のひとつであり、最大の霊地と言われる「フボー御嶽」がある。
御嶽の入り口には、「何人たりとも立ち入りを禁じます」と書かれた看板がある。
確かに、最大の霊地に、何も知らない私たちが立ち入ることは良いことではない。

御嶽の入り口近くに行くと、突然空気がガラッ!と変わった。
神聖な場所に立ち入った瞬間を肌で感じると共に、例のゾワゾワ感が全身を駆け巡った。

ここから先は「立入禁止」と書かれた看板の前までくると、さらにゾワゾワ感が増した。
そこに膝まづき、この御嶽に来れたことをお礼申していると、御嶽の奥から一陣の風と共に、周囲の木々がさわさわと揺れ始めた。

その後も、そこにいるだけで、全身に心地よいエネルギーを感じるのだ。
御嶽からたくさんのパワーを送っていただいているようにしか思えなかった

明日へつづく。


久高島3

久高島の港周辺には、レンタサイクル屋さんや、お土産屋を兼ねた軽食屋が数件ある。
また、近くには畑があり、島の方が野菜を育てている。
町中には真新しい学校や診療所、役所等もあった。
それらは、港に近い場所に点在しており、住民もその周辺に居を構えている。

島の南半分に、御嶽(うたき)、排ん所(うがんじょ)、殿(とぅん)、井(かー)の聖地が点在している。
それらのいずれも、島の方たちが手厚く管理している。

島のことも、島の神様のことも、詳しくは分からないが、御嶽や、殿と思われる場所では、神様に無事に来れたことをお礼申し上げ、久高島、沖縄の皆さまのことをお守りいただけるよう、祈らせてもらった。

その度に、どこからかさわやかな風が吹いてくる。
私の思いに、久高の神様が答えてくれているように感じた。
その心地よいこと。それだけで、この島が好きになってしまった

明日へつづく。


久高島2

沖縄旅行4日目、以前からずっと行きたかった久高島へ行くことが出来た。
久高島は、琉球の創世神「アマミキヨ」が降り立った場所で、昔から神聖な島として崇められてきた。

数年前の久高島のホームページには、「感じやすい人(霊感)はご遠慮ください」という文言があったほどだ。
都会では感じることの出来ない、神聖なるパワーを感じてみたいとずっと思っていた。
久高島へは今回が3度目のチャレンジだ。3度目の正直?で、無事に島に渡ることが出来た。

私の思いは想像以上で、島に着いた途端、体中がゾワゾワするのだ。
ゾクゾクでも寒気でもなく、何かが体にまとわりつくという、そんなゾワゾワ感だ。
それは、神聖と言われる場所に行くと更に高まる。
何てこと!!でも、ちっとも怖いとは思わなかった。
むしろ、どんどん元気になっていく感じだった。

島でお昼をいただいた後、レンタサイルクを借りて、島を回ることにした。
最初に立ち寄ったレンタサイクル屋さんではもう自転車がなく、近くのお店を紹介された。
そこで借りることにしたら、店のおばあがレンタル料金を安くしてくれた。
これは!幸先いいかも!
そんなことを思いながら、自転車を走らせた

明日へつづく。

久高島1

今日はこれから一便で那覇へ向かいます。
その前に、はての浜で見た海の世界を紹介します。

はての浜は、360度を海に囲まれた砂洲です(ハイサイ!久米島1の写真参照)。
日本でこれだけ広い砂洲があるのは、ここくらいではないでしょうか?
珊瑚が打ち寄せ、細かく砕けて出来上がった砂洲です。

そこでシュノーケルをしました。
海の世界は、魚達が自由自在に泳いでいました。
何のしがらみもなく?思うがままです(魚には魚社会の掟があるのかもしれませんが…)。

人間社会は魚達のように自由に、とはいきませんが、せめて心だけはそうでありたいと思います

海の世界

久米島ラストとなりました。
今日は、午前中は昨日行けなかった観光地に足を延ばし、昼からはスパで、日ごろの疲れを癒してきました。

久米島は、海洋深層水が有名で、そのスパがあるのです。
海水のバブルジェットプールで、体の部位をほぐしていきます。
まあ、何て気持ちいいんだろうねぇ~~。
フットマッサージも受けて、体が軽くなりました。

今回、久米島で強いパワーを感じる場所に行くことが出来ました。
それらは、何百年、何千年という時が創り上げた自然の造形です。
どんなに高価な宝石も見劣りするほどの、雄大さと荘厳さを、そこに居るだけで感じることが出来ます。

言葉はなくとも、その存在がすべてを物語っている。
改めて久米島のすごさとすばらしさを体感しました

自然の造形美

久米島2日目です。

島で食べる食材は、地元の肉や魚、野菜が多く、味も濃い。
食材の味はこういうものが本物なんだろうな、と思う。

だが、食材本来の味や栄養価が高いためか、都会で軟弱な生活をしている私には刺激が強いらしい。
体は正直だ。良い食材を食べると、てきめんにデトックス効果がある。
沖縄にくると、いつも体の大掃除をしてもらうことになる。

食べるだけではなく、海に入ると、これまた体の細胞が喜ぶらしく、体に活力がみなぎるのを感じる。
マリンスポーツを楽しんでもまったく疲れない。むしろ、今までに増して元気になっている。
海との相性が良い、と言ってしまえばそれまでだが、それもまた自分にとって必要なものなのだと思う。

明日もどんな出会いがあるのか、楽しみだ

車海老

本日、久米島にやってきましたぁ~!
久しぶりの沖縄。今回は那覇から一番近い久米島(飛行機で行けるという意味で)です。

5月のさわやかな風が吹き、何て過ごしやすいの~~。
年中こうだといいのにね。

午後からは島内観光しました。
お天気に恵まれたので、無事にいろいろ見て回ることが出来ました。

明日は「はての浜」に行く予定です

機内から見る「はての浜」

今日、いのうえ歌舞伎『蒼の乱』を観た。
劇団新感線の舞台はいつも度胆を抜かれる。今回もどんな展開が待っているのか、楽しみに劇場へ向かった。

私の好きな天海祐希さんが主演だ。天海さんの舞台は、「おのれナポレオン」以来だ。
天海さんの演技は毎度ながら安定している。どんな役にもピタっとハマる。
今回もやっぱり男前。ステキだった。

舞台全体を通して感じたのは、脚本が優れていること、演出がやはり面白かった。
特に照明の使い方が巧妙で、場面場面にしっかりハマっていた。
演者のうまさは言うまでもない。本物の舞台役者の魂こもった演技に引き込まれた。

特に秀逸だったのは、早乙女太一さんの殺陣シーンだ。
これまで見た殺陣の中で一番すごかった。マジで目が離せなかった。
弟の早乙女友貴さんとの一騎打ちシーンは迫力満点!
これだけでも見た甲斐があったというものだ。

休憩含め4時間の長丁場だったが、長い、という感じはしなかった。
物語の世界に引き込まれ、平清盛を彷彿とさせた松山ケンイチさんにも魅了された。

セットも回り舞台でおおがかりだったが、一番スゴイと思ったのは馬だ。
ライオンキングもビックリ!だろうな、と思ったほどだ。

ただ、最後のシーンだけがちょっと残念だな…と思った。
まさに、「風と共に去りぬ」を思い出したからだ。

いずれにしても、本物を観れたことに感謝したい

先日、身内の者が救急搬送され、緊急手術の後はICUで治療してもらい、先日一般病棟に移った。
それは症状の快復を意味するのだが、実情は患者の苦痛や思いを薬でとどめているだけだ。

安静が大事だし、入院中に暴れられたら、医師や看護師はたまったものじゃないだろう。
だが、おとなしくしてもらうために睡眠導入剤を投与しまくるのはいかがなものだろう?
分かってるよ、分かってる、理屈では分かってるけど、その薬のおかげで朦朧とした患者本人を見るのは、やはり辛い。

病院のパンフレットには、「患者様が主役です!」と書いているが、そうだろうか?
どう見ても、病院本位にしか私には見えない。
こうやって患者は人間の尊厳を奪われ、最期を迎えるのだろうか。
そんな無意味な延命に何の意味があるのだろう…。
でも、結局は病院の言いなりにするしかない現実なんだよな

昔は、自宅で最期を迎えることが出来たが、今はそれが許されない。
容体が急変すれば救急車で搬送され、搬送先では最新医療を尽くした処置が行われ、息が止まれば人工呼吸器を使ってでも呼吸をさせる。

体中管を刺され、あらゆる薬や栄養を体に送り、限界の肉体にムチを打つ。
これも、助けたい!という医療の根本原理なのだろうが、人間は最期を迎えることさえも自由にならないのだろうか…。

本人が肉体の声に従い、自然な最期を望んでも、社会がそれを許さない。
尽くす限りの手を尽くさなければ、死ぬことさえも許されないのが今の世の中だ。
もちろん、そんな病人を放置すれば、家族は罪人となってしまう。

世の中には助けたくても、経済的な問題であったり、心に余裕がなかったり、家族間の軋轢などなど、多くの事情を抱えた人たちがいて、そうは出来ない現実がある。

そんな現実は置き去りにされて、「助かる命は助けなければならない」という大義名分だけが独り歩きしているように思う

気になること3のつづき

その後、1年生だった彼女たちは2年生に進級した。
転校したのか?と思っていた、いじめられているであろう子の姿がそこにあった。
3月の段階で見かけなくなったのは、たまたま休んでいたからか、何がしかの事情があってのことだったのだろう。

4月になり新学期を迎え、通学する3人の彼女たちに加わったのは、いじめてる子でも、いじめられている子でもなく、どっちともうまく付き合っている子の弟だった。
弟は1年生のようで、黄色の帽子をかぶっていた。

そして、その弟の手を握るのが、二人のお母さんだった。
お姉ちゃん達だけで1年生の子と一緒に通学するのは不安なのだろうか。
母親が弟の手を握り、その前を歩く彼女たち。

大人の目もあるからか、露骨な仲間はずれの光景には出くわしていない。
このまま3人が仲良く通学出来ることを祈るばかりだ

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