ウンは転がる南国仕様

2015年07月29日

責任能力

時として凶悪犯罪が起きる。
なぜそこまで執拗に人を恨み、その思いをストレートにぶつけるのだろう。
自暴自棄になって、どうにでもなれ!人を巻き込んでやる!という思いが暴走した結果なのだが…。

そして、大事件であればあるほど、精神を病んでいて冷静な判断が出来なかった、という結末になり、挙句の果てに不起訴処分になったりする。
それでは、被害者は浮かばれないし、怒りのやり場がない。

精神を病んでいれば何をしても許されるこの世の中、どう見てもおかしいだろう。
人間、誰だって精神を病む種を持っている。それを発芽させるか、させないかの違いだけだ。
誰もが、自分との闘いに負けず、心が病まぬよう努力し続けているのだ。

己に負け精神を病んだから何をしても良いだろう、というのはただの甘えだ。
そうなるには幼少期の虐待体験が大半を占めるそうだから、当人もある意味被害者だ。
ならば、親を裁くのか?
まともに子供を育てられないのに無責任に子供を産み、虐待を重ね、結果犯罪者を量産している。

責任能力の有無を議論していても犯罪は減らない。
悪いことをしたのなら、それ相応の処分を受けるべきだし、病んでいるのなら、心の治療をする必要がある。
そして、そんな子供を育てた親の治療こそが何より緊急課題だ

enji_152 at 20:16│Comments(0)今世 | 課題

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