前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2014年10月

久しぶりに熱発した。
年に1、2度ほど体がダウンする時がある。

忙しいとスケジュールに追われるから、それが終わるまでは休めない!という思考が脳にある。
だが、それらから解放されると、心身共にリラックスしてしまうのだろう。
今まで我慢していた体からの叫びがリアルに伝わり、何がしかの不調へと繋がる。

昨夕から発熱し、会社の帰りに医院に行き、薬を処方してもらい早々に寝た。
が、やはり朝になっても熱はあり、体もダルいため、急きょ会社を休んだ。

自分でも信じられないが、朝、昼、夕ずっと寝ていた。
途中トイレに起きたり、昼ごはんを食べたりはしたが、何せ目が開かないのだ。
これは、「休息しなはれ」という天の声なのだろう、と思った

先日の茅ヶ崎市副市長の事件は、やはり公務ではなかった、という記事を読んだ。
やっぱりか…と、誰もが思ったことだろう。

それにしても、市長共々ワイキキビーチの、しかも初心者が楽しむ場所で朝サーフィンとは…。
朝7時ならまだ公務前だろうけど、出張で来ている以上、自重すべきことは容易に想像がつく。

更に許せないのは、詳細を明かさないことを遺族のせいにしたり、日本の報道にかん口令を敷いたり?、権力の乱用と言われても仕方ないだろう。
さすがに、現地の報道までは抑えることが出来なかった、というのが事の真相だろう。

今回の件に関わらず、公人である者は、普段から己を律していくことが必要だ。
国会答弁で、フカフカの椅子に座って居眠りする議員からは、ぜひとも罰金を取って欲しい。

出来レースの答弁ならやらなきゃいいし、いっそのこと、国民のために無報酬で政治家やります!
くらいの懐の大きな政治家や官僚はいないものか…。
いるわけないか!

最近、我が家では白米を玄米に変えた。
以前も玄米を食べていた時期があったが、その頃はしっかりかまないと飲み込めず、かなりパサパサしていたものだった。

数年ぶりに玄米にチャレンジしてみると、「玄米もずいぶん進化したな~」というのが素直な感想だ。
以前食べたものとは品種も違うし、お米だって年々おいしくなっているのだから、玄米だってしかりだろう。

早めに玄米を洗い、4時間ほど漬けた後炊飯器の玄米コースで炊いてみた。
白米よりも10分くらい炊き上がるのに時間がかかった。

炊飯器の蓋を開けると、ツヤツヤの玄米ごはんが!
食べてみたら、思ったより柔らかいし、玄米の殻が歯ごたえがあって私は気に入った。
しかも、しっかり噛むから食べ過ぎずに済む。

白米もおいしいが、たまには玄米も良いものだ

茅ヶ崎市の副市長が、出張先のハワイの海岸で死亡したという記事を読んだ。
死因や詳細は遺族の希望で公表しない、とのことだそうだ。

この出張ってさ、公務だよね?ってことは、市の税金で行ってるんだよね。
それなのに、公表できない、ってどういうことだろうね。

プライバシー侵害と言ってしまえばそれまでだが、そもそも公務だよね!?
それで、プライバシーって…。

以前、ハワイの仕事をしていた時、ハワイに若い女性を連れた年配の男性が、海で溺死したことがあった(日本では報道されなかったけど)。
若い女性は、明らかに家族ではない。
なもんで、死亡通知をするにあたり、修羅場が予想されたわけだ。
だが、連絡しないわけにもいかず…。

事の顛末はどうなったかは想像だに難くないが、ハワイでは、そういうことが度々ある。
茅ヶ崎の副市長さんが、そんな不適切なことをしたとは思わないけど、詳細を公表しないと、こういう勘繰りをされることもあるだろう

日々の仕事や家事などに追われ、忙しくない日はないだろう。
週5日フルで働いていると、休みは週のうち2日しかない(祝日を除き)。

その2日にもあれやこれや予定が入ることもあるし、遊びにも行きたい。
1日何もせずボケーっと過ごせることは滅多にない。

例えば、半年をかけて何がしかの目標を達成する、なんてことがあったりすると、通常の事柄に加え、プラス目標に向かっての作業も発生する。
それでも、必要とあればやらざるを得ない。

そうやって、ひとつの目標を達成すると、ようやく肩の荷が下りてホッとする。
すると、気が緩むのか、それまで辛抱していた身体が悲鳴を上げる。
いや、既に悲鳴を上げていたのかもしれないが、気付かないフリをしていたのだろう。

これまで身体に負担をかけていたことを反省し、肩の荷が下りた今、しっかり休息せねば…と痛感した

日々の暮らしは、細かい作業の連続だ。
朝起きること、ごはんを作ること、掃除をすること、働くこと、学ぶこと、眠ること…。
それら一つ一つを取っても、大層な事柄ではないが、それらがないと1日が終わらない。

1日が終わらなければ、1週間が終わらず、また1か月も1年をも迎えることは出来ない。
些細なことを少しずつ積み重ねていったその先に、成果が待っている。

どのような事を成し続けてきたか、途中で匙を投げたくなっても、ただただひたすらにそれに打ち込んできたか。
その道程は、日々の細々したことの連続でしかない。

細々とでも続けていくこと。それが、大切なことなのだ

世の中には、何にでも手を出したがる人がいる。
周囲の人が、自分の知らない世界で楽しそうに何かに熱中していると、自分もそれをやってみたい、楽しみを共有したい、と思うことがある。

それは前向きな感情で、知らない世界を知るきっかけであり、もしかすると自分では気づかなかった世界が開ける可能性もあるのだから、決して悪いことではない。

だが、人の真似ばかりをして、何とか他人の度胆を抜こうなどといった浅はかな魂胆が根底にある場合は、残念ながらまったく何の実にもならない。
それは、人の目を気にしているだけで、自分のためにやっているわけではないからだ。

自分で選んだ道が、うまく行かなくても、上手にこなせなくても、自分で選び、自分との闘いが主軸にあれば、それは未来へ必ず繋がる道程、糧へと変わる。

自分にとって何が大切なのか、自分の目で見極め、選択していくことが大切だ

ここ数年、私はフヌケのようになっていた。
以前は、目が回るほど忙しく、知らぬ間に身体を病んでいたほどだった。

その反動か?今は閑散期のように、身も心も閉じている状態だった。
最低必要限度の事にしか関わらず、人が率先してやってくれることには甘えることにし、自分からは積極的に関わろうとは決してしなかった。

それは、関わることで降りかかる厄介事が面倒だったのと、それに取り組むだけの気力がなかった…というのが本音だ。

だが、なんだか最近少しずつ気分が上向きになってきた。
今宵は久々に本領発揮か!?というくらいテンションが上がり、以前やっていたようなことをしていた自分に驚いた。それは、「昔取った杵柄」といった按配だ。

これって、もしかして本来私が持っている気質が目覚めたってことなのだろうか。
長い冬眠から目覚めた?のかもしれない

野菜や果物を天日干しにすると、保存食にもなるし、味が濃くなり、さらにおいしくなる。
食材を切ったり、干したりするのは手間がかかるが、カリカリになるまで水分を抜くのは、お日様の仕事だ。
私たちは、ただ干せばいいだけ。

お日様の仕事はかなりなものだ。
これを人間の手でやろうとすると、切ってザルを並べる何倍もの労力がいる。
まさに、お日様サマサマだ!

余分な水分が抜かれた食材は、カッチカチになって、そのままでは食べづらいものもあるが、水に戻せば柔らかくなるし、だんぜん味がよくなるうえに、栄養価も高くなる。
同じ食材でも、生かしよう次第で、何倍にもパワーアップする。

人間も、多くを学び、労苦を惜しまずにいると、知らず知らず力が蓄えられる。
人間も食物も、干されてナンボ、なのかもしれない

スーパーなどで、毎月5の付く日は5%引きや、雨の日お得デーとか、ポイント5倍デーなどなど、客寄せのため、いろんなサービスがある。
私など、ついついその謳い文句に釣られて行ってしまうクチだが、実はサービスデー以外の日にお得だったりすることもある。

今日などはまさにそんな日だった。
朝からずっと雨で、夜までそれは続くため、夕方の早い時間から割引を始めるし、お得デーの次の日などは、お得デーで売れ残ったものが割引になる。
土日は集客が多いことを見越して多めに仕入れているため、翌日には売れ残りが発生するのだ。

ちょっとした見方の違いではあるが、本当のお得は、意外なところに隠れているのかもしれない

人には希望という名の欲がある。
それは、出世だったり、進学だったり、正社員になることだったり、お金持ちになることだったり、世界を旅することだったり…。
人の数だけ希望はあるだろう。

昨今の雇用情勢は、決して安泰とは言えない。
年功序列は崩壊し、実力主義になりつつはあるものの、まだまだ正社員の権力は絶大で、契約社員や派遣社員、アルバイト、パートはなかなか報われないのが現実だ。

正社員になるために日々努力することは悪いことではない。
だが、そこに策略が入ると、それまでの努力が水の泡となってしまう。

自分では画策しているつもりはなくても、知らず知らず包囲網を敷き、自分の立場を有意なものにしていく。
それも、ひとつの手段ではあるが、そこに自分勝手な我欲があるから、たとえ目標が達成されても、その先に待ち受けるものは、想像を絶するものだ。

周囲から認められ、祝福されてこそ、本物の正社員だ。
周囲に妬まれ、陰口を叩かれて手に入れた正社員の席は、イバラの道だ

政治の世界では、目玉の2人の女性大臣が辞任するという顛末になった。
調べればすぐにバレるような事柄を放置したまま?大臣に指名したわけではないだろう。

というか、叩いてホコリの出ない政治家なんているのだろうか?
何がしかの企みにより暴露されている、というふうに穿った見方をしてしまう。

女性を活用しようにも、その足を引っ張る人がいる。
人の出世を妬み、あの手この手で引きずり降ろそうとする。

政策に関しても、何かといちゃもんを付けては前に進むことを阻もうとする。
それが正当性があれば良いのだが、どうでもよい揚げ足取りのようなことばかりを列挙している。

政治家は、本当に国のこと、国民のことを思っているのだろうか?
己の出世、いかに政界で生き延びるのか!つまりは、我欲だけで生きているようにしか思えない。

そのつけは、やがて自分の身に降りかかる。
今回のことで、陥れられた人、陥れた人、それぞれに見合った未来が待っているだろう

日々の生活の中で、ある程度の行動・思考パターンが確立されているのが大人だろう。
それは、24時間しかない中で、どれだけ効率良く物事を処理するか、そのために編み出された技でもある。

試行錯誤の末、自分にとって心地よいパターンが出来上がると、それ以上を求めにくくなる。
人は、パターンにハマって生きるほうがラクなのだ。

だが、それを長い年月続けていると、いつかは飽きるし、それが当たり前になってしまう。
飽きることは、即ち諦めに繋がる。

ワンパターンはラクだが、自分にとって楽しいと感じ、それに感謝の気持ちが湧いてくる生き方を続けたいのならば、新たな一手を思考することが肝要だ。

やはり、人間は進化するべき生き物だ。進化の果てに何が待ち受けているかは自分次第だ

朝起きた時から、何かにつけてタイミングを逸することはないだろうか?
トイレに入ろうとしたら、家人の誰かに先を越されたり、家を出て最初の信号でひっかかると、その後もずっと赤。
電車は目の前でドアが閉まったり…などなど。

自分にとって間の悪いタイミングが最初にあると、それがずっと続く。
自分の行動のクセや、それに掛かる時間からそうなってしまうのか、単純にその日は運が悪いだけなのか…。

そういう時は、私はあえてそれに抗おうとはしない。
が、悪循環を断ち切るために、いつもより長い時間をかけたり、普段しない行動をするようにする。
すると、いつの間にか負の連鎖が断ち切れる時がある。

人は無意識に毎日を過ごしているが、自分でも気づかないタイミングを以て生活しているように思う。
間の悪いタイミングにハマったら、イライラせず、まずは静観し、そこから脱するべく違う動きをしてみるのも一案だ

1日は24時間だ。
睡眠に7時間、会社で8時間、通勤や食事、家事をこなすと、アッと言う間に1日が終わる。

睡眠と会社だけでも15時間で、残り9時間しかない。
この時間で残りのすべてをやりくりするのだ。

そう考えると、ダラダラと遊んでいる時間などない。
ヘタするとテレビを見る時間さえない時もある。

週休2日だとして、この2日で家のことをやり、時には遊びに行ったり、人付き合いもある。
そう考えると、1日、1週間、1年、一生はアッと言う間だ

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