前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2019年10月

エピソード7:新たな世界へ20のつづき。

ショートステイ2日目の午前中は軽い運動療法があり、若いスタッフの方に手取り足取り指導いただいたそうだ。
そんなこんなでお昼ごはんとなり、午後3時には退所の時を迎えた。

ありがたいことに、往復送迎が付いているので、安心してお願い出来る。
部屋も個室だし、正直我が家の狭い寝室より圧倒的に広い。トイレを完備している部屋もあるので、事前にお願いしておくと、極力希望を叶えてもくれる。

食事も三度三度栄養バランスを考え出してくれるし、献立ごとにお皿も違う。
食べ終わると薬の準備までしてくれ、飲ませてくれる。

本人が嫌がることは無理強いなどせず、意思を尊重してくれる。
中には認知症の方もいるから、意思疎通が難しいこともあるだろうと推察する。

スタッフの方々は若い方が多いが、言葉遣いも丁寧だし、家族にもきちんと説明や対応をしてくれる。
何とも行き届いている施設だな、と感心しきりだ。

それだけ充実した施設であっても、家に帰ってきた第一声が「あ~~、やっぱり家が一番!」という母。そんなこと、スタッフの人には言えないな…とも思う。

だが、後日ケアマネさんから「どうでしたか?」と聞かれたので、正直に答えたところ「皆さんそう仰います」と返ってきた。

高齢者のために日々奮闘してくださるスタッフの方々のことを思うと、何とも申し訳ない気持ちになる。
私達家族に出来ることは、スタッフの方々の働きに感謝し、労うことしかないが、少しでもスタッフの方が笑顔で勤められるよう願っている。

エピソード7:新たな世界へ19のつづき。

ショートステイ初日はご飯を食べに行っただけの形となった。
私が帰った後は、部屋でテレビを観て過ごしていたようだ。

後に母から聞いた話によると…。
「夜は良く眠れた?初めての場所だったからなかなか寝付けなかったでしょ」と私。
「眠れなかったね~、やっぱり家が一番よ」と母。
「夜中に誰か入って来なかった?」と私。

母と私は少しばかり霊感があるので、見えない世界の人が見えたり感じたりすることがある。

「それがさ~、出たわよ、夜中に。私の部屋に入ってきた!」と母。
「何時頃?」と私。
「時間は憶えてないけど、何回か来たよ」と母。

「ああ、それね、夜中に巡回しているスタッフだよ。数時間おきに部屋の見回りしてるらしいから」と私。
「そうなの?どうりでおかしいと思った!」と母。

母が滞在中、1時間毎にどう過ごしたかを記録した用紙が、帰宅時に渡されていた。それによると、2時間おきに巡視をしてくださっており、母がトイレに起きた時には都度それを手伝ってくれていた。
本当にスタッフの方の働きには頭が下がる。

それを見えない世界の人と勘違いするなんて、まったくとんでもない母娘である。

エピソード7:新たな世界へ18のつづき。

たった2か間のお試しショートステイだが、母の不安はMAXだった。
初日は姉に付き添ってもらい、午前中にお迎えが来た。

施設に行ったものの、前の人がまだ帰らないため部屋が空かず、母はリビングで待たされることになった。
ランチもそこで食べることが出来たものの、付き添いの姉は空腹のまま部屋が空くのを待つハメに。

逐一その状況が姉からLINEで送られてくる。
ようやく部屋が空いたのは午後3時を回っていた。部屋の様子を写真で送ってくれ、母が落ち着いた頃を見計らって姉は帰宅した。

生まれて初めてのショートステイ体験につき、私も少し心配していた。
基本的に他人に合わせることが苦手な母なので、周囲の人とうまくやっているだろうか?と。

終業後に寄るとちょうど夕飯の後で、他の方々と一緒にリビングでまったりしていた。
お腹が満たされ、既にお眠モードのお友達が数人いる中、一人かくしゃくとしているお姉様がいた。

皆に挨拶すると、そのお姉様が「お母さま初めてなんですって?大丈夫よ。私が付いてるからね」と仰る。私が礼を述べると「お母さま、まだお若いでしょ」と聞いてくるので「そこそこいってますよ」と話すと「私は95よ!」と、誇らしげに語るお姉様。

はは~~!!おみそれいたしました!!と、ひれ伏すばかりの私。
お姉様曰く「娘のために私はここにいるの。そのほうが娘も安心するでしょ。だから、お母さまも娘さんのために、ここにいてね!」と、私が言いたいことを代弁してくれる95歳のお姉様。

だが、初日で何が何だか分からなくなっている母の耳は全ての会話をスルーしていた模様。
リビングから母の泊まる部屋に移動し、少し話をしてから私は帰宅した。

母は部屋から私を見送ってくれたが、その顔は悲し気だった。
いやいや、そこで仏心を出してはいけないのだ。母のためにも、ここは心を鬼にせねば!

母も私も共に修行だ。

日本で満員電車がなくならない本当の理由5つを読んで納得。

満員電車が無くならないのは「日本人は他人と同じ状況であることに安心する」からだそうだ。
この記事を読むと「なるほど」と思うことだらけだ。

元は農耕民族だった日本人は、昔から周囲と協調し生活を営んできたからか、場の空気を読むことに長けているし、他者より目立とうとする精神が薄いように感じる。中にはアホなくらいの目立ちたがり屋もいるが、それは稀であって、ベースとして日本人は慎み深い民族だと思う。

だからなのか?周囲と同じ時間帯に通勤し、どんなにギュウギュウ詰めであろうとも電車に乗り込み、災害があれば這ってでも会社に行こうとする。何とも涙ぐましい姿ではないか!

だが、見方を変えると、周囲に合わせることに照準を当てているだけで、自身の思考は封印されている。それは、自立していない?とも取れる。

自分の生き方は自分で決め、自立した一人の人間として生きるならば、時には周囲とは違う流れに乗ることも必要なこともある。

周りからどう思われようと、間違いなく生産性を上げていれば責任は全うしているし、いっそのこと周りを巻き込みながら、新しい流れを作っていくという手もある。

いずれにしても、長い物に巻かれる生活をしていると、そのうち自分の意思とは正反対の世界へ引きずり込まれてしまう。そうなる前に、今一度自身の立ち位置を振り返ることが肝要だ。

昨今、芸能人の離婚報道が再燃している。
芸能界もネタがないからかもしれないが、この手の報道は正直ウンザリだ。

不倫ネタもそうだが、そんなことは当人同士の問題であって、端がギャースカ言うものではない。
おめでたいネタなら観る側もホッコリするが、壮絶バトルを繰り広げる離婚調停ネタなど、観ていて気分が悪くなる。

だいたいこんなくだらないネタを公共の電波で放送すべきことなのだろうか?
離婚したらしたで「この夫婦は離婚しました」だけで十分だ。

おバカキャラを売りにするタレントは昔からいるが、それをメインとする番組にも疑問しか湧かない。
明らかに勉強不足のタレントが「私バカキャラで~す」と開き直ったかのような態度で、ゲストにアホな質問をしたり、逆に知ったかぶりをしたりと、観たくもないがたまたま目にした時などにはゲンナリする。

世の中には能力の違う人達が多くいるが、それを逆手にネタとして垂れ流すのはどうなのだろう?
おバカキャラを地で行く人にとっても決して有益ではないし、世間様に「あの子はバカなのね」とレッテルを張られていることに気付けないことも、ある意味気の毒でしかない。

昨今のテレビは正直面白くない。
公共の電波で流すものならば、くだらない事柄も必要なこともあるが、度が過ぎたネタは百害あって一利なしでしかない。

今日は天皇陛下の即位を国内外に宣明する「即位礼正殿の儀」が執り行われ、朝からテレビ中継を見ていた。
平成が終わり令和となり、浩宮様が新天皇陛下になられ、雅子様が皇后様となられた。

生まれた時から天皇となるべく帝王学を学び、人知れず人としての研鑽を積み重ねられたであろう浩宮様。民間から皇室に嫁がれ、それまでの生活とは180度違うなかでご苦労を重ねられた雅子様。
お二方が歩まれたこれまでの道のりは、私達の想像など及ばぬほど過酷な日々であられたと思う。

殊に雅子様は外務省に勤めるキャリアでありながら、それを捨て皇室に嫁ぐ運命を受け入れたものの、雅子様をバッシングする声は長年に亘った。それだけでも十分適応障害になる要因だ。
そこを辛抱に辛抱を重ね、浩宮様と共に1日1日を過ごして来られたのだろう、とも思った。

これからは浩宮様、雅子様の時代だ。お二人のキャリアと真心を如何なく発揮して欲しい。
きっと世界平和の一助になることは間違いないと、心から思えた1日だった。


佳子さま、姉・眞子さまの結婚問題よそにダンス公演で“美しすぎる腹筋”を解放!を読んだ。

佳子様は幼い頃よりフィギュアスケートを習い、物心付いてからはダンスの魅力にハマったのだろう。
皇室の方にしては今時の子っぽいが、その佇まいにはやはり品がある。

踊る姿をこの記事でしか見ていないが、ポージングも決まっているし、ダンスが自然に踊れているように見受けられる。恐らく相当練習し、技術を磨いているのだろうと推察する。

これが普通の家庭の子供なら、何も言われることはないのだが、皇室一家の一員となると、話はそう簡単でないところが気の毒だな、と思う。

佳子様は大学を卒業後に仕事に就かず、マスコミからも「普段は何をしているのか」と質問される始末。
確かに世の中の常識から見れば、大学を卒業したなら働くのが人としての務めだろう。

だが、佳子様が今最も興味関心があり、夢中になれるのがダンスなのだろう。
出来る範囲の公務は果たすが、それ以外の時間はダンスに当てたいのではないだろうか。
ならばいっそのこと、ダンスに特化した仕事に就くか、それを公務に生かすという手がある。

私もダンスをやっていたので、その素晴らしさは充分分かるし、必要性も感じている。
小学生の授業にダンスが取り入れられたことも納得だ。

子供の成長にとってダンスが必要不可欠なのだから、その分野に特化した仕事や役割が巡って来れば、まさに本領発揮ではないだろうか。

これまでの皇室の在り方を鑑みて、あれやこれや外野はうるさく言うが、皇室も進化し続けなければならない。伝統も大切だが、新しい道を切り拓くことが、これからの日本には必要なのだ。

佳子様には、その力があるのかもしれない…。というか、そうであって欲しいと願う。

ホリエモン、台風の中帰宅の杉浦太陽に非難の声で「ほんと性格悪い」を読んだ。

この記事を要約すると、人の幸せを妬み、SNS等でそれを批判する奴は性悪だ!ということだ。
確かに、その通りだと思う。

災害の最中にあり、不自由な思いをしている人達の呟きというよりは、普段から他者の幸せをやっかむ可哀そうな人達の仕業だろう。

特に芸能人や著名人はその槍玉に挙げられがちだし、それも混みで有名税ということも言われるが、果たしてそうであろうか?

どんなに有名人であろうと、その人達にしか分からない不自由や難儀はあるものだ。
それでも、常に笑顔を発信し続けることは、並大抵のことではない。
そんな裏の苦悩も想像出来ず、表面の笑顔だけを見て妬む心しか生まれないというのは、人としてどうなんだろうか…。

「あの人は幸せなのに、私は不幸」と思うこと自体、すでに幸せを自ら手放しているようなものだ。
幸せな笑顔を浮かべる人は、それ相応の努力と精進をし続けているのだ。
自らの心がハッピーでなければ、一生その心が救われることはない。

他人の幸せを妬む前に、自らの行い、心の在り方を見つめなおすことが最も大切なことだし、それが幸せを掴む秘策だ。

JR武蔵小杉駅で大混雑 改札まで30分、ビル半周の列を読んだ。

13日の夕方に横須賀線は運転再開したが「武蔵小杉は通過」の表示を見て、ナゼだ?と思っていたが、原因は先の記事のように、駅の改札周辺が水没していたからだった。

武蔵小杉はここ10年ほどで何頭ものタワーマンションが林立し、通勤・通学時の駅の利用者が飽和状態に達しており、横須賀線の混雑率が武蔵小杉⇔西大井間で東京1位(東西線同率)の199%になったほどだ。

武蔵小杉は川沿いであり、元は沼地だ。
昔は企業の工場があったが、そこが売り払われた後、タワマンが雨後の竹の子のように建った。
川崎にも近く、この辺りはそもそもの地盤が緩く、先の震災では地盤が30センチも沈んだ場所でもある。

そんなユルユルグラグラの地盤にタワマンを建てること自体常軌を逸しているし、そんなタワマンをステータスとして喜んで購入する人達の気は確かなのだろうか?と、個人的にはナゾでしかなかった。

挙句の果てに駅の改札に入るのに何十分も並んだうえに、社畜車にぎゅう詰めになって通勤・通学する。
高いお金を払い、何十年ものローンを組んだのに、台風で浸水し、エレベーターも使えず生活に支障を来たすなんて…。

沼地に建つマンションを喜んで買った結果がこれだ。
このタワマンも恐らく半世紀も持たず取り壊すことになるだろう。そもそも地盤はグラグラなのだから、これで震災級の大きな地震が来たら一発で終わりだ。

武蔵小杉に限らず、軟弱な土壌に建つタワマンは危険以外の何物でもない。
これを自己満足で購入し悦に入っていれば、間違いなく足元をすくわれる。

宣伝文句や周りの風潮に踊らされた挙句、何某かの被害に遭っているのだから、お気の毒…としか言いようがない。

昨晩のラグビーのワールドカップの日本vsスコットランド戦は、良い意味で予想を大きく覆した。
まさか!勝利するとは!!が正直な感想だ。

これまでのスコットランドとの勝敗は1勝10敗。これを見ただけで、誰もが「正直今回は難しいかもね…」という思いを抱きつつも、一縷の望みを抱き声援を送ったことだろう。

日本選手の大健闘は言うまでもないが、台風19号で甚大な被害に遭われた方へ勝利を!元気をもらって欲しい!という願いが、彼らを突き動かしているように感じた。

東日本大震災の際にも、女子サッカーなでしこが2011FIFAワールドカップで優勝した時のことを思い出した。まさか、女子サッカーが優勝するとは!誰もが想像していなかったし、決勝相手国のアメリカ人選手達も、日本選手には神がかり的なものを感じた、というインタビューを聞いたことがあった。

日本人は不遇に見舞われた時こそ強さを発揮する民族のように感じる。
どんなに壊滅的な状況になっても、ひとつひとつの事柄をコツコツとこなし、最後には何もなかったかのような復興力を発揮する。

それは、災害に遭われた方々だけではない。
直接支援は出来なくても、自分達の出来ることをしっかりやり遂げる。
スポーツ選手は勝利を手にすることで、被災地に元気と勇気を送る。これだって、立派な復興の手助けになっている。

他国から見たら不可能と思える復興も、日本人はいつの間にかそれを成し遂げる現実を目の当たりにすると、不可能なことなどないのかもしれない、とも思える。

今回の台風で被害に遭われた方々の一日も早い復興と快復を心から願っている。
私には私の出来ることで一助になれたら…とも思っている。

これまでにない猛威を振るう台風19号が明日関東に上陸する予定。
首都圏の鉄道も午前中を目途に終日運休、デパートや店舗なども次々と休業宣言をしている。

先日の台風15号は身の危険を感じるほどの暴風雨で、東京にいて、これほどに脅威を感じた台風は初めてだった。

昨今の台風はどんどん南洋化している。これまで沖縄方面でしかなかった脅威の暴風雨が、日本中どこででも見舞われる。

これは、地球温暖化が原因だ。地球の温度が数度上がっただけで、海の温度は地上のそれより高くなる。すると、海面から水分が蒸発しては雨雲を作り、更に蒸発するそれらを巻き込んで巨大化していく。

今回の19号は15号より巨大なうえに、長時間雨をもたらす。1日で2か月分の雨が降る予報だ。

自然災害に弱い首都圏はどうなるのだろう。
雨だけではなく、雷も風も、場所によっては竜巻もあるかもしれない。

自然の驚異、猛威とは言いつつ、それを招いたのは他ならぬ人類のこれまでの所業の結果でしかないのだが…。

いずれにしても、今出来る減災をするしか、私達に出来ることはないのだろうか。

エピソード7:新たな世界へ17のつづき。

ショートステイお泊り前日にもう一ついつもと違うことがあった。
前日というより数日前から、というほうが正解だ。

母は先の予定を早くから伝えても忘れるのと、勘違いをするので、大筋は早めに伝えつつ、数日前に詳細を伝えるようにしている。

詳細を伝えた直後から「いつから行くんだっけ?明日?」と言い始めた。
「今度の月曜日だよ」と話すと、その時は「ああ、そう…」と言いながらも、少し時間が経つと同じことを聞いてくる。その度に私も同じ答えを繰り返す。

ショートステイ2日前からお泊りセットを準備し始めた。
すると「明日行くの?」と聞いてくる。「明後日だよ」と私。

つまり、数日前から母の日常ではない出来事への不安はMAXになっており、その思いが何度も同じことを聞いてくる、という形で現れた。

それは、同じことを何度も聞くことで、私が「それなら行かなくても良いよ」と言ってくれるのを待っているのか、何度も聞くことで、それが現実であることを自らに言い聞かせているのか…。真相は謎だが、母の心理に大きな影響を与えていることだけは確かだ。

そういえば、私が遠出する時は必ずと言っていいほど、同じことを聞いてくる。
それは、私が傍にいないことへの不安の現れだ。つまり、今回の現象もこれと同じなのだ。

とは言いつつ、母の精神的な自立のためにも、私は心を鬼にして?ショートステイへと送り出したのだった。

つづく。

エピソード7:新たな世界へ16のつづき。

1泊2日のお試しショートステイをするにあたり、お泊りセットの準備が始まった。
1泊だからそんなに荷物もないようだが、揃えてみればそれなりの量になった。

着替えの下着と服、洗面セット、部屋で使うための水筒、スリッパ、処方箋等々…。
たった1泊なのに、次から次へと要るものがあった。

また、それらに名前を書き、持ち物リストへの記入も必要だ。
まさに、子供のお泊り会と同じだ。母自身で準備が出来ないので、私がやることになるわけで…。

1泊だから要らないと思ったが、小銭を持っていきたいと言うので、小銭入れに数百円を入れて渡した。バックのポケットに入れといてね、と母に渡し目を離した隙に、それが行方不明になった。

とは言え狭い家のなか、棚の上とか、その辺に置いてあるだろうと思い探してみるものの見つからない。
すでにカバンには荷物がパッケージされていたが、それらを全部取り出して中身をチェックするが、やはりない。

さんざんっぱら探したが、結局見つからなかったから、小銭入れを持参することは断念した。
それにしても、どこに行ったのやら…未だにそれは見つからない。

手にして、どこぞに置いたか仕舞ったかした当の本人が憶えてないのだから、どうしようもない。
まあ、これも忘れた頃に出てくるだろう…と、ひきつる笑顔で対応。

こんな調子でショートステイはどうなるやら…。
一抹の不安を感じたお泊り会前日だった。

つづきは、また明日。

エピソード7:新たな世界へ15のつづき。

母が自分の母親を介護した時代は、それこそもう半世紀以上も前の話になるが、まだ介護という制度もなく、年老いたら不衛生な場所に追いやられる…といった悪いイメージしかなかった。

母の中では、そんな暗くて汚いイメージが頭にあったからか?施設に、という話になった途端、拒絶反応を示した。ある意味、それは当然の反応だろう。

ケアマネさんと相談し、まずは施設を見学に行くことにした。
建物に入ると、スタッフの方の対応が明るく元気だ。ショートステイの見学をということで、忙しい最中嫌な顔もせず、部屋や食事の場所、お風呂などを説明し、見学させてくれた。

施設は掃除が行き届いていて、清潔だし臭いもない。
母とほぼ同年代と思しき方々がいたが、暴れたり騒いだりすることなく、スタッフの方々と談笑したり、レクレーションをしたり、傍目にもその穏やかさが伝わってきた。

20分ほどの見学だったが、母のイメージは良い意味で打ち砕かれ、施設を後にする時には「良い所ね~」と言うほどだった。

好感触のうちにケアマネさんと相談し、まずはお試し1泊2日コースを予約することにした。

つづきは、また明日。


エピソード7:新たな世界へ14のつづき。

最近、改めて介護申請をした母に下りたのは、要支援2だった。
担当医曰く「お母さんは認知症じゃないから、要介護にはならないよ」とのこと。
要支援と要介護の境目は、認知症じゃないか、病気などで寝たきりではないか、ということだそうだ。

歳相応に物忘れもあるし、思い違いや聞き違いもしょっちゅうだが、脳スキャンしたところによると、脳みそはしっかりしてる!とお墨付きをいただいたので、認知症ではないそうだ。
足腰は弱り、一人では外出もままならず、新しい家電製品はこれまでと勝手が違うので触らないので、家事もほとんどすることがなくなり、一人では生活出来ないと判断され、要支援2の沙汰が下りたわけだ。

これまでは歩行訓練に特化したサービスだけを受けていたが、これからはデイサービスも利用出来るようになった。

母の世話をすることは私も厭わないが、たまには旅行もしたいので、その間母を預かってくれると安心だな、というのもあり申請をした次第だ。

で、今月からお試しデイサービスのお泊り会に参加することになった。
最初にこの話をした時、母は「子供がいるのに、そんな所に預けるなんて!!」と激怒した。

やっぱりそうだよな~と、予想通りの展開に、次の一手を講じることにした。
明日へつづく。

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