前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2016年10月

東京には、各道府県のアンテナショップがたくさんある。
場所によっては、通り沿いにズラッとショップが軒を連ねており、それぞれを回りたい者には便利だ。

狭い日本とはいえ、各地に出向くにはそれなりの時間と労力と費用が発生する。
それを東京にいながら楽しめるのだから、アンテナショップ様様だ!

そこでは地元の品々が買えるのもウリだが、地産の材料で作った食事が楽しめるのがイイ!
材料も産地から取り寄せ、リーズナブル価格なのも嬉しい限りだ。

「〇〇県の料理屋」なんて謳う店も悪くはないが、地元から食材を取り寄せるからか、かなり値段も張る。
そういう店だとおいそれと入れないが、アンテナショップなら気軽に入れる。

アンテナショップに行くと、この県にはこんな観光地や特産品があるのか、行ってみたいな!という気持ちにさせられる。
まさに、店の思うツボだが、それで地元に客が足を向ければ、願ったり叶ったりだろう。

それに、東京は田舎者の集まりで作られた場所だ。
それぞれの故郷の味を味わえるし、他所で生まれた者には、他府県の在り様は新鮮に映るだろう。まさに、お互いにとって良い影響を与えることになる。

今や、地産地消ではなく、地産他消の時代だ。
こうやって、多くの道府県が潤えば、地産から共に喜べる世界が広がるのだ

波に乗る!「三線編」6のつづき。

三線教室で三線を購入予約すると、在庫があったらしく、さっそく手元に届いた。
初心者あるあるで、まったくもってチューニングがうまくいかない。
自動チューニング機も付いていたが、まだ使いこなせず。

都会の狭小住宅ゆえ、まずは消音ウマを買いに銀座のわしたショップへ行った。
そこで対応してくれた店員さんが、何と私が来月から教わる先生と同じ姓なうえに、先生のことも良く知っていた。

「何でその先生に教わることにしたの?何かツテでもあったの?」と聞かれたので、「先生の音と歌で決めた!」と話すと、「弾き歌いしてくれたの?あの先生、スゴイ先生なんだよ!」と。

三線の世界にもいろんな流派があり、将来本格的にやるならば、先生は見極めるべき、とある方からアドバイスをいただいていたが、素人の私には何を見極めて良いのかまったく分からず…。
ここは、心の感じるままにいくしかないでしょ!ということで、決めたのが今回の教室だった。

わしたショップの店員さんなら、誰もが知る有名な先生だった…。
へーーー、そうなんだーーーー。この世界もやっぱり狭いよな~~~(良い意味で)。

乗った波は、どうやら正解だったらしい

ゆとり世代の若者は、何か事あるごとに「ゆとりだからぁ~」と揶揄される。
それってどうなんだろう?と思う。

20代の若者が年配者の想像だにしないようなことを平気でやってしまうのは、今も昔も変わらない。
私が新入社員だったころ良く言われたのは、「これだから東京オリンピックを知らない世代は…」だった。
そんなの私のせいではないし、東京オリンピックを経験した人間だけがまとも、という定義はどう見てもおかしい!

若者の中には、しっかりしている子もたくさんいるし、こちらが見習わねば、と思わせてくれる子だっている。
若者すべてがダメというわけでは決してない。

若者は、育てれば伸びしろがあるが、それより始末に負えないのが年配者だ。
これまでの経験値=プライドとなり、周りが何を言っても我が道を行くし、自分に合わせてくれない者を敵視し、キレルこともしばしばだ。

会社ではベテランと言われる管理職だって、権利を笠に着て若者に無理難題を押し付ける。
自分の意思が通らないと、「これだからゆとりは~」などと、意味不明な捨て台詞を残していく。

我が道を行くゆとり世代も、権利を公私混同する年配者も、どっちもどっちだ。
若者であれ年配者であれ、ゆとり的発想の人間はどこにでもいる。
自分の世代だけがまともと思うこと自体、すでに「これだからゆとりは~」と同類だ

寿司のシャリを残して何が悪い?と主張する女がいるとの記事を読んだ。
この事例も、昨日書いた電車内で化粧して何が悪い?と同類の臭いがする。

自分でお金を払い、注文した寿司のシャリを残す、それに文句を言われる筋合いはない、ダイエットのためなのだから、余計なお世話だ、と主張する人の思考回路、やっぱり理解出来ない。

寿司のネタもシャリも、お金を払えば食べられる現代だが、そもそもそれはどこから発生するのだろう?
ネタは海や川にいる魚の命を奪い、シャリは大地から生まれ稲となり、太陽や水、肥料と人手によって、ごはんとなる。

ネタもシャリも、多くの命、それを育てる人達の労苦、大自然の大いなる恵みを頂いて、食べることが出来るのだ。

それらを自分で創り出すことは出来るだろうか?人間がどんなに頑張っても、太陽を照らすことも、水を生み出すことも出来ないのだ。
私達は、目に見えない多くのエネルギーの賜物を頂いているのだ。

食事を頂く、ということの大いなる恵みについて、あまりにも人間は無知過ぎる。
もっと、見えない働きに目を向け、耳を傾け、心で感じることが大切だ。

自分のお金で買うものだから、粗末にしても良い、という発想しか生まれない人間は、すでに人間ではない。
感謝を忘れた人間は、ただの動物だ

東急電鉄のマナー広告で、「車内で化粧する女性はみっともない」編がある。
これに対して賛否両論の意見があるそうだが、これに異論を唱える人の思考回路はどうなっているのだろう?

女性の権利とか、人に迷惑をかけてない、通勤の時間を有効活用してる、などというある意味プラス思考?な捉え方もあるが、人前で化粧をするのは、人前でトイレに行くのと同じことだ。

電車という一種独特の世界の中では、人の目は人の目ではないのだろう。
確かに赤の他人にそんなみっともない姿を見られていても、気にならないのが都会の良さかもしれない。

だが、知り合いの目の前で化粧が出来るだろうか?
電車に乗る人全員が知人だとしたら?

所詮、電車内で化粧をする女に身ぎれいな者はいない。
かばんも大きく、整理がされていないからグチャグチャ、無用な物を毎日抱えて通勤するその姿を見るだけで、一見キレイそうでも、だらしない人間性が透けて見える。

「電車内で化粧をするからみっともない」こともそうだが、そんなだらしのない生き方が「みっともない!」のだ


波に乗る!「三線編」5のつづき。

家の近所にある三線教室の体験レッスンに行った。
このレッスンで一番の見極めどころは、先生との相性だ。

初対面の先生は、稽古を始めるにあたっての心構えや、三線の成り立ち等を話してくれた。
これだけで、先生が抱く「教える」姿勢が窺えた。

さっそく、超初心者の私に分かるよう、三線の持ち方から、バチの使い方、弦の押さえ方、爪弾き方等々、細かく教えてくれた。
音階ドレミファソラシドが出るようになると、それだけでもうれしくなる。

三線の音階の読み方はドレミファではない。楽譜も工工四(くんくんし)という。音符もすべて漢字だ。
まずは、この読み方と音を覚えねば!だ。

最後に、先生が弾き歌いを披露してくれた。
奏でられるメロディーと歌声に、一発でノックアウト!された。

ということで、早速11月から教室に通うことにした。
その教室では三線販売とメンテナンスも行っているということで、もろもろコスパを考えたうえで、こちらも即決。

基本的に物を買うにあたっては、いろいろ調べて比較検討してからでないと決めない私だが、まさしく来た波は逃さずキャッチ!だ。

さてさて、11月からの稽古開始、どうなりますやら!?今から楽しみだ~~!!!

72歳の元自衛官が、老後を悲観し?自作の爆発物で周囲を巻き込めるだけ巻き込んで自殺した。

自衛隊を退官した後に娘が精神疾患になり、彼の暴力が原因で、裁判所からは妻と娘への接近禁止命令が出たうえに、二人は身を守るためDVシェルターに逃げ、妻からは離婚調停を起こされ、挙句に変な宗教に妻がハマって退職金2000万円を巻き上げられたのだとか…。

どこまでが本当の話なのか?あまりにも、2時間ドラマを地でいくようだが、負の連鎖であることは間違いなさそうだ。
そもそも自分の行いが招いたこれらの連鎖なのだが、当の本人は意にも介さず、家族が悪い、社会が悪い、とSNSにつぶやいていたそうで、挙句の果てにこれにも誰も反応してくれないことに逆切れしていたそうだ。

元自衛官…きっと、自衛隊でオレオレだったんだろうな~と、推察する。
縦社会の中で上司であることを笠に着ていたクチなんだろうな~~と。

退官したら、誰も自分を祭り上げてくれない、家族も冷たい…。
一気にタダの人になったわけだ。

プライドの高い人にしてみたら、これ以上の屈辱はない。
その怒りが暴力となり家族に向けられる。
そうなると、家族は否が応でも逃げてしまう。そりゃ、当たり前だよ。
娘が精神疾患になったのだって、これらのことが関係しているよな~と想像せざるを得ない。

人の上に立った人間は、往々にして勘違いしがちだ。
偉い立場と言って褒め称えられるのは、その組織の中だけのことだ。
それも、皆が皆揃って褒め称えているわけではない。
腹の中では、「クソじじい!」と、悪く思っていた人もいたことだろう。

一般社会では、一組織の中だけの地位なんて、吹けば飛ぶようなものだ。
それが分からないと、今回のような超被害妄想から発生する事件が起きるのだ。

事件を起こした元自衛官の読み違いは、全て己の超勘違いから来ているのだ

給食費未納…保護者の低いモラルなど課題という記事を読んだ。

「義務教育なのだから、給食費を払う必要はない」というモラルのない保護者の未納額が、全国で22億円になるそうだ。

昔は、人さまに迷惑をかけてはいけない、生活保護をもらうなんてみっともない!なんていう時代もあったが、今やもらえるものはもらい、払わなくても良いものは払わない!という時代になった。

国民の税金を無駄遣いする政治家や官僚のことを思うと、そういう人達の言い分もある意味正論ではある。
だが、給食は材料の他に、それを調理する人件費が発生しているのだから、その対価を払う必要は生じる。

それがいやならば、給食制度を止めるか、学校に通う子供のいる家庭からその分を税金として徴収するか、子供手当を止めるかのどれかだろう。

そもそも、扶養者がいる家庭は税金で優遇されているのだから、そこに給食費を上乗せすれば良いのだ。
といっても、公立、私立では事情も異なるだろうし、給食がない学校だってある。
そうすると、一律税金に上乗せする、という簡単な方法では解決出来ない、ということにもなる。

たかだが月々数千円の給食費さえ払いたがらない保護者に対しては、まさに犬に論語だ。
滞納している家庭だけ、有無を言わさず、税金でその分を給料から天引きすれば良いように思うのだが…

鳥取大地震が起きた割には、その報道が少ないように感じる。

1日中テレビを見ているわけではないから、私が知らない間に放送されているのかもしれないが、主だったニュース番組などでも、あまり多くを取り上げていないように思う。

熊本地震もそうだが、大地震にもかかわらず、日本は被害が少ないように感じる。
もちろん、家屋が倒壊したり、避難所で長い間生活している方達も多くいることを思うと、気軽に言えることではないが、これが他の国だったらどうだろう?

安普請や、手抜き工事の住宅が普通の国などは、日本と同規模、いやそれ以下の規模の地震でも全壊なんて普通だし、被害者数も日本の比ではない。
そう思うと、日本の地震対策は世界一といっても良いだろう。

そのせいか?鳥取大地震でさえ、特別報道するわけではなく、普通にお笑い番組や野球中継が流れている時点で、安心して良いのか?悪いのか?

あまりの無関心さ?ぶりに、逆に報道規制でもかかっているのか?と疑りたくなる。
ただの思い過ごしであれば良いのだが…

「土人」発言招いた沖縄の異常な現場 機動隊への罵詈雑言…防衛省職員も被害という記事を読んだ。

この問題で最初に驚いたのは、「土人」なんて言葉を、若い機動隊員が吐いたことだ。
本人は、差別的意味だとは知らなかった、とは言っているそうだが、明らかに侮辱した表現であることは、当人も認識しているだろう。

記事にもあるように、沖縄の人達の負荷や精神的苦痛は計り知れない部分は確かにある。
だが、その裏では報道されない、現地でのあり方もまたもう一つの問題だ。

沖縄の人達からしてみれば、内地からやってきた人間に、我が物顔で沖縄を支配し、好き勝手している、というふうにしか映らないだろう。

だが、今の沖縄は、アメリカの基地があることで潤っているのが現実だし、内地の人間がこぞって観光で押しかけることで、観光業が成り立っていることもまた事実だ。

私もよく沖縄に行くが、住みたいとは思わない。
それは、現地の人達の排他的思考には付いていけないからだ。

観光客として金を落とす分にはウエルカムだが、移住なんてとんでもない、よそ者には来て欲しくない!という思いを強く感じるからだ。
それは、現地の人から言われたこともあるし、すでに移住している人達を差別するような話も聞いた。

だからといって、自分達の力で今以上の事を成しえるかといえば、そうではないのもまた事実だ。
良い意味でも悪い意味でも、沖縄の文化や風習は琉球時代から変わっていない。
そうなると、今の社会に追いつけるわけもないし、沖縄の人たちがそれを願っているとも感じられない。

あれこれ反対するだけではダメなのだ。
その代替を提案、実行出来なければ、真の意味での沖縄の精神的独立は有り得ない。
それが、沖縄の人達の大きな課題なのだが、そんなことは眼中にもない…というふうに、端からは見える。

結局、沖縄で活躍しているのは、内地から来た人か、一度沖縄から出で戻ってきた人のように感じる。
「なんくるないさ~」と言って何もしなければ、今以上の発展はないばかりか、ヘタをすれば衰退の一途を辿ってしまう。

アメリカの基地があること、内地の干渉があること、それをどう生かしていくのか?
沖縄の人間の誇りを以て、その落としどころを見極めることが急務だ。

沖縄を愛する者として、敢えて辛口コメントを書かせてもらった

予行演習?のつづき。

昨日、会社で地震の予行演習?があったばかりの今日、リアル地震が起きた。

トイレで歯磨き後、同僚と話をしていたら、なんだか揺れてる?めまい?
区別がつくまでに少し時間がかかった。
その間、大きな窓に掛けられたブラインドがカッチンカッチン鳴っていることから、「あ!やっぱり地震だ!」と。

大きな横揺れが、ゆら~り~、ゆら~り~といった感じだ。
オフィスが高層階にあるため、大きな地震が来ると、揺れが収まっても、しばらくは揺れる。
今日は震度こそ低かったが、東日本大震災の時のような、遠くで大きな地震が起きたな!と思わせるような揺れだった。

デスクに戻り速報で、鳥取にて震度6弱だと知った。
熊本地震が4月14日に起き、あれから半年。今度は鳥取を震源とする大きな地震が起きた。
震源が北上している…。

狭い日本、火山大国の日本、どこで何があるか分からないのだ。
次は、予行演習では済まないのかも…?少しの不安がよぎった

南海トラフ地震は「確実に近づいている」という主旨の記事を読んだ。

昼前、緊急地震速報が鳴った。
例の「ピロン♪ピロン♪」というメロディーのあと、「強い地震が来ます、身の安全を図ってください…」というアナウンスが流れた。
誰かの携帯かと思いきや、ビルの館内放送だった。

館内でそんな放送が流れたのは初めてだったのでちょっとビックリしたが、各自の携帯からはその音は聞こえないことから、これは?と思っているうちに、すこ~しだけ揺れた。

強震モニターも、関東一帯をオレンジに近い黄色が一斉に点滅した。
赤になったらヤバイが、そうではないらしい…。ということで、冷静に状況を観察していた。

幸いにも大きな地震ではなかったが、日本列島いたるところで地震や噴火が頻発していることを思うと、今回の件はある種の予行演習だな、と思わされた。

館内放送があったおかげで、エレベーターに乗っていた人達も、最寄の階でもれなく降ろされたとのこと。
だが、誰もパニックになることもなかったそうだ。

う~~~~ん、やっぱり予行演習だったのだろうか…

波に乗る!「三線編」4のつづき。

三線についての情報をあれこれ探している間に、アッと言う間に10月も後半になってしまった。

この間の収穫といえば、会社の、それも同じ部署に三線を習っている人が見つかったことと、なんと、我が家の近所に教室があった!ことだ。

どちらも偶然?の出来事によって分かったことなのだが、まずは会社の人について。
こちらは、朝出社したらコピー機の上に、工工四(楽譜)のコピーがあった。
おや?これは、もしかして?と、浮かんだのが、沖縄好きの方の顔だった。

何気に本人に聞いてみると、ビンゴ!ということで、それからは三線情報のやりとりをするようになった。
そこで教えてもらったのが、沖縄の三線工房だ。この方の紹介で、年内中に訪ねることになりそうだ。

もうひとつ、近所の三線教室を見つけたのも偶然で、いつもは通らない道を歩くことになったのだが、その時目に留まったのが、教室の看板だった。

教室のホームページを探し、見てみると、うーーん、何だか好みに近いな~、ということで、体験レッスンを受けることになった、というわけだ。

約2ヵ月近くボヤボヤしている間にも、流れは止まってなかったようで、向こうから情報がやってきた。
やっぱり、波に乗ってる…よね

最近のテレビや映画、舞台で活躍する俳優は、たいがいダブっている。
映画の予告編を見ると、この人また出てる~、ドラマでも観た~、舞台にも出てた~といった具合だ。

なかには、ずっと舞台を中心に活躍していたが、その実力が認められ、テレビや映画にも出始める。
最初は脇役なのだが、その光る演技が脚光を浴び、あれよあれよという間に主役に抜擢される、というのが最近の傾向だ。

特に顕著なのが、NHKの朝ドラだ。
脇役で出ていた子が、2~3クール後に主役になるパターンが多い。
光る子というのは、脇役であっても光っている。

殊に、NHKには好みの子があると感じる。
ドラマを見ていて、ああ、この子は次の主役だな、と思う子はたいがいそうなっている。
恐らく、テレビを見る多くの方々も同じように感じているのではないだろうか?

これぞ、まさしく主役オーラというものだろう。
主役になる人には、元来備わっているもののように感じる。

ずっと脇役だった人が主役をやってもパッとしない、というのがまさにこれだ。
脇役だとすごく光るのに、主役になった途端、面白くない、輝やかないのだ。

人間には、やはり持って生まれたお役目というのがあるのだ。
脇役だろうが、主役だろうが、自分の器に合ったものの中で生かされることが、何よりも輝きを放てる生き方なのだ

20代男性の4割がお酒NGという記事を読んだ。

若者達は物欲がなく、車も買わないし、旅行にも行かない、おまけにお酒もNGというのだ。
原因は、残業続きで遊ぶ暇がないのと、会社の人達とプライベートまで一緒にいたくない、会社の飲み会に価値を見出していない、挙句の果てに給料が安いから、上記の事柄にお金をかけなられない、という。

確かに、私も会社の飲み会は極力パスする派だから、その心情は良く分かる。
平日の大半顔を合わせている人達と、夜まで一緒にいたくないし、面白くもない話に付き合わされるのもごめんだ。

お金がなければ旅にだって行けないし、車だって買えるわけがない。
少ない給料で、毎日を自分らしく楽しむ日々にするために、若者達なりの努力があるのだろう。

そうなると、否が応でも人間悟らざるを得ない?
欲しいから借金してまで買う、という発想にならないのがまさに悟り世代だ。

だが、見ると聞くとでは大違い!ということもあることを思うと、人間力を高めるためにも、非日常を体験することは有効だ。
悟り世代の課題として、大切な事柄のひとつだ

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