前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2015年10月

過ぎたるは及ばざるがごとし2のつづき。

3年ぶりに行われる日中韓首脳会談だが、韓国は相変わらずダダっ子状態を維持している。
慰安婦問題は確かに無視出来ぬ問題ではあるが、そもそもそれを推し進めたのは、現大統領の父親だったことを、なぜなかったことにしようとするのだろう?

しかも、戦後日本は韓国、中国に相当な賠償金を支払っているし、技術援助や物資等々、数えきれない援助をしている。その事実をも無視し、いつまで経っても戦時中のことをグチグチグチグチ言い続ける。

だからと言って、賠償金として支払ったお金を、売春婦として被害を受けた人達に渡すのかといえばそうではない現実。
自分達が犯している罪は棚に上げまくり、未だに日本を叩こう、叩こうとする姿勢には、誰しもがウンザリだ。

最初は世界中も同情していたかもしれないが、被害妄想も度を越すと、そのうち呆れられることが分からないようでは、国際社会から取り残されるのは目に見えている

知人に、奥さんが一家の大黒柱となり、ダンナさんが専業主夫というカップルが複数いる。

旧来の日本では「男は外で働き、女は家を守るの図」が一般的だったが、最近では逆転現象が増えているようだ。
それぞれの話を聞くと、大概奥さんのほうが仕事が出来るから、もちろん稼ぎもある。
ダンナさんはと言うと、社会ではあまりパッとしないが、家のことはきちんとやるし、奥さんのために家を守っている。

これも、それぞれの役割だし、夫婦で話し合って、それが心地良い生き方であれば、それで良いのだ。
それに対して、周りがどうこう言うべきではない。

私の知人達はその生活スタイルでハッピーな毎日を送っている。
これこそ、互いを尊重した生き方なのだな~と、感心させられる。

人の気質や才能はまちまちだ。
男だから、女だから、という括りはもう通用しない時代なのだろう

大手建設会社が建築したマンションの杭の改ざんで、大金をはたいて買ったマンションが傾いたというニュースを見た。
信頼出来る会社だから、と思って購入者は買うわけだが、その信頼をマンマと裏切った結果となった。

だが、よく考えてみよう。
どんなに大手であろうが、良い建築をしている会社であろうが、そもそもズブズブの地盤に建ったマンションを買う、というそのこと自体に疑問を感じないのだろうか?

埋立地は、つまりは海の中だ。
海に限らず、沼地や湿地帯であったり、坂の途中だったりと、元のことを何も知らずに、調べずに、よく買うよな~というのが個人的な感想だ。

私が住む区にも、曰くつきの土地と、そうでない土地がある。
昔から住んでいる人なら知っていることでも、新参者は知らずにそこに住む。
だが、冷静な目で判断すれば、そこは人が住んで良い場所かどうかの見極めくらいはつくはずだ。

土地家屋が高い首都圏だから、少々のことには目を瞑らなければならないのかもしれないが、目先の煌びやかさだけに心を奪われていると、必ずと言っていいほど痛い目に遭う。

いつの世にも自分の目で確かめず、世間の風潮に流されて「さんざんな目に遭った」という人は後を絶たない

過ぎたるは及ばざるがことし1のつづき。

ニュースで、ハムやソーセージに発がん性物質が入っている、というのがあった。
1日50gを毎日食べ続けると、がんを発生する恐れがある、というものだ。

この手のニュースって、いつも思うが、何がしかのタイミングで必ず出てくる。
そもそも、生の食材を加工する時点で添加物が入っているのは誰でも想像出来ることだし、昔から添加物の問題はず~~っと語られ続けている。

何を今さら…感は拭えないが、どんな食材であろうが、食べ過ぎれば害にしかならない。
どんなに身体に良いと言われるものでも、だ。

添加物がない頃は、食材が腐って、その菌で病気になっていた時代だってある。
今はよっぽどのことがない限り、食あたりや重病になることもない。

添加物の入ったものであろうが、自然のものであろうが、適量をありがたくいただく心持が、何より大切なのだ

キレイで優しくて、誰にでも親切に出来る人がいる。
どんなにイヤなことを頼まれても笑顔でこなす。

「う~~ん、ウソ臭いな~」と思っていると、当人はやっぱり心に闇を抱えていた。
人前では笑顔でいるが、信頼出来る人にはそのストレスのはけ口として毒を吐く。

そうだよね~~、言わなきゃやってられないよね~~。
でも、その前に、「イヤなことはイヤと言い、己の意思をきちんと示す努力をしようか!?」と、私は言いたい。

人前で良い顔をしてその場をやり過ごし、結果的にそれを持て余し、自らをピンチに追い込んでしまう。
それでも、断れないその心理とは??

自分の身は自分で守るしかない。
わがままで好き嫌いを言うのではなく、冷静な判断で先を見通し、自分が良い意味でストレスなく気持ち良く過ごせる生き方を模索していかなければ、ストレスは溜まる一方だ。

結局ストレスも、自ら招いているのだ

先日の土曜日、近所の幼稚園で運動会があり、昼時には帰りの家族が群れをなして駅へ向かっていた。

一人の園児につき、両親、祖父母、兄弟姉妹を合わせると、多い家族で5、6人近くが連なって歩いていた。
そして、駅近のレストランはそれらの家族で長打の列が出来ていた。

良いお天気の中、かわいい園児の成長を家族で見守り、帰りは皆でごはんを食べて帰ろう、ということだろう。
園児を巡る家族を見つめていると、人は誰一人として一人じゃないんだな、としみじみ思った。

家庭によっては、一人で生きていかねばならぬ者もいるだろう。
だが、目に見える家族はいなくても、間違いなく自分の命は、先祖から引き継いだもので、自分を取り囲む身内の数は会ったことのない人も含めれば、相当な数に上る。

一人で生きているようでも、人は一人ではないのだ。
身内から引き継いだ命、それを助けてくれる周囲の方々のお世話になっての毎日なのだな…と、改めて思わされた

「温故知新」とは、古い事柄を大切にし、新しい事柄に取り組んでいく、ということだろう。

生きていると、ついつい現状に温存しがちで、その方が居心地が良いものだ。
だが、ふと気付くとその状況がアッと言う間に過ぎ去り、振り返ると10年経っていた、なんてこともある。
怖いのは、そこに甘んじて、先へ向けての努力をしないことだ。

「今までがこうだったから、これでいい」と言っているようでは、間違いなく未来は破たんする。
自分の年齢だけは嫌が応でも変化しているのだから、己の中身もそれに見合った変化・進化をしていかなければならないのだ。

どんなに周囲や時代に抗おうが、こればかりはどうにもならないうえに、逃げても変化していくことは待ってくれないし、容赦なく進行する。

全ての事柄についていけなくても、自分が成すべきこと、変化しなければならないことくらいは腹を据えて取り組んでいかなければならない…と、周囲の歳を経た方達を見ていると、しみじみ思わされた

石垣島で、琉球舞踊を見ながら夕食を楽しめるお店に行った。
19時からショーが始まるので、その前にあらかた食事を済ませ、ショーを楽しみにしていた。

こういう場所でのショーだから、若い演者ではなかったが、年配の方ならではのキャリアと余裕を感じさせる舞に、見入った。
最初は、3人で踊ったり、2人で踊ったり、ソロの舞もあり、それぞれ八重山諸島にまつわる踊りで、石垣島に来たんだな~という感慨にふけっていた。

終盤になると、ソロで踊っていた方たちが皆で踊るのだが、これが何とも残念だった。
一人一人はうまいのだが、個性の色が強すぎて、群舞の良さを感じることが出来なかった。

どんなに歳を取っても、周囲の空気を感じながら踊ることは何より大切なのにな…と、今まで良かった分、すべてがオジャンになった感じがした。

どんな仕事もそうだが、個人プレーではうまく立ち回れても、集団の中で息を合わせられなければ、そこでの仕事は活きないのだな…と、こんなことからも学ばされた

旅シリーズの記事はちょっと小休止。今回行った竹富島は、また後日書きたいと思う。

昨今の仕事の出来る人達は、会社での出世を望まない人が多いそうだ。
会社の仕事の他に副業があったり、家族を大事にしたり、趣味に没頭したり…と、人それぞれ大切にしているモノが違うのだ。

昔のように会社で出世することに価値を感じない、ということだ。
確かに、会社で出世したところで、その先には何があるのだろう?

どんなに偉くなっても、会社を辞めたらタダの人だ。
偉くいるうちは、周りもチヤホヤしてくれるから、その環境がフツウだと思って会社を辞めると、途端に誰もかまってくれなくなり、会社での暴君振りを家庭に持ち込むから、熟年離婚が増えるのだ。

自分は何のために生きているのか?何が生きがいなのか?
自身でそこが分かっていないと、ただがむしゃらにがんばったところで、あまり実にならないように思う。

ワケもなくがんばることも必要な時もあるが、己の心の声を聞きながら、進むべき道へ進んでいくこと、それが何より大切なことなのだ

小浜島3のつづき。

今日掲載する写真は、2013年に小浜島に行った時、帰りのフェリーから撮ったものだ。
小浜島から去るのが名残惜しくて、フェリーから島を撮っていた。

すると、上空に何やらフシギな雲が出ている。
レンズ越しによくよく眺めてみると、「これって、龍の顔?」と思えるような雲が出ていた。

大きな瞳がジッと見つめているように感じる。
石垣島に向かう船をずっと見送ってくれているようにも思う。
「また来なさいよ~」と言ってくれてるのかな?と、勝手に良い妄想をしてしまったほどだ。

おかげで、2年越しではあったが、今回再び小浜島に行くことが出来た。
次回は、ぜひともゆっくり滞在を楽しみたいと思う

小浜島4

小浜島2のつづき。

小浜島でのランチは、ホテル「はいむるぶし」で石垣牛バンバーグステーキ定食をいただいた。
もう少し時間があれば、集落を散策しながら地元のお店に入りたかったが、時間の制約があったのと、レンタカーを借りていたので、車を置く場所もないため、ホテルでのランチにした。

はいむるぶしは、泊まったことはないが、以前にもお茶をしに立ち寄ったことがある。
まさにリゾートホテルで、のんびりまったり出来る。
宿泊客でなくても歓迎してくれるので、小浜島に行くとつい寄ってしまう。

石垣牛を食べるなら、やはり八重山諸島で食べることをオススメする。
地産地消ではないが、地元の食材をいただくことは新鮮なうえに、身体にも良いし、何よりリーズナブルだ。
沖縄本島で石垣牛を食べるとなると、それなりに良いお値段だが、八重山諸島なら私にも手が出るほどだ。

会社勤めでは慌ただしくいただくお昼も、ここではリラックスして、ゆっくり味わえる。何とも至福な時間だ

小浜島3

小浜島1のつづき。

小浜島で一番高い山、大岳(うふだき)・標高99メートルに登った。
以前来た時は、遊歩道も整備されていたが、今夏の台風のせいか、かなり道が荒れていた。
土砂で荒れた小道を上ると、展望台に続く階段が見えた。それは頑丈に作られていたので、何とか登ることが出来た。

無事山頂に到着したものの、展望台が台風によってか?壊れていて、周囲にロープが張られ、展望台の手前からしか景色を堪能することが出来なかった。

それでも、やはり山頂からの景色は素晴らしい。
遮るものが何もない場所とは、これほどまでに晴れ晴れするものか…と、しばしタソガレてしまったほどだ。

大きな台風が来ると、島のあちこちにダメージが発生し、なかなか復旧出来ていない現状。
島の方たちの苦労を思わずにはいられなかったが、それでも変わらぬ美しいその姿を見せてくれた小浜島に感謝!だ

小浜島2

今回の旅では、小浜島と竹富島にも行った。小浜島は今回で2回目の訪問だ。

この島が有名になったのは、2001年に放送された、NHKの朝ドラ「ちゅらさん」だ。
主人公一家が住む家が小浜島にあり、実際モデルとなった家屋が今も存在する。

朝ドラだけに留まらず、その後もスペシャル番組が何回も制作されるほどの人気ドラマだ。
主人公だったエリー役の女優さんも、今やママとなっている。

年月の速さを感じずにはいられないが、この島は変わらないな~と、ドラマ「ちゅらさん」の世界が瞬時にして蘇ることを思うと、島時間には魔法がかけられているのでは?と思うほどだ。

しばしドラマの世界に浸りつつ、美しい小浜島を堪能した

小浜島1

石垣島6のつづき。

石垣島では多くの楽しみがあった。その中のひとつに、美しすぎる海がある。
自然の営みあるがうえの賜物だが、これほど美しいものは早々見当たらない。

海の色、音、香り、それらを全身に受けていると、自分の体が浄化されていくのを感じる。
極めつけは、海の中に入ることだ。

今回もシュノーケルをさせてもらったが、いつものことながら、パワーを充電させてもらった。
私は、海との相性が良いようで、沖縄でもハワイでも、海に入ることが元気をもらえる手段のひとつになっている。

海は全ての生物が生れた場所だ。
私達を育んでくれる、母なる海。
時には母の胎内に帰るかのように、大きなパワーに包まれていたい

石垣島7

石垣島5のつづき。

沖縄には琉球時代の家屋を保存したテーマパークがある。
本島でも体験したが、ここ石垣島でも同様の家屋を見学した。

暑い島であり、夏には暴風雨の強いこともあり、多くの工夫を凝らした作りとなっている。
雨風を凌ぐ垣根に防風林、風通しが良いように、全ての部屋を開け放ち、神棚や仏間も居住空間にあり、神も仏も人間も、皆が同じ空間で過ごしている様が見て取れる。

台所は薪で火を起こす釜で、そこにもやはり神様を祀っている。
何に対しても感謝の心を忘れない、先祖代々の祈りと知恵が息づいていた。

この空間にいるだけで、なぜか心が穏やかになる。
ゆっくり流れる時間と、島の空気と日差し、さわやかな風が静かに癒してくれているようだ

石垣島6

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