前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2019年07月


冬は風邪に気を付けマスクをし、手洗いうがいに余念がないが、夏風邪は冬に比べると軽い感じがするのと、暑いせいで、冬ほどの万全は尽くさない。

夏は暑さで免疫力が落ち易いせいか、先日(恐らく)ダニに刺され異常すぎるかゆみ+水疱が出来た。
これが潰れると飛び火となるため、絆創膏を張り、それが破れないように注意をしながら生活した。

水疱は2週間ほどで枯れたものの、虫に刺されてこれほどの症状になったのは久しぶりのことだ。
そもそも夏が苦手な私は、用事がなければ一切外出しない。
この暑さのなか、何を好き好んで出かけなければならないのか。

とはいえ、仕事をするためには出かけざるを得ないし、日々の食料の調達だって必要だ。
結局1日中家に籠っていることはムリなのだ。

いずれにせよ、夏は免疫力を落とさないよう、体を冷やし過ぎないよう、よくよく身体の声に耳を傾けないとな~と思わされた。

日本人の平均寿命が今年も更新したとのニュースを耳にした。
女性は87.32歳、男性が81.25歳だそうだ。
江戸時代から約2倍の寿命になっている。たかだが2~3百年の間にだ。

健康寿命が延び、お元気に活躍される方が多くいるのは喜ばしいことだが、時にそれが弊害を生むこともある。

政界、財界、芸能界等々…老兵達が頑張れば頑張るほど、若手の出番は減っていく。
人生の達人から見れば、若造達のやること成すこと、気に入らない、心配でならないことだらけだろう。
だが、自分だって若い時があったはずだ。

更に言うならば、世の中は否が応でも進化し続けている。
いつまでも自分が若かった時のことを引き合いに出して、現代人の進化を妨げるのは止めたほうが身のためだ。

昔の武勇伝を忘れられず、いつまでも現役でいることにこだわり続けることが、若者の成長を妨げ、ひいてはそれが自分の老後に大きく影響することに思いが至れないとは…。

若者達だって自分達の前に道が開けば、否が応でも精進するのだ。
長生きする者は、その手助けをすれど、邪魔をしてはならないのだ。

自分の歩んだ道を早めに若者に託す…それくらいの度量があれば、日本は安泰なのだが…。

朝活ウォーキングをしていると、日々新しい道を開拓出来る。
やはり歩いてみないと道を覚えないし、新たな発見も出来にくいように思う。

最近良く行く山王の住宅地には、何柱からの神様を祀った祠がある。
歩いてる途中偶然出くわすので、これは神様が引き寄せてくださったのだろうと思い、必ず立ち寄りお礼を申し上げることにしている。

今日もまだ道のりが定かでない場所を歩いている途中、住宅の壁沿いに動くものが目に入った。
よく見ると、それはヘビだった。ヘビ?ここ東京だよね、こんな所にいるの?
半信半疑だったが、側に寄ると粉うことなくやはりヘビだった。

この住宅の下には弁天池がある。そこには、厳島神社の神様が祀られている。
そこは最近ほぼ毎日のように頭を下げている場所でもあった。

ヘビは縁起の良いものと古来より言われている。
驚きと共に、弁天池から出てきてその姿を見せてくれたのか?と、自分の良いように解釈している。
いずれにしても都心でヘビだなんて…。人生何があるか分からないものだ。
20190729_ヘビ

朝ウォーキングで通る商店街はシャッターが閉まり、閑散としている。
静かな空気の中、たまにすれ違う車や人の足音が聞こえるくらいだ。

朝歩けない時は、夕方歩くようにしている。
すると商店街のシャッターが開いており、店の商品を目にすることが出来る。
買い物をする人もいるし、車の往来は朝よりも多い。

人が生活を始める前と後では、通りの雰囲気はガラリと変わるのだ。
それは人間関係も同じかもしれない。

家族に見せる顔と、他人に見せる顔、仕事の顔とオフの顔。
人にはその時々に応じて見せる顔がある、ということになる。

時には違った角度で街並みも人も観察してみると、新たな発見があるかもしれない。



東京オリンピックを見据え、都内の飲食店も禁煙の店が増えている。
先日も喫煙可能な居酒屋に行ったが、40人ほどの客の中で喫煙していたのは、女性が一人だけだった。

それまでたばこの臭いもせず、快適においしいお酒を飲んでいたが、一人の喫煙者が吸う1本のタバコで、空気が一気にたばこ臭くなった。
もちろん、喫煙可能な店なので文句は言えないが、誰一人吸っていない店内で一人で吸えるというのも、なかなかの強者だな、とも思った。

それほど都内では禁煙率が高まっており、個人的には嬉しい限りだが、それでも路上喫煙をする者はまだまだいる。その人が吐いた煙を後から歩く者は否が応でも吸わざるを得ない。
明らかな強制受動喫煙だ。

そんな風潮もあり喫煙者の肩身は狭くなる一方だろうから、電子タバコに変えた人も多いだろう。
確かに、普通のタバコに比べれば周囲に及ぼす煙と臭いの量は激減している。
それでも害がある!と報告するのであれば、世界中でタバコを撤廃すれば良いだけの話だと思う。

売るから買う人がいるわけで、売られなければ吸えなくなるのだし、喫煙による疾病治療にかかる医療費だって減るだろう。

喫煙者も自分が買うタバコの半分以上が税金であることに目覚めて欲しい。
汗水垂らして働いて、ちゃんと納税もしているのに、更に税金を搾取されているうえに、世間からバッシングも受け、体も壊してしまう。

喫煙がいかに割に合わないか…愛飲者はそのメリットとデメリットを考えてはどうだろう?

朝ウォーキングをしていると、ニャンに遭遇することがある。
人通りも少ない静かな空間で、寝そべっていたり、毛づくろいをしていたり、伸びをしていたり…様々だ。

ニャンに遭遇すると、岩合さんのように「おはよう~!」と声をかける。
するとこちらをジッと見て、目を伏せる者、逃げる者、寄ってくる者、応えるかのように鳴く者…様々だ。

人を見ても逃げないのは飼い猫か、野良でも近所の人たちに可愛がられているニャンだ。
逃げるのは人間を怖いと思っているニャンだ。

ニャンにも育ちの違いがあるな~と感じる。
人間に可愛がられ、大切にされていると、人が傍に来るだけで甘えてくる。
野良猫で食べるモノにも事欠き、人から邪険にされると、顔つきもヤサグレてくる。

そんなニャン達の境遇を見るにつけ、人間と同じだな~と思う。
誰もが愛され、大切にされれば、人に優しく、穏やかに生きられるのに…。

テレワーク習慣につき、今週から自宅で仕事をしている。
浮いた通勤時間を朝カツウォーキングに当てている。

朝早い空気は澄み、自然の匂いが漂う。
緑の濃さ、雨の雫、色とりどりの花々…。やっぱり朝は気持ち良いな~と、感動しきりだ。

1日のうちで無駄だと思うのは、やはり通勤時間だ。
その中にも得ることはないわけではないが、家畜電車に乗ること自体ストレスフルなわけで、心身にとって何ひとつ良いことはない。

その分を自分のためになることに使いたいと切に思う。
だが、テレウイークが終わればまた元の日常が戻ってくる。

今回得た事柄を今後どう生かしていくか?大いなる課題だ。


人は亡くなると、生前の善行だけがクローズアップされ、影の部分は無かったことにされる。
敢えて人の愚行を明らかにする必要はないが、社会的に大きな問題であろうこともなかったことにするのはどうなんだ?と思っていた。

そのさなか上記の記事を読んで「そうだよな~」と納得した次第。
というのも、知人に昔ジャニーズにいた子がいて、お目目クリクリのかわい過ぎる男の子だった。
デビューが決まりかけた時、事務所のスタッフに呼ばれ「この扉の向こうにジャニーさんがいる。それがどういうことか分かるか?行けばデビュー、断ればデビューはない」と言われたそうだ。

彼は考えた末、それを断った。そして、そのままジャニーズを退所したそうだ。
それは本人から直接聞いたことだから、ウソではないだろう。
昔からジャニーズでの様々な噂は耳にすることがあっただけに、生の声は衝撃だった。

当時の芸能界は今よりもっと闇が深かった。
その子からは、他事務所に行った時、当時超売れっ子アイドルの子が薬をやっており、ラリっているところを見てしまった、とも言っていた。その名前を出したら、恐らく誰もが腰を抜かすであろう人物だ。ちなみに、今も現役だ。

これまで、事務所の力や見えない影の働きで、いくつもの闇が握りつぶされてきたことだろう。
そういえば…高校生の時、同級生の女子があるグループ歌手のお相手をしていたことを思い出した。

まあ、昔はそんなものだった。そのノリの人達が、今も当時を忘れられずヤンチャ(過ぎるが)を繰り返しているのだろう。

芸能界の闇が徐々にあぶり出され、令和の時代にあって時代錯誤なルールがまかり通っていることに、世間も「おかしい」と声を上げるようになった。

事務所を辞めたら干される、その意向に逆らえば仕事をもらえなくなる、若手は生きていけるだけの給料をもらえない、セクハラ、パワハラのオンパレードといったことに誰もが疑問を抱きながらも、それが慣例となっていることを良しとしてきた。

しかし、社会がそれらを許さない風潮となった途端、マスコミが手の平を返したかのように、バッシングの矛先を180度転換した。

これまでヘイコラしてきた者に対して、世論の声を後押しとして、よくぞまあ簡単に態度を変えられるものだと、これにも呆れるばかりだ。

悪い事柄が消滅することは良いかもしれないが、それまでそれらを見て見ぬ振りをし続けておきながら、誰かが「それはおかしい!」と言い出したら、そちらに乗り換えるとは…節操がなさすぎだ。

果たして、そこに義はあるのだろうか!?

旧態依然のつづき。

今日行われた吉本興行の社長による記者会見は、何ともお粗末だった。
弁護士らと相談しまくった内容を慎重に読み上げたものの、記者らからの容赦ない質問にはまともに答えられないどころか、この期に及んでも言い訳をする姿は、所属タレント達をガッカリさせるものだったであろう。

部外者である私でさえそう感じるのだから、当事者の方々はさぞ無念なことだろう。
言い訳に終始し、タレントファーストだなんて、今まで思ってもみなかったであろうことを口にする様は、それが板についてないから、聞くほうが恥ずかしくなるほどだ。

結局真意の発言ではなく、弁護士や周囲からの助言で言わされてるだけだから、聞く者の心に響かないのだ。

この騒動の責任として、社長、会長共に1年間の年俸半額と発言していたが、ネンポウをネンボウと読んでいたのも、お粗末だった。

真に責任を感じているのなら、潔く退陣!新体制でやり直す!くらいのことは言えないのだろうか…。
付け焼刃じゃ、間違ってもそんなことは言わないな。

吉本興業の芸人らによる闇営業により、同社の認識の甘さ、タレントとの契約等の手続がなされていないことが明らかになった。

21世紀をとおに過ぎた現代で、タレントと契約書も交わさず、口約束で仕事をマネージメントするなんて、昭和時代の慣習がまかり通っていることに驚いた。

タレントだって好き好んで闇営業をしているわけではないだろうし、広い世間のしきたりや、暗黙のルールを知らないまま芸にだけ邁進している、いわゆる世間知らずな面もあろう芸人を、事務所は擁護し教育していくのが筋であって、叩きだすような所業に転じるとは…。

確かに闇営業をしてギャラをもらった芸人は認識が甘かった。人気者故の傲りもあっただろう。
だが、そもそもこんなことをしなければならなかった原因は、芸人だけでなく、事務所の在り方に大きな要因があると感じる。

吉本興業はギャラの配分が相場より低く、若手は月2、3万あれば良いほうだなんて、まさにボッタクリ!ヤクザ以下だ。

国が定める最低賃金にも満たないのだから、まさしく違法だ。
そんな吉本が今や国の事業に参加しているのだから、そのモラルのなさには呆れるばかりだ。

こうなったら、吉本興業のタレント達は全員事務所から撤退し、自分達で事務所を立ち上げれば良いのだ。
旧態依然としているだけでなく、いざとなったらタレントを守ってくれない事務所なんて…存在価値はあるのだろうか。


ジャニーズ事務所に忖度するより、いっそのことテレビ局側が「そんな事務所のタレントは使わない!」となれば良いだけの話ではないだろうか?

現実問題はスポンサーや組織の意向が大きく左右するので、事はそう簡単ではないだろうが、社会全体が無意味な圧力を「否!」と突きつけるようになれば、こういったバカげた問題は減っていくように思う。

芸能の世界で働く者は「芸」を商品にしているのであって、事務所の対面や、見えない大人達のくだらない空中戦のためにあるのではない。

日本の芸能をさらなる高見に押し上げたいのであれば、タレント自身の資質の向上を目指すことが本来あるべき姿だろう。

なんならテレビ局皆で結託して、圧力をかけてくる事務所の人間は使わない!という取り決めをしてはどうだろう?

職場で仕事のレクチャーをしていると、人にはそれぞれ個性があって面白いな、と思う。
同じことを教えているのに、一度で勘良く理解出来る人、何度教えても同じことを聞いてくる人の2つに分かれる。
人には得手不得手、向き不向きもあるので、たまたまその職種に合っていたかそうでなかったかの違いではあるものの、その内容には、その人の個性が反映されるな…というのが実感だ。
だからと言って、不得手な人がダメということではない。その人にはその人の強みがあり、他の分野においては素晴らしい能力を発揮するからだ。
人それぞれに個性があるように、適材適所があることを思うと、その得意を生かせる業務に就かせてあげることが大切だな、と痛感した。

ジャニーズ事務所を退所したSMAPの3人が、テレビに出演出来ないよう圧力をかけたのでは、との問題で、公正取引委員会より「注意」を受けた、とのニュースが大々的に報じられている。
事務所の社長が先日亡くなった際に、その情報より、SMAP映像がガンガン流れていることにまず違和感があったことを思うと、このことが影響していたのか…と得心した。
芸能界では大手事務所を辞めると、暗黙のルールとして数年間は表舞台には立てない、どころか芸能界から追放されるようなこともある。それを、誰もが知っているし、おかしいと思っていても、誰も何もしようとはしないのが現状だ。
まさにヤクザな世界の話ではあるが、これは芸能界に限ったことではない。社会人として生きていくうえで、人の信用、信頼を失墜させるようなことがあれば、暫くは大人しくせざるを得ない、表立っての活躍はご法度!それが、よく言えば日本人の美徳のように連綿と伝えられてきた。
先の問題が美徳とは言えないが(そもそもSMAPが解散せざるを得なかったのは、事務所の問題だ)、日本には得てして見えないルールが多く存在する。何事もおおっぴらにすれば良いというものでもないが、排他的で需要のないルールはどんどん撤廃すべきだろう

梅雨の時期は傘が手放せないが、1日中雨が降ることは稀なので、だいたいが折り畳み傘を常備する。
が、たま~に1日中雨の予報の時は、長傘を持つことになる。

外にいれば差しているが、屋内にいると手に持つことになる。
この持ち方がね~、迷惑な人多いよね~~と感じる。

常に混雑している駅などで、腕を振る延長にある傘の先端が、どれほどの人を危険に晒しているか、想像出来ない人が多い。
私は必ず自分の前に柄を短く持ち、人に当たらないよう気を付けているが、稀に慌てて私の前に回り込んで来た人の足に刺さることがある。
それほどに混雑している中で何も考えず傘を持つ人の何と多いことか…。

混雑している電車の中では、自分の腕に傘の柄をひっかけている人がいる。
その先端は洩れなくその方向にいる人に当たる。おまけに雫まで付いてくる。
先端が当たっていることは感じているであろうに、謝ることもなければ、腕にひっかけた傘を自らに引き寄せようともしない人の何と多いことか…。

同様に、四角いカバンを肩にかけ、それが後ろの人に当たっていても知らん顔。
自分の持ち物が他人に当たっているのって分かるはずなのに、それを改めようとしない人の神経って…。

人に当たらない傘は出来ないものだろうか?
身体からはみ出るようなショルダーバックは伸縮自在にはならないものか?

モノが進化しないのと同様に、人間の思考も進化出来ない…ということだろうか。

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