前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2020年05月

江ノ島に県またぎサーファー大挙、駐車場に「札幌」「京都」ナンバーも毎度のこととは言え、個人的には理解不能だ。

緊急事態宣言が解除され、季節は初夏ともなれば、海や山に繰り出したくなるものだ。
ましてや、ここ数ヵ月は不要な外出を控えていたからこそ、大自然に身を委ねたくなる気持ちも良く分かる。

江ノ島は首都圏から一番近いマリンスポットで、新鮮な魚介も楽しめるうえ、鎌倉も近いことから、1日観光を楽しむには絶好のスポットだ。
サーファーにとっても日帰りで行けるから、県を跨いででも行きたくなるのだろう。

とはいえ、サーフィンを出来る場所は江ノ島近辺だけではないし、海岸沿いの町なら遊べる場所はいくらでもありそうだが…。

このご時世でなくとも、以前からわざわざ越境してまでイベントや観光地を目指す人が多いことに驚いている。

そこにしかない唯一無二のものならまだしも、海岸やショッピングモールや花火大会等のイベント等も、どこにでもあるだろうに、時間と労力とお金をかけてまで行く価値があるのだろうか?

遠くに見える景色に憧れを抱きやすい習性を持つのが人間だが、時には足元を確認してみると、案外予想外の収穫があるかもしれない。

身内に小学5年生になる女子がいる。コロナ禍でずっと休校が続き「暇だ~暇だ~」と言っていた。
たまにしか会えないのだが、会った時には「こういう時だからこそ、自分の好きなものを見つけられると良いね」と話していた。

その後自宅で料理やお菓子作りを覚えたり、ゴム編をしたり、アイロンビーズにも取り組んだそうだ。
久しぶりに会った時、彼女が作り溜めたアイロンビーズを見せてくれた。

小さなビーズをひとつひとつ型にはめ込み、成型して最後にアイロンで固めて、コースターなどに利用出来、実用的でもある。
作品を見てまず思ったのは、彩の華やかさ、デザイン完成度の高さだ。

話を聞くと、小さいビーズをどこにどうはめこんだらうまくいくか、好きな色をどう組み合わせたらキレイに見えるかを考えながら作った、というではないか。

誰から教わることなく、自分で考えたというから、その天性に感心した。

これまで自分の好きなことや才能を見つけられず悶々としていたようだが、今回のことで一筋の光が見えたようだ。

将来デザインなどの世界を目指すかどうかは分からないが、好きなこと、得意なことを生かす楽しさと喜びを感じられたことは、彼女にとって大きな収穫だ。

私もその出来栄えを大いに誉め讃えた。
これまではイライラすることが多かった彼女が、ニッコリ微笑んでくれた。それがまた何とも可愛いのだ。

彼女の未来はこれからだ。
世の中がどうなるかは未知だが、天から与えられた才能を、これからも楽しんで伸ばしてくれたら…と、願わずにはいられなかった。
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【先行公開】堀江貴文「渋滞も満員電車も“たったひとつのソリューション”で解決できる」を読んで同感!

堀江さんは本気で東京を大改造したいと願っているのだろうか。
この記事を読んだだけで、何ともスマートな生き方だと同感するところが多かった。

満員電車歴30年以上の私から見ても、コロナ禍で発生したテレワークや時差出勤が普通になれば、身動きひとつ取れないほどの家畜電車からは解放されるだろうし、無意味な定例会議でずっとのノ字を書き続けなくても良いし、高速道路という名の低速道路にイライラすることもなくなる。

誰もが無くなって欲しいと思いながら無くならない習慣は、そう簡単には変えられないが、コロナを通してもしかしたら変革出来るかもしれない!と、いや変えていくべきことなのだと痛感する。

だが、悲しいかな、人間はアナログだ。
誰しもがそれに共感しつつも、長年DNAに刻まれた習慣はデジタルデータのように簡単には書き換えられず、それに付いていけない人達が暴徒化する可能性だってある。

スマートな生き方をしたい!と願いながらも、それを理解出来ない人たちを置いてけぼりにするわけにもいかない。

革新的な習慣改革とアナログ人間がどう折り合っていけるのか?それが大きな課題だ。
と言いつつ、今変わらないと、ずっと変われない気がする…。

毎日テレワークが続いている昨今、久しぶりに出勤した。

コロナ禍対策で、朝早い勤務時間帯を選択しているので、往復共電車は空いていた。
周囲を見回すと、マスク率100%だった。こういう場面でも、日本人の律儀さを感じた。

職場でも就業中はマスクをし、窓を開け換気にも余念がない。
今日は異動者の送別ランチをすることになったので、久しぶりに外ランチに出た。

職場を出た後、ハタと気付いたのだが、マスクをデスクに置いてきてしまった。
外に出る前、トイレに行くためマスクを外したら、そのままうっかり忘れてしまった。

街に出ると会う人会う人、昼の暑い中でも100%のマスク率!!
通りの向こうからガテン系労働者の外国人の団体もマスクをしている。
この街中でマスクをしていないのは私だけだ!!

通りすがりにチラッ!と集まる視線が痛い!!
言葉には出さなくても「何でマスクしてないの?」と、無言の圧をかけられる。

日本人は昔から多くを語らない美徳がある。
特に昔は思ったことをペラペラ喋ったりしなかった。口が軽いことも軽視されたものだ。
その名残からか?不満を感じても軽々しく口にしない変わりに、目で訴えるクセがついているのかもしれない。

ランチから戻った後は、しっかりマスクをし、周囲の痛い視線から解放された。

人は一人では生きていけないから、何がしかの集団に属しているものだ。

子供の頃は保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学等…と、学びの場において集団生活を営むことがほとんどだ。

子供の世界にだって秩序や目には見えない掟がある。
それを破ったり、一人よがりな行いをする者は、自然とつまはじきにされ、気付けばイジメに遭ったり、不登校になることもある。

社会人になって勤めに出るようになると、組織の歯車のひとつとして、自分の意思とは無関係に上司の命令に従い、周囲に忖度しながら仕事を進めることを暗黙のうちに求められる。

それが出来ないものは「空気が読めない」と陰口を叩けれ、その組織には居づらくなり去っていくことになる。

芸能界でもその秩序を守れず、活動自粛になった30歳過ぎのアイドルがいる。
その内容たるや、コロナ禍で世間が自粛している中、お姉ちゃん達と飲み歩いていた、というものだ。

報道では、事務所を辞めて実業家になりたいと言っている、という真かウソか分からぬことが書かれているが、例えそれが本当だったとして、社会的モラルも守れない人間がそう簡単に実業家になれるほど世間は甘くない。

どんなに人脈に恵まれていたとしても、大きな組織で守られている立場と、何の後ろ盾もない立場では雲泥の差だ。その人脈は、バックあってのものだということも分かっていないのだろう。

芸能人という名声があり、どんなに売れたグループだったとしても、世間ではそんなもんは知らん!という人はゴマンといるし、例え知っていたとしても、興味のない人間にしてみれば存在しないのと同じことだ。

アイドルだから品行方正に!とは言わないが、せめてプラマイゼロくらいの良識はあったほうが良い。
どんなに売れっ子で事務所の上層部から特別扱いされていたとしても、そんなものは時が経てば風前の灯火だ。

自ら好んで入った世界で意のままに生きようとしても、組織の中では許されないこともある。
その世界では何が常識なのか?自分の行いがどれだけ世間に影響を与えるのか?

己の認識と世間のそれに乖離があれば、必然的に枠からはじき出されてしまう。
それに気付けない30歳過ぎたアイドル…何とも痛々しい限りだ。

昨日、緊急事態宣言が全て解除された。
今日から以前のように出勤する者が街に多く溢れ、学校も概ね6月1日から再開する。

世界を見渡せば、コロナ感染はまだまだ流行真っただ中にあり、国によっては毎日万単位の感染者が出ている。
これから冬に向かう南半球は、何の対策もしなければ、今以上に過酷な状況になっていくことは目に見えている。

日本人は過去にこだわりにくい民族のせいか「喉元過ぎれば暑さ忘れる」で、これまでのことが何もなかったかのように振る舞う習性が強いように感じる。

それは時として良い面に転じることもあるが、今回のことはそうもいかないだろう。
「解除=自由」ではない、と心得たほうが良い。

東日本大震災直後も都心では余震が多く、通勤することも怖いし、また電車が止まったらどうしよう…という思いがぬぐえず、あまり遠出をする気にはなれなかった。

コロナは目に見えない分、地震や自然災害などの体感出来る恐怖心とは異質だ。

能天気に解除を喜び飲んだくれてる人もいるだろうが、恐らく大半の人達は今後のことを憂いているように感じる。

スーパーなどに行くと、知らないおばさんから声をかけられることが良くある。
「これおいしいの?」「どうやって料理するの?」「ちょっと!ここにあったやつないんだけど」とか、どう見ても店員と間違われてる?と思しき声かけが多く、正直辟易している。

先日とある列に並んでいると、後ろから一人の老婆に声をかけられた。
挨拶程度のことは知らない人とはいえ、声をかけられれば礼儀として返すようにしているが、そこからなぜか世間話に突入しだしたから、私はスマホを取り出し、生返事をしていたものの、まったく話を切り上げようという気配がない。

そのうち、そこに待ち合わせをしていた友人らがやってくると、今度は友人らを巻き込んで自慢話を始め出し、正直ゲンナリした私。

友人らも困り顔で助けを求めてくるし、そこから立ち去れれば良いのだが、そうもいかぬ事情があり、結局数十分ほどその老婆の相手をするハメになった。

他人に声をかけ身の上話を延々とする人というのは、普段話し相手がいないから、という説がある。確かに、こんなどうでも良いことを延々と喋り続けられたら、誰だって閉口するだろう。

赤の他人ならほんの少しの時間だから、邪険にせず適当に相槌を打って終わりだ。
それを老婆は見越しているのか?見知らぬ人に延々と落ちのない自慢話を続ける…というわけだ。

心の狭い私はどうもこれがひっかかっていて、正直ムカついている。
その怒りは老婆に対するものなのか?自身の態度だったのか?

いや、普段から見知らぬ人に声を掛けられやすい自身にイラついているのかもしれない。
いろんな意味で、まだまだ修行の足りない私だ…。

SNSの誹謗中傷により命を落としたと言われる若手の女子プロレスラー、さぞや苦しかっただろう…と思う。

有名人は矢面に立っている分、人目にも付きやすいし、やり玉にあげられやすい。
SNSの詳細は知らないが、自分の思いと違うからといって、他人を傷つける発言はしないほうが良いと思う。

たとえそれが鼻に付くようなものであったとしても、それに過剰反応するのは違うと思うし、そういう考えの人もいるのだな、くらいにスルーしたがほう自分もラクではないだろうか。

誰かが批判するコメントを書いたら、じゃあ自分も!というのはただの便乗だし、他人を傷つけることが正当化されることは決してない。

他者を傷つければまたそれは巡り巡って自分に返ってくる。
その時、自分は何も悪いことはしていない!などと間違っても言わないで欲しいものだ。

人に向けた刃はブーメランのように必ず自分に返ってくる、それが物事の道理だ。

日本でのコロナウイルス感染は収束の気配を見せている。
首都圏と北海道でも25日には解除される見込みで、そうなると日本列島オールクリアーとなる。

とは言うものの、それで全てが終息するわけではないし、元の生活に戻るには段階的な解除をしながら様子を見ることが必要だろう。

また、これとは別に経済の問題もある。
約2ヵ月以上に亘り停滞し、業種によってはすぐに回復出来ない所もある。

その中でニュース番組の特集でやっていたのが、離島の観光業だ。
伊豆諸島、小笠原諸島、沖縄の離島等、島の産業は観光業がメインのところが多いため、人が来てお金を落としてくれることが必要だ。

だが、コロナの影響で今は観光業がストップしており、島の収入源が大きく絶たれている。
コロナが収束したからといって、すぐに観光客を受け入れはしたいが、万一コロナが島で感染拡大するようなことになったら…という懸念があり、単純に割り切れない課題だ。

島によっては特産品の販売などに力を入れているところもあるが、それだけでは財源にはなり得ない。
観光で成り立っている島々には大きな問題だ。

観光業に頼っていたこれまでのやり方では厳しいのかもしれない。
島に限らず、観光という概念がこれから大きく変わっていくことになるだろう。

以前、ある島に行った時、観光客に対してつれない態度を示すところがあった。
島はさとうきび作りがメインで、それ以外にこれといった産業はないにも関わらず、観光客には塩対応だった。

だが、今にして思えば、それは島民の生きる誇りだったのかもしれない、とも思える。

その島であれば、観光客が来ようが来まいが、どうでも良いのかもしれない。
団体で巡るような観光地も食事処もないから、その島で泣いているのは民宿くらいだろうか…。

島のそもそもの在り方、方向性次第では、独自の道があるかもしれない。
個人的にはこれからも観光出来たらうれしいが、何より大切なのは島の明るい未来だ。

新たな道が拓けることを願っているし、出来ることは微力ながら協力させていただきたいと思っている。

世界がいよいよ首を傾げる…日本が「ヌルい対策」なのに被害が少ないワケの結末に笑った。

日本全国に激震が走った有事として、戦後数えるほどのうちのひとつと言って良いだろうコロナ感染。
敵が見えないだけに、手を打つにも空でモノを掴むようなものだ。

何事にも責任の所在を明らかにしたくない、自分が悪者になることだけはイヤだと思っている国のエライ人達は、とんちんかんな発言はしても的を得た対策は取れないし、考えられない。

全てが後手後手な対策にも関わらず、なまぬる~~く、なんとな~~~く感染者が減ってきているのは、とりもなおさず国民のほうが一枚上手だからだと個人的には思っている。

中にはどうしようもないモノもいるが、8割方の国民は賢く全うな行いが出来ていると信じたい。

その中でもマスクを着用することには世界一長けた民族だろう。
自分が咳をするような病気になっただけでもすぐマスクを付けるし、寒さ対策で付ける者もいる。
総じて寒い時期にはマスクをするのが慣例だからか?日本人のマスク率は高いし、違和感がない。

夏も近付き暑くなってきた昨今ではあるものの、通勤電車で人から移されるのも、自分が移すかもしれないのもイヤなので、人混みではマスクをし続けるだろう。

専門家の中にはマスクはあまり意味がないと言う者もいたが、今となっては国民が自発的にマスクをしていたことこそが、何よりの功績だ。

日本人は自然と自分の身を守る手段を悟っているのかもしれない。
これだけ当てにならない行政だと、反面教師でそうならざるを得ないのだろう。

1日に3000万人が訪れるウイルス情報サイトを作った17歳…8億円のオファーを断った理由とはに感心させられた。

新型コロナウイルス統計情報サイト「nCoV2019.live」このサイトを立ち上げたのは、先の記事にあるワシントン州在住の17歳、アビ・シフマン君。
このサイトの有益性は言うまでもないうえ、作成者が17歳の少年と聞いて二度びっくり!!だ。

これほどのサイト、大人達がビジネスチャンスとばかりに広告掲載を目論むのは分からないではないが、アビ君の信念は「誰が見ても分かりやすいサイトであり、広告などを張られることでサイトが重くなり、欲しい情報にアクセスするのに時間がかかる」ことに懸念を抱き、金儲けではなく、世界の人達の助かりのために、という純粋なものだ。

金儲けは悪いことではないが、アビ君にとって今はお金を儲ける時ではない、という自身の立ち位置や未来のビジョンがきちんと描けていることが、大人が学ばせてもらうべき事柄だ。

お金がなければ生きてはいけないが、その前に自身が生きている意味、天から授かった使命が何なのか?ということを理解し、今出来る事柄に全力を尽くす、その先にスキルアップがあったり、金儲けがおまけで付いてきた、ということが大切なのだ。

人間は誰しも生まれる前に神様と「今世で何を成すのか」という約束を果たすために生まれてきたのに、肉体を持った途端そのことを忘れて、我欲を満足させることに神経を注いでいる者の何と多いことか…。

今世で役目を果たせなければ、それは来世へ持ち越しとなる。
来世には来世の役目があるのに、さらにやるべきことが増えてしまうだけなのに…。
アビ君のように自分の得意が世の中の一助となるよう、個々人が精進しなければならないのだ。

誰にも生まれてきた意味、生きる使命がある。
それを忘れてはならない。

毎日コロナウイルス感染者の数が報道され、今週は首都圏でも1桁台になってきた。
多くの方々の自粛の成果と、生活を支えてくださる方々の働きの賜物と感謝している。

だが、カウントはされてないだけで、未だ自宅待機組、無自覚組の感染者は多くいるのではないだろうか?

知人にそれらしい症状が出ていながら、発症したと思しき頃より1か月以上経つが、未だにPCR検査も受けさせてもらえず、職場の経過観察事項にひっかかっているがために出勤出来ないでいる。

職場にそういう基準があれば外にも出ないが、そんなものもなく無自覚なまま出勤、外出している者は恐らく多くいるだろう。

首都圏や人口の多い都市であれば、無自覚感染者が満員電車に乗車し、ウイルスを撒き散らしている、ということになる。
ことに東京の昼間は他県からの流入が291万人(2018年3月時点)もあるそうだ。
東京都HP参照

単純に新規感染者が数人という報道に喜んでいて良いのだろうか?

隠れ感染者が撒き散らすウイルスに感染し、知らぬ間に抗体が出来ていた、ということであればある意味結果オーライとも言えるかもしれないが、免疫力が落ちれば再び顔を出すウイルスだとしたら、やはり恐ろしいし、出来れば感染したくない。

単純に報道されることだけを鵜呑みにするのは怖いな…と感じている。

新型コロナワクチン臨床試験で有望な結果、被験者に抗体確認 米モデルナ
トランプ大統領、ワクチン開発は年内目標「なくても正常化」を読んだ。

コロナウイルスのワクチンはまだどこにもないが、アメリカで早ければ来年早々には実用化出来るかも?との見解を示している。

とは言うものの、このウイルスは半月ごとに変異し、アメリカの大学の研究によると、2020年5月時点で17種類ものウイルスが発見されている。

それは人種による生活様式や食事、習慣などの違いも影響していると個人的には感じている。
以前にも書いたが、和食は昔から腸内環境を整える優れた食事であるため、コロナに関しても日本では肉食をメインとする欧米ほどの重篤な感染者は少ない。また、靴を玄関で脱ぐという習慣も、家庭内にウイルスを持ち込まない要因になっているだろう。

例えワクチンが出来たとしても、肉食メインの欧米人が接種するそれが、穀物メインの日本人に合うとは思えない。

そもそもこのウイルスに感染しない一番の予防は、免疫力を保つことだ。免疫力さえ高ければ、感染しても無症状であり、重症化するリスクも減る。

基礎疾患を抱えた時点ですでに免疫力は衰えていることを思えば、そうなる前から規則正しい生活習慣を送ることが一番の予防法だ。

目新しいものには必ず落とし穴があるものだ。
ワクチンを接種するもしないも個人の自由だが、自分の身体とよく相談することが大切だろう。

先週の14日に39県の非常事態宣言が解除されたこともあり、この週末は人手が増えたとの報道がなされた。

4月16日から日本全国に発令された非常事態宣言で、ほとんどの国民が外出を自粛したおかげで、COVID-19の感染者も日に日に減少している。

その代わり経済は右肩下がりであるうえに、多くの事業主にとっては真の意味で死活問題だ。国からの補助金があるとはいえども、毎月の売り上げからしてみれば言い方は悪いが大した足しにはならない。

そういう見えざる多くの人達の血の出るような辛抱のうえにこの自粛は成り立っている。
こういう場面でも日本人の勤勉で真面目な気質が反映しているように思う。

その努力の甲斐もあり、先の解除に繋がったわけだが、そうすると全てがチャラになったかのような気分になるのと、これまで辛抱していた反動が表出するのだろう。

だが、それを責めることは出来ない、とも思う。
人は人とのコミュニケーション無くしては生きてはいけない生き物だからだ。

COVID-19で亡くなる人の数よりも、孤独で命を落とす人のほうが増えているというイギリスのリポートもあるほどだ。
それほどまでに、外出禁止や人との接触を控えることは、人間にとっての死活問題なのだ。

気が緩み、生きる希望が持てるなら…そういう人のほうが圧倒的に多いのかもしれない。

一度快復してもまた感染する人がいることを思うと、このウイルスと共存していくしかないのだ。
ウイルスは根絶出来ないのなら、人の在り方、新たな生き方を模索することが大切だ。

コロナ離婚急増!? 男と女を狂わす外出自粛生活の闇は自身を振り返る良い機会では?と思わされた。

他人同士が結婚という形態により新たな家族を築くことは、並大抵の努力ではないだろう。

それまで生きてきた価値観も環境も違う二人が、良い意味で互いの妥協点を見つけて暮らしていくのだから、長い年月の間に軋轢が生れるのは当然だと思う。

それでも互いと向き合い、時には喧嘩しながらも自身の思いを相手に伝え、相手の気持ちも汲み取る努力を積み重ねる辛抱が、長く一緒にいられる秘訣なのだろうと思う。

離婚することは悪いことではないし、互いの幸せのために違う道を選択することは、ある意味建設的だ。喧嘩ばかりして、子供にイヤな面ばかり見せることしか出来ないのであれば、いっそ別れたほうが子供とて気持ちがラクになることもある。

だが、そもそも相手と向き合う努力もなしに過ごしてきたカップルは、結婚する時点ですでに見栄のため、自分の幸せのため、つまりは打算的な結婚を夢見ていたとしか思えない。

自分勝手な言動に主軸を置けば、相手はただの都合の良い同居人でしかない。
それでは真の意味で向き合うことも、相手を思いやることも出来ない。
そんな関係が長続きするはずもなく、破たんすることは目に見えている。

コロナによる自粛生活が原因で離婚したカップルは、この件があってもなくても、いずれは離婚していたことだろう。互いがツライ時にこそ支え合えるだけの信頼関係がなかった、というだけのことだ。

見方を変えれば、コロナのおかげで「人間関係も淘汰出来ている」とも言える。

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