前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2020年02月

新型コロナウイルスの影響で、私も26日からテレワークを実施している。
テレワークになると、通勤分の時間が浮くので、これまで手付かずだったことや、家庭のルーチンワークを時間に追われることなくこなしている。

自宅での仕事だと化粧もしなくて良いし、気軽な服装でも問題ない。
昼休みには近所のスーパーに買い物にだって行ける。
仕事はメールで来るし、打合せはスカイプで出来る。
職種にもよるだろうが、こういう働き方もアリだな、と思う。

ずっとこのままテレワークだとそれはそれで息が詰まるかもしれないが、暫定的だからこそその利用価値があるのだ。

中には「普段の行動と違うと、何をして良いか分からない」という人もいるが、それは思考停止している証拠だ。

こういう機会を無駄にしてはもったいない。せっかくの機会なのだから、これまでとは違う生活パターンを楽しむことを考えるほうが建設的だ。

生きていれば、ずっと同じことは続かない。
日々進化していることを思えば、臨機応変に変化に対応していくスキルは必須だ。

変わらぬ日々だけを追い求めているうちは、真の幸せには到達出来ない気がする。
変化することを恐れず、人間力を高めていくこと、それが自分にとっての大いなる課題だと思っている。

昨日、突然「3月2日から小中学校、高校、特別支援学校等を春休みまで休学要請する」と首相が発表した。
コロナウイルスの感染を思えば、それは想定内のことだろう。

だが、当事者達にしてみれば寝耳に水だったようで、親も子も教育委員会も教員も、様々な反応を見せている。

子供にしてみれば、学校に行けないばかりか、遊ぶ場所も限定されるし、授業も受けられない。

親にしてみれば、共働きで子供の面倒を見る人がいない、会社を休まざるを得ない、春休みを入れるとまるまる1か月この状態が続くのか。

シングルマザーやファザーにしてみれば、自分が働かなければ生きていけないのに、子供が学校に行けないとなると…と、思案するのは当然だろう。

学校側にしてみれば、休学分の授業の補填はどうするのか、卒業式、入学式、入試、父兄への対応等々、数えきれないほどの問題山積だ。

今回の発表はあまりにも唐突だったことは事実だが、果たしてこれを事前に知らせていたらどうなっただろう?それはそれで「あーだこーだ!」と騒ぎ立て、果てはボイコットまで起きたかもしれない。

今回のやり方が正解がどうかは未知ではあるものの、どこかで判断は下さないといけないし、今や個人レベルの事情が通用するほど生ぬるい状態ではない、つまりは、緊急事態である!ということを、国民はもっと自覚すべきだろう。

南半球でも感染が広がってきている。
北半球は冬~春に向かっている最中だが、南半球は夏~秋に向かっている。

暑い南半球で感染があるということは、これから春となり暖かくなってもウイルスは無くならない、ということだ。

つまりは、もうすでに世界的パンデミックは始まっている、いいや、すでに最中に突入していると言っていいだろう。

自分の日常が思う通りに進まない、行えないことに不満を言ってる場合ではないのだ。
もっと、危機感を持ち、出来うる限りの予防対策を自分の頭で考え行うことが何より大切なのだ。

それにしても、教育委員会もこんなことは想定出来たはずなのに、危機感もなく「何かお上が言ってくるだろう」くらいにのんびり構えていたとしたら…末期的過ぎる。

コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、北海道の公立小中学校1590校ほどが休校になると発表された。
記者会見で北海道知事が、そのことに関し「多くの意見があると思うが、全ては私の責任で!」といった趣旨を言い切った。

現実、今休みになったら、春休みまでの期間の授業はどうするのか?卒業式もあるが、それはどうするのか?子供が休みになったら、共働きの親はどうしたら良いのか?等々、さまざまな問題が発生する。
もしかすると、それ以上に大変なこともあるかもしれない。

それでも、北海道知事は毅然とした態度で「今が大事な時であり、子供達への感染を食い止めることが先決!」的な発言をしたことは、賞賛に値する。
自分のクビをかけてでも、今はそれが大事なのだ!という信念がダイレクトに伝わってくる会見だった。

中央省庁の役人や政治家達にも、ぜひともこの姿勢を見習って欲しい。
保身や苦情回避、支持率のことばかり考え、何が大切かを顧みないポンコツ達よ、君らはいったい誰のために働いているのだろうか?

政治家も役人も、国民の税金で給料をもらっているのだ。そこのところを、もっと深く自覚しないといけない。
上から褒められることばかりに気を取られ、国民に目が向いていないのではないだろうか??

今何が大切で大事なのか!!
政治家も役人も、国民もしっかり考える時だ。

日を追うごとに新型コロナウイルスの感染者は増えていく。
どこまで広がるのか、予測不能だ。

政府もいよいよというか、やっと「大型のイベントなどの自粛」を要請し始めた。
経済に影響が出ることを懸念したから、漸くの要請なのだろうが、当初は主催者側の判断に任せるといった、丸投げ感満載の見解しか出さなかった。
「ダメとは言わないけど、分かってるよね?」これって、まさに忖度大好きな日本人感丸出しだ。

無責任極まりない見解を出しつつも、ズルズルと打つべき手を後回しにしている間に、みるみる感染者も死亡者も増え続けた。
海外からも批判の声が上がり始め、いよいよ手詰まりとなって初めて総理登場!だ。
国の有事に関わらず、こんな対応で本当に大丈夫なのだろうか?いや、既に手遅れだ。

こうやってジワジワとこれまで当たり前と思っていた日常生活が侵食され始め、徐々に不自由な生活がすぐそこまでやってきている。それでも、それを見ないふりして日常を続けようとする私達。

逆に考えれば、当たり前の日常を送れるということが、どれほどの恩恵の賜物かが分かる。
国中のあらゆる事柄がうまく回らなければ、それは実現し得ないのだ。

これまでの日常がどれだけ「ありがたいこと」なのか!
私達は深く思いを馳せつつ、これからそれを取り戻す努力と、感謝の念を持ち続けなければならないだろう。

ここ数年、日本は自然災害に多く見舞われている。
昨年は超大型台風襲来で、甚大な被害が出た。
先の東日本大震災においては、近年稀にみる未曾有の災害となった。

今年は早々から新型コロナウイルスに見舞われている。

どんな災害や病気も、出遭った者にしては未知の事柄であるわけで、その対処と言われても、実際右往左往するだけ、というのが現状だろう。

新型コロナウイルスの感染源は不明なもののほうが圧倒的で、手の打ちようがないのが現状だ。
政府も役人も不眠不休で対応に追われているし、何とか一刻も早く収束するよう、最善の努力をしていることだろう。

だが、そもそもの初動対応が鈍く、安全バイパスが働き過ぎたせいなのか?被害が出なければ手を打たないというのもまた現状だ。

事が起きなければ対応しない、それが普通のことなのか?先のことが分からないのに、安全パイのためにあれこれ対応を施したほうが良いのか?

近い未来に首都圏や東南海に大地震が来ると予測されている。
その前兆があった場合、予め知らせるか?知らせないか?でもモメている。
予知制度が100%の確率であれば、知らせるべきだろうが、そうではないうちはやはり控えてしまう、というのが正解となるのだろう。

結局のところ、国や自治体の対応は後手後手にならざるを得ないのは仕方ないことなのかもしれない。
そうであれば、後は自分で考え、最善の方法を選択しながら凌いでいくしかない、ということになる。

実際のところ、災害やウイルス感染がこれ以上広がれば、個々人の対応は後回しになることは容易に想像出来る。

やはり、最も大切なのは「自分の身は自分で守る」ということになるのだろう。

新型コロナウイルスの症状は軽いものから重症のものと、人によって大きく違う。
おそらく世界中このウイルスは既に蔓延していて、誰もが感染していると思われる。

この季節、日本では花粉症も発症しており、風邪だかインフルだか花粉症だかの判断がつき辛い。
それに加えてコロナまで加わると、心配の種はさらに増える。

いつもなら掛かりつけ医に行って診断してもらいたいところだが、コロナのことを考えるとおいそれと行くことをためらってしまう。
待合室などでいらぬウイルスや菌をもらって帰ってきそうで怖いからだ。

だが、中には大した症状でなくてもすぐ病院に行きたがる人もいる。
診てもらえば安心!という発想が怖いな、と思う。

そもそも人間には免疫力が備わっており、少々の風邪くらいであれば、安静にしていれば治るものだ。
もちろん自力でどうにもならないほど辛い状態になれば病院に行くべきだが、大した症状でもないのに病院に行きたがるというのは、本来、本当に治療が必要な人の邪魔となり、最悪はその人の命を奪ってしまうことにもなりかねない。

未知のウイルスに出会い、不安なのは誰しも同じだ。
だからこそ、状況をよく観察し、どう動いたらよいかを、自分の頭で考え判断することが大切なのだ。

「自分さえ良ければよい」という安直な考えが、更なる不幸を招いているのだ。

新型コロナウイルスの影響で、街からマスクが消えた。
インターネットでは10倍、20倍の高値になっているかと思えば、商品の値段は定価だけど、送料が1万円越えだったり、他商品と抱き合わせで高値で売ったりと、常軌を逸する商売をする輩が跡を絶たない。

火事場泥棒と同じで、人の弱みにつけ込んだ行いだ。これって、ある意味犯罪だよね。
いくら自由競争販売とはいえ、心が痛まないのだろうか?

良心がないから出来る愚行なのだろうが「濡れ手で粟の摑み取り」で儲けたところで、自身の実には一切ならない。

今回のマスク事情に限らず、この手の犯罪は後を絶たない。
オレオレ詐欺やねずみ講、手を変え品を変え、人の心の弱みにつけ込む。

つけ込まれる側も強くならなければならないという別の課題もあるが、人には能力の差がある。
どんなに誰もが平等と声高に叫んでも、能力の差は平等にはならない。
だが、一人ひとりにその人にしかない能力があることも事実だ。

それらを無視し、手元を潤すことばかり考えている者も、いずれはまた自分がそういう目に遭う日はやってくる。
何事も原因なくして結果は訪れないものだ。

新型インフルエンザは日本国内でも徐々に広がりを見せ、日を追うごとに感染者が増えている。
とは言いつつ、全体の9割以上が中国での感染だ。

今回のウイルスは中国人の遺伝子に作用するものなのだろうか?と思ってしまった。
明らかに日本にもウイルスは蔓延しているだろうが、中国ほどの爆発的感染はない現実を思うと、素人考えだが、このウイルスには感染しやすい遺伝子とそうでない遺伝子があるのかも?とも思った。

これまでの人類の歴史では、ペストにコレラ等といった爆発的感染が多くの人々の命を奪った。
それは免疫力の差こそあれ、感染したらほぼ皆が発症していたことを思うと、今回のウイルスはこれまでのものと性質が違うように感じる。

都市伝説的に語られている生物化学兵器だとしたら、自国で自らを没するためにウイルスを撒き散らしているようなものだ。誤って撒いたという説もあるが…。

事の真偽は不明だが、余りにも偏った感染者の分布を見ると、都市伝説もあながち外れていないのかもしれない。

ウイルスの裏にある真の狙いは何なのだろう?

新型コロナウイルスの影響で、東京マラソンの一般ランナーの参加が取りやめとなった。
そこまでは致し方ないとしても「参加費を払い戻さない」と言うではないか!!

何だってぇ~~???
旅行やイベント等の場合、主催者側の責に負うものでなくても、返金してくれるところが殆どだし、それが人道的にも全うだ。

東京都の年間予算は14兆円もあるうえ、東京オリンピック予算も3兆円になるかも?と報じられている。

なのに!東京五輪組織委員会の森喜朗会長は『日本スポーツレガシー・コミッション』なる一般財団法人を、東京五輪予算の余剰金で立ち上げ、五輪後はまんまとそこの最高顧問に就任する予定だそうだ。

そんな潤沢な予算があるのに、一般ランナー一人16,200円の参加費を返金出来ないなんて、どういうこと??さらに、それは来年分にも回せないと言う。まったくもって意味不明だ。

政治家には定年がないから、いつまでも権力を振るい、好き勝手に財団を立ち上げて私腹を肥やす奴がいる一方で、一般人からはこんな形で巻き上げるとは!!!

新型コロナウイルスが蔓延し次々と犠牲者が出ても国の経済を最優先に考える国だから、こういうことはある意味当たり前なのだろうか。

こんな私利私欲にまみれた金の使い方をしていると、そのうちマジでとんでもないことが起きそうで怖い。私腹を肥やす個人にダイレクトに天罰が下れば良いが、なぜか大勢を巻き込むことになっていくのが常だ。

こんなんじゃ、お金のほうが愛想を尽かしていなくなってしまいそうだ。

新型コロナウイルスの罹患者は日を追うごとに増えている。
日本国内も徐々にその数が増しており、今や報道で伝えきれないほどになっている。

その中に、千葉県在住の20代の男性が、勤務地の港区(おそらく品川駅)まで、電車で通勤していた、というのがある。罹患した状態で、ギュウギュウの電車に乗って千葉から品川まで通勤していたとしたら…?恐らく同じ車両の人達は100%感染しているだろう。

政府は空気感染はしない、濃厚接触しない限りは感染しない、という発表には無理がある。濃厚接触とは半径1メートルほどの範囲を指すのであれば、それは濃厚ではなく空気感染だ。

自覚症状がないだけで、都心の社畜電車に揺られる人たちはほぼほぼ感染し、ウイルスを保有していると思ったほうが良いだろう。

それでも政府はノラリクラリと交わし、不要不急の外出を控えるように、とか言っているが、自体はもっと深刻なはずだ。だが、それを発表したら最後、街から人は消え、日本経済に大打撃を与える。何よりもそれを一番恐れているのだろう。

人の命がかかっても経済を最優先する政府って…。
臭いものに蓋をするどころか、それさえ無かったものにしようとする始末。

だが、経済が傾けば、また国民からヤイノヤイノと罵倒されることも容易に想像出来る。
何が大事かのジャッジが曖昧で、自分本位にしか物事を考えられない人が多すぎるのが現状だ。

優柔不断な政治家を責めるのは簡単だが、その前に大事なことから目を反らし、問題をすり替えている私達一人ひとりが正面切って臭いものと向き合う必要があるのだ。

免疫力を上げるには、日々の栄養摂取と睡眠、適度な運動がベースとなる。
さらにプラス思考であること、何でも感謝の気持ちを持てること、周囲と共に笑いあえる日々であること等々、人間にとってプラスになる要素が必要だ。

日々不機嫌で不平不満や他人の悪口ばかりを言う人がいるが、そういう人とは関わりになりたくないというのが、正直な思いだ。

そういう人は周りに感謝するだの、物事を良い方向に考えるなんてことはあり得ないわけで、簡単に言ってしまえば、他力本願のマイナス思考だ。

自ら現状の問題を打開すべく思考したり、努力することは怠り、目の前に自分の気に入ったものがやってこないことにばかり目を奪われ、不平不満を口にする。他人が笑っていればそれを妬む。だからと言って、自分がその人のようになれるように精進はしない。

で、そういう人に限って病んでいることが多い。
それは、心身共に病んでいるのだ。そのことを自慢話のように周りに披歴し、心配して欲しいオーラを放つ。そんなオーラ、誰も好みませんがな!

マイナス思考=人を妬む悪口を言いふらす、不平不満のオンパレード、病みがち=免疫力も落ちる。
プラス思考=周りに感謝し、いつも笑顔=周りも幸せ=免疫力が維持されるからいつも元気。

これらを見比べただけでも天と地ほどの差だ。
免疫力を上げるも下げるも、最終的には自分の心持次第だということが良く分かる。


新型コロナウイルスに罹患しても、決定的な治療法はないのが現状だ。

そもそも人間の身体には、自己治癒力が備わっている。
風邪やインフルエンザに罹ると発熱したり、咳や鼻水が出る。それは、体内に入ったウルイスと闘う免疫力が起こす症状だ。それらがあることは、自身の治癒力が正常に働いている証拠だ。

今回のコロナウイルスも、自身の免疫力が頼みの綱だ。
では、免疫力はどうすれば高まるのだろう。

日々の睡眠、食事、適度な運動…と、規則正しくストレスをため過ぎない生活をすることが大事なことではあるが、だからと言って自然に免疫力が高まるわけではない。

人間の身体は不思議なもので、自分で出来る日々の努力と、目には見えない、つまり自分では気付かない何がしかの働きのおかげで、生かされているのだ。
その見えない、気付いていない働きとは何なのか?

それを感じる力、それらに感謝する心持ちがあるかどうかで、自身の免疫力に大きな影響を与えるように思う。
人間は己の力だけでは間違いなく生きていくことは出来ない。

生かされていることの意味を思う時、万物の恵みを享受していることに感謝しつつ、それに報いる働きが出来る自分になること、それが人間の成すべきことなのだ。

国内で新型コロナウイルス罹患者の死亡者が出てしまった。
報道では数名の日本人が罹患していると言われるが、実際にはその何十倍、いや何百倍もウイルス保有者はいると思う。

そもそも私達の身体の中には有害、無害を含め多くの菌やウイルスが存在する。
それらが上手くバランスを取っているおかげで、私達は生かされている。

どんなに医学が進もうとも、AIのおかげで便利な生活が送れても、大自然の中で生まれる未知のウイルスや細菌を駆逐すること、それを凌駕することは不可能なのだ。

要は、人間の力なんて、吹けば一瞬で飛ぶくらいのものなのだ。

大自然の営み、働きに目を向けることもなく、好きなように生き、全てが己の力で成されているかのような錯覚に陥ってはいないだろうか?
見えざる大いなる天地の働きから目を背けてはいないだろうか?

今回のウイルスは私達自身の傲慢が生み出した産物かもしれない。
これまで同様に我情我欲をどこまでも追い求め続ければどうなるのだろう…。

人は人でしかないのだ。
人は天地の道理に適った生き方をする、それが一人ひとりの役目なのだが…。


テレビを点ければコロナウイルスの報道ばかりだ。
もちろんこれも深刻な問題であり、情報は多いにこしたことはないが、太平洋の向こうにあるアメリカでは、コロナウイルスよりももっと深刻なインフルエンザによる罹患者および死亡者がコロナ以上であることは、まったくと言って良いほど報道されない。

ネットで検索すればそういう情報は出てくるが、その詳細は不明だ。
これは明らかな情報操作だ!
アメリカの大統領選挙の影響か?既に開戦したと言われる対中国との生物兵器戦争のせいだからなのか?

日本でのコロナウイルス情報も、横浜港に停泊しているクルーズ船のことばかりだ。
実は既に国内にもコロナウイルス患者はいるし、発症しないだけで保有者は多くいるはずだ。
なのに、これについては全く報道されない。
皆の目をクルーズ船に向けて、手元のことに気を向かないようにしているようにしか思えない。

昨今のマスコミはマスごみと言われるほど、政府からのかん口令には忠実だ。
言うことを聞かなければ自由な?報道は出来ないからだろう。
だからと言って、全ての事実を高らかに報道すれば、間違いなくパニックになる。

それを思うと全てを報道することは出来ないし、国民の目線を他に釘付けにしておく、という理屈も分からないではない。

ここで大事なのは、報道されないから安心!という考え方だ。
報道されることは既に古い情報でしかないのだ。

報道や風評、他人の口端に惑わされることなく、自分の目で見て、思考し、次の手を打つことが何より大切なのだ。

コロナウイルスが蔓延する前に、業務用マスクの大量発注をしていた。
折しもコロナウイルスが日々報道されるようになったためか「メーカーに在庫がないが、どうしますか?」と店舗から連絡が来た。

まだ手持ちがあったので、入荷され次第送付してくれるよう依頼した。
すると、店側が毎日メーカーに問い合わせをしてくれたらしく、日々状況をメールしてくれた。
そのうち1週間もしないうちに「入荷しました」との連絡が来た。

その頃目にしたのが、私が発注したマスクの値段がかる~く10倍高になった画面だった。
え??思わず二度見したほどだ。
定価の10倍以上だ。しかも、店舗によっては20倍のところもある。

日本は自由競争の国だから、いくらで売ろうが売り主の自由かもしれないが、マスク不足であることをいいことに、10倍以上の値段を付けるとは…どう見ても人の道を踏み外している。

私は家族や知人で入手出来ない人に定価で譲った。
人によっては上げても良いのだが、もらう側も恐縮するので、ならばと敢えて定価で買ってもらうことにした。

安くで手に入れたものを何倍にも値を吊り上げ、人の足元を見て売りさばくような人間にだけはなりたくない。
そんなことをして手にした金は自分の身には付かないし、近い将来、間違いなくその何倍もの災難が身に降りかかることになる。

目先の損得だけで生きている人間は、自ら不幸、災難を引き寄せているのだ。
そんなことにも気付けないなんて、気の毒な人達だ。

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