前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2019年02月

幸せボケのつづき。

若者の度が過ぎた悪ふざけ動画には閉口するばかりだが、そもそもこんな状況にしたのは、雇い主である企業側の責任が大きい。

企業倫理を若者であるアルバイトやパートの人達に教育してはいるだろうが、マニュアル通り、一遍通りのものだろう。そこには受け手が感銘する、思い至るようなプロセスはあるのだろうか?

大手外食チェーン店やコンビニなどには、正社員がおらず、アルバイトやパートだけの時間帯もある。
それこそが大きな要因だ。

アルバイトだろうが正社員だろうが、働く、仕事をする、お金をもらう、という観点においての責任は同一だが、そこには雇用形態による重さの違いがある。それは給料に反映されていることからも分かる。

来る客から金さえもらえればそれで良い、という儲け主義が大前提にあるから、倫理的なことは脇へ追いやられるのだ。

幸せボケを生んだのは、企業側の大いなる責任でもあるが、そこで働く大人達の責任でもある。

飲食店でアルバイト店員が、食べ物を粗末にする動画が後を絶たない。
それだけではなく、調理器具を下腹部に当てたりと、小学低学年レベルの悪ふざけには呆れるばかりだ。

生まれた時から便利な世の中で育てられた子供達は、おそらく一度も食べるものに困ったこともないし、自分でそれらを育てたこともないだろう。
お膳立てされた食事を食べ、自らの頭で考えることもないまま、親や社会の敷いたレールを歩いているだけなのだろう。

自らの意思でアルバイトを始めたものの、仕事に対する意義ややりがいなどを感じているわけでもないから、仕事を冒とくするようなことが平然と出来るのだ。

仕事にしても、生きる日々にしても、どれほどの人のお世話になり、多くの自然のエネルギーを使っているのか、食べられない人が世界中にはたくさんいるのに、その食物を粗末にしてしまうその感度の低さたるや…それは既に人間のあるべき姿ではない。本能だけで生きているただの動物だ。

自らの起こした行動がどれほど愚かなことなのか、未来において食べられない時代が来た時、イヤというほど思い知ることになる。
物事の法則は、何事も因果応報だ。自分のしたことを忘れた、とは言わせないぞ!

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