毎度のことながら誰もが思う

2020年04月15日

悲しいサガ

にぎわう商店街に苦情殺到「野放しか」困惑の戸越銀座を読んで複雑な気持ちになった。

商店街は「その街に住む人達が日用品を調達するためにある」のがまずは大前提だ。

戸越銀座商店街は食べ歩きをしたり、日用品を見たり、飲食店で食事をしたりと、わざわざ他所から来て楽しむだけの価値のある商店街だ。

先週末、戸越銀座商店街に行こうかと思ったが、恐らく混んでるだろうと思い、いつも通り戸越銀座手前にあるスーパーで買い物を済ませた。

娯楽施設のほとんどが休業しているから、賑わう商店街で現実を忘れ、一瞬でも楽しみたいと思う気持ちは分からないでもないが、あまりにもCOVID-19を甘く見ているように思えるし、地元の人達を危険に晒していることの自覚がなさ過ぎだ。

自分の周りに感染した人がいないからなのか、家族が皆元気だからなのか?やはり現実味がないのだろう。だが、確実にウイルスは自分のすぐ側まで来ているし、症状が出ないだけで実は自分が感染しているかもしれない。

そう考えたら、自らが感染するのもイヤだし、人に移すのも心が痛む。
これまでの日常を送り続けたい気持ちは分かるが、恐らくもう同じ日常は戻ってこないと言って良い。

きちんと現実に目を向け、これからやってくる試練と立ち向かえる体力、精神力を培う術が求められるのだが…。

enji_152 at 17:58│Comments(0)今世 | 人の道

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