前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2018年04月

嫌なことがあるとすぐ逃げて出社しなくなった上司や、上から物を言いたがる人、何でも自分は出来るとアピールしたがる人らに共通するのは、「自意識過剰」だ。

人間には承認欲求があり、自分がしたことで周りが喜んでくれたり、褒めてくれれば、誰だって悪い気はしない。それを励みに、また次も頑張ろう!と力も湧いてくる。

誰かを喜ばせたい、褒めてもらいたい、という思いは向上心の現われで悪いことではないが、それが行き過ぎると黄色信号が点滅し、最終目標が「褒めてもらいたい」になると、完全に赤信号と化してしまう。

誰にでも今世でなさねばならぬ課題があるわけで、それに精進するうえで、周囲が喜びを感じてくれれば、自分の取り組む姿勢は間違いではなかった、という確認になるだけで、褒めてもらうために精進するのは筋が違う。

常に誰かに見ていて欲しい、褒めてほしい、というのが自意識過剰なのだ。
そこには、自分だけが「かわいい」という意識しか働いていない、そのことに気付けないからやっかいなのだ。

自意識過剰の末路は…孤独だ。
自分のことにしか目が行っていないと、周りには誰もいなくなるものだ。

逆に、周りを見て、心を配っていれば、自然と人は集まってくる。
己を孤独に陥れているのは、結局自身であることに気付けないうちは、どこどこまでも負の連鎖は続くし、喜んでも褒めてももらえないものだ。

TOKIOの山口君の事件は、予想以上に世の中に衝撃を与え、同メンバーらの厳しい姿勢も窺える。

同じメンバーだから庇うのではなく、一人の大人としての自らの行動がどれほどの打撃を与えているかを、身を以て感じて欲しいという、切なる叫び、怒り、悲しみを隠さず現しているように感じる。
当人はもとより、やはりTOKIOのメンバーにとってどれほどショックだっただろうと推察する。

芸能人は表向きはどんな時も笑顔で、心とは裏腹に対応せねばならぬ時が多いだろう。
社会人たるもの、どんな職業に就いていようが、その場面は変わらないが、メディアに大きく取り上げられるという意味では、やはり顔が売れている人間にとってそれは大きなストレスでありプレッシャーでもあろう。

だが、そもそも人間には二面性、いや多面性がある。
それを生きている過程でどう昇華するか、退化するかによって人生は大きく変わる。

自分を良き道に導いてくれる人と出会えていれば、こんな愚かなことをしでかすような人生を送ることはなかっただろう。かといって、それは周囲のせいでもない。

どんな人と付き合うかは自分が決めているのだから、自分を成長させてくれる人を選ばなかった自分の責任でもある。

良い面、悪い面、それらと向き合い、上手に進化させていくことが足りなかったのだろう。
表沙汰になるかならないかの差はあれ、人間には誰しもブラックな一面はあるものだ。

「髑髏城の七人(極)修羅天魔」を観た。

豊洲新市場前にあるIHI STAGE AROUND TOKYOは、舞台が360度全てで展開され、客席は円形のお盆に乗ったような形で、舞台展開に合わせて回る(移動)仕組みだ。

舞台演出はこれまで観たことのない手法だし、そもそも客席が回るのだから、それだけでも新鮮だし、それに合わせた演出には恐れ入った。

動く客席に最初は少しの驚きはあったものの、物語の面白さ、練り込まれた脚本と演出、何より演者の演技に釘付けになった。

主役を始め、脇を固める俳優達の息の合った演技を見ていると、それだけで良いチームワークなのが伝わってくる。

チケットを購入してから本番までずいぶん長い月日があったものの、結局事前情報を入手することなく観に行ったが、初見でも十分楽しめたし、感動出来た。

全身全霊で演じる俳優達の姿には特に感動した。
あ~~、私も頑張らなければ!!世の中は進化しているのだ。自分も自分なりに進化せねば!!と。

レベルの高い舞台を観れることはそうそうない。こういう機会は逃さないようにしたいものだ。

TOKIOの山口君の事件には驚かされた。
真偽は定かではないが、彼の女性問題は昔からよく取り沙汰されていた。

だが、テレビに映る彼はいつもハツラツとし、筋肉隆々で大工の棟梁と思しき風貌には頼もしささえ感じた。何をやっても器用にこなすし、画面の中の彼はいつも輝いていたのに…。

事件の詳細を聞くと、100%彼の落ち度ではあるが、いくら呼び出されたとはいえ、深夜2時に女子高生が二人、男性の家に行くか?それ自体おかしいだろう!良識ある高校生なら、まず行かない。
男の家に行くこと=そういうこと、と思われても仕方ないことだ。

山口君を擁護するわけではないが、その女子高生も多いに問題ありだ。
で、何かされて怖くなったから警察に駆け込むとは。ならば最初から行くべきではないだろう。

芸能界で生きていれば、そんな噂のひとつやふたつは耳にしているだろうし、まんまと餌食になるようなシチュエーションに飛び込むこと自体、普通ではないのだ。

山口くんの血の気のない顔を見ていると、一抹の不安を覚える。
こんなことで(といっては何だが)、自分を粗末にするなよ!!!

どんなに寂しくても、お酒がなければ生きてはいけなくても、自分の欲望を抑えられなかったのだから、それは自分との闘いに負けたことになる。

負けた後は勝つしかない!弱い自分を見つめ、それと真っ向勝負し、勝って欲しい。
安易にラクになる方法だけは取らないで欲しいと、心から願っている。

そして、またテレビの向こうで男気あふれる姿を見せておくれ!!!

今の部署に配属されて、この4月で1年になったが、その間に直属の上司2人がいなくなった。

前任者は以前より心を病んでいて、ずっと異動願いを出しており、念願叶い子会社へ出向となった。
私が配属されてたった4か月目のことだった。

7月、新しい上司が着任した。
明るく元気な様子に、今度の人はちゃんと仕事してくれるかも!?と思ったのもつかの間、1か月もしないうちに週に一度以上休むのは当たり前で、昔からの持病のせいで3か月間くらいは毎週月曜日はテレワークで会社に来ない。
テレワークを満期まで使い果たしたものの、1週間フルで会社に来ることは数えるほどもなかった。

今年に入り新年度が始まった時、ちょっとしたトラブルが立て続けに起きた。
だが、それは上司の業務につき、私達は静観した。

すると、3週間前に突然会社に来なくなった。
上の上司には「持病が悪化した」と告げたらしいが、私達には何の断りもなかった。
それから3週間、結局1日も来ることなく、上司の病気休暇は受け入れられ、来月から新しい上司が着任することになった。

病気ね、上司の姿を見ていると、不摂生の賜物としか思えないし、精神の脆さには正直ウンザリだ。
何かあるたびに部下である私達が上司を励まさなければ前に進まないのだ。

誰にでも人には言うに言えない苦しみや悲しみがあるだろうことを差し引いたとしても、毎度の逃げ口上には呆れるばかりだ。

こうやって、人生ずっと逃げ続けているのだろう。逃げて、逃げて、逃げて…その先にあるものは?
暗澹たる未来しかないことは絵に描いた餅だ。

4月、新年度が始まると同時に、通勤電車も3月に比べグッと混雑が増した。

春休みが終わった学生が通学し始めたことや、入社する若者達が東京に一同に会するためか?混雑ぶりはさらにうなぎのぼりだ。

さらに、4月からダイヤが変更となり、3分間隔だった通勤電車が4分おきになった。
これは、数珠繋ぎ電車が各駅に停滞することで遅延が発生し、ホームに人が溢れるのを緩和するための施策だろう。

そのおかげか?3月までは毎日のように駅の手前で「前の電車がホームにいるためこの電車は停車しています」というアナウンスを聞かなくなった。スムーズに定刻通りに電車が到着するようにもなった。

ダイヤ改正様様ではあるものの、運転間隔が長くなった分、電車はさらに混むようになった。
無礼講の男女入り乱れての密着状態の寿司詰め状態をひたすら辛抱し、定刻通り電車の到着を待つのが現状だ。

これじゃあ、まさに生かさず殺さず状態だ。そもそもは東京に人が集まり過ぎるのが大問題なのだ。
根本的な解決がなされない限り、どこまでも通勤地獄は続くのであった。

財務省の福田事務次官の辞任にあたり、マスコミの対応に違和感を覚える。

国家公務員の最高峰にいる人物ではあるが、一民間人でもある。
セクハラするオヤジなんて、世の中には五万といるし、その事実は事実としてそれに報いる処遇に陥るのは当たり前ではあるものの、芸能人ではあるまいし、自宅までマスコミが押し掛けるのは異常だ。

セクハラは重罪ではないし(肯定するわけではない)、人を殺したわけでもないのに、ここまで執拗にマスコミに追われるのって?

省庁の中でも最高機関である「財務省の高級官僚」を、マスコミに晒す財務省の広報部?室?の在り方に疑問を感じる。
普通なら広報が矢面となり、記者会見の設定なり、マスコミ対応に当たるのが通常だが、まったくそんな雰囲気がない。

これはもしかして?財務省からも見限られた、ということなのではないか?と勘ぐってしまう。
つまりは、これもある種の尻尾切りの様相を呈しているように感じる。

どんなにお偉い官僚様も組織に見限られたら、こんな風になるんだな~と、アホなインタビュー場面を見ながら、改めて組織の怖さを痛感した。

財務省の福田事務次官の辞任の原因となった、女性記者へのセクハラ発言の出所が分かった。

テレビ朝日の記者だそうで、その女性記者はセクハラのことを会社の上司に相談したが、テレビで話題にすることも、それについて言及することもなく、なかったことにしたのが原因で、女性記者は週刊誌にネタとして情報を提供したことからこれが世に出た、という報道を見た。

週刊誌のネタにはウソだろう~と思う事柄のほうが多いが、時には真実もある。
今回の件はそのうちの一つになるのかもしれないが、本来なら仕事でセクハラ被害に遭った女性を救済するのが雇い主である企業の役目だが、それとは真逆に進み、女性になかったことにしろ的な対応しかしなかったのだから、これは立派なコンプライアンス違反だ。

昨今、パワハラ、セクハラ、マタハラ、モラハラ…等々、訴える原因ならいくらでもあるし、過剰反応で被害者面する人もいる。それら全てを法令に則り審議していたらキリがないのが現実だ。

だが、今回の場合は証拠がある。それさえも反故にするのだから、コンプライアンスなんてものは形だけで、まったく機能してない、ということだ。
それにしても、週刊誌に訴えなければ取り上げてもらえない世の中だなんて…世も末だ。

財務省の福田事務次官が今宵辞任を発表した。
理由は「セクハラ疑惑」だそうだが、財務省の高級官僚であり、最高峰の地位を手にしながら、なぜこんなアホみたいな事柄で辞任することになったのだろう。

疑惑のセクハラは今回だけのものではないらしい。
証拠の音源がある通り、恐らく以前からセクハラは普通のことであり、それに目を付けたマスコミにしっかり撮られ、録られていた、ということだろう。
今回一回こっきりのことで、最高官僚が辞任はしない。まだまだ余罪があったのだろう。

ここのところ、官僚や行政のトップがセクハラやパワハラ等々で辞任するケースが続いている。
どんな社会にもドロドロした思惑や企みがあるだろうが、こうやって血祭に上げられる結果を招いているのは、過去の自分の行いの賜物だ。

偉くなればなるほど謙虚に足元を見つめながら生きていくべきところ、天にも舞い上がらんほど有頂天になり、権力を我が物と勘違いすると、今回のようなことに繋がるのだ。

人間、どんなに偉くなろうとも、足元だけは見失わないように生きていきたいものだ。

それにしても…多くの官僚を蹴散らし、押しのけのし上がったのに、その役目を果たすことなく散ってしまうとは…「身から出た錆び」とはいえ、何とももったいないことだ。

おやめになっておくんなさいまし12のつづき。

喫煙者の6割が喫煙所が減ることに反対という記事を読んだ。

通勤時、駅の近辺には広い喫煙スペースがある。そこにはみださんばかりに喫煙者が肩を寄せ合ってタバコを吸っている姿は、何とも気の毒だな、と感じる。
だが、そこまでしてでも吸いたいのか?とも思う。

タバコが嫌われる原因は、煙による受動喫煙とニオイが大半だろう。
側を通っただけでもクサイし、吸いたくもない煙を吸うハメになる。何とも迷惑だ。

居酒屋は大半が喫煙OKだからまず行かないが、中には料理のおいしい店もあるから、そこには行きたい。で、覚悟を決めて入ると、意外にも喫煙している人は少ない、という現状だ。
昔のように、タバコの煙で店内がモクモク、という感じではなくなっているようだ。

タバコを止めた人が身近にいて、その人曰く「止めてみたら、タバコがあんなにクサく、煙いものだとは思わなった」とのこと。
吸っている間は気付かないが、いざ自分が禁煙者になると、その害の大きさに驚いた、というわけだ。

世の中禁煙者が大半なのだから、いい加減タバコ販売を止めればいいのだ。
タバコ税があるから、という意味不明な大義があるのかもしれないが、それによる健康被害で使われる保険料を考えたらどうだろう?

国もそろそろ腹の決め時だろう。

35周年を迎えた東京ディズニーリゾート拡張への記事を読んだ。

東京ディズニーランドが出来て35年が経つ。

開園当初は客もまばらで、全てのアトラクションを2周出来たものだが、今やひとつのアトラクションに何時間も待たされることもある。
入場料も開園当時から3倍ほどになっているが、これまで多くの人達が訪れ、大いなる夢と希望を与えてきた。

この間にはディズニーシーも出来たし、周囲には宿泊施設であるホテルも多く建設された。
テーマパークと周囲のホテルをモノレールが結び、泊りがけで楽しめる一大アミューズメントパークへと成長した。

ディズニーに係わるアニメや映画も徐々に増え、それらはもれなくアトラクションになっていく。
映画の世界とキャラクターの世界が目の前に現れるのだから、ファンにとってはまさに夢の国だ。

だが、今回の報道を見る限り、何とはなしに一抹の不安を感じた。
これ以上大きくしないほうが良いのではないか?という思うだ。

一個人の思いなど、大企業にとっては取るに足らないことだろう。企業が成長するには投資をし、規模を拡大すること、それしか道はない?のが現実だ。

だが、あまりにも大きくなり過ぎた風船はいつかは破れる。
夢の国が近い将来、本当に夢になってしまうのではないか…と、そんな予感が脳裏に浮かんでしまった。

今宵、中野サンプラザにて「THEカラオケ・バトル・コンサート」を観た。

トップからカラオケ・バトル3人娘の伸びのある歌声にノックアウトされた。
テレビ以上の迫力と生の歌声は、凄い!の連続だった。

出演者一人一人披露してくれた歌声はどれも抜群で、それぞれが心を込め、力を尽くした歌唱に、自然と心が打たれた。

隣に座っていた青年は、開演前から落ち着きがなく、口数も多くずっと隣の連れとしゃべっていた。
そのうち身体をボリボリ掻き始め、その手にはアカが…。それを目にはしたが、気にしないようにしていた。
彼の言動は公演が始まっても治まらなかったが、私は歌声に意識を集中した。

というか、そんな状況化でも自然と出演者の歌声に引き込まれた。
それぞれの思いが心に伝わってくる。楽曲によっては、自分の過去と重なる事柄もあったりして、自然と涙が出るほどだった。

皆のMCにもそれぞれの思いがあり、ここでも心打たれることがあった。
この舞台に立つまでにどれほどの艱難辛苦を潜り抜けてきたのだろう、だからこそ、これだけ素晴らしい歌声を披露することが出来るのだ…とも感じた。

隣の青年も皆の歌声にずっと歓声を上げていた。彼にとっても、カラオケ・バトルは心躍り、自分の思いを委ねられる場所なのだろう、とも思えた。

歌の力はスゴイ!さらに、この出演者達の格段に高いレベルあってこそ、とも思わされた。
今宵は、二度とはない最上級を見せていただいた。

言っちゃいなよの続き。

森友学園問題の火種がまだ燻っている最中、再びの加計問題だ。
今度は、当時の首相秘書官が当地に赴き「これは首相案件」と語ったことが判明し、大騒ぎの渦中にある。

既に学園は4月から運営されているのに、なぜまたこんなに大騒ぎになっているのか?
真面目に勉学に励む学生が気の毒だし、愛媛県に誘致しようと粉骨砕身した多くの関係者も、気が気でははないだろう。

首相のお友達を優遇したことが根本原因で、どんなに総理が「優遇していない」と言ったとしても、結果的にはそうなっているのが現実だ。

それを、「私の知ったことではない」と言い切れるのも図太い神経だし、元秘書官が携わっていたこと自体、総理案件であることは明々白々だ。

森友しかり、加計しかり、公私混同が大きな要因であり、脇の甘さを物語っている。
真の友であり、利害関係を生む可能性があるのならば尚更、互いのために一定の距離を保つことが肝要だった。

そんな簡単なことも分からないのって…。
そりゃあ、あることないこと叩かれるのは、ある意味必然だ。

真偽は当人にしか分からないが、そのおかげで振り回され、尻拭いに翻弄させられる官僚達も気の毒だ。
政治家のアホな振る舞いのおかげで、これ以上過労死が増えないことを祈るばかりだ。

皆の幸せのためにも、人としての良心が痛まないためにも、「本当のことを言っちゃいなよ!」と進言する。

はしか患者31人に拡大 沖縄県、ワクチン安定供給へ 3次感染に警戒との記事を読んだ。

今、沖縄で麻疹が流行しているそうだ。
子供の頃に予防接種を受けているとは思うが、なぜ今頃?というのが正直な感想だ。
適切な処置を施せば治まる病気ではあるが、場合によっては取り返しのつかない症状に陥ることもある。

こういった感染病は、不衛生な場所などに起きやすい。
沖縄は美しい島だ。こんな病気が流行るなんて…と思いながらも、外国から多くの観光客が押し寄せている現実を思うと、そこが感染源ではないか?とも推察する。

いずれにしても、現代においてこういう現象が起きていることが怖いな…と思う。
これが日本全国に広がらないことを願うばかりだ。

「仕事の出来ない公務員」クビにならないのはなぜ?分限免職の仕組みと裁判例という記事を読んだ。

仕事が出来ないというのには、①能力がなくて出来ない、②職種に向いてない、③仕事が出来るだけの体力がない、といったことなどが挙げられるだろう。
中には家庭の事情などがあり、時短勤務という形態もあるが、これは「仕事が出来ない」という括りとは異なる。

仕事を処理する能力がない人は、徐々に周囲に疎まれ出す。すると、自分は周囲から嫌われてる?と疑心暗鬼に陥り、そこから徐々に被害妄想が膨らみ、終いには心を病む、というパターンが多いように思う。
そう思うのは、現在も過去にも、こういう人がいるからだ。

仕事が出来ないことから心を病み、会社を休むようになり、出社拒否になる。
ならば辞めればいいのに、こういう人は大概図々しく会社に居残る。クビにでもしようものなら逆切れして会社を訴える、ということもある。

殊に公務員ともなると法律に守られ、無能でも出社しなくても滅多なことではクビにはならない。
少しでもイヤなことがあれば休むし、すぐに異動願いを出す始末。
仕事は出来ないくせに、居残る手段を考えるのはお手の物だ。

そんな甘々な社会人生活を40年も送っていれば、本来なら若い時に切磋琢磨しながら培われる人間力が養われていないがために、定年後にがっぽりもらった退職金をつまらない投資につぎ込んだり、オレオレ詐欺にひっかかったりして、身ぐるみはがされることになる。それもこれも、全ては若いうちにさぼったツケで、手にしたものを失くすハメになるのだ。

そうでなければどんな荒波にも負けず、勤勉に会社生活を全うした人が報われない、というものだ。

しかも!公務員の給料は、国民の税金だ。
国民に食べさせてもらっている身でありながら、働きもせず給料をもらうとは何事だ!!!

人間ならば、そんなことは恥ずかしくて出来ないのがまっとうな在り方だ。
公務員になって甘汁吸ってシメシメとほくそ笑めば、高齢になった時、間違いなくしっぺ返しに見舞われる、確実にだ!

国民をナメルなよ!!!!

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