前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2016年07月

明日は都知事選投票日だ。
私の住む最寄駅では、本命3名のうちの著名人の応援演説が行われていた。

だが、当の本人の姿はない。
見たこともない、応援団のおじちゃん、おばちゃん達数十人が徒党を組み、メガホンで候補者の賛辞を述べ続け、「明日の投票には、ぜひ1票を!」と叫んでいた。

「うっさいな~!」というのが正直な感想。
言っちゃあ何だが、応援演説するあなた、マジで候補者の人となりやこれまでの功績を知っているのか?
ヘタすりゃ、本人と会ったこともないのじゃないか?というくらい、歯の浮くような演説で、まったくもって心に響かない。

倒れそうな暑さの中、ボランティアで、あれだけ絶叫する応援演説が出来るなんて…。
これが、真の心から出るボランティアなら、あなたは神様だ!
人間、利害関係なければ、そんなことは出来ない、いや、しない。

その応援演説、真から出ていないのであれば、むしろ候補者の足を引っ張ることになるな~

気の合わない人というものは、誰にでもいるだろう。
何となくイケすかない、言動がイラつく、顔も見たくない…等々、いわゆる天敵と呼ばれる人とは、なかなか相容れないものがある。

そんな人でも、違う人から見たら気の合う人ということもある。
万人から嫌われる、ということはそうそうない。

だが、たまに万人に嫌われる人がいる。
共通点としては、臭い、汚い、暗い、話が長い、人の言うことを聞かない、わがまま…等々、誰もが嫌がる短所オンパレードな人がそれに当たる。

四面楚歌にいたら、「はて?これは自分が悪いのか?」と、まともな神経の持ち主ならそう考えあぐねるかもしれないが、万人に嫌われる人は、そんなことにも思いが至らない。

いったい、誰がジャイアンの首に鈴をつけるのか?
誰もが遠巻きにし、少しの関係を持つことさえ拒む。
そんな嫌われ者にはなりたくないものだ。せめて、普通に話の出来る関係でありたいと思う。

こういう人は、一生「裸の王様」で生きていくのだろうか。
それも、考えようによっては幸せなのかもしれない

今日、関東は梅雨明けし、日本中が高温地帯になった。

個人的に夏は苦手だ。
身体から噴き出す汗で、不快感MAX!になることや、照り付ける日差しで頭がボーッとしたり、暑さのために食欲が減退し、一気に体力を奪われることから、苦手意識が身に付いた。

暑さに身体が慣れればいいのだが、家と会社の往復がメインの生活をしていると、長い時間冷房の効いた場所にいることから、自律神経が参ってしまうのだろう。だからといってクーラーなしでは生きていけず…。
身体のためにも、外気に慣れることは有用だが、この暑さの中、わざわざ出かけようという気にもなれない。

だが、これも2ヵ月ほどすれば、次の季節が巡ってくる。
今からそれを楽しみに、この暑さも楽しみたいものだ

おやめになっておくんなさいまし5のつづき。

最新の喫煙率は、男性が3割、女性が1割という調査結果が出た。
男性は10人中3人が、女性は10人中1人が喫煙している、ということだ。

最近はオフィスでの喫煙はもちろん禁止だが、ビルに喫煙室を設けたり、街角にも喫煙場所を設けている。
自由にたばこを吸いたい人には不便なこと極まりないだろうが、そもそもたばこの作りが他人に迷惑をかけるからいけないのだ。

喫煙者の嗜好を優先するなら、他人に迷惑をかけないたばこを開発すればいいし、ポイ捨てが出来ないシステムを作ればいいのだ。

朝、通勤時の道路や排水溝には、多くのたばこの吸い殻を目にする。
それを、ビルの管理人や、ボランティアの人達が片づけている。

たばこを吸う人のマナーに対する意識が低いのだ。
それでなくても目の敵にされているから、いやがらせのようにポイ捨てをするのか、面倒くさいからなのか、そんなことはどうでもいい、ということなのか?

いずれにしても、マナーの低さが人間の価値とイコールになっていることを知っていたら、恐らくそんなことは出来ないはずだ。

自分はどんな人間になりたいのか?
人から慕われ、尊敬され、大切にされたいのなら、人としてのマナーは守れるはずだ

相模原の障害者施設での事件は、戦後最大級の事件として大きく取り上げられている。
犯人の犯行動機として、「障害者をこの世から無くしたかった、意思疎通の図れない者は人間ではない」という供述をしている、という。

障害者の中には、表立っての意思疎通を図れない人もいるかもしれないが、それは大きな間違いだ。
身体が不自由でも、精神的に錯乱していても、「生きたい」という思いは、どんな人間にも共通した感情だし、お世話をしてくれる人に対しても、間違いなく感謝の念を抱いている。

それを、いわゆる健常者と違うからという理由で、この世から葬って良い、という道理にはならないし、自分が健常者だ、という思いもまた傲りでしかない。

五体満足で毎日元気に働けることに喜びを見いだせたら、助けを待つ人に手を差し伸べるのは、人として当たり前のことだ。
それが出来ない人こそが、人間の心を持ちえない、まさに障害者だ。

健常者であろうが、障害者であろうが、意思の疎通が図れなくても、皆同じ人間なのだ。
健常者、障害者という括りをすること自体おかしい気もする。
人と自分は違って当たり前だ。

お互いが、それぞれの得意を生かし、世の中が成り立っている。
一見何も出来そうに見えない人にだって、その人にしか分からないお役目があるのだ。
他の人がその芽を勝手に摘むことは、やはり大罪だ

洗脳GO!のつづきのつづき。

週が明け、やっぱりポケGO!を巡る事件が続々と起きている。
ひったくりに、暴行に、ながら運転…届出のないものや、ヒヤリハットも入れたら、枚挙にいとまがないだろう。

通勤時にも、ながらスマホが急増!
あ~~、ここにもゾンビがぁ~~~!!!!
もう、ここまでくると笑うしかないよね。

それにしても、どうして人間はこう簡単に感化、いや洗脳されるのだろう?
自重出来る人なら後戻り出来るが、そう出来ない人のほうが圧倒的だろう。

どんな時もスマホを身から離さない人もそうだが、これらが心の拠り所になっているのが怖い。
無くなれば、無くなったで、また次に依存出来るものを探すのだろうが、人間の精神力の弱さ、脆さが露呈しているな~と、改めて思わされる。

人間誰しも弱いものだが、拠り所を間違えると、取り返しのつかないことになる。
たかがゲームと笑っていられるうちは良いのだが…。

それにしても、街中で徒党を組んでモンスターを探す集団って…。
これ、一歩間違えたら、集団毎ヤバイところに導かれ、送り込まれることにもなりかねない。
もろ、テロの温床だな…と、彼・彼女らを見て思わされた

洗脳GO!のつづき。

日本でもポケモンGO!のサービスが始まった。
街に出れば、早くもポケGOにハマったゾンビ達がウヨウヨいる。

あ~~~、やっぱり日本人もかぁ~~、だよね~~、日長1日ゲームに興じる人、虚構の世界にしか居場所を見いだせない人、スマホがないと生きられない依存症のゾンビ達がうじゃうじゃいるのだから、こうなるのは目に見えている。

スマホの仮想世界の中に現れたモンスターをゲットすることでしか、自己満足を得られないなんて、なんてお手軽で、チープなんだろう。

本当に自分が手に入れなければならないものは、仮想世界の中にはない。
生身で生きているのだから、現実世界で精進しなければ、マジでそのうち廃人になってしまう。

こんなゾンビ達を、国は駆逐しようとしているのだろうか?とさえ思えてしまうほどだ。
過保護で育ち、自分の意思で、頭で物事を考えられないゾンビが大増殖している昨今だが、果たして自らの足で立ち、考え、生きているだろうか?と、改めて考えさせられた

生まれて社会人になるまで、人間はある程度決められたレールの上を歩くことになる。
社会人になるまでに、多くのことを学び、身体と心を鍛え、社会に貢献出来る人間に成長していかなければならない。

子供時代も社会人になってからも、時にその大枠通りには進めない人もいる。
それは当然のことだろう。そもそも人は皆同じではないからだ。

生まれた境遇も違えば、身体付も、血液型も、教育の水準も、感情の在り方等々も、千差万別なことを思うと、皆が皆、いっせいのせ!で、同じ事柄をこなせるわけがない。

人間は、遠回りしたり、手痛い思いをしたり、多くの事柄を経験し、知覚で賢くなっていく生き物だ。
ということは、人間としての好機・転機は、人それぞれということになる。

他人の好機・転機を羨んだり、妬んだりする必要はないのだ。
自分には自分に合った好機・転機が必ずやってくるし、人を羨んでも何の解決にもならない。

自分のタイミングは自分にしか分からない。
いつか巡ってくる好機・転機をしっかり掴めるよう、今出来ることを真摯に努めることが大切だ

今週の月曜日は死んだようにずっと寝ていた。
で、元気になったはずだったが、2、3日前からノドが痛み、鼻水が垂れだした。
そして、今宵、とうとう発熱!

金曜日だし、今日病院行かないと週末地獄だ!と思い、閉院間際の罹り医に行った。
と、ここで判明したのが、何と1年ぶりの通院だった。
つまり、この1年は医者いらずの毎日だった、ということだ。

お~~!!すごい!!!
我ながらそんなに長い間毎日元気に過ごせたなんて、マジありがたいことだ。

勝手知ったる罹り付け医なので、症状を聞き、これまでの病歴を加味し、処方箋を出してくれた。
酷くなる前に行ったので、初期症状で治ることを祈るばかりだ。

疲れが溜まれば身体は悲鳴を上げる。
悲鳴を上げる前に休まねばならないのだが、なかなかそう出来ず…。
1年も元気だったのだから、ここらで小休止が必要なのだろう

地獄絵図10のつづき。

今年は猛暑だそうだが、ここ数年ずーーーっと、暑さの記録が更新されているように感じる。

こんな時期、朝のゲロ混み通勤電車の地獄っぷりったら!
熱い!臭い!湿気がこもる!クーラーが入っていても…だ。
他人と肌が触れるだけで、不快案MAXだ!!!

外に出ればアスファルト地獄で、上から下から熱波がジリジリと身体を包む。
日傘がなければ歩けないし、あっても、マジ途中でコト切れそうになる。

そんな中、暑さを軽減するヒンヤリグッズが巷に溢れている。
私も、それのお世話になり、辛いながらも、何とか凌がせてもらっている。

身体がスーッとするだけで、気持ちまで軽やかになるからフシギだ。
それでも、小1時間も経てばまた熱くなる。
夏は、地獄と天国を右往左往する季節なのかも…!?

都知事選候補は、有名人2名と、自民党が推す1名、計3名が本命候補となってきた。

いつものことだが、ライバル候補を叩き落とすために、スキャンダル合戦が続いている。
こういう下世話なスキャンダルを大々的にでっちあげ?ライバル候補を蹴落とす手法って、くだらないイジメと同じだなと感じる。

この世の中、叩いてホコリの出ない人間なんて、まずいない。
大なり、小なり、人には言えない事柄なんて誰にでもあるし、若気の至りだったり、気付いたらそうなっていた、なんてことだってある。
公人であるから、清廉潔白でなければならない、という大義名分は、絵に描いた餅と一緒だ。

現役の政治家だって、権力を笠におおっぴらにならないだけで、ちょっと触れただけでも、ボロボロ大きな埃が出るだろう。

本当に国民のことを思うのならば、党の面子や思惑を最優先することはないはずだ。
結局、政治家は自分達の利益しか考えないから、ライバルを力づくで引きずり降ろそうとするのだろう。
裏を返せば、それはいつ何時自分に降りかかるか分からないのに…

日本より一足早く、海外では「ポケモンGO!」が大ブームになっており、テレビカメラに映される人達は、無邪気過ぎるほどそれに夢中だ。

その姿を見ていて、思わずゾッ!とした。
どう見ても、思考回路をコントロールされたゾンビにしか見えないからだ。

誰も彼もがスマホの画面に食い入り、道路であろうが、部屋の中であろうが、危険な場所であろうが、おかまいなし。
操り人形のように、ポケモンを追い続ける姿はどう見ても尋常ではない。

たかだかゲームと笑っていられない気がするのは私だけだろうか?
スマホという媒体を通して、人心を操られているように思えるのだ。

昔からゲームにはブームがある。
砂糖にたかる蟻のように、ブワ~っと群がったかと思うと、アッと言う間にいなくなる。
そんないつもの現象なら良いのだが、このゲームには何かもっと深い闇が潜んでいるように思えるのだ。

それにしても…人間の心なんて、簡単に操れるものだ…と、どこかの誰かの高笑いが聞こえるようだ

東海から南は梅雨明けした。
まさに、これから夏本番だというのに、すでに夏バテ気味の私。

昨晩あたりから何となく気分が優れず、早めに寝たがなかなか寝付けず、朝起きたらやっぱり優れない。
朝食を食べた後、家事をこなしてからまた寝た。

空腹で目が覚め、昼食を食べてからまた寝た。
夕方、喉が渇いて起きた。

我ながら、この暑い中良く眠れるな~と、感心しきり。
もちろん、クーラーのかかった部屋で寝たわけだが、どんな状況でも身体は疲れると睡眠を欲する。

眠って身体の修復を行ってくれるのだろう。
寝て元気になれるのだから、睡眠が一番の薬だが、苦手な夏、ムリし過ぎないよう気を付けたい

表参道に行ったら、駅前に長打の列が出来ていた。
何の行列かは知らないが、半日ほどいた後、再び駅に向かうと、それは変わらずあった。
まー、みなさんこの暑い中、良く並んでるな~と、感心しきり。

人間の心理として、人は人がしたことに習う傾向があり、自分が始めの一人になることを嫌がるそうだ。
だからと言って、この炎天下に何時間も待つ気にはとてもなれない。

数時間待った挙句、ようやく入った店で、思ったほどでなかったらガッカリだが、こんなに長い間待たされたのだから、大したことはなかったとは思いたくない、という思いが横切り、その店に行ったことを他人に自慢するのもまた、人間の心理だそうだ。

私も若い頃は行列に並んだこともあるが、数回それを体験すると、行列の先にあるものは「たいしたことない」ものがほとんどだった事実を思うと、物事は自分の頭で考え、心で感じたことを信じることが大切だな、と思う。

誰一人入っていないお店でも、SNSの評価が芳しくない店であっても、まずは自分で体験し、感じること、自分が始めの一人になることが大切なのだ

男は40歳過ぎたら結婚できない!?という記事を読んだ。

男は、女と違って出産がないから、女より結婚出来る年齢ゾーンが広いと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

今時の40歳といえば、ようやく仕事に脂がのってくる年齢だ。
昔に比べて、明らかに10歳は精神年齢が若いことを思うと、やっと一人前になれた?40歳が結婚適齢期のようにも思うが、現実はそうではないようだ。

自分が40歳になる頃、人にもよるが、親の介護が始まるからだ。
若いうちに結婚し、親とも良好な関係を築いていれば、嫁も介護を手伝ってくれるだろうが、「はじめまして」と言って会った瞬間に、「親の介護」などと言われたら、どんなイケメンが目の前にいたしても、誰もがドン引きすることは目に見えている。

精神年齢の低い子供がやっと大人になった頃、今度は自分が親の面倒を見なければならない現実を思うと、精神的にもっと早く自立出来るよう、子育てをする必要があるのだが、子供をいつまでもおもちゃ扱いする親がしてきたツケが、こんな形で戻ってくるとは、何とも恐ろしいことだ。

これまでは、女にばかり「賞味期限」などといった失礼な言葉を吐いていた男も、それに当てはまる時代になったのか…と、いまさらながら男女平等だったことを思わされた

このページのトップヘ