前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2020年04月

コロナ禍で「巣ごもり破綻」に陥ってしまう人の残念な共通点で未来を見据えたら…。

4月7日に緊急事態宣言が発令されてから3週間が経過したが、5月6日までに収束の目途は立ちそうにないことは、誰もが感じていることだろう。

外出も人と会うこともままならない。否が応でも家族と向き合い、工夫を凝らし、智恵を働かせ、新たな生活を編み出す日々のなか、これまで他で使っていたお金を巣ごもりに回したい!という気持ちは分かる。

出前やお取寄をしたり、家の掃除や修理、家庭菜園など、その準備に予想以上に散財するハメになったり…と、人は消費することで安心する生き物なのかもしれない。
ある意味、これも消費に貢献している?ことになるのだろう。

だが、よくよく考えて欲しい。この数か月、日本の経済は右肩下がりだ。
日々、これまでと大差ない生活が送れているし、一人10万円もらえる予定だから、懐が賑わっている錯覚に陥っているが、その先はどうなのだろう?

コロナ対策に100兆円以上を充填するということは、それをまた国民が働いてせっせと納税しなければならないし、停滞した仕事の遅れを取り戻すため、これまで以上に社畜と化し働くことになるのだ!おそらく!

そう考えると、手元にある泣け無しのお金を気前良く使う気にはなれない。
3食作るのが面倒だなんて言ってられないのだ。

目先の不自由にだけ気持ちを捉われ散財していると、少し先の未来でもっと手痛い思いをすることになるのは容易に想像がつく。
誰もが大増税で泣くことになることを思うと、チマチマ節約に励んでしまうのであった。

小池都知事の「密です!」発言からゲームが生まれたようで、巷を賑わしている。

閉塞感漂う日々、ある側面では不謹慎かもしれないが、それさえも楽しんでしまう、という発想は大事だと思う。

「密です!」と言えば、国会だ。
政治家の皆さん、所々座席を空けてはいるようだが、マスクをかけた議員の皆様方がひとところに寄り集まり、台本ありきの答弁を繰り広げている。毎度ながら茶番過ぎるので、中継を見る気はさらさらないが、その「密度」に目を見張った。

あれだけ国民には在宅勤務、リモートワークをするように!と言っておきながら、国会はアナログじゃん!!政治家達こそ率先してリモートワークで答弁すべきでしょ。

しかも、答弁原稿あるんだから、前もって録画するだの、議員事務所を中継で繋ぐなど、やりようはいくらでもありそうだが…。そこは、昔ながらなんだ。

あれだけの「密」であれば、感染は免れない!!

もしかして上級国民の方々には特効薬とかあって、感染しないようになっているとか!?
と、下級国民は胡散臭いと勘繰ってしまうのだ。

ここで小池都知事の「密です!」をぜひとも館内放送で流して欲しいものだ。

東京都のCMに、萩本欽一氏と香取慎吾氏が出演している。
その中で「GOLDEN STAY HOME WEEKだ!」というセリフがある。

これまでのゴールデンウイークは、遊びに行ったり、帰省したり、といったものが主流だから、公共交通機関は100%以上の混雑で、観光地はどこに行っても人だらけだった。

ゴールデンウイークが設定されて以来、今回のようなことは初めてだろう。

日々忙しく働き、動き回る日本人は、休みになってもどこかに行かなければならない、という強迫観念みたいなものに突き動かされているように感じる。

休みだから普段出来ないことをしたり、未知の世界を旅したり、田舎に住む親や親せきに会いに行く、という気持ちになるのは自然なことだろうが、今年だけは「特別なステイの日々」にしてはどうだろう。

これまでとは違う楽しみ方を探す、見つけてみるのも一興だ。
「外出自粛」というと閉塞感しかないが「新しい何かを見つける!」と思ったら見方は変わる。

GOLDEN STAY HOME WEEKに出来るかどうかは、自分次第だ。

COVID-19が世界で猛威を振るい、人々の生活も自粛を余儀なくされているが、自然の営みは一刻も休むことなく私達を生かしてくれている。

恐怖に感じるこのウイルスでさえも、自然界の産物だ。
ウイルスも人間も、この地球の営みがなければ生きていくことは出来ない。

ウイルスは人為的なものという説もあるが、産業革命以降、人間は自然を破壊することで発展し続けている。大自然の産物を我が物とし、自分達が居心地良く暮らせることを前提に、気付けばいつの間にか、人間が地球の支配者であるかのような傲慢な行為に及んでいる。

最近、日本では震度1~4の地震が頻発に起きている。
これも地球が生きていればこその働きだ。

COVID-19の対応に追われるなか、ここで大きな地震が起きたらどうなるのだろう?

どんなに人間が豊かになるために精進したとて、自然の働きには到底敵わないのだ。
モノ言わぬ自然を破壊し続ければ、そのしっぺ返しは必ずやってくる、いや、すでにやってきている。

COVID-19は私達に大きな課題を与え、何が最も大切なのか、人間が生かされている意味を考えるよう、教えてくれているように思う。

ウイルスより怖い?コロナ感染者や家族に嫌がらせする人間の心理は怖いと思った。

見えないウイルスとの闘いは、徐々に人間の精神も蝕んでいるようだ。
今では「人を見たらコロナと思え」と言われるほど、誰が感染しているか不明だし、無症状の人が圧倒的に多いことを思うと、目の前の人が感染しているかも?と疑いたくなるし、自分も感染しているかもしれないのだ。

そんな時「あの人感染してる」と、後ろ指を指され、嫌がらせなどされたら、一層肉体的にも精神的にも追い詰められる。

とはいえ「感染リスクの高い人の側にいたいか?」と聞かれたら、感情論的にはNOだろう。

人間は最終的に自分だけがかわいいのだ。それは生物が生き延びようとする本能とも言えるから、それ自体は善悪で括れることではない。

だが、人間には動物とは違う理性がある。
それがまともに働いていれば、極端な差別や偏見を持つことは少ないように感じる。
とはいえ、極限状態になれば理性が崩壊し、感情のままに突っ走ってしまうことだってあり得る。

それだけ人間は弱い生き物ということなのだ。

COVID-19の影響で、あらゆる遊興施設やレストラン、居酒屋等がクローズや時短営業となった。
すると、行く場所のない人達が空いてるスーパーや公園、商店街、海岸等で多くの人手となり、そのせいで3密が生じている。

それを危惧し、とうとう公営の公園や海岸もクローズとなり、ますます行く場所が無くなってきた。
これからGWなのに、今年はどこにも行けないことになる。

人間には緊急時や困難時にそれを見ようとしない、聞かなかったことにしたいという正常バイアスが働くためか?どんなことがあっても、これまでと同じ生活を送ろうとする者がいる。

ダメな所には行けないが「空いてるところは良いんでしょ?」といった具合に、ひとところに詰めかける。
それがどういうことなのか?「自分を危険に晒すことになる」といった想像力が働かないのか「皆がいるから大丈夫!」と思いたいのだろうか?

そして、結果的に自分も感染し、他人も感染させるということになるのだが、そうなって初めて「我慢すれば良かった」と思っても後の祭りだ。

精神性が高い人間であれば、自分の行いの先が読めるから、愚かな行為には走らない。
こういうところで、人の真価が発揮される。

最終的に、こういう人達のために「強制力」を施さざるを得なくなる。
だれのせいでこんな窮屈な事態になっているのか?そういう人達には想像もつかないのだろう。

現実を見ようとしない生き方は、自分を破滅にしか導かないのだが…。

COVID-19の影響は日々広がるばかりで、女優の岡江久美子氏が感染後亡くなられたことには言葉を失った。

長い間TBS「はなまるマーケット」の司会を務められており、他ワイドショーのノリとは一線を画しており、情報提供を主としていたのと、岡江さんの飾らない気さくさに、誰もが心奪われていたのではないだろうか。また、63歳という若さであることが更にショックだった。

かたや感染後、治療して復活した野球選手の会見があったが、自分の軽率な行為で多くの人に迷惑をかけてしまった、と謝罪をしていた。

感染することは責められないが、世間に大きな影響力のある人間である自覚があったなら、恐らく普段よりは自重した生活をしていただろう。

悪気はなくても、自覚のない無責任な行動で、多くの人に迷惑をかけ、気付かぬうちに他者を感染させていたかもしれないのだ。

沖縄に行った俳優も現地で発症してしまったことで、沖縄に大きな迷惑をかけている。
宿泊したホテル、ゴルフ場、交通機関等々、本人が行ってないと言っても、噂は尾ひれを付けて広がっていく。

個人的にはたいしたことではない…という油断と思考の甘さが多くの人を巻き沿いにしていくことを、誰もが自覚せねばならない。

遊興施設がのきなみ閉鎖されたことで、家族総出でスーパーに繰り出し、大混雑。
普段来慣れない人がスーパーに来ると、導線は無茶苦茶になるし、子供は走り回るし、大声で叫ぶ。
これぞまさに地獄絵図だ。

テレワークをしている私は昼休みに食品の買い出しに出かけることが週に2回ほどあるが、やはり混んでいる。夕方よりはマシかと思うが、多くの主婦で賑わっている。せめて、昼休みは働いてる人に譲ってもらえないかと思うが、それぞれ事情があるからそんなことも言えないが…。

いずれにしても、誰もが他者を思いやれる気持ちが少しでもあれば、いろんなことが好転していくはずだ。

結局「自分さえよければそれで良い」という安易で無責任な思考が、取返しのつかない大ごとに繋がっているのだが…。

「#10万円もらう政治家」ハッシュタグで宣言相次ぐ。返上の“美学”やめて「市内できっちり消費します」で、私は後者だ。

COVID-19による政府の経済対策として、全国民に一律10万円を支給することになった。
迅速さを考えたら、これが一番手っ取り早い。分かりにくい30万円支給は、誰が見てもNGだ。

金持ちもそうでない者も、一律同額ということで、差別だ何だと騒ぎ立てる輩がいる。
中には自分は「返上する」という者もいる。

確かにこの時世でも毎月きっちり収入がある者にしてみれば、国から10万円支給してもらう必要はないだろう。返上するというのも一つの手ではある。

だが、良くよく考えて欲しいのだが、そもそも国から支給されるお金は、私達国民が支払った税金だ。
有事の際に国が支給するのは当たり前だし、それを恩に感じることなどない。堂々ともらって良いお金だ。

ついでに言えば、政治家も官僚も行政で働く者は皆、等しく国民に食べさせてもらっているのだから、そこのところを勘違いしないで欲しいと常々思っている。

国を動かしているのは自分達だと自負している者が多いようだが、そう高飛車に生きていられるのだって、国民が必死で働き泣け無しの給料から、きっちり税金を引かれて(払って)いるからだ。

と、話が脇道に逸れたが、10万円、支給されたらどうする?
その先は貯金をしても良いし、遊んでも良いし、普段できないことに使っても良いと思う。

貯金をすると経済が回らないから「一律支給するのは反対だ」と財務大臣は口にするが、そんなことあんたが言うべきではない!!と、強く言いたい。これこそ傲慢な発言だ。
国民の税金、なぜ財務大臣が偉そうに使い道にまでケチをつけるのだろう。

いずれにしても、地元のためや、行きつけの飲み屋のためでも、応援したい企業のためでも何でも良い、自分が良かれと思う使い方をすれば、経済は回っていくのだ。

身内の常備薬を処方してもらうため、かかりつけ医を訪ねた。
タイミング良く患者が切れたところだったので、COVID-19について医師と話しをすることが出来た。

発熱した場合の注意点を聞き、その後の対応とお守りに解熱剤、風邪薬、うがい薬も出してくれた。

37.5℃の発熱時点で医師に電話で相談し、症状によって事前に渡された風邪薬等を摂取→4日間自宅待機→4日後症状が改善しない場合、診察、レントゲン・CT等にて確認→必要な場合は保健所に連絡→PCR検査という手順になるそうで、PCR検査出来る流れになっているから安心して、と言われた。

もちろん、症状により上記手順通りとはいかないこともあるが、一般的にはこの流れで必要な対応を取ってくれるとのことで、何とも心強く安心した。

さらに医師曰く、感染者の半数は無症状で知らない間に感染→治癒→抗体が出来る、ということだった。

特効薬がないのだから、基本は免疫力がウイルスと闘い駆逐してくれるのを期待するしかなく、免疫力が高ければ、ウイルスに勝利する!ということになるのだろう。

そうなると、症状がないだけで大多数の人は既に感染していて、後は症状が出るか出ないか、重症か軽症かの差となる。

自分が既に感染しているかは分からないし、いつ症状が重くなるかも分からないことを思うと、やはり不要不急の外出は控え、免疫力を維持する生活を今後も持続しようと、改めて強く思った。

「遊ぼうにゃ」在宅勤務の最大の敵は…猫ちゃんの「遊ぼう」攻撃だった!でほのぼの。

COVID-19の影響でテレワークする者が増えた。
テレワだと通勤しなくて良いし、化粧もしなくて良いうえに、服装も気にしないで済む。

仕事だけきちんとしていれば誰からも文句言われることはないうえに、人間関係にも気を遣わずに済む面もあるから、やはり効率的と言えるかもしれない。

そんな中自宅で仕事となると、家族が常に周りにいる人には少々厄介なこともあるかもしれない。
子供だといつもいない親がいてくれることが嬉しくて纏わりついてくることもあるだろうし、3食食事も準備しなければならない。

そこにペットもいるとなると、しかも仕事を邪魔するようなことをされると、イラつく以前に、その誘惑に負けて遊んでしまいそうだ。

だが、外出もままらない日々が続くと、むしろ彼らの行為が癒しになることもあるだろう。
我が家にペットはいないが、声をかけてくる人はいる。

正直うざったいなと思うこともあるが、その存在があるから気晴らしが出来ていることもある。
面倒だなと思う気持ちが湧きそうになったら、それを楽しむ気持ちにスイッチしてみると、案外仕事のパフォーマンスも上がるかもしれない。

テレワークにも創意工夫が必要ということだろう。

「ドライブスルー八百屋」が人気…野菜など詰め合わせ、1日1000セット超販売もで次の時代を感じた。

COVID-19の影響で巣ごもり生活を始めてもう2か月ほどになる。
我が家では今年早々からウイルスを危惧し、極力人との応対を控えていた。
職務上テレワークも2月下旬から始まっていたので、来週でまるまる2か月経つというわけだ。

今年に入って仕事の形態や、不要な外出を控えていることから家で過ごす時間が増え、これまで省略していた家事にも時間を費やせるようになったし、家族と共に過ごす時間も増え、外の世界より内の世界を重視する生活にシフトせざるを得なくなった。

買い物もネットでするほうが多くなったし、先の記事のようにドライブスルーで人と応対せずとも買い物が出来る、これはもしかして時代が変化しているということだろうか…。

昔の人間は何でも自分で作っていた。
マスクを「買えなければ作れば良い」という発想を、多くの人が持ち実践していることは、人間本来の姿だ。

お店で簡単に買えることは便利でありがたいことだが、人として生きる基本を思った時、その術を自らの手で行えるようになることが大切なのかもしれない。

時代の変化は人が人として生きる術を思い起こす、つまりは原点に還ることなのかもしれない。

COVID-19は昨年末から社会に大きな影響を与え続け、第3次世界大戦に例えられるほどだ。

17日、日本全国に非常事態宣言が出され、事は予想以上に大ごとになっている。
ウイルス感染の恐怖、職を失い、学校にも行けず、人とも会えず…先行きの不安が増すばかりだ。

第2次世界大戦時には毎日空襲警報に怯え、食べ物にも事欠き、生き方、行動、文化、風習等も制限され、都会に住む者は私財を田舎に行って食べ物と交換し、更には数えきれないほどの人命が犠牲になった。

同じ大戦でも、現代はライフラインに支障はないし、食べ物もある、交通機関も動いているし、雨露を凌ぐ家もある。
半世紀前とは違い、通信網が発達しているおかげで情報も瞬時に入手できるし、人と会えなくてもSNSで繋がることが出来る。

第2次大戦後、私達はどれほどの恵みを受けてきたのだろう。
食うや食わずしていた頃を思えば、現代はまさに天国だ。

だが、それを当たり前と思っていないだろうか?
多くの人の智恵と努力の結集があって文明は発達してきたが、そもそも食べ物ひとつとっても大自然の恵みなくしては育たない。

私達が手をかける以上に、目には見えない大いなる大自然の働きあってのことだ。
まずはそこに改めて気付き、これまで享受してきた多大な恵みに感謝の念を抱くことが何よりも大切だ。

それらがあって人類も生きとし生けるモノ全てが生かされているのに、そのことを人類は忘れている。

未知のウイルスは人間にとって脅威ではあるが、大自然への感謝を忘れ、それを破壊し続ける人間の行為は、地球にとってはそれ以上の驚異でしかない。

COVID-19は人間の傲慢が作り出した産物のように思えてならない。

「感染が、会社が、給料が」 在宅の不安とストレスで家族ギクシャク…ひきこもりの娘が放った「一喝」とは?を読んで何が幸いするか分からないと思った。

コロナ離婚という言葉を耳にした。
外出自粛で休業する業態があり、解雇されたり、自宅待機などで収入が減ったり、無くなったことが原因で、夫婦間で喧嘩が絶えなくなり、離婚に至ったというものだ。

長い人生の間には、決して順調ではない時があるのは当たり前だ。
結婚当初はラブラブで収入も安定、家もローンで購入、子供も出来てハッピー!の最高潮!という時もあれば、今回のようなことだって起こり得る。

そんな時、家族とどう向き合っていくのか?
見えない未来を不安に感じることは誰しも同じだ。そのイライラを身近な人にぶつけるのか?それで不安は解消するのだろうか?

これまでならそんなイライラや不安も、他所で紛らわすことも出来ただろう。
だが、今はそんな逃げ場もない、いわば否が応でも家族と向き合わざるを得ない状況に置かされている、ということだ。

これまで見て見ぬ振りをしてきた事柄と対峙する時でもある。それは自分と向き合うということだ。

先の記事のように、引きこもりを続けた娘が語った言葉には説得力がある。それだけの覚悟を以て引きこもり、生きることを諦めなかったのだ。

一見災いにしか見えないような事柄でも、自分の取り組み次第では、それが福となることもあるのだ。

COVID-19の行く末は誰にも分からない。条件は皆同じだ。
それを「生かすも殺すも自分次第」ということを忘れてはならない。

安倍首相、1人10万円給付の意向。ネット「声をあげて良かった」を読んで、誰もが「最初からそうすりゃあ良いものを!」と思ったであろう。

こんな緊急時に申請しないと(その仕組みも分かりにくい)給付金をもらえないなんて、出し渋っている、と言われるのは当然だ。

先の収入減少の世帯に30万円という施策が残るのか、その変わりに一律10万円なのかの詳細は不明だが、両方やっても補正予算108兆円からは十分補填出来るだろう。

一説には、真水と言われ、その予算の中から実際に使われるお金は違う、というものがある。
108兆円COVID-19対策に当てるのなら、満額そのために真水として使い切ることが正当だ。

ただ残念なのはマスクを各世帯に送るために500億円近い予算を散財したことだ。
しかもそのマスクは小さいうえに隙間を防げない不完全なものだそうだ。
その大きさからしても、どう見ても子供用だ。

非常事態時には1人一律○○万円を支給!これが一番シンプルで誰もが分かりやすい。
手続きだって簡単だし、何より早く手元に現金が入ってくる。
人によっては10万円では足りないこともあるだろうが、ないよりはマシだろう。

お金に不自由しない人にしてみれば10万円なんて…と思うかもしれないが、であるならば経済を回すために散財するなり、寄付をするという手もある。

何にしても、政策はどんな人にでも、猿でも分かるくらいの内容でないと伝わらない、ということだ。
国民が明るく元気であれば、108兆円もあっという間に回収できるというものだ。

にぎわう商店街に苦情殺到「野放しか」困惑の戸越銀座を読んで複雑な気持ちになった。

商店街は「その街に住む人達が日用品を調達するためにある」のがまずは大前提だ。

戸越銀座商店街は食べ歩きをしたり、日用品を見たり、飲食店で食事をしたりと、わざわざ他所から来て楽しむだけの価値のある商店街だ。

先週末、戸越銀座商店街に行こうかと思ったが、恐らく混んでるだろうと思い、いつも通り戸越銀座手前にあるスーパーで買い物を済ませた。

娯楽施設のほとんどが休業しているから、賑わう商店街で現実を忘れ、一瞬でも楽しみたいと思う気持ちは分からないでもないが、あまりにもCOVID-19を甘く見ているように思えるし、地元の人達を危険に晒していることの自覚がなさ過ぎだ。

自分の周りに感染した人がいないからなのか、家族が皆元気だからなのか?やはり現実味がないのだろう。だが、確実にウイルスは自分のすぐ側まで来ているし、症状が出ないだけで実は自分が感染しているかもしれない。

そう考えたら、自らが感染するのもイヤだし、人に移すのも心が痛む。
これまでの日常を送り続けたい気持ちは分かるが、恐らくもう同じ日常は戻ってこないと言って良い。

きちんと現実に目を向け、これからやってくる試練と立ち向かえる体力、精神力を培う術が求められるのだが…。

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