前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2014年05月

「将来はこんなことをしたいけど、なかなかね…」という話を聞くことがある。
将来の自分に夢や希望があるのならば、それに近づく努力はするべきだろうと思う。

例えそれがどう見ても非現実的なことであったとしても、それを目標に努力したことは決してムダにはならない。
自分が目指すべきものが頂点だったとしても、その過程にだって、頂点以上の宝が埋まっていることもある。

自分が思い描く未来だけがベストとは言い切れないのが人生の面白いところだと思う。
目指す努力は惜しまずも、柔軟な発想と切り替えを持ち合わせていれば、思いがけないことが起きることもあるものだ

最近、公共の場で目に付くのが、子供(特に幼児)を放置している親だ。
車の往来がある道でも、デパートのエスカレーターやエレベーター乗り場、駅のホーム等々、数えだしたらキリがないほどだ。

子供は予期せぬ動きをするものだけに、人混みや往来の激しい場所では、子供の手をつなぐほうが安心だし、安全だと思うのだが…。
親には親の都合や言い分もあるだろうが、事故や事件に遭ってからでは取り返しがつかない。

子供の中には、親が手をつなごうと言っても「イヤ!」と拒否する子もいるだろう。
それでも、本当に子供のことを思えば、グズっても騒いでも、その手を放してははらないと思う。

昔に比べたら、公共の場所は整備されて、そんなに気を付けなくてもよくなっているのだろうが、予期せぬことは必ず起きる。見た目の便利さに惑わされてはならないとも思う。

手を放したばかりに…ということにならないように、子供との手はつないでいよう

駅へ向かう朝の通勤路では、犬の散歩をする人達ともすれ違う。
老若男女、ワンコも大型から小型までさまざまだが、それぞれが朝のひとときを楽しんでいるようだ。

先日私の前方に、小型の老犬と、その綱を持つ老人(いずれもオス)がいた。
老人は足腰が弱っているらしく、ぼちぼち歩いている。
その様子が分かっているのか、老犬も老人の歩調に合わせて、老人の前をぼちぼち歩いていた。
犬の散歩というよりは、犬が人を先導している。

お互い老いた身の上、労わりあいながら、「ぼちぼち歩きましょ」と言っているように見えた

昔のトマトは青臭くて、子供にはちょっとツライ味だった。
が、最近のトマトは、まるで果物か?と思うほど味も濃くて、甘いうえに、香りも芳醇だ。

触感も昔に比べるとやわらかくて、噛んだ時にジュワ~っとトマト汁が出てくる。
各地でたくさんのブランドトマトを栽培しているおかげで、味わい深いトマトを食することが出来る。

トマトは、生のままでもおいしが、料理にも使い勝手が良い食材だ。
パスタやピザのソースにしたり、スープ、ソテーでもおいしい。
まさに、自由自在の七変化だ。
おまけに、赤い色はそれだけで食欲をそそる。

おいしくて、栄養もあって、見た目もキレイなトマト。
なんだか、今日はトマトに夢中だ~~

最近、危ないな~と思うのが、歩道を走る自転車だ。
特に、電動自転車で容赦なく飛ばすママ達だ。

子供の送り迎えや、仕事が終わって家事を急ぐのは分かるが、人が通る歩道を、何の躊躇もなく突進してくるのだ。
注意しても、謝るわけでもなく、超シカトでぶっ飛ばしている。

反射神経のある若者ならまだしも、高齢者や子供達にとっては、自転車が走る風圧で転ぶことだってあるのだ。
なのに、わざわざ狭い歩道をチャリで飛ばすママゴン達。
いったい、どういう神経をしているのか???
マジで、道交法で厳しく取り締まってほしいものだ。

そもそも、自転車は軽車両だ。自転車は車道の左端を走るのが規則だ。
「知らなかった~」とは言わせないぞ!!

他人には、決して理解してはもらえない事柄や心情がある。
それは、親族であっても、平行線を辿り続けることはよくあることだろう。

それなのに、話した言葉だけを信じて、正しいとか正しくないとか結論付けることには無理があると思う。
自分の考えが100%正しかったとしても、それを相手に押し付けるのはやはり違うと思うのだ。

物事には時間が必要な時がある。
相手がどれほどの事柄や口には出せない辛く苦しい思いを抱いているかなんて、他人には分からないはずだ。
それは、自分の気持ちなど、決して他人には分かってもらえない、というのと同じことだ。

自分にも腹痛いところがあるのならば、相手の腹を探るのもほどほどにするべきだろう

身内の者の付き添いで、10時に予約された大学病院へ行った。
受付を済ませ、診療室前で待っていた。
診療時間は10時~10時半の予定だったのに、11時になってもまだ順番が来ない。

受付で確認すると、予約以外に当日来院の方々で、9時台の方が今終わったばかりで、これから10時台の方の診療が始まると言う。
それじゃ、予約の意味がそもそもないじゃん!!!

ようやく呼ばれた時には、すでに12時を過ぎていた。
ゆうに2時間以上も待たされた挙句、「お待たせしました」の詫びの一言もないのだ。
おまけに、診察はたったの3分!プラス、担当した医師はパソコンの画面にくぎ付けで、ろくすっぽこちらの顔も見ず、患者の腹を触診した後は、すぐさま石鹸で丁寧に!手を洗っている。まるで、汚いものでも触ったかのようにだ!!さすがの私も怒りが湧いた。

診療室は今日は土曜日ということで、6室しか回転していなかったが、それにしても時間がかかり過ぎだ。
こちらにだってその後の用事が控えている。
「すべては患者様のため」とかパンフレットにうたっている病院ほどロクなものではない。
こちらも好きでこの病院に行ってるわけではない。

マジ、病気にならないのが一番!!と心から思った

今朝の通勤時、いつも乗る電車が止まっていたため、他の鉄道の電車に振替乗車した。
だが、その鉄道の駅までは歩いて10分ほどかかるし、各駅停車しか停まらない駅のため、目的地に行くまでに、2度乗り換えをし、いつもより何倍もの時間をかけて行くことになった。

朝からとんだ災難だ…と思いつつも、いつまでもグチっていても仕方ない。
いつもは乗れない電車にタダで乗れるのだと自分に言い聞かせ、ポジティブな気持ちで振替乗車した。

途中、特急電車に乗り換えるため、ある駅でそれまで乗っていた電車を降り、次に来る電車を待った。
その電車は「赤色」の車体が通常なのだが、なぜか黄色の電車がやってきた。
???私の頭は混乱したが、新しい車体でも作ったのかあ~くらいに思っていた。

会社に到着後、そのことを同僚に話すと、何と今月から走行を始めた「幸せの黄色い電車」だそうで、その電鉄の中でも1車両しかなく、毎日ダイヤも変わり、どこで目にすることが出来るか分からない電車で、鉄ちゃん達にはヨダレものだそうだ。

そんなこととは知らない私だったが、友人の「無欲の勝利だね」の言葉で、振替乗車も悪くないなぁ~と思えた

「今日10時半頃、久米島の北方の海で大きな振動の後、きのこ雲が立った」というニュースを読んだ。
米軍はこれには関与していない、とは言っているそうだが、昨今の尖閣諸島の問題や、ロシアと中国の怪しすぎる結託?を思うと、あらぬ想像をしてしまう。

そうではなかっとしたら、海底火山が噴火か?とも思ってしまう。
今回の地域には火山はないらしいが、海の底のことだ、未知の火山が眠っていないとも限らない。

先の大戦終結から70年が経とうとしている。
日本は高度経済成長を遂げて生活はその頃に比べたら格段に豊かになったが、心の豊かさはどこかに置き忘れている昨今だ。
こんな状態で戦争が起きたら?大きな自然災害があったら?

平和ボケしまくっている私達、いつまでもこんな状態は続かない。
今が奇跡の毎日であることを肝に銘じておくべきだろう

今日の関東地方は朝から大雨だった。
だが、夕方には雨も上がり、青空さえ見えた。

そこで荷物になるのが傘だ。今日みたいな日は長傘を持参した人がほとんどで、誰もがその持ち方に苦心しているようだ。
一番困るのは、傘を横に握ったまま、ブンブン腕を振って歩く人だ。
それやられるとね~、後ろで歩く人に当たるのよぉ~、ヘタするとケガするよぉ~~!!と、マジで言いたくなった。

傘の握り手の下のほうを縦向きに持てば、自分の体に沿ったラインになり、人に当たることはない。
それも周囲に対する配慮だと思う。

傘の持ち方ひとつにも、その人となりが出るものだ

最近、立て続けに沖縄に行ったが、久米島、古宇利島で感じたことは、ある場所に行くと、「江の島」を彷彿とさせられた。
島だし、海に面した断崖絶壁の形状は、江の島に似ていても不思議ではない。知っている場所を思い出すのはよくあることだ。

だが、最近どうも江の島が頭から離れないのだ。
ある方に「江の島に行ってみたらいいのよ。そしたら、きっと分かるから」と言われた。
江の島は好きな場所だが、どうもその気にはならないのだ。

島の反対側にある坂を下りきった海に突き当たる岩屋(たぶん第二岩屋)がどうにも気になるのだ。
そこに何があるかは分からないが、何かざわつき感がある。
この予感がただの思い過ごしであって欲しい

人よりも、地位も名誉もお金もたくさん手に入れる人は、それを自分の懐だけにがめつく囲いこんでいると、気付けば手放さなければならないことになる。
なぜそうなるのか、自分の努力と智慧と才能で築き上げたものを、他人に譲るなど、ごめんだ!と思うだろう。

だが、そうなれたのも、それらを手にし得ない人たちがいるからこそ、自分がそういう思いを味わえるのだ。
平たくいえば、成功者から見たら無能と思う人間がいるから、自分が有能な成功者と言えるわけだ。

いつ何時己が無能な側に回るか分からない。
だからこそ、己の才覚で得た富は、手にし得ない人たちに分けること、そうすることで、またそれらが回りまわって自分に戻ってくるし、何より人から喜ばれる。

己の快楽のためだけに懐に入れてしまえば、それを妬む人たちに身ぐるみはがされる、それが世の常だと心得ておくべきだろう

大物歌手の逮捕で、世間は騒然としている。
少なくとも、この歌手の歌を聴いて、涙した人にとっては、かなりの衝撃だろう。
以前から週刊誌で叩かれていたが、ファンにとっては、まさか?ウソだよね?と思うのが人情だろう。

これだけの地位と名誉を手にしながら、自らそれを手放すようなことをするなんて…。
大きな栄光を手にすることなどない一般人には理解しがたいことだろうが、それだからこそ「魔がさす」瞬間が、一般人より多いのかもしれない。
悪しき心を以て近寄る人も多いだろうし、あわよくば、その人の名声や地位を利用しようとする輩もいるだろうからだ。

人より多くのものを手にすれば、人より多くを手放すことになるのかもしれない

ここ数年、埼玉~都心~神奈川への直通運転の電車が増え、便利になった。
今は、千葉から神奈川への直通電車を運行させるための工事が進んでいる。
各方面から都心へ出る人や、都をまたいで出かける人には便利だ。

だが、これのおかげで、今やほぼ毎日といっていいほど電車が遅延する。
定刻で電車が来ることのほうが珍しい。
その度に、「本日は電車が遅れまして、まことに申し訳ございません」と、逐次放送しているほどだ。
ならばいっそのこと、定時で来た時にこそ、「本日は定刻到着でございます!」と放送してはどうだろう?

ひとたび人身事故が起きればすぐ電車は止まってしまう。
毎日のこととはいえ、便利になりすぎた代償を、利用者が蒙っているという、何とも皮肉な状態になっている。

電車もさることながら、飛行機も離陸待ち、着陸待ちが多い。
電車も飛行機も、混雑を前提にしたダイヤに替えてみてはどうだろう?
って、そんな単純な問題じゃないだろうけどね…

いつも、この時期になると、夏休みの予定を立てる。
休む日と、行きたい旅行先の手配を早々にするためだ。

だが、なぜだかその気になれない。
最近、立て続けに出かけたせいかもしれないが、何となく、今年後半のことが読めないのだ。

普段なら「ピン!」と来るものがあって、今回はここに行こう!という気になるのが、今のところ思い浮かばない、どころか、なぜか今年の後半はそういうことにはならない?出来ない?そんな気がするのだ。
どちらかというと、あまり良い予感ではないのが問題だ。

不断の生活が送れることの幸せに感謝しながら、未来もそれが続くことを祈っている

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