前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2019年12月

12月に入ると、この1年間を締め括らねばならぬ!的な出来事が次々起きた。
殊に、後半2週間はまさに怒涛の日々で「仕事→家事→ランチ会に忘年会→突発的出来事→更なる片付けねばならぬ出来事勃発」と、このサイクルに翻弄されていた。

その中にはちょっとしたプチ事故もあり、直接的被害はなかったが、その衝撃で身体にロックがかかったらしく、筋肉が硬直し後遺症が腰に残ってしまった。
普段から交通事情には気を付けてはいるものの、相手からぶつかってこられたら逃げようがないものだ。
それでも、大ごとになることもなかったことは、幸いであった。

一つそういうことがあると、全てが好まざる方向へ走り出す。
詳細は省くが、まあ次から次へとよくこんなに物事が動くな…というほどだった。

もしかすると、来年は展開の年になるのかもしれない。
そんな予感もするし、そのために年内に一気にいろんなことが起きているのかもしれない。

仕事納め後も家のことや親族のことに翻弄され、気付けばもう大晦日。
9連休の年末年始休暇も、あっという間に終わりそうだ。

まさに、師走に相応しい?年の瀬であった。

今年もブログをお読みくださった皆さま、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

佳いお年をお迎えください!

活躍する日本フィギュアスケート選手の顔ぶれも、以前とは大きく変わり、若手が台頭してきたことは、素晴らしいことだ。

ベテランの高橋大輔選手がシングル最後の試合を全日本で披露したものの、思った通りの成果を出せず、本人もがっかりしているようだが、そんな姿をあえて見せることもまた、若手達の良い手本になると思う。

若い時は力任せに乗り切れることもあるが、年齢を重ねると思いと体力のギャップに悩まされるのは、どの世界でも常だ。
若手には若手の強みがあり、ベテランには智恵と経験値という素晴らしい技がある。

そんな中でも、本田真凜選手の華のあることと言ったら!
登場しただけで周囲に光が差したように見えるし、ニコッと笑うと、雰囲気が一気に華やぐ。
妹が芸能人であるからなのか?この姉妹は更に下の妹を含め、皆華があるな~と、画面を通していつも感じる。

本人にしてみれば、それにスケートの技術が磨かれればさらに嬉しいだろうが、現実はなかなかに厳しい。それでも諦めることなくひたむきに努力する姿に、つい応援したくなるものだ。

家庭環境にも容姿にも恵まれ、誰からも羨まれる存在だからこその苦悩もあるだろう。
華のある人は、輝けるだけの努力をしているものだ。何もなくして華は身に付かない。

どんなに上手くても華のない人には目がいかないから不思議だ。
好き嫌いの好みもあるかもしれないが、私はついつい華のある子に目が行ってしまうし、応援したくなる。

いずれにしても、若手が一生懸命努力する姿を見ると、おばちゃんも日々の務めに励まねば!と元気をもらえる。

若手からもたくさん学ぶことはある。そこに華があればなお一層周囲を幸せに出来る。
何とすごい天分なのだろう。

「それってズルくないですかぁ~?」と言う人が増えたように思う。

他人のズルさには敏感で、それがどうしても許せない、というものだ。
反面、他人のズルさを指摘する人に限って、自分もズルいことをしているのが現実だが、それには当人は気付いていないのか、当然だと思っているのか…。

それは「他人に厳しく自分に甘い」と言えるだろう。
他人がズルいことをするなら、自分がしても問題ないだろう、他人より損をするのが我慢ならない、ということだろうか。

だが、そんなことをすれば、ズルをした人間と同じ土俵に立ってしまうことになる。
そうした時点で、自分の魂のランクは一気に下降するのだが、そんなことに気付こうはずもない。

何とも気の毒な話だ。

そもそもズルをする人は、他人より良い思いをしたいと思っているから、平気でズルをするのだ。
だが、ズルはズルでしかない。

ズルをして優位に立ったつもりでいても、誠実でない土台は脆い。
ズルの代償は、いずれ間違いなく大きなズルとなってその身に降りかかるのに…。

ロシアのフィギュアスケート、ザギトワ選手が今後の試合には出ないという発表をした。
先日のグランプリファイナルで6位に沈んだことだけが原因ではなく、先のオリンピックで金メダルを手にした後から考えていたことらしい。

ロシア選手の寿命は短い。日本選手のように、2回、3回とオリンピックに出る人は稀だ。
15歳くらいまでなら子供の体型だから、ジャンプも難なく飛べるが、17歳を過ぎるとそれが大人体型となるがために、演技にも影響が出るのだろう。

フィギュアスケートはスポーツのカテゴリーではあるものの、どちらかといえば芸術に近いように思う。
その採点は技術点と演技構成点とからなる。項目も細分化しているし、スポーツとしての技術もさることながら、演技としての芸術性も評価の対象となるうえに、全身+感性運動だ。これほど高度なスポーツはそうないように思う。

ジャンプをどれだけ飛べたかということに重きを置くのであれば、ジャンプ大会でもすれば良いのだ。
どんなに4回転を飛べたとしても、芸術性に乏しければ人の心には響かない。

フィギュアスケートは、どこに向かっているのだろうか…。

久高島2019-9のつづき。

フボー御嶽で祈りを捧げた後、レンタサイクルを返却すべく、港待合所に戻ってきた。
返済時きっかり2時間で、あやうく延長料金がかかるところだった。
ぴったり2時間で戻って来れた、というのもなかなかの神業?だ。ありがたい!!

港周辺には野良猫もいるが、どの子も人懐っこい。おそらく観光客からかわいがられているのだろう。
何匹かと憩いのひとときを過ごさせてもらった。
最後の最後まで神様のおもてなしを受けたようで、ありがたくもったいない時間を過ごすことが出来た。

何しろこの日は曇りのち雨の予報で、空には重たい雲が立ち込めていたので、いつ雨が降ってもおかしくない模様だったが、久高島にいる間は一度も雨に遭うことはなかった。
これまた、神様の計らいと感謝しきりだった。

次はいつ来れるか分からないが、久高島の神様に呼んでいただけるよう、これからも日々精進したいと思えた旅となった。


20191216

久高島2019-8のつづき。

レンタサイクルを2時間借りていたが、のんきに景色に見とれながらお昼を食べていたら、タイムリミットが近付いていることに気付いた。

本来なら最初に参拝すべきだったフボー御嶽にまだ参拝していない。
島の神様にきちんと挨拶もしないまま帰ってしまうなんて、とんでもないことだ。

フボー御嶽は沖縄の七大御嶽のひとつで、男女問わず立ち入りが禁止されている聖地だ。
だが、近年ではそこに足を踏み入れる非常識な観光客があとを絶たないと、ニュース番組で目にした。

立ち入った人にインタビューしているのを見たことがあるが「せっかく船に乗ってここまで来たのに、なぜ見せない?」と、逆切れしているおじさんがいた。

私がフボー御嶽近辺にいたところ、観光客であろうと思われるおじさんに「ここには何があるの?」と聞かれたので、「うたきがありますよ」と言うと、「うたき?」と、御嶽の存在さえ知らないようだった。御嶽を知らないとは…。何も知らずにこの島に来るその心理は不思議だ。

フボー御嶽を目指し、看板の近くに自転車を止め、立ち入り禁止の手前で手を合わせた。
聖地であり、よそ者の観光客の私が立ち入るなんて、恐れ多い。
手前で拝めるだけで、とてもありがたいことなのだ。
無事に久高島に渡れたことをお礼申し上げ、今後の久高島のお守りを祈らせていただいた。

かくいう私も久高島のパワーを浴びたくて来ているのだから、先の物見遊山のおじさんのことを悪く言えた義理ではないが、せめてこの島の成り立ちやマナーは守ること、それがよそ者の努めだと思わされた。

20191215



久高島2019-7のつづき。

カベール岬を後にし、今度は往きとは反対の道を走った。
途中ロマンスロードと呼ばれるサイクリングロードがあり、眼下に美し過ぎる海を眺めることが出来る。

途中休憩出来るような広場あり、テーブルベンチもあったため、羽田空港で予め購入していたお弁当で昼食を取ることにした。

ベンチに腰を下ろしても、美しい景色を眺めることが出来る。
周囲は風が強かったが、ベンチ側に植えられた樹木のおかげで風が遮られ、贅沢なシチュエーションでお弁当を食べることが出来た。

これほどのんびり、ゆっくりと食事が出来ることは贅沢の極みだが、帰りの船の時間もあるので、頃合いを見てこの場を後にした。


20191214

久高島2019-6のつづき。

巨大ガジュマルに名残を覚えつつ、沖縄の祖神アマミキヨが降り立ったと言われるカベール岬に到着した。

岬の彼方から強風が吹きつけてくる。
青く透き通った波間からは、グワングワンとしたエネルギーが湧き立ち全身を突き抜ける。
それは風だけではない、まさに強い強いエネルギーの塊だ。

カベール岬の突端はかなりの強風ではあったが、そこに無事に辿り着けたことに感謝の思いが湧いた。
神話の真実は誰にも分からないが、そこが普通の場所ではないことだけは肌で感じる。
これほどまでに強いパワーを放つ場所はそうそうないだろうとも思った。

前回ここに立ったのは5年前。
5年後、こうやってここにいられることに不思議な縁を感じた。

20191212

久高島2019-5のつづき。

紫色のヤドカリに別れを告げ、引き続きカベール岬を目指し一本道をひたすら自転車を漕いでいると、突然視界が開けたと同時に、ドーーーーーン!!!と、どでかいガジュマルが現れた。

威風堂々としたその佇まいに、黄門様の印籠のように、ハハーーー!!と頭が垂れる思いがした。
自転車を側に止め、偉大なる島の主のようなガジュマルを見上げると「それ以上は近付くな!」と言われたような気がした。

ガジュマルの大木の側は道が三差路に跨っていて、海からの風が島の内陸に向かって吹き抜けていく、その流れがまるで何かのパワーのように感じた。

ここは人間が簡単に触れてはいけない場所なのだと思わされた。
私は遠巻きにしながらこのガジュマルに感謝し、しばしそこに佇んだ。
ガジュマルを取り巻くパワーの渦は半端なく、このままここにいると気あたりしそうだと感じたので、長居はせず、再びカベール岬を目指すことにした。

20191210

久高島2019-4のつづき。

イシキ浜を後にすると、カベール岬までは真っすぐ一本道だ。
ゆっくり自転車を走らせていると、周りの景色も眺められるし、島の空気を肌で感じることも出来る。

前方を見ながら走っていると、何か動く物体が目に入った。
私が急ブレーキをかけると、後ろを付いてきていた友達が「何?どうした?」と私の側にやってきた。

「見て、見て、何か動いてるよ!」と指さした先にいたものは…。
大きなヤドカリだった。しかも、紫色だ。

近付くと足音の振動でヤドカリは殻に籠ってしまったが、そこは滅多に車は来ないとはいえ道のど真ん中。こんなところにいたら、轢かれるかもしれないと思い、ヤドカリを脅かさないように、道の端の茂みへ誘導した、というかそこに行くように、ヤドカリの後方から前進するよう手で風を送った(もちろん触れてはいない)。

ようやく草むらの茂みに入ったところで、滅多に来ないであろう車がカベール岬の方からやってきた。
ドライバーにヤドカリがいるから踏まないようにと、ヤドカリがいる箇所を走らないよう誘導した。

ドライバーは何のことやら?といった顔をしていたが、もし知らなければヤドカリを轢いてしまっていただろう。

紫色のヤドカリはどう思ったか知らないが、小さな命を守れたことにホッとした出来事だった。

20191209

久高島2019-3のつづき。

ピザ浜を後にし、再び自転車を5分ほど走らせると、今度はイシキ浜の看板が現れた。
先と同様に脇道の側に自転車を止め、浜へ歩を進めた。

視界が開けると、ピザ浜からさほど離れた距離でもないにも関わらず、海の雰囲気が全く違う。
さきほどはちょっと激しい感じだったが、ここはとても穏やかなのだ。
風も波も、砂浜もなぜだか穏やかそのもの。波の高さも変わらないのに、こうも雰囲気が違うとは…。

あまりの気持ち良さに、持参したシートを浜辺に広げ、海に向かって座り込んだ。
目を瞑って波と風の音だけを聞いていると、心も穏やかになる。
全身に優しいエネルギーが蓄積されていくのが良く分かった。

イシキ浜は、ニライカナイ(理想郷)から五穀の種が入った壺が流れ着いた伝説の場所で、この種から琉球の農耕が始まったと言われている。

そんな神聖な場所だからなのか?恵みのやってくる伝説の地だからなのか?穏やかで温かな空気を感じることが出来た。

20191208




久高島2019-2のつづき。

レンタサイクルを借りて、海沿いの小道を走った。
島の集落へと繋がる道は舗装されているが、ここは砂利道だ。

ゆっくり自転車を5分ほど漕ぐと、ピザ浜の案内板が現れた。
人が一人通れるくらいの小道の奥に青い海が見える。
自転車を脇道の側に置いて、徒歩でビーチへ向かった。

海から吹いてくる風は野性味を帯びており、浜の景色も少し力強さを感じた。
誰もいないその場所でしばし身を委ねた。

吹く風と波の音だけが響く世界。
普段慌ただしい毎日を送っている日常とは真逆の世界に、久高島に無事に来れたのだと思わされたひと時だった。


20191206

久高島2019-1のつづき。

無事に久高島の徳仁港に到着した。
徳仁とは、令和の天皇陛下と同じ名前だ。
恐らく、港のほうが命名は早いであろう?と思うと、何だか意味ありげだな~と邪推してしまう。

琉球王朝時代は、王様が女装をしてまで詣でた神高い島なので、現代の王様が詣でていても不思議ではないだろう(あくまでも想像)。

久高島に到着したら、自転車で島を巡るのが定番だ。
中には歩いて巡る強者もいるが、私は自転車を借りることにした。

久高島は猫が多いことでも有名だ。人を怖がることなく、近付いてきてくれる。
きっと、観光客からおいしいものをもらっているのだろう。

港に到着早々、都会での慌ただしさがウソのように、ゆったりした時間を過ごすことになった。
前回は集落から自転車を走らせたが、今回は海岸沿いからお邪魔させてもらうことにした。


20191203

5年ぶりに久高島へ行くことが出来た。
これまで沖縄本島に行っても、なかなか南部をゆっくり回る機会がなかったが、今回は那覇空港に到着したその足で久高を目指した。

羽田空港を朝6:20の飛行機で発ち、那覇空港に9:30到着予定だが、着陸後の荷物のピックアップや、レンタカーの手配などもあり、安座真港11:00発、久高島行きのフェリーに乗れるかは微妙だった。

レンタカーをゲットし運転を始めたものの、安座真港への到着は11時ぎりぎりになりそうだった。
運転手の友達が「飛ばすね!」と言ってくれたが、「それはしなくて良いよ。久高の神様には行きたいと願っていたから、お許しをいただけるようなら必ず間に合うから、安全運転でお願い!」と頼んだ。

途中渋滞にハマることなく、安全走行であったが、港には11時10分前には到着した。
急いでフェリーのチケットを購入し、無事に久高島へ渡るフェリーに乗り込むことが出来た。

天気は曇っており、波も少し高かったが、フェリーで25分かけ久高島に到着した。

20191202

有名女優が合法麻薬の所持により逮捕された。
その少し前には、何度も逮捕されている元タレントが逮捕された。
麻薬は己の意思とは裏腹に止めることが出来ない、まさに病なのだろう。

だが、違法と分かっているモノに手を出すこと自体、その人のパーソナリティが起因しているように感じる。
最初はただの好奇心や、若気の至りだったりすることもあるだろうが、物事の良し悪し、理性的思考回路があれば、そういうものに手は出さないし、そういうモノと関わりのある人と出会うことはまずない。

たまたま精神的に参っていた時に魔の手に落ちた…ということもあるかもしれないが、誰にだって精神的に参ることや、立ち直れないことは多々ある。だからと言って、誰しもが違法なモノに手を出しているかといえば否だ。むしろ、そういうモノに手を出す人のほうが圧倒的に少ないだろう。

どんなに見てくれを整えても、その人が育った環境や心の在り方はそう簡単には変えられない。
それを変えるには、血反吐を何度も吐くほどの苦しみに耐えながらでしか出来ない。
それほどまでに、以て生まれた素性は簡単ではないのだ。

先の女優は役者として世間から期待されていただけに残念ではあるが、これぞ自業自得だ。
以前所属していた事務所が世間に詳細な説明もなく彼女をクビにしたことがあったが、その時に事実を公表していれば、彼女の更生の一助となったかもしれない。

事務所としての温情が、さらに彼女を苦しみの世界へ陥れることになっているのが現実だ。
だが、事務所がそこで救いの手を差し伸べていたとしても、彼女の素性はそうそう簡単には変わらなかっただろう。

まさに成るべくして成った現実だ。

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