前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2016年12月

2016年も早いもので、今日がラスト。
ついこないだ新年を迎えたばかり…だと思っていたが、気付けば大晦日だ。

今年を振り返ると、毎年のことだがあっという間の1年だった。
毎日やることをやっていただけだが、その積み重ねの366日、まさに駆け抜けるように過ぎて行った。

時間の流れを速く感じるということは、元気であればこそ!だ。
健康で多くの事柄をこなせることは、すごく幸せなことだ。

やることがたくさんあり過ぎて、ついつい不平不満が口を付いて出そうになるが、グチを言う暇があったらとっとと仕事をこなし、自身を慰労したいと思う。

この年末休みも大掃除に料理作り等で、やっぱりてんてこ舞いだった。
さきほど最後の役目がようやく終わった。これでゆっくり年越しそばをいただけそうだ。

今年もこのブログを読んでくださった皆様、ありがとうございました。
皆様にとって、新たな年がより良い1年となりますように

今年、初めて「ふるさと納税」にチャレンジした。
というのも、周囲から勧められたことがきっかけだったが、あれこれ調べてみると、確かに得なことが多かった。

自分の年収によって得になる?上限額は決まっているが、その範囲内であれば、お礼の品はいただけるし、住民税の控除の対象にもなる。実質2,000円負担するだけ、という図式になるそうだ。

これはやってみないと!ということで、さっそくお礼の品で欲しいものを物色し、よさげなものに納税した。
だが、そもそもこれって、不純だよな~~とも思う。

首都圏に税金が集中するのを防ぐために、ふるさとに納税しましょう、というのが発端だ。
だが、市町村もタダで納税してもらうのは気が引けるということで、その町の特産品をお礼の品として送ってくれていたものが、今やお礼の品のコスパが良いものが人気となってしまっている。

かくいう私もやっぱりお得なものに目がいってしまうから、エラそうなことは言えないが、果たしてこれで良いのか?というのも本音だ。
お礼の品がどんどん高価値化となっても、それでも各市町村が御の字、ということであればそれでも良いが…。

納税する側もされる側もWIN×WINの結果になっていれば言うことはないが、これもある種国の策略?とも疑りたくなる。どこまでも裏があるのでは?と勘ぐってしまう。考えすぎか???



電通の社長が辞任することになった。
長時間労働で自殺した元社員の事件が大きく世間で騒がれ、電通のイケイケ主義がいよいよ通用しなくなった。

電通とは過去一緒に仕事をしたことがあるので、ある程度のことは知っていたし、社員の人達は馬車馬のように働いても辞めない、その凄さに驚くばかりだった。
それにはそれを超える魅力があったのかもしれないが…。

だが、まともな神経を持った普通の人間であれば、絶えられないのが当たり前だ。
今まで事件にならなかったのがフシギだ、と思う。

日本企業は働き過ぎだ。なぜ定時で仕事を終えないのか?
1日8時間あれば、仕事は終わるはずだ。つまりは、ムダなことが多いのだ。
だが、企業はそれを排斥しようとしないし、サービス残業する人間の評価を讃えるのだから、根本的な評価方法がおかしいのだ。

ムダな会議や打ち合わせ、どうでもよい上司の武勇伝にお小言、仕事が出来ない人間の教育、精神を病んでる人の逆切れに気を遣い、仕事もせず会社に居座る高齢者の介護に等しい人間付き合い…ああ、何とムダの多いことか。

人それぞれに与えられた仕事が終わったら、とっとと帰る!そんな法律でも作らない限りは、決して無駄な残業はなくならない

気付けば、このブログを始めて3年が経った。
石の上にも3年!何とかほぼ毎日書き続けることが出来た。

最初は、友人達の相談事に対する答えとして、このブログを活用させてもらっていた。
というのも、人間、思いのたけを話せばそれでほとんどの悩みは解決する。

なわけで、なかなか人の話は聞かないし、こちらは聞くばかりで思いを話す隙もない。
ならば、どこかでこちらの伝えたい思いを設けたいな、と思ったのがきっかけだ。

思いを文章にしてみると、自分の考えの整理にもなるし、読む側も空いた時間に読めるから、ある意味客観的に物ごとを捉えることにもなっているようだ。

最近は時事ネタが多くなっているが、社会問題も、身近な問題も、思考することが大切だな、と感じる。
忙しい毎日だと、ついつい流されてしまいがちだが、ブログを書くことでそれらを掘り下げて考えることが出来る。

すべてを深く思考しているわけではないが、日々考えることを繰り返すことで、さらにそれを文章にまとめることで、思考力とボケ防止になっているのだろう…と、勝手にプラスに捉えている。

人様に読んでいただけて、自分のためになるのだから、これからもコツコツ書いていきたいと思う。
いつも、お付き合い下さる皆さまに、感謝申し上げます

一番大切なものは10のつづき。

SMAPの最後の姿は、昨日のSMAP×SMAPで見納めとなった。
最後に5人で歌った「世界に一つだけの花」は、せつな過ぎた。

四半世紀以上に亘る5人の活動が、この1曲に集約されているようで、いろんなことが思い起こされた。
SMAPの存在は、ファン以外の多くの人達にも、大いなる印を残しているのだ。

最後に5人が深々とお辞儀をした後、中居くんが嗚咽する後ろ姿に、語りつくせぬ思いが伝わってきた。
言葉であれこれ言うより、この姿にすべてが籠められている、とさえ感じた。

彼らはまだ若いし、これからもまだまだ活躍出来るが、何だか偉大なるスターがこの世から去ってしまったかのような虚しささえ感じてしまう。
あ~、これでひとつの時代が終わったのだな…と。

メンバー一人一人にも大きな存在力があるが、やはり5人揃うとその力は何十倍にもなる。
不思議だが、見ているとどんどん大きなパワーになっていくのだ。

そんな稀有な存在が無くなったのかと思うと、寂しい限りだが、これまで観る者を多いに勇気付け、元気付けてくれたSMAPに感謝の思いを伝えたい。

そして、またいつか会える日を、楽しみにしている

銀座のプランタンが今年いっぱいで閉店する。
1984年にオープンした頃は、バブル真っただ中で、フランスの香漂うプランタンは、OL達の憧れだった。
店内にはフランスを彷彿とさせる音楽が流れ、商品もこじゃれたものが多かった。
そこにいるだけで、何だか特別な場所にいるような錯覚さえ感じたものだ。

その頃私は銀座に職場があったため、毎日のようにプランタンに通っていた。
目当ては、地下食品売り場のパンやケーキだ。

今やおしゃれな食料品売り場は普通だが、この頃はまだまだ少なかった。
日本では味わえないものを買えるし、本当においしかった。
これまた、ちょっぴりハイソな気分を味わえた。

そんなプランタンがなくなるのか…残念だな…と思うが、今のプランタンはあれから数十年が経ち、あの頃の面影はほぼない。
思い出は心の中にある…が、最後にやっぱり行っておこうと思う。

閉店セール…すごそうだな…

全日本フィギュア選手権では、若手の活躍が目覚ましかった。
身体能力的にも、10代は無敵だな、と思わされる。

10代には体力はあるが、人生経験が浅い。
それは当然のことだが、最近の10代の表現力は大人顔負けのものもある。
特に外国人選手などのそれは、本当に10代?と疑いたくなるほどだ。

10代の若手の台頭は嬉しい限りだが、昔から応援させてもらっている浅田真央選手にどうしても肩入れしてしまう。
今季の成績は不調だが、今日の全日本の演技には気迫があった。

どうみても満身創痍での出場だということが分かる。
それでも、滑る!!という気概がひしひしと伝わってくる。
転んでも、ジャンプの回転が不足しても、それでも諦めない、最後まで自分が求める演技だけを見つめていることが見て取れる。

彼女のこのような気迫は、これまでにないもののように感じる。
この先のことは分からないが、もし来季も選手としての道を進むのであれば、その発展は計り知れない、未知のもののように感じた

香川照之さんが21年連れ添った妻と離婚した。
結婚した当初、香川さんは役者ではあったが、歌舞伎役者ではなかった。

香川さんに息子さんが授かったことで、猿之助の名を継ぐのは、血の繋がった息子しかいない!と思ったのだろう。
4代目の猿之助には子供がいない。そうなると、猿之助の血はそこで絶えることになる。
歌舞伎役者は血族で繋がっている。まれにそうでない家もあるが、基本は血に重きを置いている。

猿之助という大いなる看板を下ろすことは出来ない!という使命感が、香川さんを突き動かしたのだろう。
今のところは、幸いにも香川さんの息子は梨園の世界で精進しているが、果たしてそれが続くかどうかは未知だ。

梨園の世界は、妻の力なしではやっていけない側面がある。
妻がいなければそれはそれなりかもしれないが、妻がいて、名跡を継ぐ息子がいるのであれば、なおさらその力は必須だ。

だが、そもそも結婚した時にはそんな道は想像だにしていなかっただろう。
妻にしてみれば、まさに寝耳に水だ。
夫のために出来る限りの努力はしてみたものの、やはりギブアップするのは当然といえば当然だ。

夫婦とはいえ、向かう方が違えば一緒にはいられない。
一緒にいることの必要性と意味を見失ったら、夫婦は夫婦ではいられないのだ

世界では地震が頻発している。
環太平洋に囲まれる国々を始め、内陸でも地震は増えている。
大きな地震が来るたびに、災害に備えるが、それものど元過ぎれば忘れてしまうのが人間だ。

今年はいつもはこない東北や北海道にも大きな台風が来て、農作物にも甚大な被害が出た。
熊本、鳥取の大地震もそうだし、太平洋側では東日本大震災の余震が未だに続いている。

年の瀬に糸魚川の大火事は何ともお気の毒だ。
江戸時代から続く街並みが災いし、消火活動が遅々として進まず、多くの家が焼失した。

今回の火事は、大風による影響が大きな原因だ。
この風がなければ、被害はそこまで拡大しなかっただろう。

どんなに人間の智恵を振り絞っても、結局自然の力には適わないのだ。
地震、噴火、台風、ゲリラ豪雨、火事…そこに、風も加わったことを思い知らされた。

災害は忘れた頃に、人智を超えてやってくる。
自然に生かされている私たちは、その大いなる働きに頭を垂れ、感謝する気持ちを忘れてはいけないのだ

2017年6月1日から郵便はがきの値段が10円上がり、62円になるそうだ。
1枚62円かぁ~~~( ;∀;)

数年前から、年賀状を出すのを止めたいと考えていた。
言い方は悪いが、年末にけっこうな費用がかかる年賀状代。
薄給の身にはけっこうキツイのだ。

今年も止めようかと思ったものの、とりあえず今年来た人達には出そう…ということで、最低必要数を購入した。
だが、62円になるとなると…来年こそ止めよう…と決意出来る気がする。

年賀状にはメールやLineなどにはない味わいがあるが、いかんせん1枚62円となると、やっぱり考えてしまう。
メールやLineならタダ同然だから、費用対効果を考えると…ね。

62円を出してでも使いたい!と思えれば良いのだが…


追記:ニュースで、年賀状は52円で据え置き、と知った。それでも、やっぱり…う~~~ん…かも。

今宵は部の忘年会だった。
年に1度の忘年会…ということで、年の瀬、今年も1年みなさんよくがんばりました!かんぱ~~い!!!
と、宴に興じてきた。

普段は仕事が忙しくて、なかなかバカなことも出来ないが、呑みの席だとある程度の無礼講は許されるし、あまり話さない人とも会話が出来る。そういう意味では、新たな発見もある。

こうやって、1日1日を積み重ねながら、時々ハメを外しつつ、人との距離も縮まっていく。
人との付き合いは、これくらいゆっくりのほうが気が楽だ。
仲良くなりたくて、急ぐと後悔することもある。

時間はかかるが、人間関係はこうやって構築していくのだろう。
忘年会もまた、社会人にとって必要な行事なのだ

「ブルガリで食中毒」という記事を読んだ。

銀座にあるミシュラン一つ星の高級レストラン「ブルガリ」で49人の食中毒が出たそうだ。
最近の銀座は、やたらめったらブランド色が濃く、ウソ臭いそれらが鼻につくようになり、何となく行く気がしない。

銀座は昔からちょっとハイソなイメージだが、世界の名だたる有名店を取り揃えれば、それで銀座のブランド色を維持している、という安直な考え方が…残念なことこのうえない。

で、そんなブランド色バリバリのブルガリが、しかもミシュラン一つ星を取っていながら、食中毒を起こしたとは…。
これまた何とも残念な話だ。

どんな有名店でも、スタート地点はどこの店も同じだ。
ミシュランで星を取らなくても、見た目はしょぼくても、店内は清潔で、出される料理も素晴らしい店はいくらでもある。
そういう店のほうが、細々とではあるが、長年変わることなく客の期待を裏切らないものだ。

ミシュラン一つ星だからおいしいのは当たり前だろう。
そんな尺度に振り回されて人は店に足しげく通うわけだが、そんな見えない台座にあぐらをかいた店というものの末路はこんなものだ。

有名になればなるほど、初心を忘れてはならない

「若いカップルはクリスマスに疲れている」といった主旨の記事を読んだ。

先日、スーパーでクリスマスソングが流れていたが、その中で杉山清貴の「最後のHoly Night」が流れた。
何とも言えない懐かしさと、バブル真っただ中だったクリスマスの記憶が鮮明に蘇った。

バブル期の頃私は20代で、まさにクリスマスを楽しんだ世代だ。
いつもはしないようなおしゃれをして、こじゃれた街に繰り出す。

クリスマスという魔法の中ではすべてがキラキラ輝いているものだから、ちょっと奮発してコース料理を食べたりもする。
彼氏がいれば、一緒にイルミネーションを楽しむ…なんて、まるでドラマのような世界に生きていた気がする。
今思えば若気の至りだが、それはそれで楽しかったし、ウキウキした。

それが今やクリスマスだからと言って何をするわけでもなく、毎日クタクタになるまで働いた後は、一刻も早く「寝たい!」。
それは、歳のせいだとばかり思っていたが、いまどきの若者達もそれに近い、という記事を読んで、何だかかわいそうに思った。

若気の至りは若いから許されることだ。
クリスマスくらい普段しないハメを外したって良いと思うのだが…。

それにしても、バブル期の楽曲は何とも恐ろしい。それを聞いただけで、一気にその当時に戻ってしまう。
何だかソワソワしてきた。ヤバイ!バブルのクリスマス!?

「逃げ恥」ロケ地訪問・写真撮影に注意喚起“聖地巡礼”自粛呼び掛けの記事を読んだ。

これを読んで思ったのは、ドラマのロケ地巡りは悪いことではないが、そこに住む人達に迷惑をかける行為はご法度だ。それは、人としての最低限のマナーだ。

芸能人やモデルが着る装飾品などを真似る、というのがある。
そうすることも自由ではある。だが、それが似合うか?というと、大方「否」である。

憧れる芸能人に成りきれたつもりかもしれないが、そもそも顔もスタイルも違うのに、無理やり自分の体に当てはめること自体滑稽だ。

ロケ地巡りも、そこにいることで、ドラマの主人公になれた気分を一瞬は味わえるかもしれないが、手元に目を移した時、虚しさを感じるだけではないだろうか。どう頑張ったところで、ドラマの主人公にはなれないのだ。

テレビや映画に出る人達は、その辺にいる人とは違う容姿とオーラを持っている。
それと同等になりたい気持ちは分からなくはないが、土台無理がある。

そんなことより、自分にしかない才能と心からにじみ出る美しさとオーラを放つほうが、何十倍も大切なことだ。
そこに重きを置かず、憧れる人の猿真似ばかりしているから進展もないし、苦しいのだ。

まずは、己を知ることが肝要だ

2016年も先が見えてきた。
こないだ正月になったと思ったら、もう年末だ。

今年の芸能界はベッキーの不倫騒動に始まり、SMAPの解散報道、清原の麻薬所持による逮捕、小林麻央さんの病状告知、成宮寛貴の芸能界引退…等々、他にも数えきれないほどの幸不幸が交錯した。

芸能人といえども、人間だ。
どんなに売れていても、それが永遠に続くわけではないし、誰もが羨む結婚をしたとしても、それはゴールではない。

人間生きている間には、良いことより不幸なこと、大変なことのほうが圧倒的だろう。
SMAPが四半世紀の間、ずっと第一線で活躍するには、想像を絶する艱難辛苦の繰り返しであったろうと想像する。

どんな時も、他人が羨むほどの良いことなんて、そうそうないのだ。
だからこそ、日常の些細な事柄に喜びを見出し、その喜びの数が増えていくことで、幸せを実感するのだ。

自分の意のままにはならない毎日をどう生きるか、どう精進するかで未来は決まる。
どんな未来になるかは、自分次第なのだ。
明日を笑うには、今を笑うしかない。どんな時も、今が最も大切なのだ。

そして、突然降って湧いたような不幸も、今をどう生きるかでそれを幸に変えていけるのだ

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