前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2019年08月

先日、テレビの主な視聴者は年配者だ、という話になった。
40代以降の年代がメインターゲットなため、番組の内容も、健康情報、旅番組、懐かしの昭和歌謡ショーを多く目にする。ドラマの主役も中年が多くなっているのも、視聴者目線に対応したものだろう。

では、若者は何を見ているのか?
映像はスマホで観るもので、リビングで家族揃ってテレビを観る、という感覚ではないそうだ。
皆がそうではないだろうが、観たいものを観たい時に一人で観る、というのが主流であることは間違いなさそうだ。

SNSも多岐にわたり、流れになかなか追い付けないのが現実だが、それさえも若者達は上手に駆使しているようだ。
私も遅ればせながらインスタを始めたが、いまいち使い方が分からず苦心している。

老体にムチ打ちながら、少しでも新しいことを吸収しようと精進?しております。

昔だとアイドルは20代まで、女優だって30代頃が人気のピークだったが、今や40、50歳は当たり前、なかには還暦を過ぎても現役の人気者はたくさんいる。男優も同様に10歳は若く見える。

情報も昔より手軽に入手出来るし、食べ物も良くなっている。その知識も豊富だから、否が応でも健康寿命が延びるのだ。

そのせいか、ドラマや舞台などの芝居を見ていると、やはり中年の層のものが安心して観ていられる。
若くても上手い俳優さんももちろんいるが、やはり人生経験に裏打ちされた演技には勝てないよな~というのが正直な感想だ。

俳優に限らず、若い時にどれだけの精進をしたか、多くの経験を積んだかで、中年での有様は大きく変わる。常に受け身で生きた者の発言は薄っぺらいし、説得力がない。

自ら火中の栗を拾いに行ったほどの人間の言うことには説得力があるし、自然と人も付いてくるものだ。
人生も折り返し、後半の先が見えてきても薄っぺらい生き方しか出来ていないというのは、何とも痛い。

残りの人生がどれほどのものか分からないが、元気なうちは労を惜しまず、たゆまず精進し続けたいと思う。そこで得た成果は、間違いなく老齢となった自分の身に返ってくるのだから。

あなたの汗の臭い、大丈夫? 汗の“質”が分かる10問チェック!をチェックしてみた。

私は汗っかきだ。
自宅から駅まで徒歩で約10分。駅に到着すると、額から汗が流れる。その量たるやハンパない!
滝か?というくらいの汗が流れる。歩きながらハンドタオルでじわっとにじみ出る汗を拭きながら歩いても、駅に到着すると、待ってました?とばかりに、額から滝のような汗が流れる。

電車の中でもひとしきり汗を拭き、ようやく収まったと思いきや、到着した駅から職場まで約15分歩く。で、職場に到着する前からタラタラ汗が流れ、到着と共にまた滝汗再発!!
すっかりハンドタオルはびしょびしょだ。

この時期はハンドタオルを2枚持参する。
1枚は汗拭き用、もう1枚は洗面所での手拭き用だ。
デスクに小型の扇風機を置き、その風でハンドタオルを乾かす。
帰りは乾いたタオルでまた汗を拭き拭き帰宅の途へ。
自宅に到着するとまた滝汗復活!!

1日にどんだけの汗をかいているのだろう?
だが、汗が出るから元気でいられるのだ。上記の事項では1つしか当てはまらなかったので、良い結果と言えるだろう。

老廃物は汗と共に流れ出す…そう考えると、汗をかくことは良いことだ。

人が生きるうえにおいてのモチベーションとして「財産を持つ」ということがある。
家、家具、車、預金、他人より高いステータス…等々、数え上げればキリがない。

それらを手にするために日々頑張り、結果として手中に収められるのだから、その喜びはいかばかりか…。まさに充実感!だろう。

若い頃はお金がないから必死に働き、欲しいものを手にしようとする。
物質面、精神面…さまざまな欲望が次から次へと湧いてくる。

長い年月をかけて手に入れたものは、歳を取ると今度はその始末に困りだす。
若い時に集めた食器のセットや趣味の道具、好きだったアイドルの写真集やCD等々、細かいモノから、大きなモノまで、気付けばメタボ気味にモノが増えている現状がある。

それらを整理したいと思いつつ、なかなか手が付かず…ということはないだろうか。
「もったいない精神」で、いつかは使うかも…と思っているものは恐らく二度と日の目を見ることはないのが現実だ。

さらに言うならば、死ぬ時には何ひとつそれらを持って逝くことは出来ないのだ。
メタボに貯めた品々は、廃品として処分されるだけだ。

自分の財産の使い道、今一度改めて考えてみるべきだろう。

消費増税前にみんなが買いだめしたいものランキング、3位洗濯用洗剤、2位シャンプー・リンス、1位は?を読んだ。

10月から消費税が8%→10%に上がる。
たった2%とはいえ、購入金額の更に1割が税金として取られることを思うとバカにならない。
1万円のものを買ったら、11,000円払うことになるのだ。

それだけ給料も上がれば良いが、それは否だ。何て理不尽な!!

買いだめ商品は消耗品になることは必須だ。
我が家も先日トイレットペーパーや洗剤を大量購入した。とはいえ半年分くらいしかためられないが、それでも半年間は高い税金を払わずに済むことを思えば、庶民としては涙ぐましい?抵抗だ。

消費税が上がった直後は還元セールなどと言って、しばらくは以前と変わらない額で買えるとは思うものの、いつ災害があるかもしれないし、生きていくうえに必要最低限のものは備蓄しておくにこしたことはないのだ。

キャッシュレス決済なら9か月間ポイント還元があるらしいが、これだって永遠の施策ではないことを思うと、その辺りも上手に使いこなしたいものだ。

上記の記事を読んで、誰しも考えることは同じだな…と思った。

障がい者の人を見て「かわいそう」と言う人がいるが、私はそうは思わないし、そう思うことは失礼なことだと思う。

生まれつき身体に障がいがある人にしてみれば、生まれた時からそれがスタンダードなのだから、健常者と言われる人の感覚が分かるわけもなく、自分には自分に合った生き方がある、という思いのほうが強いのではないかと感じる。

そもそも障がい者という言葉も私は好きではない。もともとは障害者と書かれていた。
これこそ害であることを示す言葉だ。それはおかしいということで、ひらがな表記に変わったものの、それはやはり健常者の目線で付けられた言葉なのだ。

不自由な身体であったとしても、その中で出来る精一杯を生きている人は多くいる。
翻って、健常者と言われる恵まれた身体を持ちながら、自らの命を絶ったり、自暴自棄な生き方をする者もいる。

健常者であろうが、障がい者であろうが、それぞれが抱える苦難は同じなのだ。
それとどう向き合い、壁を乗り越えていくのか?それは、人が生まれてきた意味なのだから、ひたすら愚直に精進し続けるしかないのだ。

生きる意味が分からなければ、人は人では無くなる。
自分が生きる意味をしっかり腹に据え、与えられた環境で、自分のやるべきことに突き進む!それが、自分にとっての使命なのだから。

今年も24時間テレビが放送されている。
42年間続いているチャリティ番組で、多くの芸能人が出演し、日本全国から中継を結び、企業の協力を得ながら、募金を呼び掛けている。

これだけ長い間続く番組だから、賛否両論ある。
障がい者や自然災害等で不自由を余儀なくされている人達にスポットを当て、その方達が逆境の中でも頑張っている姿を視聴者に届ける。

一方、それを感動ポルノと揶揄する人もいるし、高いギャラを払って芸能人を使うのはどうなのか? こういう時にだけ障がい者にスポットを当てるのもいかがなものか? 24時間ランナーは虐待ではないか?等々…という意見もある。

感じ方、受け止め方はそれぞれあって良いと思うが、42年間それを続けていること自体、やはりスゴイことなのだ。
テレビ番組を作るにあたって、利権が絡まないわけではないだろうが、集まったお金を世の中に還元していることは間違いないし、それで助かっている人だっている。

この番組を通して、放送する側も見る側も、何かしら心に残るから、長い年月続いているのだと思う。

人間は他者を助けることが出来る唯一の生き物だ。
番組を批判するのは簡単だが、それだけの成果を上げることが出来るのか?個人レベルでは到底ムリだ。ならば、いっそのこと自分の出来ることで協力したほうが建設的だ。

何事も「言うは易く、行うは難し」だし、続けることの偉大さを改めて思った。

今日のランチは社内食堂で摂ることにした。
メニューを見ると「肉ニラ炒め」があった。「肉ニラか~、レバニラならこれにしたのに…」と、思った。

夜、稽古事の帰りに夕飯を買いに近くのスーパーへ行った。
閉店間際ということで、お惣菜が安くなっていた。
そこにあったのは「レバー煮」だった。思わず手にし迷わず購入した。

帰宅してレバー煮を食べると、おいしいのはもちろんだが、身体が喜んでいるのが分かる。
そうそう!この栄養が必要だったのよ!!といった感じだ。

身体は必要な栄養を欲求という形で教えてくれる。
必要な栄養素を取ると、落ち着いた。身体が満足しているのが分かる。

普段の食事は栄養にも気を付けているが、なかなか万遍にそれを摂ることは難しいのが現実だ。
身体からの要求に対しては、素直に従いたいと思った。

「事件に大きいも小さいもない」などと、刑事ドラマのセリフに出てきそうな発言だが、事件には「大きいもの」と「小さいもの」はあると思う。

大きな犯罪を犯す人は、それまで虫も殺さぬ善人かと言えば、決してそうではないだろう。
では、小さな犯罪を犯す人は、善人かと言えば「否」である。

誰にだって良い面と、程度の差はあれ、人には言えないような裏の顔がある。
悪い面が顔を出した時、それを周りが咎めないと、それで良いのかと思い、それはどんどん増長する。

そして、はたと気付いた時、大きな犯罪をしでかすところまで来てしまった…ということなのだろう。
大罪を犯さないまでも、上辺を取り繕い善人ぶり、心の中が黒々していれば、それはいつか具現化する。

悪の芽は小さなうちに摘み取ることは大切なことだと思う。
「まあ、それくらいは…」という周囲の甘さと認識の低さが、未来に起きる大事件を誘発しているように思えてならない。

高齢姉妹 自宅で熱中症で死亡かのニュースを見た。

新宿区の一軒家に住む、80代と90代の姉妹が亡くなったニュースを見て胸が痛んだ。
クーラーもない部屋で、暑さの中意識が遠のき、そのままあの世に召されたのだろうか…。

郵便受けに新聞が1週間分溜まっていることを不審に思った近所の人の通報で発覚したそうだが、新聞配達の人間なら、そこには高齢の姉妹が住んでいることは分かっていただろうに、なぜもっと早くに通報しなかったのだろう…とも思った。

たとえクーラーがあったとしても、この年代だとしたら、それを使いこなせたかどうか…。
我が家の母も90歳に近い80代だが、クーラーのスイッチは未だに理解できないし、触りもしない。
一日中寒すぎない設定温度にしておかないと、自らそれを使うことはないのだ。

亡くなった方の家庭環境は分からないが、こんな超高齢姉妹を二人きりにしておくなんて…。
もしかしたら、普段はお元気でかくしゃくとしていたかもしれないが、何せこの暑さだ。
近所の方達も気にしてあげられたら…と、思わずにはいられない。

高齢者の認知機能は衰えはすれど、元に戻ることはまあないだろう。
赤ちゃんに戻っていく人に、自己責任と突きつけるのは、あまりにも無慈悲としか言いようがない。

これからの超超高齢社会、ひとごとではないのだ。

再雇用になったら給与は半分以下?「定年前は年収900万円以上、定年後は300万円以上400万円未満」が最多にを読んだ。

定年後の給与は半額以下になる、というものだが、定年が60歳だとして、その歳まで年功序列で高い給料をもらっていたのだから、文句はあるまい、と思うのだが…。

男尊女卑の日本は、仕事が出来ようが出来まいが、男性のほうが給料は高い。
契約社員から正社員に転換するのだって、男性優位だ。

建前では男女平等とは言っているが、それはほんの一握りの役所や企業だけで、現実は女性に厳しいのだ。その証拠に、シングルマザーは貧困の一途を辿っており、年収200万円台という人だって多くいる。

一見豊かに見える日本において、子供の貧困が問題になっている。
シングルマザーだって好きでそうなるわけではないし、シングルにならなければ自分も子供も生きていけない、ということなのだ。

最近では50代で再雇用並みの給料に格下げになる企業もある。
だが、企業において管理職に胡坐をかいていれば生産性はガタ落ちだ。そうなるのもこれまた致し方ないことだ。

男であろうが、女であろうが、仕事が出来る人が正当な報酬を得られる世の中になって欲しいし、シングルで子育てをしている人達への支援ももっと厚くても良いと思うのだが…。

まともな教養を受けられなければ、まともな大人にはなれない。
未来の日本への投資のほうが大切なはずだが…。


猛暑、遊具は危険な熱さ 本紙記者が県内で計測を読んだ。

夏休みになれば子供達が外で駆け回り、公園は賑わうところだが、今年はプールも公園も使用禁止になるほどの暑さだ。

私が子供の頃も暑かったが、それらが使用禁止になったことはなかった。
今は昔より明らかに暑くなっている、ということだ。

通勤時の駅のホームは朝陽が差し込むため、ベンチは座れないほど熱くなる。柱の陰で多くの人が電車を待ち、ホームに入ってきたら、暑さで夢遊病者のようになった人達がワラワラと乗車口に向かう光景はホラーだ。

道路も壁も輻射熱を発するから、外を歩くだけで気温以上の暑さを感じることになる。
まして遊具なんて…。
ブランコも握っただけでヤケドしそうだし、滑り台なんて想像するだけで卒倒しそうだ。

温暖化による高温の夏は人間が招いたものだからこそ、夜は涼しくなっていた昔に戻れるよう、反省を以て努力していかないといけない。そうでなければ、人間そのものがこの世から消えるハメになるだろう。

2022年、タワマンの「大量廃墟化」が始まることをご存じですかを読んだ。

タワーマンションと聞くと、高層階で煌びやかに光る摩天楼を眼下に眺める…なんて優雅な雰囲気が漂う。他人より高い場所に居ることに優越感を覚え、これまでの功績を讃えられているような錯覚に陥ることだろう。

最近ではタワマンに住む子供は学力が低下する、という説がある。
温度、湿度が管理された中で過ごし、季節の寒暖差を感じることなく、高層階であるが故に外出の頻度が減り、人として体得すべく経験値が減ることで、学力低下、人間力低下を招いているのだ。

購入当初は良いだろうが、これとて消耗品だ。10年も経てば修繕が必要になるし、その額だってハンパない。
全ての住人が修繕費をきちんと積み立て、修繕に反対する人がいなければそれもスムーズだが、中にはローンを払えず出ていく人もいるだろうし、修繕に反対する人だっている。

武蔵小杉に立つタワマン群は、地元住民がこれ以上建てないで欲しいと署名運動をするほどに増えたことで、朝晩の通勤ラッシュはハンパないことになっている。電車に乗るだけで数十分も待たされるなんて…。
それだけでも十分アホくさいことこのうえない。

これから人口が減っていく日本において、こんな無駄なものはないと、個人的には思う。
廃墟になったら、それこそハタ迷惑でしかない。

高いローンを組み、一生奴隷のように働きながら返済していくことに何の価値があるのだろう。
30年も持てば良いが、その頃には廃墟と化すタワマンの未来。

先を見通せず見栄を張って買った憧れのタワマンが、自らの首を絞めることになる日は、すぐそこにあるのだが…。

「とりあえずは専業主婦」幻想の恐るべき現実の記事を読んだ。

今や共働き家庭が主流となっているが、それでも専業主婦の割合は一定数ある。
子育てや介護に追われていれば、働きたくても働けないだろうし、自身の体調が優れなければ働きに出ることは不可能だろう。

それぞれの生活環境や立場にもよるだろうが、専業主婦とて立派な一職業だと思う。
家事労働だって真剣にやれば1日あっても足りないし、それに子育て、介護が加われば24時間フル稼働だ。

それらに対して手を抜こうと思えばいくらでも出来るが、それは勤め人、商売だって同じだろう。
仕事はいくらやってもキリがないし、さぼろうと思えばいくらでもどうとでもなるものだ。

専業主婦であろうが、勤め人であろうが、自営業であろうが、大切なのは、自分の役割をきっちり果たしているか、不断の努力を惜しまず、更なる高見を目指し続けているか、だ。

言い換えれば、己の精進の度合いが生活に反映されるのだ。
それは金持ちであろうが、そうでなかろうが、自分で納得がいき、家族が笑顔で過ごせること、そこに評価の全てが映し出されているのだ。

ダンナの金で高級品を身に付け、ダンナの居ぬ間に高級ランチを食し、ママ友達と着地点のない話に花を咲かすマダム達…自分の手で稼いだ金ではないからか?商品が浮いて見えるのは私だけだろうか。

ダンナが汗水垂らして?働いた金を湯水のごとく使い果たすマダム達がいるのもまた現実だ。
だが、そんな嫁をもらったダンナもまた同じ穴のムジナではあろうが…。

お盆の帰省や夏休みの旅行で、観光地はどこも混雑している。

先週休暇を取った同僚が、LCCで四国へ行った。
往きは順調だったが、帰りの飛行機が欠航になって、延泊せざるを得なかったそうだ。

LCCは超破格値だから、飛べばラッキー!だが、飛ばなかったら「はい、それまでよ、何の保証もないからね」というわけで、同僚も「二度とLCCには乗らない!」と言っていた。

お得な話にはメリットもあるが、その裏には間違いなくデメリットもある。
そのリスクも含めてのお得な話であることを、承知したうえで購入すべきだろう。

だが、若いうちにこういう経験をしておくのは大切だ。
お金を節約するために格安に飛びついたものの、結果的に散財することになる、という現実を知っておけば、次からは確実な商品を購入することに抵抗は無くなる。

何事も経験と学びが大切なのだ。


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