前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2018年08月

人には良い面と、そうでない面がある。
自分とはウマが合わなくても、理性をコントロールし、苦手な相手とも上手に付き合っていく…それが社会人の務めでもある。

職場に周囲が徐々に引いていく人がいる。
一見は良い人そうなのだが、根本的な気質が自己中だから、ふとした拍子にその人の本音が出てしまう。
当の本人は上手に隠しているつもりだが、そもそも性根が性悪なので、隠したところですぐに化けの皮は剥がれる。

そんな人のことをどうこう言っても仕方ないので、私は必要最低限でしか相手にしない。
だからと言って、その人のことを周りに悪く言ったりもしない。
そんなことをしなくても、時間が経てば周囲にもそれが分かるからだ。

分かってもらうまでは色々しんどいこともあるが、基本的に相手にしない、と決めているのでそれさえも苦に思うこと自体バカらしいと思う。

今年入社した人が、今日そのことを悟り、私に聞いてきた。
時と共に、その人の真価は黙っていても分かるものだ。

嫌われる人はどんなに取り繕い、手を尽くしたところで、腐った性根はそうそう隠しきれるものではないものだ、ということをまたしても実感した。

6月に引越してから早2か月が経った。
新しい環境にも慣れ、少しずつ生活にも精神的なゆとりが出始めた。

高齢の母のために、涼しくなった夕刻から散歩に出かけるのだが、家までの道を覚えるために、さまざまなルートを散歩していた。

我が家は坂の上にあるため、坂の下に行くには、足腰に自信のない母はずっと躊躇っていたが、ある日、「今日はここを降りてみたい」と言った。
母の意思を尊重し、ゆっくりゆっくり坂を降りていった。

降り切った先から何やら強いパワーを感じた母は、「ここは何?」と言う。
「ここはお寺さんだよ」と私。
「すごく良い気が流れているね」と母。「そうだよ」と私。

お寺の門前に立つと、奥からズ~~イ、ズ~~イ!と言った強く心地よい気が流れてくる。
「ここはすごいお寺さんだね」と私。
夕刻はもう閉門しているから、後日日中に来てみようね、と話していた。

最近ようやく朝晩も涼しくなったので、そのお寺さんに朝のうちに行ってみた。
中には大日如来を本尊とした如来様が安置されていた。

そのパワーの凄さったら!!!
近所にこんなすごいパワースポットがあるなんて!!!
こうやって、この辺りもお守りくださっているのだな…と、感謝の気持ちを込めて祈らせてもらった。

その土地土地には、鎮守の神様、仏様がいるものだ。
そこに住まわせていただくからには、敬意を持って感謝する心持ちを忘れないようにしたいものだ。


山口で行方不明になった2歳児を、ボランティアの方が発見した一件だが、ボランティアで捜索活動に参加するだけでも感心なことこのうえないし、3日間探しても見つからなかったのに、この方が探したら発見出来た!それも、奇跡だ。

元気な2歳児を発見出来たこと、それを無常の喜びとし、謝礼など一切いらない、というその心意気、いや、人としての信念は素晴らしい!!!これぞ、まさに人間が人間たる所以、真の人間のあり方だと思う。

吉川晃次さんが広島で黙々とボランティアをし、それを一切マスコミにも漏らさないし、自らも発信などしない、その姿にも感心するし、これぞ真の人間のあり方だと思わされる。

人間には承認欲求があり、他者から認められることに快感を覚えるわけで、それ自体は悪いことではないが、その先には人知れずひっそり善行を積むことこそが重要なミッションだと思う。

いずれの方々も、他人がどう思うか、ではなく、自分がそうしたい、助けたい!という一心なのだ。
人間は他者と共生するために生きている、というか、他者がなければ生きていけない。
他者のために真心で働いていれば、自然と自らの道は開けていくのだ。

己の利益のみに執着する人間に、真の幸せは訪れないだろう。

今年の夏はこれまでにない酷暑が続いている。
首都圏では梅雨もそこそこに、7月からあっという間に40度近い日が続いた。
台風が来ると少し暑さは和らぐが、去ってしまえば元に戻る。

そんな中、学校でのクーラーは禁止だの、炎天下でのクラブ活動で子供達が熱中症になるだのといった事が後を絶たない。
おいおい、いつまでも昔のまんまで良いわけないだろ!そんなことしてたら、マジで子供達死んじゃうよ。これじゃ、まるで戦時中の軍隊と同じではないか!

人類の歴史上?初と言ってよいほどの気象の変化が起きているのだ。
そこに大人達は気付いているのだろうか?
自分達は辛抱した背景はあるだろうが、そんなこと言っていたら取り返しのつかないことになってしまうのだ。

時代は流れる、歴史も変わる、それらにもっと敏感に反応し、対応していかないと!
それが私達がこの世を生き抜く課題なのだ。と、それと並行して温暖化何とかしないとね!!

母親シャチ、死んだ子シャチを17日間運び続けの記事を読んだ。

シャチは人間並みの頭脳を持つと言われるほど賢い哺乳類だ。
昔の映画で、子供を人間に殺されたシャチの母親が、その人間に復讐するため、どこどこまでもその人間を追いかけ、遂には復讐を遂げる、というのがあった。子供の頃に観た映画なので、記憶に違いがあるかもしれないが、あまりの迫力と、シャチの子を思う気持ちに圧倒されたのと、その愛情の深さは衝撃だった。

この記事にもある通り、死んだ我が子を17日間も運び続け、1600キロも泳ぎ続けるなんて…。
かわいい子供を失った悲しみが、そうさせたのだ。シャチには心があるのだ。シャチに限らず、生きとし生けるモノには、何がしかの思い、心が宿っているように感じる。

なのに、人間の中には、平気で子供を虐待する者もいる。
我が身を削ってでも子供を守る、愛するという思いは、人間に与えられた尊いものだが、一部の人にはそれを持ちえない者もいる。それはそれで気の毒だな、とも思う。

愛を知らずに育った子供が親となった時、我が子に同じ苦しみを与えてしまうのだ。
それは何の対応もしなければ連鎖し続ける。

「愛情」を注いで育った子と、そうでない子には大きな差があり、それが幸、不幸をも決定する。
どんなに恵まれたように見える家庭でも、そこに「愛」がなければ、その子にとっては不幸でしかないのに…。


有名人にはSNSを通して情報発信をし、それが良い働きをする者もある。
だが、中には炎上し、厄介な事柄に発展する者もいる。

いずれも善悪ではない。
発信する側、受ける側、双方が良いと思うか、そうでないと思うかだけの事だろう。

有名人がプライベートを切り売りするのは、リスクを伴う。
家族全員が芸能一家というならまだしも、中には未成年の子供を持つ者もいるし、家族の中には自分の情報など載せて欲しくないと思う者もいるかもしれない。

役者であれば、演技を通して広く、多くの人達と繋がり、双方が感じ入ることが出来ればそれで事足りる。
お笑い芸人であれば、笑いに関することの中に、少しプライベートを織り交ぜることで、笑いの幅が広がる、ということもあるだろうし、それを旨とする者もあるかもしれない。
料理家であれば、プライベートで作った料理を公開することで、仕事に繋がることもある。

そう考えると、プライベートの切り売りは、職業や立場によって違ってくるのだろう。
だが、それらのクオリティが高ければ、何もプライベートをさらけ出すことはないように思う。

自分の道が何なのか?真髄はどこにあるのか?
それがプライベートを切り売りすることにあるのならば、それもアリかもしれないが…。

自分の本質は何なのか?今一度自分に問いかけてみることも必要だろう。

久しぶりに若者の街?渋谷にて、友達が予約してくれたお店で、暑気払いの宴に参加した。
渋谷は再開発で、昔とはずいぶん様相も変化しており、用事がなければ行くことのない私には、まるで浦島太郎状態だった。

予約していたお店ではコースだった。とはいえ、料金も安いので多くは期待していなかった。
だが、これが予想に反して量も多いうえに、料金以上に?おいしかった。
アルコールも手を抜いておらず(店によっては薄くてジュースみたいなところがある)、しっかりしたものを出してくれた。

数品をたらふく頂き、満腹になったところに、最後にデザートが出る、とのこと。
で、出たそれがこれまたシッカリ!ガッツリ!デザートだった。
コースの締めのデザートといえば、大皿にちょびっとずつの甘いものが乗っていたり、アイス程度だが、「これって、デザートを食べるために入ったお店で出る量だよね」と友達。

なぜにこんなに手厚いのか?で、ふと周囲を見渡すと若い子達が多くいた。
ああ、そうか、そういうことか…と、一人で腑に落ちた。

それは、SNS映えすることを考えたメニューだったのだ。
安いコース料理とはいえ、ショボイものを出せば、あっという間にSNSで拡散されてしまう。
安くても充実のお店!SNS映えもするし~!みたいなノリなんだな、と感心した。

ん十年前若者だった私達4人は、いまどきの恩恵をちゃっかり受けさせていただいた、のだった。
ごちそうさまでした!

お盆休み直前の金曜日、通勤電車はいつもより空いていた。
金曜日から休みを取る、または金曜の夜から休む人が多いのだろう。

朝からスーツケースを持ち込んだ通勤客や家族連れを見かけること頻繁だった。
帰りの電車などは3割ほど空いていて、いつもこれくらいならストレスも半減して良いのにな~と、実感。

この週末から来週の中頃にかけて、親や親類縁者のいる故郷へ帰る人、子供の夏休みに合わせて旅に行く人等々、それぞれに目的を持って出かけている様子だ。

私はといえば、人出の多い時は仕事をすることにしている。
幸い?お盆休みは固定ではないので、人様が休んだ後に休ませてもらうことにしている。

それにしても、夏休み中の駅は賑やか過ぎる。
外国人も多くいることから、多言語が飛び交い、子供は大声ではしゃぎ、幼児はダダをこねる…等々。

帰省シーズンは奇声シーズンでもあるのだな~と、周囲の喧騒を感じながら会社に向かった。

台風13号はノロノロと関東に向かっている。
会社では午前のうちに「早期帰宅」を促すメールが来たが、案の定誰も帰ろうとしない。
まあ、来たばかりだし、せめて昼までは働くか~ということで、外の景色を眺めながら業務をこなした。

ランチとなり外を見るとあまり雨は降っていない。
電車も運休もなければ遅延もない。ありゃりゃ~~、これじゃ帰れないじゃないか!
ということで、3時まで様子を見た。上司からは「帰っても良いよ~」と言われたけど、やっぱり誰も帰らない。どんだけ仕事好きなんだよ!と、一人心の中でツッコンでいた。

結局定時まで仕事するハメになり、通常と変わらず帰宅することに。
よその会社では早く退社した人が多く、いつも乗る電車は文字通りの地獄絵図だった。

台風は今夜が山場。そして明朝こそまさに祭り本番だ。
中途半端に動く電車のおかげで、祭(地獄絵図)はヒートアップ間違いなしだ。

前夜祭は淡々と過ぎていくのであった。


ヤフーが週休3日制を導入した。月に5回までテレワークもOKだそうだ。
何て理想的な会社!もうちょっと若ければ、ぜひともヤフーで働きたい!と思うのは私だけではないだろう。

週休3日になるには、週4日の労働で5日分、いやそれ以上の成果を上げることが前提だ。
昼間はダラダラとネットサーフィンに興じ、定時後に残業代を稼ぐような仕事の仕方をするクズ社員にはまず適用されない制度だ。

人間には実力の差、向き不向き、得手不得手がある。
だからこそ、同じような成果を出せないわけだが、そもそも仕事とは、労働力を提供する変わりに賃金を得るわけだから、成果を出さずに賃金をせしめようとすること自体がおかしいのだ。

そうなると、仕事が出来ない人の居場所がなくなるわけだが、それで良いと思うし、そこで成果を上げられないのであれば、成果を上げられる職場に行けばよいだけのことだ。
「働かざる者、食うべからず」ではないが、賃金をもらっている限りは、それだけの対価である成果を上げることは当たり前のことだからだ。

成果の中身は人それぞれだろうからこそ、その内容に合った賃金を払えば良いのだ。
力がない変わりに上司に取り入り、大した仕事もせず、部下を顎でこき使い、その成果を手柄にするようなクズはとっととクビにすれば良いのだ。

だが、世の中には働きたくても働けない人もいる。心は天使でも体が弱かったり、心が病んでいたり…。それにはそれ相応の手当が必要だが、これもまた悪用するクズがいるから話がややこしくなる。

成果を上げる人も、そうでない人も、性根がクズでなければ良いだけの話なのだが、そもそもクズ人間は自分がクズだということに気付いていない。これぞクズの成せる業!?

まあ、なんだかんだあるものの、個人的には実力主義ウエルカム!だ。

台風13号が着々と関東地方に近付いている。
まだ小笠原の沖だと言うのに、既に首都圏の北側ではその影響で雷雨に見舞われている。

木曜日には関東に最も接近する予報で、既に交通機関にも大きな影響がある、との予測も出ている。
あ~~、これね~~、交通機関ね~~、お願いだから電車止めていただけませんか??

台風を始め、自然災害に見舞われるたびに、中途半端な間引き運転をしてくれるおかげで、こっちは地獄の通勤に巻き込まれるわけだよ。
電車が止まれば、会社に行かなくて済むのだから、地獄絵図に放り込まれることはなくなる。

だが、クソ真面目な日本人は、こんな時に限って張り切って出社しようとする。
だから、会社から良いように家畜扱いされているのに、そこに快感でも覚えているのだろうか?と思うほど、日本人のこの気質は変態レベルだ。

これはまさに「祭」だろう!
日本人大好きな祭りが、もうそこまで来ている!ヒャッホ~!ワッショ~イ!!ってか!?

フリーアナウンサーの小林麻耶さんが、昨日突然の芸能界引退を発表した。
さんまの「恋のから騒ぎ」を当時から見ていたから、ちょっとビックリ!した。
昔からぶりっ子キャラで、TBSでも異色のアナウンサーだったかもしれないが、フリー後も順調に仕事をしていた姿を見ると、根はきっと真面目な方なんだろうな…とは思っていた。

妹の小林麻央さんの死はとても残念だったし、残された家族のことを思うと、我が事のように胸が痛んだ。
きっと麻耶さんも、言うに言えぬ辛さ、悲しさ、苦しみがあったことだろうとも思った。
また、興味本位でマスコミは面白おかしくあること、ないことを書きたてる。
そんな愚行にも胸を痛めていたのではないかとも推察する。

そんな中、麻耶さんの結婚報道には、私も喜びを感じた。本当に素敵な方に出会えて良かった!と。
これからは専業主婦として、家族のために生きていく、という彼女の決意には、大切な家族を失ったからこそなのだろう、ということも感じた。

どんなに有名になっても、偉業を成し遂げても、帰るべき場所は結局家族なのだ。
血の繋がりの有無に関わらず、自分のことを思い、育ててくれた場所、そこが自分にとって掛け替えのない場所であり、これからその恩を返していく場でもあるだろう。

人間は一人では生きてはいけない。そのことを、麻耶さんの決意から改めて教えてもらった。

スポーツ界での内部告発が後を絶たない。今度はボクシング界だ。
どの世界もそうだが、伝統と格式という名の印籠が、長い年月のうちに不条理なルールを生み出し、暗黙の了解的な事柄が増えていく。

そこにお金が絡むと、どうしたってそれを悪用する者が現れる。
第三者による査察があったとしても、その時だけをやり過ごせば、あとはやりたい放題。

悪事は小さい芽のうちに摘み取らなければ、大きくなってからでは難しくなる。
些細な事柄のうちに進言する者、是正する者がいれば、どの世界も世間を騒がすような大事には至らなかっただろう。

まあこれくらいのことは…という、小さな悪事の積み重ねが、気付いたら取り返しのつかない所に達してしまっていた…というのが現状だろう。

だが、それを見て見ぬふりは出来ぬ、悪は成敗する!という意志を持った者が一人、二人…と増え、告発へと至るのだろう。
どこかの世界が告発すれば、うちも、うちも…ということになる。

人間、苦労している間は些細なことにも感謝し、人の好意にも遠慮がちになるものだが、それがフツウになってくると徐々に感情は鈍感になり、気付けば傲慢になっていく。

己を律し、公正を維持し続けるには、それ相応の精神の鍛練が要る。
人間は、安きに流れやすい生き物だ。だが、そこはあえてあらがおう。
それが、人として生きる意味であり、自分の課題だからだ。


女性医師を増やしても、結婚や子育てで離職する率が高くなるから、意図的に女子受験生の点数を減らし、男子受験生の点数を加点した、というものだ。

女性が結婚し、子供を産み育てるにあたって、社会システムがきちんと構築されていないから辞めざるを得ない現実は見ずに、「女性だから辞める」という安直な思考で女性医師の道を阻むとは…呆れてモノが言えない。

それだけ子育ては大変なことだし、仕事と家庭の両立が難しいのが現状だ。
男女平等とは言いつつ、女性の家事負担は男性のそれに比べれば圧倒的に多いし、子育てだって男性が率先してやっているなんて話はあまり聞かない。

子供を預ける保育園だって足りないうえに、意図的に保育園に落ちることを画策する輩もいて、女性が真の意味で社会の第一線で活躍出来にくいことは昔から変わらない。

「働き方改革」だの、「女性が輝く社会」だのと言ったところで、すべては絵に描いた餅でしかない。
ごくごく少数精鋭の女性だけがわが身を削り、邁進しているのが現実だ。

そうやって優秀な女性の足を引っ張り、無能な男性を医師にするから、しょっちゅう医療ミスが起こるのだ。
優秀な女性医師を排出する変わりに子育て整備をするのと、アホな男性医師(全ての男性ではなく、一部のアホ医者のことだ)を増やして医療ミスによる死者を増やすのと、どちらが得策だろう?

いつまで経っても男尊女卑の風習は変わらないのだな…と、改めて思わされた。

剛力彩芽のインスタ炎上について、最初は「ふーん、芸能人も大変ね~」くらいに思っていた。
何の悪気もなく、幸せオーラ全開で「私はこんなにハッピー!この幸せをみなさんにもお裾分け!」くらいに思っていたのかもしれないし、それ自体は悪いことではなく、むしろお裾分けされる側にとっても嬉しいことだ。

だが、思いがけず世間からバッシングされたため、それまでの掲載も全て削除する、という。
で、改めて一から掲載を始めたわけだが、内容的にはこれまでと大差なく、自分に正直に、ありのままの思いを伝えます、というスタンスだ。
それも悪いことではないし、何とも正直者だな、とも思う。

それらの何が問題かと言うと、恐らくそれを快く思えない心の貧しい人が世の中には思いのほか多い、ということだ。「人の幸せを喜べない=自分が不幸だから」という図式となる。

天真爛漫に幸せ報告をすればするほど、想像だにしない怨念を浴びることになる。
人の怨念は目に見えないだけに、悪霊などより何倍も恐ろしいと私は思っている。
なぜなら、悪霊からは逃れられるが、生きている人間の怨念からは逃げられないからだ。
生きている限り、ずっと恨まれるのだ。

そんな予想だにしない人の情念、怨念を浴びないためには、むやみやたらとプライベートは公開しないほうが良いと思う。
幸せは、当事者だけが密かに味わっていれば良いのだ。

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