前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2015年10月

石垣島4のつづき。

石垣島ですぐに思いつく観光地といえば「川平湾」だろう。
エメラルドグリーンからブルーへと変わり行くグラデーションは、言葉にならない感動を覚える。

以前ここでグラスボート体験をしたが、船底に張られた透明のアクリル版をずっと見つめていると気分が悪くなり、キレイな海の中を眺められる一方、己の三半規管との闘いがあったなぁ~ということで、今回は美しい海を眺めるだけにした。

久しぶりに訪れたが、相変わらず美しかった。
これだけの景観を維持するためにも、地元の方々の尽力あってのことだろうが、砂浜が続くその隅には、流されてきたのであろうゴミが溜まっていた。う~~ん、何とも残念。

昨日書いた石垣島鍾乳洞もそうだが、観光地であり、その美しさを維持していくには、周辺の環境も含めて考慮する必要があると思うのだが…。
目にする場所だけ美しければ、それでいいのだろうか?

石垣島5

石垣島3のつづき。

石垣島に来て、初日の終わりにいただいたのが、ブルーシールアイスのアセロラ味と、石垣島地ビールだ。
ホテルの売店で見つけて、思わず飛びついてしまった。

今や、東京でも沖縄のものを手にすることは出来るが、それでもまだまだ現地でないと手に入らないものもたくさんある。
もしかすると、都心のどこかで手に入るのかもしれないが、今の私にとってお久しぶりの2品をいただいた。

ブルーシールアイスは沖縄に来ると思わず食べてしまう。この味で、沖縄に来たな~と感慨にふけれるからだ。
地ビールは、沖縄に限らず旅行先で必ずと言っていいほど飲んでしまう。
これもまた、その土地土地の味を堪能出来るからだ。

この2品を皮切りに、今回の旅もおいしいもの三昧となった。
明日には東京に戻るのだが、いつもおいしいものでもてなしてくれる沖縄に「みーふぁいゆー」だ

石垣島4

石垣島2のつづき。

石垣島鍾乳洞に行った
今の時期の石垣島は初夏のような暑さのため、外は過ごしやすい。すると、鍾乳洞の中は暖かい。
真夏なら中はヒンヤリだが、外が涼しくなると、鍾乳洞の中は暖かるなる、というわけだ。

何万年という歳月が織りなした自然の造形美は、いつ見ても息を飲む。
石垣島の鍾乳洞は、元は海底にあった。それが隆起したのか、海の水が引いたのか、今は私達が見ることが出来る。

自然の偉大さに感動しながらも、鍾乳洞の手前にある、産業廃棄物の処理場には閉口してしまった。
観光地の側にこういう施設があるのってどうなんだろう…。
ナビの案内を信じて通行したものの、少しの不安はあった。だが、鍾乳洞はその先にあった。

ガイドブックには、良い記事しか載っていない。
何事も「行って」「見て」「体験する」ことが肝要だ

石垣島3

石垣島1のつづき。

予定通り10時に石垣島に到着し、レンタカーを借りて予約していたホテルへ向かい、荷物を置いてからランチを食べにいった。

以前から行ってみたいと思っていたお店で、入店が11:30頃だったので、スムーズに中へ通され、「そば会席」をいただいた。
沖縄料理を少しずつ、いろんな種類を食べることが出来た。
と、ここの味がすんごいおいしいのだ。連れも気に入ってしまい、普段は小食だが、ペロリとすべてを平らげたほどだ。

沖縄には幾度となく訪れており、その度に沖縄料理をいただいているが、ここの料理は群を抜いていた。
何がおいしいのか?それは、抜群にイケてる出汁と食材だ。

料理は出汁が命とは言うが、ランチでも手を抜くことなく、料理人の心意気が生かされていた。
野菜も地の物なのか、その味がしっかり感じられるし、お新香にいたるまで、すべてがおいしかった。

店内も、ひなびた琉球家屋だが、これがまた良い味を出している。
一気に石垣島の町にタイムスリップ出来たランチだった

石垣島2

今日から石垣島に来ている。遅い夏休みだ。
羽田からJTA朝一の直行便で飛び立つと、10時には石垣島に到着できる。

那覇で乗り換えると、どうしても移動だけで半日近くかかってしまうので、直行便は非情にありがたいのだ。
機内は予想通り満席。これだけ搭乗者が多いのだから、もう少し大きな機材でもよさそうだが、いろんな大人の事情によりそうもいかない…ということなのだろう。

羽田空港では第3滑走路から離陸したが、いつものように羽田から大きく迂回する途中で、早くも雪化粧をまとった富士山を見ることが出来た。
しばらくすると富士山の姿は見えなくなったが、気付けば再び富士山の雄姿を機内から望むことが出来た。

おお!!思わずシャッターを切ってしまった。
冠雪間もない富士山と機体の羽のコラボだ。晴れていれば、飛行機だとこの景色が楽しめる。
石垣島へ向かうにあたり、幸先の良いスタートとなった。

石垣島1

マイナンバーの施行にあたり、早くも「マイナンバー詐欺」が横行しているというニュースを目にした。
いつも思うのだが、「オレオレ詐欺」に「母さん助けて詐欺」、今回の件にしても、よくもまあ絵に描いた餅のように騙される人がいる、というのがフシギでしょうがない。

かわいい我が子がピンチに陥って、それを助けたいという親心につけ込んだ詐欺だが、冷静な判断を欠いた盲目の愛が、さらに追い込うちをかけているし、現実問題、お金がなければ詐欺に合いようがないのだ。

たとえ、実際に我が子に難儀が降りかかることになったとしても、それを招いたのは当の本人なのだし、良い年をした子供に対して、親が尻拭いをする考え自体が甘いのだ。

そもそも、自分の身を削って稼いだ金ならば、そんなことにビタ一文払うことはない。
家の者が稼いだ金で生きていると、お金の真のありがたさを肌身で感じることが出来ないし、問題が起きればお金で解決すれば良い、という安直な思考回路が、巡り巡って我が身に降りかかっているのだ。

そして、騙される人ほど「私は大丈夫!」と言う。
そう思い込みたい気持ちは分からなくはないが、そう言いながら、周りの言葉に耳を貸さず、騙されているのが現実だ

誰しもそれぞれの価値観が一番!だと思って生きている。
それをどういう尺度で「良い」「悪い」と決めるのか?
法律に触れなければ「良い」という事柄ばかりではない。

出来れば「良い行いをしたい」と思っている人も多くいるだろう。
すると、良い行いをしていない人のことを疎ましく思い、「そんなことじゃダメだ!」と言いたくなるものだ。

それを言って、言われた相手が良い方向に変われれば良いが、まずもってそれは「ない」と言っていいだろう。
そもそも、人に言われなければ「良い行い」が出来ない人は、言われても出来ないからだ。
それは、相手を責めることになるだけだ。

相手がどういう態度であろうと、自分が「良い」と信じることを黙って、ひけらかすことなく自然体で行えばそれで良いのだ。「良い行い」は、人に褒めてもらうためにやるわけではない。己の心を満たすためにやっているだけなのだから。
それを相手に押し付けるのは、すでに「良い行い」から逸脱している。

どんなに「良い行い」であったとしても、あくまでも自分の課題であることを忘れてはならないと思う

今日は金曜日。今週も1週間、元気に無事に働けて良かった…とホッとしながら、オツカレンコンのお酒をいただく。
と言っても、ビールだけどね。

今週はずっとバタバタモードで、アッと言う間だったような、ようやく時間が経ったような?身の詰まった1週間だった。
この数年は、割とゆったりモードで仕事をしていたが、気付けば最近はなんだか忙しい?状況になっている。

私にも出来ることがあるんだな~、ありがたいな~と思いながらも、ミッチリ仕事をするとやはり疲れる。
充実した疲れではあるが、肉体は正直だ。「疲れたよ~~~、ご褒美にビール!!!」と要求してくる。
そんな時に飲むビールは、そりゃあウマイ!わけだね。

誰にでも得意分野があり、それを生かせる仕事をし、生活が成り立つことは、このうえない幸せなのだ。
疲れても、疲れても、「オツカレコン!」と笑っていられる自分でいたいと思う

オフィスから東京タワーがド~ンと見える。
すぐ目の前に巨大なタワーがそびえているのだが、会社から出て東京タワーに行ってみようとすると、これが結構な距離なのだ。

テレビで見るアイドルは、自分だけに笑いかけてくれているように思ってしまう。
だが、実際には見ている側だけが勝手に惚れ込んでいるのであって、当のアイドルはテレビの向こう側にいる人のことなど知る由もない。

いずれも、すぐ手が届きそうでいて、まったく遠い存在だ。

そうかと思えば、遠い存在だな~と思っていたものが、ひょんなことから身近なものになることがある。
それも、まったく予想だにしていない時に…だ。

手に入れよう、手に入れようとするから、もしかすると逃げていくのかもしれない。
欲張らず自然体でいると、向こうからやって来るのかもしれい。

「欲しい」と我を張るよりも、「いつかやってくるかも」と思って楽しみにしているほうが、遠いものも近くなるのかもしれない

おやめになっておくんなさいまし3のつづき。

タバコを嗜む人にしてみれば、せちがらない世の中だろう。
今や日本での喫煙率は、20%に満たない。男性が30%強、女性は10%を切っている。

個人的な嗜好に対してどうこう言う気はまったくないが、その嗜好が周囲に迷惑をかけていると考えるとどうだろう?
喫煙者には理解してもらえないが、タバコの煙は周囲10メートル以上も臭うし、他人が吐いた有害物質を吸うハメになり、咳は止まらないし、涙がポロポロこぼれることもある。

会社やお店などでは分煙していたり、喫煙室があるから、そこで吸えばいいだろう、と言われるが、煙に燻されて戻って来た人の身体からは、ものすごいニコチン臭がするのだ。もちろん、有害物質も身体にまとわりついているわけで、そのままオフィスに戻って来た時には、周りはたまったものではない。

タバコを吸いたいという欲望もあるだろうが、タバコを吸いたくないのに、無理やり吸わされる受動喫煙という犠牲もある。
極端かもしれないが、欲望の裏には犠牲があるのだ

会社帰りにスーパーに行くと、閉店前の見切り品に出くわすことがある。
毎日、というわけにはいかないが、タイミング良ければ、見切り品をゲット出来るわけだが、そこには闘いがある。

最近は見切りシスターズ?と思しき年配のオバちゃん達が、スタッフの出入り口付近のショーケースによっかかって井戸端会議に余談がないのだが、この姿って、コンビニの入り口あたりでタムロってる若者と変わらないんじゃないか?と、思わずその光景にシンクロ感を覚えてしまった。

見切り品出てるかな?と観察しがてらその場を通り過ぎようとすると、オバちゃんたちのギロリン!とした視線が飛んでくる。何で~?そんな目で睨まれないといけないのだろう?

確かに少しでも安く買いたいのは誰しも同じだが、出てくるまでタムロって、シスターズメンバーでない人が来ると睨みつけて、縄張り意識を固持するというのはどうなんだろう?そんな姿を目にすると、見切り品ゲットの闘いに参戦する気さえ失せてしまう。

たまたま通りかかったら「お買い得品」に出くわした、というほうが粋だし、自分達の愚かな行動が、品位を貶めていることに気付いていない、というのも何ともお気の毒なことだ

会社勤めをしていると、年中通してだいたい決まった仕事をしているが、たま~に、違う仕事のヘルプをすることがある。
それが、大勢の方の中での仕事だったりすると、終業後はいつも以上に疲労困憊だ。

やはり慣れた仕事をするほうが身体はラクだ。
だが、時には違う環境に身を置いてみるのは良いことだと思う。

普段なら会わない人との出会いがあったり、いつも使わない気を遣いまくったり、周囲の働きに目を配りながら動いたりと…、そりゃあ神経使いまくりなわけだな。
終わった後はクッタクタで、お疲れさまのビールは超ウマイ!のだ。

で、こういう体験をすると何が良いかと言うと、普段遣わない気配りで脳細胞が刺激されるし、新しい人との出会いは、心を活性化するし、普段の行動とは違う流れで、肉体もフル稼働される、というわけだ。

ボケ予防は年配者だけのものではない。若くても日々刺激を受けることが大事なのだ。
毎日、毎日同じことの連続だと、気付かない間に錆びた心身になってしまうのだ

毎日ごはんを作っていると、ちょっとずつおかずが余ってしまう。
それを翌日に食べてしまえば問題ないのだが、どうしても冷蔵庫の片隅に置かれて忘れがちだ。

だが、そんなことをしてはもったいない!食材だって私達に食べてもらうためにおいしく育ってくれたのに!
きちんと最後まで食べきることこそが、私達が生かされていることに対する礼儀だ。

今日はちょっとずつの残り物が5品ほどあった。
これらを全て食べるには…。考えあぐねた結果、すべてを細かく刻み、粉と混ぜてお好み焼きにしてみた。

するってえと!これが思いのほかおいしかった!!!
残り物だから既に味は付いているから、粉を入れた分の調味料を少し足して、鉄板で焼けば出来上がり!

もちろん、食材によっては合わないものもあるだろうが、今回の残り物達は相性が良く、すべてを混ぜても違和感なく食べきることが出来た。
残り物に困ったら、ぜひオススメしたい方法だ

浅田真央ちゃんがフィギュアスケートの大会に復帰した。
幼い頃からずっとスケートに精進し、ひたすら己の高みを目指しながら頑張ってきた。
その姿は、誰が見ても頷けるし、彼女の真摯な姿を見れば自然と応援する気持ちが湧いてくる。

ソチオリンピックでのフリーの演技は、世界中の人達の魂を揺さぶった。
夜中に生放送を観戦したが、自然と涙が溢れてきた。
あれほどの演技を達成したのだから、1年休んで大正解だ。

中には大人の事情で心無いことを言う人達もいるが、選手だって人間だ。
ロボットではないのだから、感情だってあるし、いくら好きなことでも続けられないことだってある。
良い面も弱い面も、全てひっくるめて応援するのがファンの心得だと私は思っている。

この1年の休養で、今まで見たことのない世界を多く堪能し、更に大きく成長した真央ちゃんの演技を見れるのが楽しみだ。ファンとしても、心して応援したいと思う

今の時代は食べ物も豊富で栄養価も高く、医療技術も優れているから、高齢になってからも出産をすることは可能だ。
女性も社会進出し、ある程度のスキルが身に付くまでは精進したいし、せっかく多くを学んだのであれば、それを生かしたいと思うのも納得出来る。

だが、現実問題として、高齢出産は母体にもリスクがあるし、心身に多少の違いはあれども、何がしかの障害を持つ子供が生れる率が高いことも問題になっている。

確かに周囲を見渡すと、20~30代前半で出産した知人の子供達はアレルギーもなく、元気いっぱい!の子が多い。
両親が高齢になればなるほど、身体の弱い子を抱えているな~というのが正直な感想だ(一概には言えないが…)。

出産の年齢に決まりはないが、人間も動物の一種だ。
女性が子供を産める身体は、10代の中頃には既に準備出来ている。
動物学的にも早く産めば産むほど、母体も元気だし、引き継がれる遺伝子も元気なのだろう…と、素人考えだが想像してしまう。

社会背景を考えると、簡単には括れない問題ではあるが、もしかすると、女性にとって出産は若いうちのほうが良いのかもしれない

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