前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

2020年08月

「失明の可能性も」謎の炎症起こす“やけど虫”の正体はを読んだ。

夏になると、知らぬ間に蚊や未知?の虫に刺されていることがある。
気付くと痒くなり、見ると皮膚がプックリ膨らんでいたりする。
虫刺され用の軟膏を塗って治まることもあるが、ひどいと膿んでなかなか腫れが引かない時もある。

先の記事にあるような、線状で膿んでしまうタイプ、過去に幾度があったなと思い出した。
写真にあるような虫に触った記憶もないし、この虫以外にも同じような症状を引き起こすものがあるのかもしれない。

ウイルスもそうだが、予想しない何かが体内に入っても、免疫力が戦ってくれて治まることがほとんどであることを思うと、健康な身体を維持することは大切だな、と思う。

これから徐々に涼しくなり、虫に刺されることは減るだろうが、寒くなるとインフルエンザや風邪ウイルスとの戦いが待っている。

生きるとは、戦いの連続?なのかもしれない。

声も出ず電話もかけられず… 熱中症で自宅から搬送された一人暮らしの女性が語る 「本当に怖かったこと」に頷き通しだった。

先の記事で熱中症に罹った女性の体験談は、自分にも当てはまることがあり「そうそう!!分かる!!!」と、心で頷いていた。

熱中症は快適な環境で水分、塩分を保っていれば罹ることはないが、ちょっとした油断や多忙さに追われていたりすると、あっという間に具合が悪くなる。

私はこれまで何度か軽度~中等ほどの熱中症に罹った経験があるため、昨今の暑さの日々では、用事がない限り外出しないようにしているし、家にいる時はエアコンを28℃設定で扇風機を回し、室内を均一の温度に保ち、湿度が高ければ臨機応変にドライにする。

暑さと湿度、これは想像以上に体力を消耗する。
水分さえ摂っておけば良いわけではなく、疲れたなと思った時、夏場はその数倍は体が疲労していると思ったほうが良い。

熱中症は罹りやすい体質もあると思う。
私は基礎体温が低いうえ、身体に溜まった熱を放出しにくいので、気付くと気持ち悪くなったり、激しい頭痛に見舞われたりもする。

それは冬の寒さも同様で、足元が冷えるともれなく吐き気を催す。
人間の体は一括りで語れないと思う。同じような対策をしていても具合が悪くなる人もいれば、何事もない人もいるからだ。

自分がどんな体質なのか普段からよく分析しておき、それに合った対処をしておくことが自分を守ることにも繋がるし、周囲にも迷惑をかけないで済む。

身体のことも、よくよく「己を知る」ことが大切だ。

安倍総理が辞任を発表することになった。長年抱えている持病の悪化が要因らしい。
7年半の長きの公務、本当にお疲れさまでした、と申し上げたい。

これまで様々なことが有り過ぎて、総理の一存ではどうにもならないことや、断腸の思いをすることは、数えきれないほどあっただろうと推察する。

それにしても…日本の政治家に定年制はないのだろうか?
ITのことなど知らないどころか、パソコンも触れないおじいさんがIT担当大臣やってる国は日本くらいだろう。

時代の流れに明らかについて行けていない高齢者を大臣や主要ポストに配置するのはどういうことだろう?

政治は党のためでも、役人のためにあるのではない。
毎日汗水たらして働き、高い税金を払っている国民のためにあるのだ。

次の総理大臣は未知だが、個人の名誉や党の利益のために働く者でないことだけを祈る。

いつミサイルが飛んでくるか分からない昨今、世界は混沌とした中にあるのだ。
こんなご時世で自分のことを第一義とするような愚かな政治家は駆逐して欲しいと、心から願うばかりだ。

電車内、向かいに座る女子高生に「足広げるな」両手で膝押し、閉めた容疑で男逮捕で思いが巡った。

先の記事は神戸での出来事だが、東京でも女子高生に限らず、短いスカートで大股広げて座っている女性を目にすることがある。

この人は、反対側の人からパンツ丸見えであることに気付いていないのだろうか?と、不思議に思うが、当の本人は平気な顔をしている。

男性が座って大股広げても咎められないし、隣に座る者に足が当たっていても誰も何も言わないし、本人も平気な様子。触れられてる側は気持ち悪くて、これまで何度その足をはたいてやりたいと思ったことか!

女性が大股広げて座ることは、昔の日本人なら「はしたない!!」と言って叱られただろうが、今の世の中、心で思っても口にする人はまずいない。

他人にパンツを見られても平気な女性が増えているのか、ただ単に気付いていないのか?本人でなくては分からないが、大股広げたいのならスカートではなく、パンツを履けば良いだろう。

男性だろうが女性だろうが、隣や前に座る人、視界に入る人に不快感を与えないことが大切だ。


スピリチュアルに累計1000万円を投じた48歳女性が、その後に得たものを読んだ。

占いやスピリチュアルにハマるのは、非日常を体感出来るのと、見えない未来を少しでも予見出来れば、今後の策を思考し易いからだろう。

誰にでも等しく時間があるように、見えない未来に不安は付き物だが、そもそも未来は今この時をどう過ごしたか、その結果が現われるものだ。

もっと端的に言えば、努力したことは実るし、怠惰に過ごせば何も起きないどころか、予期せぬ災難に遭うこともあるだろう。

とはいえ、努力したから全てが自分の思い通りになるかといえばそれは否である。
「努力した結果=思い通りの未来」という図式は、勝手な思い込みであり、真に自分にとって良い事とは限らないこともある。

人は生きていくうえで、一人で生きていくわけではない。それは、家族であったり、職場や友人、知人らとの縁が複雑に絡み合ってのことだから、自分の行い+それらが関わることで、思いがけない未来が展開することもある。

だからと言って、周囲や占いなどに依存することは、一見ラクそうではあるが、未来において決して幸せにはなれない。

良い意味での多くのしがらみとどう向き合い、自分の足で立って生きていくか、自分のひらめきを信じていけるか?それを信じるために、今を頑張っているのだ。

パートナーや家族がいてもいなくても、人間は基本一人だ。

地に足を付けて自分の足で歩く生き方をすること、これが何より大切であり、自身の責務でもある。

地球に衝突しませんように...NASA解説の小惑星「2018VP1」とは?アメリカ大統領選前日に最接近を読んで、宇宙の広がりに思いを馳せた。

宇宙で連想するものといえば、私の場合「スター・ウォーズ」だ。
銀河系には数えきれないほどの星があり、フィクションとはいえ、映画のキャラクターを見るだけでも、人類以外の生物は無限だろう。

中には浮遊隕石があってもおかしくないし、地球から打ち上げられた運用中の人工衛星は約1000個、1センチ以上の宇宙ゴミは50万個以上と言われている。

それらが大気圏を突き破って落下してくることも有り得るし、さらには宇宙にただよう隕石が落下することもある。最近は日本でも立て続けに隕石が落下している。その大きさは数センチであるものの、空に輝く閃光は遠くからでも確認できるほどだ。

先の記事にある2018VP1(直径2メートル)が地球に落ちたら、間違いなく地球は壊滅的被害を受けるだろう。予測値では空中で消滅するとは言われているが、実際に落ちてみなければ分からない。

地球温暖化で災害が絶えない昨今だが、地球規模をはるかに越えた脅威は、その外側にもあるということだ。


温暖化で万年氷が解けると… バイキング時代1000点の遺物が現れたを読んだ。

先の記事にある通り、地球温暖化で万年氷が解けたおかげで、ノルウェーで1800年前の遺物が見つかったそうだ。
古いものは西暦300年頃のもので、西暦1000年頃まで続いたバイキングのものらしい。

ロシアなどでも永久凍土が解けてマンモスが現われたというニュースは記憶に新しいが、出土するものは動物だけではなく、生物、植物、ウイルスもある。
氷に閉ざされていたウイルスが息を吹き返し、人類にとって新たな脅威にならないとも限らない。

映画「ジュラシックパーク」のように、ひとつの細胞から恐竜を復元するなんてことも、案外現実に起こり得るかもしれない。

地球は氷河期に向かっているとはいえ、現代の温暖化を思うと、地球の未来は全て一度水で流され、人類がいなくなったところで本格的な氷河期を迎え、全てを凍結し尽くすのかもしれない。

そして、ここから更に1000年後「西暦2000年頃の遺物が発見されました!」という報道がされるのかもしれない。人類が生きていればね…。

トイレットペーパーがない時代、どうやってお尻をふいた? 「尻ぬぐい」から見える国の文化を読んで、昔を想像した。

トイレットペーパーにお世話にならない日はない。
子供の頃は四角いトイレットペーパーだったが、いつの頃からかロール状のものになっていた。

とはいえ、紙でお尻を拭いていない時代はどうだったのだろう?と想像すると…絶句する。
自分の汚物を水で洗い流せば、とも思うが、毎日のこととなると…。

あるモノがなかった頃を想像するというのは、時には大切だと思う。

私が子供の頃はインターネットはもちろん、電話やテレビ、洗濯機がない家も多くあった。
他人との連絡は直接会うか手紙しかなかったし、テレビの変わりにラジオを聴き、洗濯機の変わりにタライに洗濯物を入れ、手でゴシゴシ洗っていた。

そんな時代はつい数十年前に実際にあったのだ。
今の若者達には想像もつかないことだろう。

昭和家電や住宅がレトロブームで再燃しているが、個人的にはあの時代に戻りたいとは思わない。
現代のテクノロジーの恩恵にすっかり毒されている私だが、そのありがたみは骨身に沁みている。

お風呂を薪で焚かさなくても、今や指一本でスイッチを入れればものの数分でお風呂が沸くうえに、音声で「お風呂が沸きました」と教えてくれる。

トイレもウォシュレットになってからは、もう手放せなくなった。
おしりがいつもキレイな状態でいられるとは!感動だ!!

トイレットペーパーを始め、多くのモノにお世話になって私達の生活は成り立っている。
それに感謝出来る心を忘れない自分でありたい。

本日2020年8月21日5時16分に、横浜と東京の一部が壊滅的被害を受ける地震が発生するという預言をした方がいる。

天からのメッセージ#3

昭島レイラさんという方で、政財界に携わる多くの顧客を持つ開運ヒーラーで、動画の中でも政治家の名前を出しているほど、実績のある方のようだ。

それだけの実績と実力のある方が、顔を出して動画投稿するには大きなリスクを伴うが、あえてそうしたことには、レイラ氏の信念があるのだろうと推察する。

結果的には預言通りの地震は起きなかったが、だからと言ってそれを非難する気持ちにはなれない。

動画の中でもレイラ氏は「みなさん、どうか祈ってください」という言葉を口にしている。
それは、本来来るべき地震を、皆の祈りで和らげる、回避することが出来るかもしれない、ということを指しているからだ。

世間には何の根拠もなく人の気をひくために予言をする者もいるが、この方はその類とは違うだろうと動画を見て感じた。

ここで大切なのは、その預言を受け止め何をするか、だ。
もちろん他の場所へ避難することもアリだし、備蓄や避難セットを準備する、家具等の固定をすること、その日は遠出をせぬことなど、様々だろう。

預言通りにならなかったら、それはとてもありがたいことで、情報発信した者をバッシングするというのはお門違いだ。

私達に気付きをもたらしてくれているわけで、少なくとも近い将来起こると言われている首都圏直下型地震や富士山噴火、東南海地震等々、更には調査されていない場所で大地震が起きないとも限らないことを思うと、この預言をムダにしてはいけないとさえ思う。

人を責める前に、自分にどれだけの準備と心構えが出来ているのか?今一度自分に問いかけてみることが必要だ。

そして、人の祈りの力はあなどれない。
「思う信念岩をも通す」の諺のように、一人一人が自然災害を回避することを祈り、自然に感謝し、生かされて生きていることに思いを馳せたら、人の生き方はこれまでと大きく変わってくる。

そうすれば自然の働きも自ずと良い方向へ進んでいく。
感謝すること、祈ること、粗末にしている事柄に詫びること、常に心に持ち続けたいと思う。

話がうまくて、虚言癖……お騒がせ義母はまだ89歳。先に壊れそうな私が打った手はを読んで、誰もが苦労しているな、と実感。

先の記事に出てくる義母は認知症ではないが、虚言癖があるようだ。
自分が主人公でなければ気が済まず、常に周りから大事にされていたいのだろう。

我が母もここまでひどくはないが、自分が正しい!という妙な正義感があるため、テレビを観てはケチを付けたり、デイサービスで気に入らない人がいると「いじめられた!」と言うし、孫達が遊びに来ないと「何で来ない?」と寂しがる。

青春時代を戦争で奪われ、食べるモノにも事欠き、生きるか死ぬかを潜り抜けてきた母にしてみれば、何の苦労もなく(ないように見える)、食べるものにも着るものにも、住むところにも困らない若者を見ると、ムカムカするのだそうだ。
自分が受けた苦労を若者も味わえ!ということらしい。

昔は年寄りの経験値が役に立つことは多いにあったが、現代ではむしろそれが逆効果になることが多々あるため、高齢者の意見や教えを乞うことが少なくなった。
それも高齢者が憤りを感じる要因の一つのようだ。

苦労を知らない?若者世代は何があってもどこ吹く風といった風貌に苛立ちを隠せない高齢者は多いだろうが、現代は現代なりの苦労がある。そこには目が向かないのが現代の高齢者だ。

最終的に人間は一人であることの覚悟が出来ていないと、家族や他人に依存し易くなる。
母の世代にはそういう人が多いのだろうと想像するものの、日々その世話に追われる者にはキツイこともある。とはいえ、今更そんなことを語っても理解できるとも思えず、こちらが上手く付き合っていけるよう工夫している毎日だ。

人間の心の隙間は誰にも分らないからこそ、自身が母と同じ轍を踏まぬよう、一人立ち出来る生き方を模索したいと常々思っている。

都内の熱中症死者100人超 8割以上がエアコン不使用に事の深刻さを思う。

今年の始めから猛威を振るっているコロナ感染者の日本での死亡者は今日現在で117名(ジョンズ・ホプキンス大学統計より)にも関わらず、都内だけで熱中症死者が100名を超えたとは!コロナ以上に深刻な問題と言える。

地球温暖化の影響で年々夏の温度は高くなっており、今や体温以上の日が常態化している。
どう見ても異常なことだし、暑さだけではなく、台風やゲリラ豪雨、線状降水帯も頻発している。

熱中症死亡者の8割がエアコンを使っていない現状は驚くべき数字だが、生活事情や、体質等でエアコンを使いたくても使えなかったり、使っていても高齢になるとその操作に不慣れであったりと、様々な原因で知らぬ間に熱中症に罹ってしまうのだろう。

高齢になると暑さに鈍感になり易いことも要因のひとつだ。
エアコンの冷房が冷たいからと着こんで知らぬ間に体温が上昇し、汗をかきにくいから熱中症に移行することもある。

1日中エアコンを使っても、夏の電気代は冬に比べたら安い(我が家は)。
エアコンを適切に使えば節電出来るし、快適に暮らす方法などをもっとPRしてはどうかとも思う。

特に高齢者に対する暑さ対策の指導は必要だ。
昔からエアコンを使ったことがない、もったいないと言って渋る人もいるだろうが、生死がかかっているのだから、そんなことを言ってる場合ではないことを周知することが肝要だ。

コロナワクチンに対して広がる不安、世界中で「接種受けない」の声に同感。

コロナワクチンを巡って、世界が凌ぎを削っており「ワクチンで~きた!」といち早く手を上げたロシアだが、そんなもの当てにならない、というのが個人的感想。
中国産ワクチンにいたっては、間違っても接種したくない!!!

人の命など二の次で、自国の権力を固持したいだけの見栄の張り合いのワクチン開発、その先には莫大な利益があるから、どの国も必死だが、実際それを接種して副作用や死亡者が続出する可能性もある。

さらに、コロナウイルスは日々変異している現実を鑑みれば、ワクチンの効能は薄いと、誰が考えても容易に答えは出る。

東南アジアで新型コロナウイルスの変異株を確認の記事にある通り、私達の想像以上にウイルスは進化し続けているのだ。

私達に出来ることは免疫力を高めること、それに尽きる、いやそれしかない。

ワクチンを接種しようがしまいが個人の自由ではあるものの、自然の恩恵を受けて生かされている私達がすべきことは、日々享受している恵みに感謝し、それを生かす働きをすることだ。

己の欲得のみを満たす生き方は、過去の遺物でしかなく、未来では通用しなくなる。

コロナのおかげで、人間の生き方が進化しようとしている時、それに自分は付いていけるのだろうか?
今一度、生かされている意味を考えたほうが良いだろう。

まったく校則のないドイツの学校が「学級崩壊」と無縁なワケは正論!

田舎の中学校に通っていた時は、スカートの丈や靴下の色、前髪の長さまで校則で決まっており、ある冬の寒い日、コートのボタンを留めずに下校していたところ、帰宅途中の教師に見つかり「コートのボタンを締めろ!!」と、こっぴどく叱られたことがある。

寒いから心配してくれたのか?と思いきや「女子生徒がコートのボタンも留めずに開けたまま外を歩くなんて、みっともない!!」ということが教師の怒りの原因だった。
子供心ながらに「そんなことで叱られるのか?」と釈然としなかったが、口答えするのも面倒だったので、素直に言うことを聞き、それからは登下校時はボタンを外さないようにした。

父の仕事の都合で15歳で上京することになり、都立高校に入学した。
この学校は偏差値は高くないが、校則らしい校則がなかった。生徒手帳を持参することと、ブレザータイプの制服は、上下のどちらかを着てくるように、ということだけ守れば良かった。

え?それだけ?
ということで、髪を染める者、ピアスを開ける者、夏は柄物のシャツを着たり、ビーサンで登校する者もいたが、それらで指導を受ける者はいなかった。

やんちゃ盛りの集団は、喫煙に飲酒、時には万引きやカツアゲ、他人のロッカーをこじ開けて中身を失敬したり、テスト時には不正を働き…と、お縄になるスレスレ?のことをやる者が跡を絶たなかった(実際補導された者もいる)が、それ以上の大ごとになることはなかった。

当時は校内暴力全盛期だったが、上記以外でモメたことはなかった。とはいえ、先生方はさぞや大変だったことだろうと思う。

そんな自由な校風だからこそ、自身で学ぶことが出来るのだ。
やんちゃもやってみなければ、その良し悪しは分からないし、喫煙で停学喰らえば反省し、次からはしないし、それでもする人は漏れなく退学となるし…で、なかなかヘビーな高校生活ではあったが、私は精神の自由のほうが勝っており、今思えば、田舎の堅苦しい学校生活より、やんちゃな学友に揉まれていた頃のほうが楽しかったな~と思う。

そんなやんちゃな学友達もおじさん、おばさんになり、意外にも?まっとうな人生を送っている。
引きこもり者はいないし、額に汗して働く者ばかりだ。

人間、優等生だけじゃ学べないこともあるのだ。
清濁併せ呑むことは大切なのだと、学友達を見てつくづく思う。

校則は学校にとって必要なことだけあれば良くて、周囲の評価に関する事柄は家族の務めだと、先の記事の通りと痛感する。

人としての躾まで学校に頼る親のほうがおかしいのだ。

連日の猛暑に昼間は一歩も外に出たくないと思うこの頃。

昨日は家の用事で午前中外出することになり、義兄の運転で出かけた。
用事自体は小1時間ほどで、往復の道程を入れても3時間ほどだったであろうか、しかも炎天下を歩いたわけでもなかったのだが、昼前に帰宅すると、耳鳴りがするのだ。

これまで耳鳴りなどしたことは数えるほどしかなかったため、もしや熱中症?と思い、水分と昼食を摂った。

午後から1週間分の食料の買い出しに出かけ、これも小1時間ほどで帰宅したものの、耳鳴りはますますひどくなり、そのうち頭痛が始まり、起きていることが出来なくなったため、シャワーを浴びて寝た。

2時間ほど寝たら夕飯の時間となったものの、まだ耳鳴りは止まない。簡単な食事を作り、その後は早々に寝た。

8時間たっぷり寝たおかげで、耳鳴りも治まり今日は元気だ。朝ウォーキングも通常通り行った。
だが、朝食後、再び睡魔に襲われ寝た。

人は寒い所にいると眠たくなるが、暑すぎても同じなのだと痛感。
暑さ、寒さは、想像以上に体力を奪う。

コロナ禍でもあり、まさに不要不急の用事がなければ外には出ないほうが賢明だと、この暑さの中で思わされた1日だった。


言い伝え「お盆は溺れるから泳ぐな」は迷信かな?を読んだ。

お盆の時期には海に入らない方が良いという話は昔から聞くし、沖縄では地元の人はこの時期には絶対海に入らない、入っているのは観光客だけだ、ということも聞いたことがある。

この時期は海の彼方からご先祖様達が帰ってくるから、知らずに泳いでいると、あの世に連れていかれる、という迷信が昔から言い伝えられている。

実際には離岸流で沖合に運ばれてしまうのが要因ではないか、とも言われているが、自然の営みは未知だし、人間の思考など及ばないものだ。

お盆の海以外にも、丑三つ時は霊が彷徨う時間だから外には出ないほうが良いとか、昔から祀られている祠を壊そうとすると死人が出るといったことも多々ある。

迷信ではなくても、海抜ゼロメートル地帯に家を建ててはいけない、という碑がありながらもそれを無視して街が出来、地震の大津波で流されてしまったことは記憶に新しい。

科学的根拠に基づいた知見があったとは言い難い事柄でも、先祖達が体験してきたことが真実であるならば、現代人はそれを見落としたことで新たな悲劇を生んでいることになる。

お盆は先祖達が帰って来る時だから、家族で迎え、皆で楽しく、仲良くごはんを食べる。
そんな些細な幸せを、ご先祖様達は一番喜んでいるのではないだろうか。

このページのトップヘ