前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2017年01月

この春で退職する人が多く、3月を待たず会社を去る者もいる。

マニュアルさえあれば出来る仕事であれば、何とかなるだろうが、専門知識がないと出来ない仕事もある。
そんな職種の社員も辞めることになり、どうなるのだろう?と静観していた。

同じ部署だが課が違うため、同じ職種の仕事をしているが、取り合えず見なかったことにした。
すると、やっぱり、というか筋書通りというか、部長が飛んできた。

新しい人が入るまでフォローして欲しい、と言う。
はぁ~?もうさ、こういうその場凌ぎどうなのよ!?

私の仕事は外向けの仕事だから、安請け合いは出来ない。
責任持ってやらなければ、大変なことになるからだ。
その辺の大変さを、上司はまったく分かっていないのだ。

こうやって、出来る人がいれば、課や内容が違おうが、おんぶにだっこという発想…何とかならないものか。
それに、これって職務上というか、契約上のおいて違反だよな~~~。
やっぱ、人事に訴えるべきか?

ひとまずは静観だが、会社ってな~~~~

政治の世界で、真にクリーンな人などいるのだろうか?
多かれ少なかれ、ギリギリのところで法に触れていないようで、触れているようなことがありそうだ。

一般社会においても、客観的に見ると「それ、犯罪でしょ」ということも、「みんなやってるし、え?ダメなの?」といった軽犯罪に触発するようなことは多々ある。

政界も似たようなものだろうから、政治家の意識も低い。
マスコミに叩かれて初めて「え?ダメなの?」といった感じだ。

最近アホだな、と思ったのは元経産大臣のうちわ問題だ。
たかだがうちわごときで、大臣の座を失ったのだ。マヌケと言わずして何と言おう。

政治家なんて、叩けばホコリだらけだ。叩かれるか叩かれないかは、その時々の情勢次第のように感じる。
あまりにも自由奔放にやり過ぎて叩かれたのが、前都知事だ。
自業自得とはいえ、こうなることも予想出来ないほど、その座に浮かれ過ぎたのだろう。

ボランティアで勤めているという、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長である元総理。どうみたってウソ臭さ満載だ。
こんな人が総理だったことも恥ずかしい過去だが、老いてもまだ政界に君臨しようとするその欲深さには辟易する。
こんな人が上にいる限り、公平性のあるオリンピックになるとは思えない。

次に叩かれるのは…もう既に時は動いているようだ

区役所にマイナンバーカードを取りに行った。
受取は事前予約のため、窓口が混雑せずスムーズに取得出来る。
内部のシステムもスムーズで、すべての手続きは10分ほどだった。
なかなかやるな、区役所!

そんな中、高齢の夫婦がやってきた。
私とほぼ同じ時間に受取予約をしていたらしくやってきたのだが、受取場所の表示が分かりずらい!と、怒っていた。

受取通知には区役所の建物名も書いてあるし、長年この区に住んでいれば、それがどこにあるかは誰でも分かるし、区役所の敷地内のあちこちには、建物の地図や方向旗が掲げられている。

つまりは、自分の目できちんと見ておらず、事前の確認もしていないくせに、逆切れした、ということだ。
同伴の奥さんが「まあまあ」とダンナをなだめるが、場所が分からない、不親切だ!と、老夫の怒りはなかなか収まらない。

対応した役所の人は出来た女性で、「そうですね、申し訳ありません」と、誠意を込めて謝っていた。
そんな問答が数分続いたところで、ようやく老夫の気持ちが鎮まったようだ。

この老夫、隠居生活を送っているのだろうが、現役で働いていた時のように周囲から構われることが少なくなり、心に鬱積したものがあるのだ。だから、何かにつけては周囲に当たり散らし、構って欲しい、というわけだ。
ここでも、かまってちゃんか…。ヤレヤレ…。

歳を取ると、精神力のリミッターが制御出来ず、本来持っている心の有り様が表出する。
この老夫もきっと、昔から心にイチモツあるのだろう。
それにしても、奥さんは大変だ…

日本の「ものづくり」は、世界からも一目置かれている。

建築物や道路整備、水路やダム、電化製品や家具…等々、数え上げればキリがないが、その技術はおそらく世界で類を見ない水準だろう。

食べ物もおそらく世界一おいしいだろう。
それは、食材が新鮮で安全、安心なものを使っているうえに、下処理や調理法も優れているからだ。
日本ほど繊細な味付けはないだろうな、とも思う。

そのひとつひとつを支えているのは、大企業のような気もするが、実は個人商店や町工場だったりする。
個人個人の卓越した技術が、日本の産業を支えているのだ。
大企業はそれらを集約し、大きなものを作り、利益を生み出している。

つまり、個々の技術がなければ、日本の繁栄は有り得ない、ということだ。
それら匠の技は、やはり日本人ならではの気質、勤勉さ、忍耐強さから生み出されているのだ。

最後に残るのは、やっぱりこれらなのだ

過ぎたるは及ばざるがごとしカテゴリーのつづき。

トランプ大統領の快進撃?は止まらない様子。
メキシコとの国境に壁を作るだの、TPPは撤退するだの、EUを離脱したイギリスを称賛し、移民を引き受けるドイツを罵倒し、次は軍備を増強する!だの…。

いやはや、選挙前の公約を片っ端から実行するその行動力はスゴイ!が、果たしてそれだけで済むだろうか?

アメリカは中国に相当額を借金していることが原因か?やたらと中国を牽制し、戦争も持さない雰囲気さえ窺える。
ロシアにすり寄り、協力して中国潰しにかかるつもりなのか?とさえ思えるほどだ。
このままトランプ大統領の快進撃が続くと、マジで世界大戦へ突進しそうだ。

自国を守るため?とはいえ、あまりにもいちどきに多くの事柄を成すことには危険が伴う。
それはうまく行けば行くほど、リスクは高くなる一方だ。

世界の意思はどこにあるのか?
トランプ大統領の本意が良い方向に進むことを祈るばかりだ

リンゴが硬いというクレームが来るという主旨の記事を読んだ。

最近のグルメ番組を観ると、食レポ者の第一声は、「柔らかくて、おいし~~~!」だ。
これを聞くたびに、柔らかくないとおいしくないのか?と思う。

確かに歯の弱い幼児や高齢者は、柔らかいものが良いだろうが、健康な青少年や成人であれば、柔らかいものも、硬いものも、おいしく食べられるはずだ。
何でもかんでも柔らかければ良い、というものではない。

それにしても、リンゴは硬いからおいしいのであって、それに苦情を言うとは、なんだろうな~~~???
硬いのがイヤなら煮るなり焼くなりするしかないが、すると、甘味は更に増すのだから、それも一案だ。

料理法が進化して、硬いものも柔らかく食べられる時代ではあるが、ある程度硬いものも食べないと、顎がどんどん細くなり、退化してしまい、終いには口が大きく開かなくなるのではないか?咀嚼をしないから、歯もなくなるのではないか?などと、先々のことを想像してしまう。

硬いものには硬いなりの良さと意味があるのだ

1日の中で一番イラっとくるのが満員の通勤電車だ。
超満員がイヤで、朝早めに出ているおかげで、超まではいかぬが、自分と周囲との隙間が10センチくらいはある。

だが、発車間際には多くの人がドドドドッと乗り込んでくるから、ある程度覚悟せねばならない。
ボーッと立っていたら、アレヨアレヨと押されてヘタすると、躓いたりすこともある。

だが、何十年も満員電車に乗っていると、それなりに上手にかわす手法も身に付けている。
それでも、時にはやっぱりイラつくことがあり、すると、身体も硬くなる。
すると、ぶつかってきた人を、条件反射で身体が拒んでしまい、相手もその瞬間イラッとするのが分かる。

何とかこの不快感を打破する方法はないかと考えた。
で、思いついたのが、自分がイラッとしない!ということだ。
人に押されても、駆け込み乗車されても、「平常心!優しい気持ちで!」と、自分に言い聞かせる。

すると、フシギなことに相手からもイライラ感が伝わって来ず、お互い思いやりの気持ちが生れる。
そうか~!このイラッと感は、自ら生んでいたのだな、と納得。

それでも、時にはイラかけるが、そうならないよう自分に言い聞かせているこの頃だ

世の中には見栄を張ることに満足を覚える人がいる。

人より良い家に住み、高価な物を身に付け、収入の高いダンナをゲットし、子供を有名私立に入れて、ママ友のボスであることに喜びを見出す?なんて、まるでドラマのようだが、実際にこういう人はいる。

この手のことにまったく興味のない私には理解不能だが、周りから「スゴイわね~~!!!」と、煽てられることに優越感を覚えるのだろう。

だが、よくよく考えてみれば、これらって自らの手で勝ち取ったものではあるが、実質は全て周囲の力だ。
収入の高いダンナをゲットすること自体、他力本願ならぬダンナ力本願だし、子供だって、子供の努力の賜物で良い学校へ行くわけで、自分が行くわけではない。
高価な商品を身に付けられるのも、ダンナの収入のおかげだ。

そうやって見ると、当の本人は薄っぺらだ。
出来るダンナをゲットするのもある種の努力かもしれないが、これはただの動物的本能だ。

人間として蓄積した知識と智慧のない人間は何とも薄っぺらだ。
吐く言葉にも説得力がない。

こんな人に、誰が付いて行きたいと思うだろう。
付いていくのは、類友くらいだろうか…

秋風が冷たく感じられるようになった頃から、花粉症状を発症した。
鼻の粘膜が弱くなり、詰まった鼻をスッキリさせようとすると、血の塊が出た後、鼻血がタラ~~!

こんな季節にこの症状、しかも春よりもヒドイ。なんてこと!
おまけに、鼻の入り口付近が切れて痛いったら!

それでも、何とか誤魔化し誤魔化し?毎日を過ごしているうちに、その症状も徐々に収まった。
寒さ本番となってからは、鼻の調子も良く、気まぐれな花粉症はどこへやら?といった感じだった。

先週やってきた大寒波の頃から、またしても症状がぶり返し始めた。
何で???ネットでいろいろ調べたところ、冷気に反応する寒冷アレルギーなるものを知った。
寒冷じんましんにはなったことあるが、アレルギーとは!?

マスクをするなどして、直接鼻に冷たい空気が入らないよう工夫すると良い、という記事を読み早速試してみた。
確かに、冷気が鼻を刺激しない。マスクをしていない時は、ヒリヒリする感覚あったな~と、思い出した。
で、これがまさか鼻の粘膜を刺激し、弱らせていたとは!

歳を経ると、若い時とは違う体の反応がある。
それもこれも、使い込んだ身体をいかに大切に使えるか、という身体からのシグナルなのだ。
そうそう、若い時とは違うからね、大切に使わせてもらわないとね。

身体を労わることで、毎日を元気に明るく過ごせるのだから、見過ごせない事柄だ

Suicaの路線使用情報を、民間企業に提供する、という事が過去にあった。
個人情報流出を懸念し、多くの反対の声が上がったからか、それはナシになったようだが、それも裏でコッソリやっていれば分からない。

それよりも、スマートフォン(スマホ)のほうが怖い、と思う。
GPS機能を切っていれば問題ないのかもしれないが、位置情報を確認するうえでGPS機能は欠かせない。
これがないと、地図機能は使えないし、天気予報やニュース等々、何かと不便がある。

ということで、知らず知らずGPSの恩恵を被っている毎日だが、スマホを持っていると、一日の行動がすべてスマホに記録され、それらの情報は私達の知らない間に、どこぞに搾取されているのだ。
電話帳も画像も、スマホに格納した情報は、すべてダダ漏れであると思ったほうが良いだろう。

そもそも目に見えないクラウドなどというものに情報が格納され、いつでもどこでもそれにアクセス出来ることを思うと、いくらセキュリティが万全と言われても、俄かには信じがたい。

毎日スマホは大活躍だが、便利さの裏には、私達には想像もつかない、裏の世界があることを頭の隅に入れておいたほうが良いだろう

欲しいものがあると、それを手に入れられるよう、あれこれ苦心する。
子供であれば、お小遣いを貯めるとか、大人であればボーナスが出るまでは我慢する、みたいな感じだろうか。
ようやく手にすることが出来た感動はひとしおだろう。

すると、次の欲望が湧きだす。
これの色違いとか、型違いとか、シリーズものとか…どんどん夢は広がる。
そして、気付けばコレクターになっていたりもする。

私はといえば、ちょっと凝り性になったりもするが、全ての品々を集めるには途方もないお金と忍耐と期間がかかることに気付くと、やっぱりヤーメタ!となってしまう。

貧乏性の私は、生活の品についても、ついストックするクセがある。コレクターほどではないが、心配性というか、転ばぬ先の杖というか…。で、気付くとつい買いすぎてしまったりすることもある。

が、集まった品々を目にすると、こんなに集めてしまったことを後悔してしまう。
果たして使い切れるだろうか?と。

で、出た答えは、シンプルイズベストだ。
無駄なものは持たない、身軽でいれば、パパッと次に向かえる。

ついつい物は増えがちだが、時にはスパッとケリをつける事が必要な時もあるのだろう

文科省の役人の天下りが問題になっている。
このニュースを聞いて、「ハ?何を今さら言ってるの?」と、(・・?しか浮かばなかった。

省庁の使えない(たまに使える人もいるが、これは大概派閥争いに負けた組)役人は、その配下にある行政に天下ってるし、退職後も関係機関や民間企業、大学などに3年間行っては、しっかり退職金ももらって、3年毎に転々としている。

どこの会社にも、名ばかりのお偉いさんがいるだろう。
お上から押し付けられて、無理やりポストを作って、老害老人がどこの部署にもいるはずだ。

本当に使えるのならウエルカムだが、お上の言うことには逆らえないのが日本の社会だ。
まともにパソコンやコピー機を使えず、片っ端から壊しては周りに迷惑をかけ、未だに「お茶を煎れろ」なんて、時代錯誤の使えない天下り人がいるのが現実だ。

民間企業でも、親会社の使えない取締役が出向してきたり、日本の社会はそんなふうに出来ている。
なもんで、何を今さら目くじら立ててるの?
この問題を本当にクリーンにしようとするなら、追い出された老害老人が街に溢れることになる。

今まで人の上にしか立ったことのない人間の扱いは、そう簡単ではないぞ!

親はいつまでも自分より元気で若く、ハツラツとしている…と思っていた頃が懐かしいと思えるほど、親も年老いた。
こればかりは、誰にでも平等に訪れるし、自分も確実に歳を重ねている。

老人になると子供に戻る、ということを聞くが、その通りだな、と感じる。
やることなすこと、幼子のようで、見ていると「かわいいな」と思う。みかけは、シワシワだけどね(笑)。
それでも、そんなふうにかわいく歳をとれたらいいな、とも思う。

親が親たる頃は口うるさくて、何事にもいちいちケチをつけられたりして、何度悔しい思いをしたか分からないが、それもこれも、子供がまともな人間になるようにとの、親心だったのだな~と、今は理解出来る。

そんな偉大な存在だった親が子供のように無邪気な姿になることは、ある種ショックでもあるが、これが正しい歳の取り方なのだろう、とも思う。

オギャー!とこの世に生を受け、周囲から愛され育つのと同じように、歳老いて、少しずつこの世との別れが近づくと、生まれた時のようになっていくのだろう。

このまま幸せな気持ちで、無邪気にこの世を有終の美で飾れるよう、子供として心を尽くしていきたいと思う

先日、「愛を乞う人」というドラマを見た。
幼い頃に親から虐待を受け育った女性が、自ら親となった時に、虐待の連鎖を繰り返す、というものだ。

暴力を振るい、暴言をまき散らす人には、虐待経験のある人が多いと聞く。
幼い頃に親や周囲から温かい愛情をかけられて育った子供は、大人になっても心が穏やかで、周りに敵対心を持つこともないし、まして人に暴力など振るわない。

そう考えると、人間にとって一番大切なものは「愛情」だと分かるが、その愛情も正しいそれでなければならない。
親の欲望だけで、子供をおもちゃのように扱ったり、かわいいからと言って何でもかんでもやってあげ、その子の自立を促さないものや、家に閉じ込めておいたり…と、それらも虐待なのだ。

かわいさ余って憎さ百倍とも言うが、愛情も行き過ぎると憎悪に変わるし、そこから虐待へと繋がっていく。
正しい愛情を受けていないと、それは歪んでしまうのだ。

正しい愛情とは何なのか?
一人よがりではない、真に相手の身に立って考え、行動すること。
そのうえで、それを恩に着せず、相手が幸せになることを祈り、見守ることだろう。

愛情に自分の「我」が入ると、おかしな方向に進みだす。
かけた愛情を受け取った相手が、ホッとする、嬉しい気持ちになる、そんな存在であれば良いのだ

最近は、コンプライアンス厳守だの、パワハラ、マタハラ、セクハラ…等々、ダメダメ!と、声高に叫ぶようになった。
確かに、人を脅すような言動はNGだが、人が傷つく度合いには違いがある。

人を傷つけることを前提に人付き合いをしているわけではないが、知らぬ間に傷つけてしまうことはあるだろう。
それによって「傷つけられた、訴える」などと言われたら…対処に困る。
誰の目から見ても「ひどい」と思われることはナットクだが、それしきのことで?訴える人が増えていることも事実だ。

弱者を守ることもそうだが、そのさじ加減が大事だ。
守る側の人にだって、それ相応の事情はあるし、そういう人達は傷つけられても、いちいち大騒ぎしない。
すると、強い人間だと思われがちだが、それは自らの精神を鍛え、少々のことでは動揺しないよう、日々精進しているのだ。

そこにつけ込んで?弱い精神を強くしようと努力もせず、「傷つけられた~!守ってくれない!!」などと喚かれても…ね。

弱者が「弱さ」を武器にして訴えることもまた、それってパワハラじゃないの?と思ってしまう。
何でもかんでも害を被ったと叫ぶより、自らの精神を鍛えるほうが得策だと思うが…。
それが出来ないから、周りに当たり散らすのか…

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