前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2019年09月

明日から消費税が10%に上がる。
その対策として、多くの人々が買いだめに走っている様子をテレビでも中継している。
かくいう私も買いだめ組ではあるが、そもそも何を買いだめれば良いのだろうか?

基本的に食料品は8%のまま据え置きだが、外食は10%だの、お酒や肉は10%だのと、その括りがあまりにもややこしい。どうせ近い将来全て10%になるのだから、最初から全て10%にすれば良いものを…と、以前にもこのブログで書いた。

毎日のようにテレビでこの話題を取り上げているにも関わらず、先日スーパーに行ったら、消費税が10%になること自体を知らない老婆の会話を耳にした。

また、食品が8%だということを知らない人がテレビのインタビューを受けていたのも見た。

まあ、こんな感じで、どんなに政府が一生懸命説明しても、結局のところ、ほとんどの人が100%理解しているとは言い難いのが現実だ。

10月からはキャッシュレス決済をすると、5%や2%ポイント還元されるらしいが、これに至っては高齢者のほとんどがチンプンカンプンであろう。そもそも「キャッシュレス決済」って?ところから始める話になってしまう。

ひとつの事柄を一斉にスタートしても、それに付いて来れない者のほうが圧倒的に多いであろうことを思うと、何か事を進める時の差は否が応でも生じてしまう。

だが、これも半世紀もすればスタンダードになるのかもしれないが…。

TBSで7~9月に放送した「凪のお暇」は、現代社会をよく現わしているな、と感心したドラマだった。

周囲の空気を読み過ぎて過呼吸を起こした主人公の凪が、東京の郊外の古いアパートで身一つで目まぐるしい日常としがらみから離れ、隠遁生活?を送る中で出会った多くの人達から、改めて生きることの大切さや、自身を変えていくことを学び、成長する話だった。

現代は「空気を読む」ことが何より大切で、同調圧力が日常になっているのが現実だ。
組織の中では、個人の意見など些細なもので、それが通ることなどほぼなく、何事もお偉いさん達が決めた事柄ありきで物事は進むし、そこで意見を問われたからといって、真剣にそれを汲んでくれることはまずない。

なのに、そこに照準を当て「分かる~!」と、同調しなければいけない生き方は、何とも窮屈だ。
大きなものには巻かれているほうがラクだし、敢えて抵抗する必要もないが、人としてこれだけは譲れない一線がある。極論を言えば、私はそれさえ侵されなければ、他はどうでも良いのだ。

だが、一線を越えられたら、断固として戦うし、己の信念を貫ける場所に逃げる、新天地を目指すことも厭わないのだ。無用な争いを起こす必要はないことを思うと、自分がとっとと次のステージに進んだほうが話は早い、というものだ。

一つの場所に固執し、自分の殻も破れず、周りに合わせ過ぎて精神を病む者が多くいる現代。
どんなに病もうとも、誰も助けてはくれないのだ。

自分を変えられるのは、自分しかいないのだから。


環境少女の警告「第6の大絶滅」のトバ口にいるのは本当かは現実になっていくだろう、と感じた。

20世紀以前から世界は工業化が進み、食糧も豊富になり、医療も発達したため、人口が爆発的に増加した。
人間の日々の営みの賜物で生活は徐々に豊かになってきたが、それと引き換えに自然を破壊し、多くの動植物の命を奪ってきたことも事実だ。

そのツケは、温暖化という形で既に現れている。
海水温が上がれば水蒸気が発生し、雲が湧く。それが雨を降らせるわけだが、その量や勢いが年々狂暴さを増している。

国連の発表によると、このまま温暖化が収まらなければ、2100年に海面が1.1m上昇するそうだ。
そうなれば、今よりも更に激しい雷雨や竜巻、積雪…等々様々な自然現象が猛威を振るうことになるだろう。

そして、その時には動植物も絶滅しているかもしれない。その中には人間も含まれるのだ。

地球にとって、一番の害悪は人間だ。
自然は人間が破壊したものを、修復しようとしているだけだ。
それを、人間は災害という。

人間ありきで物事を考えると、地球は人間が住めない星になってしまう。
火星移住計画があるとか、ないとか、まことしやかに語られているが、地球で生まれた身としては、地球の土として朽ちていきたいと心から願っている。

道志村のキャンプ場で、小学1年生の女の子が行方不明となり5日が経った。
当人、家族の思いはいかばかりか…と胸が痛む。

仲の良い家族同士の集まりの30人ほどで来ていたと報道されているが、子供達だけで見知らぬ土地、キャンプ場とはいえ、遊ばせていたのだろうか。

大人は大人同士で羽を伸ばしたい気持ちも良く分かるが、誰かが子供に付き添ってあげていれば、おそらくこの事件は起きなかったであろう。とはいえ起きてしまった事実は変えられない、悲しい現実だ。

この件に限らず、昔に比べ、子供達の安全が脅かされているように思えてならない。
幼児でも性の対象とされたり、今や男の子でさえその対象なのだから、男だから、女だから、といった括りでは語れなくなっている。

以前、デパートで1歳くらいのカワイイ女児に遭遇した。ヨチヨチ歩きで、ママの後を着いていこうとしているのだが、当のママはさっさとデパートの奥へと進んでいくではないか。

その子と目が合うと、もみじのような小さな手を私に差し出した。私に手を繋いで、と言っているのだろう。しかも、その子はめっちゃカワイイのだ。

思わずお母さんを呼び止めた。
「こんなにカワイイ子、放っておいたら、さらわれますよ!」と伝えると、ママは「ありがとうございます!」と笑顔だった。
というか…あんたね、マジでさらわれるよ!!と、その危機感のなさに呆れた。

子供は無邪気で人を疑うことを知らない。子供を守れるのは、大人だけだが、その大人の中には良からぬことを考え、しでかす者がいるのだ。

かわいい我が子を檻に閉じ込めておくことは出来ないが、常に見守る姿勢は忘れてはならないのだ。

エピソード7:新たな世界へ11のつづき。

「私のチーズどこ行った?」
チーズの外包みが食卓テーブルの上に放置され、その中身がないと、片手に食べかけのパンを握ったままの母が言った。

「食べたんじゃないの?」とまずは第1回答。

「食べてないよ、今パン食べてたんだから」と言いながら、下に落としたのかと、キョロキョロ探している。

チーズってそれなりに大きさのある固形物だから、そんなものが落ちれば一目だし、食べた記憶がないこと自体が面白すぎる!と私は一人ニヤニヤしていた。

「イキの良いチーズだから、どっかに飛んでいったんじゃないの?」と第2回答を発言してみた。

すると、「あ、そうかもね!」と、真顔で答える母。

「イキが良いから、気付かないうちに、お腹の中に飛び込んでいったんだよ」と第3回答で留めを刺す。

「ああ、そうか…」と、自分のお腹を見ながら納得する母。

歳相応に物忘れがあるとはいえ、今食べたものを探すのって…見ていると、結構面白いのだ。
そういう時は、それ自体を面白がることにしている。
すると、母もそれに乗ってくる。

何事も直球で受け止めたら、疲れるだけだ。
疲れない秘訣は「何事も笑いに変える!」ことだ。

エピソード7:新たな世界へ10のつづき。

今年米寿になった母は、4月から歩行訓練に特化したデイサービスに通い出したが、行けば行ったで、女子トークの洗礼を受け「人の悪口ばかり言う人がいてイヤだ~~」と駄々をこねる時がある。

だが、スタッフの方々の対応は抜群で、その姿勢が変わることはない。いつも細かいところまでケアしてくださり、感謝しかない。

歩行訓練、体力強化訓練のおかげで、以前より食欲も出てきたし、体重も増えた。一時は40キロを切るところまで行っていただけに、体力増強したことはありがたい限りだ。

それまでは体力低下のため、周囲のことを気にかける余裕もなかったが、徐々に周囲の雑音が気になりだしたようだ。
「イヤだと思う感情も、脳には良い刺激なんだから行ってきなさい!」と、叱咤激励する私。

親といえども子供と同じだ。どんなに駄々をこねようが、本人のためになると分かっていることは、こちらがブレない姿勢で貫くことも大切だ。

新たな世界で進化し続ける母との闘い?は、まだまだ続く。

さいたま小4男児殺害 父親を死体遺棄で逮捕、大宮東署に移送へは、想像通りの展開になってしまった。

この事件の一報を聞いた時、10歳年下の無職の父親が家にいて、帰宅した息子が塾にも行っておらず、遺体で発見された、ということだけで、犯人は父親だろうな、と思った。
誰が見ても状況証拠が揃い過ぎており、シンプルに考えれば答えはそこにしか辿り着かない。

父親が逮捕されると、それは母親の再婚相手だという報道がされた。母親はシングルマザーで、10歳も下のヒモのような男と再婚したことになる。再婚時には働いていたかもしれないが、現状はヒモだ。

母親も女手ひとつで子供を育て、学校の教師という仕事もしている。
時には息抜きもしたいし、男性にだって甘えたい時もあるだろう。
だが、よりにもよってそんな男を掴まなくてもよさそうなものだが…。

昨今、シングルマザーはダメ男の恰好の餌食となっている。
女手ひとつで子供を育てるだけの気概のある女性なら、ダメ男が寄生するにはもってこいだ。
厳しい日常で、甘い言葉を囁かれば、シンママもコロッと行くことをダメ男は良く分かっているのだ。

子供の虐待も再婚相手によるものが多いし、死に至るケースも多発している。
ダメ男にとって再婚相手の子供は邪魔なだけの存在だ。

シンママだって好き好んでそんな境遇になったわけではないだろうが、想像以上にそれを逆手に取り、悪用しようとしているダメ男が世間には多くいることを肝に銘じなければならない。

辛い日常から脱したくて男に逃げれば、より以上の不幸が襲ってくるのが物事の法則だ。
どんなに辛くても、自身の足で立ち、生きることを手放してはいけないのだ。

ダメ男の手にかかる不幸な子供がいなくなることを祈るばかりだ。

「自然派ママの被害」を訴える人たち「ウチは白砂糖と小麦粉は食べないわ―」「お菓子はダメ、手作り至上主義。アピールがめんどくさい」を読んで、いるよな~、こういう人って思った。

身体に良いものを摂取したい気持ちは良く分かるし、害のあるモノはなるべく口にしたくない、ということにも賛同する。

あれがダメ、これがダメ、と言うにはそれなりの根拠があることも推察出来る。
だからと言って、それらを食べている人が重篤な病気になったとか、最悪は死に至った、という話は聞いたことがない。
もちろん、過剰摂取をすれば、どんなモノでも身体に変調を来すのは当たり前のことだ。

戦時中の食べ物のなかった時代を思えば、白砂糖も小麦粉もぜいたく品だ。
それが悪いと言うなら食べなきゃ良いわけだが、外食したり、弁当や総菜を買えば、もれなくそれらは使われている。
オーガニック素材にこだわり、高いお金を出したとしても、完璧な商品なんて、この世にはないのだ。

あれやこれやとアピールするのは勝手だが、そんなことを言ったら現実問題として、何も食べられないだろう。まあ、そんなことを言う者に限って、家族に内緒でスイーツの食べ放題に行っていたりするものだが…。

そんな贅沢を言っていられるのも今のうちだけだ。
そのうちやってくるであろう食糧危機が訪れた際には、何も口に出来なくなるし、その辺に生えてる草だって口にするようになる。
その時は、悪いモノを口にすることもないだろうから、ある意味、本望かもしれないが…。

自分で何ひとつ作れない食糧にあれこれ文句を言う前に、食べられることに感謝の思いを持つことこそが、人間として最も大切なことだ。

「先を急ぐ若者」小泉進次郎氏 日本政界を駆け上がるを読んだ。

環境大臣に着任してからの進次郎氏は、息も付かぬ速さでマスコミを上手に巻き込みながら、政策に打ち込んでいる。

以前から東日本大震災の復興に携わっていたこともあるからだろうが、環境大臣として福島をいの一番に訪問し、関係者の懐に飛び込んで行く様は流石だ!

しかも、千葉の台風被害に遭われた方々の所にも馳せ参じ、復興について具体的な持論まで展開する。
それが実現しようがしまいが、まずは駆け付けてくれた、復興に全力を尽くすと言ってくれた、それだけでも、被災地の方々には心強いことこのうえないだろう。

上の顔色を窺うことなく、自身の信念に基づき行動する様は、誰の目にも真実だと映る。
これは上の人達から見れば「出る杭」かもしれないが、彼はそんなことは気にせず「今動かなくていつ動く!?」くらいの強い信念があるのだろう。だから、受け入れる側の心にもダイレクトに思いが伝わるのだ。

他の大臣達もそれなりに頑張っているのであろうが、若手に負けないくらいフレキシブルに、歳を取っている分の智恵を生かし、日々の政務に励んでいただきたいものだ。

NHK BS3で「ワイルドライフ 南アフリカ 試練の大地 孤高のハンターヒョウ 王者に挑め!」を観た。

生まれたてのヒョウの雄が1年間母親に育てられ、その後は一人で生き、4年後に縄張りを持てるまでになるドキュメンタリーだ。

生まれた時は兄弟で2匹いたが、生後数か月でハイエナに襲われ、もう1匹は命を落としてしまう。
その後、母親に生きる術を学びながら、1年が経つと容赦なく親離れを強いられる。

狩りも満足に出来ず、常にお腹を空かせてさまよう日々。
ようやく狩りに成功しても、他の動物に横取りされたり、襲われたり…と、次々と試練が降りかかる。
その間も、たった1匹でアフリカの広大な大地を彷徨うのだ。

そんな生活も4年となり、他者の縄張りの雌と良い仲になったことで、そのボスに目を付けられ、対決をすることとなる。
一度目は象の群れに邪魔をされたが、二度目は縄張りを巡って本気の戦いだ。
結果的に若武者が勝利するのだが、そこに至るまでの過酷な日々は、人間の成長と同じだな、いやそれ以上に過酷であることを思わされた。

守ってくれた母親とはたった1年で別れ、その後は己の精進のみでしか生きられないのだ。
何度も何度も失敗を繰り返し、学び、勇敢な大人の雄ヒョウとして成長していくのだ。

人間も動物だ。人間もある年齢に達したら親元を離れ、自らの力で生き抜くようになれば、引きこもりも減るのではないだろうか?

過保護な親達が、子供の生きる道を勝手に決め、その意思を尊重することなく、思考能力を阻んだ結果、自らの力で生きることが出来なくなった引き籠りを量産したのだ。

真から子供のためを思うのならば、千尋の谷に突き落とすくらいの気概がなければ、子供の真の成長はありえないだろう。


それにしても、この番組のドキュメンタリーは凄すぎる!!あれだけの映像を撮るには想像を絶する影の努力があると推察する。ぜひ、スタッフ達の健闘ぶりにもスポットを当てて欲しい。

夫の浮気を「あえて」ほじくらない妻たちを読んだ。

この記事で印象に残ったのは、夫は所詮他人であり、その人生を管理することも、縛ることも出来ない、夫の人生は夫のもの(要約)というものだ。

夫の浮気を見て見ぬ振りをすることで、家庭が丸く収まるならそれもアリだろうが、妻としてそこまで達観なのか?諦めなのか?出来ることは、ある意味正解かもしれない。

夫であれ妻であれ、相手の浮気に一喜一憂し、差し違えるほどの喧嘩が出来るエネルギーがある夫婦は、肉体的にも精神的にもエネルギーが有り余っている、ということでもあろう。

現実として、子育てや介護に追われる日々であったら、そんなことにいちいち構ってる暇はないだろう。
浮気をして結果的に墓穴を掘るのは、された側ではなく、した側になるのだから。

違う見方をすると、相手と真剣に向き合っていない、という面もあるが、それは個々人どこまで相手の心に踏み入っていけるのか?その度量はそれこそ人それぞれだ。

夫婦だからと言って、100%全てを分かち合えるというのは所詮無理なのだ。
生まれ育った環境も思考も違うのだから。ならば、その違いをどう受け止め、共に進んでいくのか?
違いの溝を日々共に暮らすことで埋めていきながら生きていくのが、他人と一緒に暮らす、ということなのかもしれない。

それを幸せと思えるかどうかもまた、本人次第、ということだろう。

帰りの通勤電車が下車駅の1つ前に到着した際、私の前の席が空いた。
一駅だし、無理に座る必要もないが、誰も座らないなら座ろうか、くらいに思っていたが、ふと隣に視線を移すと、つり革に掴まっている女性が妊婦さんであることに気付いたので、その席を譲った。

妊婦さんでもそのマークを付ける人と、そうでない人がいる。彼女の場合は後者だったが、お腹が結構大きかったのと、若かったので妊婦さんであると判断した。

以前、妊婦マークをいつも付けている人に毎日電車で会ったことがあるが、いつまで経ってもお腹が大きくならない人がいた。これは席を譲って欲しいがための常習犯だった。

本物の妊婦さんであれば、電車で立って通勤するのはしんどいだろう。ならば、優先席に行ったほうが良いのではないか?とも思う。無理にそうすることはないが、そのほうが座れる確率は上がるし、妊婦さんがそこに座っていることは自然だ。

仕事帰りで疲れていたら、座っている席を譲るというのはなかなか出来にくいのも現実だ。
妊婦さんも変わって欲しいけど、自分からは言えない。

互いの思いがうまく噛み合うためにも、優先席を利用することは有効に思うが、現実はなかなかそうもうまくいかないのだろう。
長い時間をかけて通勤する人にとっては、せっかく座れたのに、目の前に妊婦さんに立たれたら、正直悩ましくなる気持ちも良く分かる。

何とか双方が気持ち良く通勤出来る環境になることを願うばかりだ。

千葉県の停電は、本日の16時時点でもまだ31万軒以上ある。
何ともお気の毒なことだし、それで体調を崩されている方も多くいることを思うと胸が痛む。
まさに他人事ではない。

電力会社も全身全霊で復旧作業に当たってくださっていることだろう。それにも脱帽する。
だが、津々浦々に電柱を立て、各戸に電気を供給するにあたっては、それなりの長い年月がかかったはずだ。

現状は電柱がなぎ倒され、それを抜き、再び立てることが必要だ。
被害に遭われている方々のことを思うと、こんなことは言えないのだが、数年かけて通した電気の道を、冷静に考えれば、数日で復旧させることは物理的に無理があると思う。

それでも日本だからこそ、次々と復旧が成されていることは、世界に類を見ないであろうとも思う。
これが外国であれば、数か月、へたをすれば数年間放置だ。

日本人の元に戻そうとする力は、類まれなものだと感じる。
そして、被害に遭われた方々の立ち行きを願わずにはいられない。

千葉2万1000戸超断水 増える可能性もを読んだ。

先日の台風15号の影響で、千葉県では未だに43万軒が停電したままだ。
断水に至っては2万戸を超えるとのこと。

台風一過の猛暑を凌ぐにもクーラーは入らないし、冷蔵庫の中のものもダメになっているだろう。
お風呂にも入れないし、料理もオール電化だとアウトだ。
いかに電気に依存した生活をしているかをこういう時に実感するとは、何とも皮肉だ。

私が子供の頃は薪を割って竈やお風呂を沸かしていた。
お米も窯で炊いていたし、熱い鉄の鍋で料理もした。水も井戸から汲み上げたりと、今やボタンひとつで何でも出来る時代とは大違いだ。

そんな頃を知っていれば、今の生活がいかにありがたいかが分かるが、生まれた時からポチッとボタンを押す生活だと、そのありがたみも分からないのが正直なところだろう。

千葉という都心に近い場所でもこういうことになるのだ。
いつ自分の身に降りかかるか分からないのだから、普段から今ある恵まれた状況、環境に感謝する気持ちを忘れてはならないと思う。

第4次安倍再改造内閣が11日に発足するが、その顔ぶれも副総理と官房長官以外は刷新される。
総理一人で考えるわけではないだろうが「え?何でこんな人が?」と思われる入閣者もいる。

中にはスキャンダルまみれ、失言まみれ、パワハラ、セクハラ、モラハラ、経歴詐称者がいるではないか!!こんなのを大臣にして良いの?

案の定ツイッターでは炎上?している。これだけのスキャダルを起こしているのだから、その事実を知れば、国民の誰もが「マジ?辞めろ~!!」と、声高に言いたくなるだろう。

自己中な思考回路で失言する、国民目線ではない、女性は性の対象でしかないと思っているような人材を国の要職に就けるなんて、どうかしてる。

意気揚々と明日発足しても、必ずやスキャンダル大臣が問題を起こすことは目に見えている。
そこから一気に失速…なんてことにならなければ良いが…。

本当に真眼で見てるのかね~~。見てないよな~~。
どんなに頭脳明晰でも、やり手でも、口が上手くても、最終的に人間性に問題がある場合、間違いなく足元をすくわれるのだが…。

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