前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2017年02月

おやめになっておくんなさいまし10のつづき。

「オレは客だぞ!」禁煙のホールで喫煙して、注意されたら逆ギレした男の記事を読んだ。

いつも思うのだが、タバコを吸うと、恐らく脳細胞も吸わない人より早く死滅するんだろうな~と感じる。
喫煙者で仕事が出来る人、頭の良い人、人格者と言われる人に、滅多にお目にかかったことがないからだ。

喫煙者にも良い人はいるが、それはかなり稀なように感じる。
基本的には、短気で物事を深く考えられず、自己中心的で周囲に対する配慮に欠ける人が多いように感じる。

今や歩行喫煙は暗黙の了解でありながら、それを守れない人達は、注意したら間違いなく逆切れする。
そんな人に注意して逆切れされてもこちらが気分を害するだけだから、無視する。
注意されることを理解出来るオツムなら、そもそもそんな愚かなことはしないからだ。

30平米以下のキャバレー等は喫煙OKという案も出ているそうだが、そもそもそんな所に行かないし、行きたいとも思わない。

禁煙の店が増えれば、世の中の7割の禁煙者がこぞって居酒屋やレストランに通うことだろう。
食べ物を食べる場所で、喫煙すること自体おかしいのだ。

いっそのこと、喫煙者のために、タバコ吸い放題のテーマパークでも作ってあげたらいかがだろう?

先日、バスツアーで南房総に行ってきた。
アクアラインを利用すると、房総まではひとっ飛び!だ。

房総は外房、内房と海に囲まれ、内陸には畑や里山もある。
海と山の幸が一度に味わえる場所でもある。

また、太平洋に面している外房は、東京よりずいぶん暖かく、すでに菜の花が満開だった。
陽気の良い時なら、こんなところでのんびり過ごしたいな~とも思う。

今回、房総で味わった食事のおいしさに驚かされた。
魚の鮮度が抜群なのと、地元の野菜もこれまた新鮮で歯ごたえも抜群だった。
思わずあれこれ買い込んでしまったほどだ。

一番感動したのは、イチゴだ。
イチゴ狩りで、30分間食べ放題だったが(といっても、そうたくさん食べられるものではない)、これが有名ブランドに負けず劣らず、おいしいのだ。

酸味と甘みのバランスが程よく、練乳なしでもおいしくいただけるほどだった。
イチゴは無農薬栽培だから、もぎって、そのままパクッと食べられるのもまたうれしい。

わざわざ房総に行くのは遠い気もするが、都心からちょっとだけ足を延ばすと、こんなに自然豊かな場所があるのだ。
これからも、時々お邪魔したいな~と思うほど、思わぬ発見が思わぬところにあったことに感動した

「ブラックホールからは抜けられる」うつに苦しむ人へホーキング博士の言葉を読んだ。

この中の言葉として、
「足元を見るのではなく、空を見上げることを忘れないで。
決してあきらめないでください。
頑張ることに意味や目的があり、人生はそれがなければ空虚なものです。
もしあなたが幸運にも愛を見つけることができたなら、それを大切にして。
どんな時にも投げやりな気持ちを起こさないで」

「人生はできることに集中せよ。できないことを悔やんでもしかたがない」
「 今の仕事を好きになって、一生懸命にやった時、次の道が見えてくる」

上記を読んで思ったことは、人は、つい自分の足元ばかりを見がちだ。
すると、自分にまとわりついている不幸しか目につかない。
だが、視線を上げ、周りを見てみれば、誰にも似たようなシチュエーションが展開されていることに気付く。

自分だけが不幸だと思い、自暴自棄になることは、自分に負けた、ということだ。
敵は相手ではない、己なのだ。

今出来ることは何なのか?それがどう未来に繋がっているのか?
今は分からないことだらけだったとしても、無駄なことはひとつもないのだ。
点と点の連続が、いずれひとつの線に繋がるように、人生は出来ているのだ。

だから、今を精いっぱい、真心こめて生きることが何より大切なのだ


ノルディックスキー世界選手権、ジャンプ女子個人ノーマルヒルで優勝を逃した高梨選手。
それでも銅メダルに入ったのだから、それはそれでスゴイことだと思う。

前回のオリンピックもそうだが、いざという時に、高梨選手は尻込みしてしまう面がある。
そりゃ、そうだ、前回のオリンピックの時はまだ16歳、今だってまだ20歳だ。

世界を制覇する人間たるもの、そんなことでビビッてどうする!?と叱咤する方もいるかもしれないが、それは責められるべきことだろうか?

好きで続けている競技だし、自分も優勝したいと心から願っているだろう。
だが、目の前の現実に対峙した瞬間、ビビリ心が起きるのは人間として当たり前だ。

それとどう向き合っていくのか?後は、本人次第だが、それを周囲がどうこう意見するのは違う気がする。
優勝しようがしまいが、最後の最後は、自分がそれをどう感じ、受け切るか、だ。

フィギュアスケートの浅田選手もそうだが、不調の時、実力を出し切れない時、それとどう決着をつけるのか?
それは、本人にしか分からないことだ

今日から国の施策である「プレミアムフライデー」が始まった。
毎月最終金曜日は15時に退社し、買い物や旅行、消費に繋がることをして、経済を活性化しよう、というものだ。

消費活動に貢献出来るかどうかはさておき、定時より少しでも早く帰れるというのは嬉しいものだ。
が、その裏で帰れない業種の人達もいる。
サービス業の方々は、プレミアムフライデーでやってくるお客さんの相手をしなければならないし、交通機関だって、それだからと言って運行を止めるわけにはいかない。

つまり、この施策はどんなに頑張っても、一部の人達しか恩恵を受けられない、ということになる。
だが、見方を変えれば、サービスを提供する側にとっては、休みはないが、売り上げがアップする=給料に反映する?ということになるのかもしれない。

売り上げがなければ、サービス業や販売業等は成り立たない。
プレミアムフライデーは、休むことで恩恵を受ける人と、売り上げアップで恩恵を受ける人とに分かれるのだろう。

さて、私のプレミアムフライデーは?と言うと、1週間の疲れから早く帰って昼寝した!という、何ともなんだかな~?なプレミアムなひと時だった

豊洲問題で自民党が手のひら返し?石原慎太郎氏追及で点数稼ぎかを読んだ。

小池都知事が就任以来、都の財政や豊洲問題、保育園設立にオリンピック課題等、次々と難問が噴出している。

そもそも、小池さんが都知事になる前から、これらの問題は大なり小なりあったはず。
それら臭い物には蓋をして、見て見ぬふりをした顛末が現在なのだ。
要は、小池さんは歴代の都知事や議員達が蓋をし、腐りきった案件の尻拭いをしていることになる。

にも拘らず、精力的にそれらに取り組み、今や自民党の方向性まで変えてしまったのだ。
確か、小池さんが都知事に立候補すると言った時、石原伸晃氏が憤慨していたが、今やそんなことはなかった?ことになっているほどだ。

これのとばっちりを受けるのが、元石原都知事だろう。舛添さんの公私混同も今や風前の灯火?と思うほどだ。
責任は石原元都知事に押し付け、チャンチャンとなる図式が既に出来上がっているのだろう。
彼が100%悪者というわけではないだろうが、誰かに責任を押し付け、とかげの尻尾切りは、日本社会のアルアルだ。

結局、誰であろうが、勢力のある者には媚びへつらい、失墜した人間を奈落の底へ追いやるのが今の日本の姿だ

国際線の燃油サーチャージが4月から値上げするとの記事を読んだ。
ここ最近はそれも低価格、もしくはかからない時期もあったが、またしても復活!したようだ。

燃油サーチャージは国際線にだけかかり、国内線にはかからない。
そうなると、ますます国際線に乗ることを思案してしまう。

同じ3時間かかるグアムと、沖縄・石垣島や宮古島を比べたら、やっぱり国内を選ぶよな~とかね。
台湾もそうだよね~~、う~~ん、悩ましいね。

それでも、昔は信じられないほど燃油サーチャージがバカ高い時期もあった。
ハワイで3万円とか、ヨーロッパ5万円とか。それって、旅行代金じゃないの?というくらい高騰した。
それに比べれば、今は安いのかもしれないが、そもそも一人分の油代がそんなにかかるのか?というのが正直な感想だ。

燃油料で、航空会社はちゃっかり儲けに反映しているのではないか?とさえ勘ぐってしまうほどだ。
油代ね~~、何とも怪しい料金だ

しょうゆ顔的な日本人女子は、目を大きく見せるため、アイラインを塗ったり、ツケマツゲを付けたり、カラーコンタクトを付けたりと、いかに目を大きくするか!に余念がない。

天然でお目めぱっちり、口元キュート、顎も細くて、小さいお顔なら、そんな必死こいて造作しなくても良いのだが、9割方はさっぱり系日本人顔なのだ…恐らく。

だが、今問題になっているのは、コンタクトレンズやアイライン、まつげ植毛などで、失明する人がいる、ということだ。

目の際に入れるアイラインは、目の潤いを保つ油分を枯渇させるし、まつげ植毛なんて、どんなプロが植毛しても、多かれ少なかれ目に薬剤は入っているだろうし、コンタクトレンズは不衛生にしてれば、あっという間に細菌が繁殖する。
それでなくても、スマホのやりすぎで、視力が落ちている、というのに…。

そんな人達を見て思うのは、どんなに頑張って造作したところで、化粧を落とせば化けの皮は剥がれるのだ。その時のギャップのほうが恐ろしいと思うのだが…。

造作美人より、素肌美人、心美人を目指すほうが、よっぽどポジティブだし、どんなしょうゆ顔でも、かわいく見えるものだ。
ないものねだりで、自らの大切な視力を失くすことのほうが、愚かだと思うのは私だけだろうか…

東京都、昼休み時間を選択制へ変更 - 混雑緩和と職員のリフレッシュ目的を読んだ。

会社にもよるが、選択制通勤が徐々に普及しつつある昨今を思うと、選択制昼休みがあっても良いと思う。
12時~一斉に皆で昼休み、というのはナンセンスだ。

記事にもあるように、エレベーターもお店も社食も、すべてが混み合う。
時間をずらせば激混みからは解放される。

お店によっては、限定〇食!といったものにはありつけなくなる可能性もあるが、そこはお店側も考えて、12時からは〇食、13時からは〇食出します、といった感じにしてくれるといいな、とも思う。

どうしても午後からの就業が長く感じるから、お昼を少し遅くして、午後からが速いな~と思えるほうが何となくトクした気分になるような気がする。

これらも感じ方の違いだから、それこそ個人個人の選択に任せるべきだろう。
あーー、うちの職場も選択制ランチにならないかな~~

カラスに挨拶をするとゴミを荒らさなくなる?専門家の意見という記事を読んだ。

ゴミ収集日は、朝からカラスが賑やかだ。
場所によっては、カラスが集団でゴミをつついていたりして、側を通り過ぎるのもはばかられるほどだ。

ゴミの収集時間はだいたい決まっているので、極力その時間に合わせてゴミを出すようにしているが、朝早く勤めに出る家の人などはそうもいかない。
私が会社に行く頃には、すでに多くのゴミが荒らされた跡を目にする。
カラスだって生きていかなくてはならない。ゴミを漁る気持ちも分からないではない。

上記の記事によると、カラスに日常的に挨拶していると、ゴミを漁らないようになったうえに、挨拶を返してくれるようになった、というのだ。

カラスは賢い生き物だ。
自分の敵ではない、と認識すると、悪さをしないうえに、親しい友?として、付き合ってくれるのかもしれない。

「一寸の虫にも五分の魂」ということわざがあるように、カラスも同様なのだ。
カラスを忌み嫌うだけではなく、どう共生していくのか?それが最も大切だ

<ふるさと納税>返礼品競争過熱 困った目玉なし東京23区という記事を読んだ。

確かに、普通に納税するより、何がしかの返礼品があるほうが納税のしがいがある、と思うのは人情だ。
納税額の8割以上の返礼品もあるとなると、普通に買い物をするのと大差ないうえに、返礼品の質が高ければ、次回もぜひそこに納税しよう、という気になるものだ。

もともとは納税の少ない市町村を応援することから始まった制度だが、そのお礼はほんの気持ち…というものが、いつの間にか主となり、納税のほうがほんの気持ち状態になり始めている。

限られた給料の中でいかにうまくやり繰りするか?それによって、毎日の生活の質は大きく変わるものだ。
普通に住民税として納税するより、若干の返礼品でももらえるなら、日々の生活の足しになるのが現実だ。

東京にはこれといった決め手がないというが、果たしてそうだろうか?
多くの企業本社があるのだから、企業と提携して返礼品を練り出すくらいの努力は必要だろう。

今や、ふるさとの品とはまったく関係のない品を出している市町村もあることを思うと、これもまさに資本主義社会の賜物と言えるだろう。

東京都もウカウカしている場合ではない

人生には、取り返しのつかないことがあるものだ。
人生の岐路に立たされた時、右に進むか、左に進むのか、熟考、逡巡した末、どちらかを選ぶことになる。
そして、選んだ後は、もう振り返ることも、元に戻ることも出来ないものだ。

どれほどの思いでその道を選んだのか?
自身にしてみれば、「清水の舞台から飛び降りる」くらいの覚悟なのだ。

それを周囲に伝えると、急に周囲の反応が逆転する。
それまでは全く意にも返さなかった人が手のひらを返したように言い寄ってくるし、何とか思いとどまってくれないか、とさえ言うのだ。

そんな道を選ばざるを得なかった結果に追いやったのは、他ならぬそれらが大きな要因のひとつであったにも関わらず…だ。

人は黙して語らないではいても、心ではあれこれ考えているものだ。
そこに気付けず、相手の行いに甘えていると、取り返しのつかないことになるのだ。

決意をし、次に進む者もまた、断腸の思いであることにも思いを至らせてもらえたら…と密かに思う

インフルエンザになったけど、会社に行く!と、わざわざ電話をかけてくる老齢の社員がいる。

は?何を言ってるの?そもそもインフルに罹った時点で、そこは「休みます」でしょ。
何をわざわざ「会社行きます」という電話をしてくるのだろう。まさに、意味不明だ。

上司の説得でしぶしぶ登社することを諦めた様子だが、何なんだろう?その発想?
インフルに罹っても会社に行く自分って、エライでしょ?とでも言いたいのだろうか。
今やインフルになったら強制的に出社禁止になりつつある昨今、這ってでも会社に来たいというその心理は?

歳をとり、行くところが会社しかない高齢者は、会社に来ても大概周囲に疎まれている。
かまってほしくて、話しかけてくるからだ。話しかけるくらいならまだしも、とにかく話が長いのだ。
人がどんなに忙しくてもおかまいなし。自分の話したいことを延々と話し続けるのだ。

こんな人じゃ、家でも煙たがられているのだろう。
家でも嫌がられ、会社でも疎まれ、なぜそんな邪険にされるのか?それは、己の行いのせいなのだが、そんなこととは露知らず…。

居場所のない人達は、自分でそうしているのだ。
そのことに気付けない限り、永遠に安住の地は見つからないだろう

社会人になり会社に通い、同じ仕事を繰り返す毎日だと、つい「つまらないな~」と思ってしまう時がある。
変化のない毎日に退屈を覚えるなんてことは、実はとっても贅沢な悩みでもある。

年度の終わりになると、1年間の業務評価がなされ、次年度の給料に反映するべく査定がある。
そこで1年を振り返り、あれこれ成長出来たこと、課題が残ったことなど、自己反省することも多々ある。

上司はそれを公平に評価し、次年度へ向かうわけだが、稀にまったく評価もされず、ヘタをすると業務内容さえ把握していない上司もいる。
どんなに苦労、工夫して、業務の効率化を図り、質を向上させても…だ。

こういうのが上司だと、本当に心が折れる。
上司に褒めて欲しいわけではないが、せめて昨年との違いくらいは把握してもらいたいし、成果が上がっている=上司の評価も上がっている、それさえも当たり前と思っている傲慢さに嫌気が差す。

こんな仕打ちを受けてまで、こんな上司の元では働きたくない!とはいえ、そう簡単に会社を辞めるわけにもいかない。
とはいえ、自身のために腐ることなく、自分のやるべきことを手を抜かずやり続けた。

すると、思いもしないことが起き、トントントン!と物事が動いたのだ。
それも、超短い間にだ。

物事って動く時は動くし、やっぱり神様はちゃんと見ててくれたのね~~と、感動と感謝しきりだ。

上司も部下に冷たくすればするほど、その反動が自分に返ってくることに気付いてないのだ。
何とも気の毒なことだ。
冷たくされた分、部下には耐え忍ぶ力と、プラスの要素が蓄積される。

それが貯まりに貯まった時、物事は大きく動くのだろう

今日はバレンタインで、デパートは最後のチョコレート商戦が繰り広げられていた。
とは言っても、人気の商品は完売しており、残った商品を売りさばくのに、店員さんは必死そうだった。
とは言え、チョコレートはそうそうに腐るものではない。売れ残っても大きな問題はないだろうが、それでも少しでも売り上げを上げねば!ということだろうか。

日本のバレンタインは、好きな彼氏にチョコをあげる日になっているが、今や友チョコや義理チョコといったふうに、普段お世話になっている人に、ほんの気持ち、という意味合いであげるものらしい。
最近では、自分のご褒美のために買う女性も多いと聞く。まあ、それはそれでアリだな、と思う。

ナシだな、と思うことのひとつに会社での義理チョコだ。
こういう時、人気取りなのか?やたらと女子力を披歴したがる人がいる。
まあ、いいよ、お好きにドーゾ!と思う。
ただ、それは自分だけがやればいいのであって、周りを巻き込まないで欲しい、ということだ。

年に一度のバレンタインくらい、自分の好きにさせて欲しいものだ

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