前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2016年09月

日本列島は北~南まで、いたるところで地震が頻発している。
火山性微動も多く確認されているし、いつ何時どこで大きな災害があってもおかしくない状態が続いている。

人は、大気や気圧の変化で頭痛や体調不良を感じる。
中には、地震の前になると耳鳴り等の体感を訴える人がいる。

ちょっと大きな地震の前になると、なぜか私は耳の中が異常にかゆくなる。
耳垢が溜まっているから、というわけではなく…(笑)。
無償にかゆくなる時は要注意、というわけだ。

夕方、異常に耳の中がかゆくなった。
ただのかゆさであることを祈りたい。

だが、地震も自然の働きの一部だ。
自然の中で生かされている身としては、今ある生活に感謝の思いを抱き、最小限の被害で済むことを願うばかりだ

季節の変わり目のせいか、しょっちゅう電車が止まる。
今週は帰りだけで2回も止まった。まだ明日1日残っているというのに…。
朝は朝で同じように遅延が発生している。

その理由は、線路に人が立ち行った、ホームで非常ボタンが押された、駅と駅の間の踏切での安全確認、電車の窓が割れた…等々。
よくもまあ、これだけ次から次へと事が起こるとは!

通勤時の電車は5分止まっただけで、地獄絵図だ。
ホームはアッと言う間に人で溢れ、改札にも入れない状態になるのに、30分はかからない。

飽和状態のホームでも、人々は黙ってその列に並び、ようやく来た電車には、苦痛の表情を浮かべながら、これまた文句ひとつ言わず骨をきしませながら、ギュウギュウの超満員電車に耐えている。

こんな時、日本人の凄さ?を思い知らされる。
苦痛だからと言ってわめいてもどうにもならないことは分かっているからか、スマホの画面をひたすらいじりながら、皆その状況をお行儀良く待っている姿は、まさに「世界遺産」と言ってもいいだろう。

だが、これ以上都心に人が集まると、異常事態が飽和を通り越して、取り返しのつかないことにならなければ良いのだが…

介護=親育て25 のつづき。

父が亡くなり、3歳年下の母は、来年父と同い年になる。

80歳を過ぎた頃から、1年1年体力が弱っていくのが目に見えて分かる。
去年出来たことが今年は出来なかったり、歩く速度が遅くなったり、忘れることが増えたり…。

人間としてこの世に生を受け、80年以上何の異常もなく働き続けてきたのだから、そろそろ不具合が起きるのは当然だろう。

両親と再同居を始めて早や10年以上が過ぎた。
最初に決めたことは「怒らない」ということだ。

親ではあるが、もう昔の元気で頼りがいのある親とは違うのだ。
今は自分が親を守り、育てるのが役目だ。

歳を経るごとに子供に戻っていく親を、今では「かわいいな」と思うこともある。
かわいらしく歳を重ねていけるよう、その力になれたらいいな、と思っている

果てしない大空と広い大地のその中で<帯広編8>のつづき。

帯広空港に向かう途中に幸福駅はあった。
そこから空港までは、車で15分ほど。
幸福駅を見て帯広空港から飛び立つ、というのも何ともイキだな~と感じる。

帯広滞在は3日間だったが、十分充実した時間を過ごすことが出来た。
同じ24時間でも、東京でのそれとは違う気がする。

旅行の計画を立て、その日を指折り数えながら待つ楽しみ、ようやく訪れるその日、ワクワク感満載で旅立ち、知らない土地では新しい出会いの連続で、四六時中刺激満載だ。

そんなドキドキ、ワクワクも時間の経過と共に終わりを迎える。
寂しいような気もするが、この旅を通して多くの刺激とパワーをもらった。
これで、また次の旅までがんばれるぞ!!という気持ちが湧いてくる。

東京に戻ってからは、変わらぬ怒涛の日々を送っているが、こうやってブログを書くことで、一時タイムトリップ出来る。
ちょっと辛くなった時は、「果てしない大空と広い大地」を思い出そう
20160927旅の終わりに

果てしない大空と広い大地のその中で<帯広編7>のつづき。

旧国鉄・広尾線沿線の幸福駅に行った。

アイヌ民族の時代には、サツナイと呼ばれていたこの地、明治時代に福井県からの入植者により、その読みを「幸震」と書いていたが、福井県の福の字を「震」と置き換えて、「幸福」という地名になったそうだ。

鉄道が開通したのは昭和31年と、そう昔のことではない。
1日6便しかない路線は赤字路線として、度々廃線となりかけ、最終的には昭和62年に廃線になったそうだ。

昭和48年にNHKの旅番組で紹介され有名になった幸福駅、ここから数十分のところにある愛国駅とひっかけて、「愛国駅~幸福駅」行きキップが有名になり、幸福駅はカップルの聖地となったそうだ。

駅舎敷地内には国鉄時代の電車も展示されており、そこには多くのカップルの結婚式の写真が飾られている。
多くの人が、幸福になるため、この駅にあやかっているのだろう。
その証拠に、駅舎には二人の名前を書いた上記のキップがお札のように無数に貼られていた。

人々の願いを一心に引き受け、今日も幸福駅は佇んでいた
20160926幸福駅

果てしない大空と広い大地のその中で<帯広編6>のつづき。

真鍋庭園で、面白い木に出会った。
その姿を見た瞬間、思わず目を疑い、同時に大笑いした。

だって、前髪パッツン!なんだもん!!!
どう見ても、しゃれっ気抜群過ぎる!!!

正体は柳だが、その垂れる枝をキレイに切りそろえていて、上のほうはこんもりしており、それはかわいらしい前髪パッツンの子にしか見えない。
柳でこれだけ見事な前髪パッツンを創り出せるなんて、凄すぎ!!!

庭園にも遊び心があり、見る者を楽しませるイキに感心した。
やるな!真鍋庭園!!!
20160925真鍋庭園前髪柳

果てしない大空と広い大地のその中で<帯広編5> のつづき。

帯広滞在中、六花亭本店に行った。
帯広繁華街の中心地にありながら、外観は控えめで目立たない。
よくよく見ないと、通り過ぎそうな佇まいながらも、老舗としての風格が漂っていた。

今や六花亭のお菓子は、日本全国どこででも食べられるようになったが、かねてより本店にはいつか行ってみたいな~と思っていた。
今回、帯広に行くことになったことから、ぜがひでも行かねば!ということで、足を向けた。

1階は商品売場、2階は軽食も食べられるカフェになっていた。
行った時間がお昼過ぎだったことから、ここでランチをいただくことにした。

写真の通り、ピザとワッフル、いちごジュースをいただいた。
見た目は普通だが、やっぱりおいしい!のだ。

ピザのチーズも一味違うし、ワッフルはサクサクで、付け合わせのソースがこれまたまろやかでさわやか、いちごジュースは生のいちごを絞ったものだから、まんまいちごの味がする。
素材の味が生きたランチだった。

長年の夢が叶った六花亭本店訪問だったが、食後は、本店にしかないお菓子をたんまり買い込んだ。
今、我が家は六花亭のお菓子に囲まれている。う~~ん、幸せ~~~!!
20160924帯広六花亭ランチ

果てしない大空と広い大地のその中で<帯広編4>のつづき。

帯広での楽しみのひとつに食事がある。
ご当地ならではの、牛乳、チーズ、十勝牛、パン、ごはん…等々。
どれを食べてもおいしい!のだ。

帯広到着後に食べたホテルの天ぷら定食ランチ(下記写真)だが、エビはぷりっぷりで味も濃厚、野菜の天ぷらも歯ごたえ良く、食材の味が濃いのだ。

銀シャリも上等品だし、味噌汁もお漬物の塩梅もちょうど良い。
まさに、100点満点のランチを堪能した。

ホテルでは、北海道産の小麦粉を使ったパンを売店で購入出来るため、さっそく買って食べてみた。
やっぱり、一味違う、味わいのあるパンで、ファンになってしまった。
出来ることなら、毎日でも買いに行きたいほどだ。

こうやって、たまの贅沢を味わうからこそ、食材の良さに敏感に反応するのだろう。
食にも、果てしない広がりを感じた旅となった
20160923帯広ごはん

果てしない大空と広い大地のその中で<帯広編3> のつづき。

今回滞在したホテルは、帯広駅がほど近いところにありながら、緑に囲まれ、温泉も湧くホテルだった。

モール泉のお湯は茶色で、感触はサラッとしているが、肌はツルツルする。
少しぬるめだから、ゆっくりじっくり浸かることが出来た。

泊まった部屋には広いベランダがあり、今回ここが一番の特等席だな、と感じた。
部屋からベランダに出ると、さわやかな風を感じるし、植えられた花々には蜂や蝶、朝夕には赤とんぼが舞っている。ベランダから見える景色は木々の緑と青い空だけ。

ベランダに置かれたチェアに座り、自然が織りなす時間を味わうことが出来た。
あ~~、贅沢だな~~~!!!と、感慨ひとしおだった。

毎日目まぐるしい日々を送っているからこそ、こういうゆったりした時間に新鮮さと感動を覚えるのだ。
時にはこんな時間を過ごすことで、明日への活力が湧いてくる、というものだ。
やはり、旅は良いものだし、必要な事柄だ
20160922帯広滞在ホテル

果てしない大空と広い大地のその中で<帯広編2> のつづき。

帯広滞在最終日、真鍋庭園へ行った。
今回の旅で、紫竹ガーデン、十勝ヒルズ、真鍋庭園へ行ったが、三者三様で、庭園という一言ではくくれない、飽きのこない庭園巡りとなった。

真鍋庭園は、十勝開拓団で香川県から北海道に渡った先代が始めたもので、今はその5代目が跡を継いだ私庭だ。個人所有でこれほど広大な庭園を維持するのは並大抵ではないだろう。

真鍋庭園は、庭園ごとにテーマがあり、私が好きなのは北欧を感じさせる庭園や、どこまでも高く高く伸びる木々達だ。
十勝の土地が植物を大きく育てるのか、人の手によるものなのか?いずれにしても、やはり宏大な自然美に癒されることばかりだった。

夕刻東京に戻ったが、帯広で体験したことはまだまだある。
明日以降もこの旅の続きを記したい。

「北海道はデッカイドウ~!」というキャッチコピーがあったが、まさにその通り!と感じる帯広滞在だった
20160921真鍋庭園

果てしない大空と広い大地のその中で<帯広編1> のつづき。

今日は十勝ヒルズに行った。
今回の旅は、1日一庭園巡れたらいいなということで、今日も庭園巡りを堪能した。

帯広は駅周辺から車で30分ほどで行ける庭園が4つもある。
それだけでも、庭園好きにはたまらないロケーションだ。

十勝ヒルズは名の通り、丘(山)の上にある庭園なので、360度遮るものが何もなく、どこどこまでも高い空が続く。
ラベンダー畑から眺める十勝平野の雄大なこと!
しばし、その場から離れることが出来なかった。

掲載の写真は庭園内の違う風景だが、こちらも空が高い。
雲の勢いが美しく、眺めていて飽きない光景だ。

自然に囲まれていると、人間はこんなにも穏やかな気持ちになれるのかと、感慨ひとしおだ
20160921十勝ヒルズ

帯広に来ている。
帯広空港に降り立った途端、ひんやり冷たい空気を感じた。

レンタカー屋さんの事務所では、早くもストーブを焚いていた。
太陽が出れば、かなり快適に過ごせるこの時期の北海道だが、私にとっては10年とまではいかないが、かなり久しぶりの訪問だ。

帯広は初めてで、自分で車を運転するのも初めてだが、道の長さ広さ、空の高さ、どこまでも続くパッチワークのような畑は、テレビで見る以上に宏大で雄大だ。

松山千春が歌う「大空と大地の中で」の歌が頭の中でリピートされる。まさに、ぴったりの風景だ。
北海道の雄大さは、こういう景色を見なければ体感できないよな~と、しみじみ感動した。

ホテルに向かう途中にある「紫竹ガーデン」を散策した。
キレイな花が咲き乱れる見事な庭園だが、自然に咲くがままを大事にしている庭だな、と感じた。
カフェでは、名物おばあちゃんにも会えたし、ラッキー!

宿泊ホテルも緑に囲まれ、何とも贅沢な時間をゆったり過ごさせてもらっている。
大自然の中にいると、時間ってこんなにゆっくり流れるものなんだね~

20160919紫竹ガーデン

和歌山のアドベンチャーワールドでパンダの赤ちゃんが生まれたそうだ。

パンダといえば、見た目はカワイイが熊だ。
白と黒の配置がうまい具合にハマって、人間から見るとカワイイのだが、奴らはれっきとした熊だ!!

パンダが初めて日本に来たのは1972年、日本中パンダブームで湧いた。
このパンダ、意外と神経質で飼育も大変、ちょっとしたことで病気をしたり、ひどい場合には死んでしまう。
熊のくせに、なかなかナイーブなのだ。

パンダの背景には、世界の政治情勢が大きく係わっている。
日本がパンダを手にするきっかけは、田中角栄による日中国交正常化だ。

それから日本はパンダブームになるのだが、パンダは希少な珍獣ということで、世界からも大きく注目されている。
今では日本でも飼育、繁殖も行われているが、中国からもらったパンダを死なせたら大ごとだし、パンダをもらうことで?日本はどれだけ中国に莫大な援助をしたか計り知れない。

それなのに、中国の日本に対する態度といったら…。
未だに中国に援助し続ける日本、そこには国民には分からない深い事情があるのだろうが…。

白黒の熊をもらった対価はあまりにも大きすぎる気がする…それも、税金なんだよな~~

5か月半になる友達の赤ちゃんに会いに行った。

昔の赤ちゃんと言えば、ふにゃふにゃで、5か月くらいだとまだ首の座らない子もいるし、終始ベビーベッドで寝てるイメージだが、最近の子供は成長が早いな~と感じる。

友達の赤ちゃんは男の子だが、すでに1歳近くになるかのような成長ぶりで、首が座っていることはもちろん、自力で座ってもいられる。普通なら、頭からコトーンと倒れそうだが、体幹がしっかりしているのと、股関節の柔らかさで自分の重みをバランス良く保っているのだ。

その赤ちゃんに向かって、私は本気で話をする。
赤子にそんなことを言っても…と思うようなことでも、目を見て話すと、赤子はウンウン、と頷くし、イヤだとそういう表情をするのだ。

話す言葉というより、私の思いをテレパシーで感じているのではないか?と思うほどだ。
3時間ほどの滞在だったが、そのほとんどを私の膝に跨り、終始ご機嫌だった。

帰り、近くまで送ってくれたが、別れの挨拶をすると、寂しそうな表情をし「帰るの?帰っちゃうんだ!?」と言ってるように感じる。

言葉をしゃべれない赤子や老人と、私は何となく会話が出来る。
恐らく、感情を汲み取っているのだろう。
相手の目を見ていると、何かが伝わってくるのだ。

赤子といえども、侮ってはいけない。立派な一人前の人間なのだ

中村芝翫襲名を目前に、中村橋之助のスキャンダルが世間を賑わせている。

妻の三田寛子は、そんな夫を叱り、励まし、あるべき道へと引き戻した。
マスコミへの対応も立派なものだ。

芝翫襲名というとてつもないプレッシャーで、橋之助はビビッていたのだろう。
人間国宝である偉大過ぎる父や先祖達の名を継ぐことは、素人の私達には想像し得ない大きな重圧があるのだ。

そこへ、キレイな芸妓に言い寄られたら…。ちょっとの火遊びのつもりが、想像以上にハマってしまった。
要は、プレッシャーからの逃げ場を見つけた、ということだろう。

男はいざという時、逃げるクセがある。ここ一番という時にいなくなるのだ。
女は子供を産むからか?いざという時に逃げない、立ち向かう強さがある。

今回は、そんな女の力であるべき場所へ戻れた橋之助。一生奥さんに頭が上がらないだろう。

芸妓は芸を売るのが商売のはずだが、昔から男を食い物にして生きている。
それじゃ、芸が売り物とは言えない。それも芸のひとつと言われれば、それまでだが…。
女の欲得にまんまとハマった今回の件、男は女のさじ加減で生かされていることを肝に銘じておくべきだ

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