「エリート家族」が生きがいだった老女の末路を読んだ。

世の中には、いかに自分の夫や子供が優秀かを披歴したがる人がいる。

優秀なダンナをゲット出来たことは、奥さんにとって最大の収穫であり、子供を授かり優秀な人材として育て上げたことも立派な成果だろう。

内助の功として家族を支え、人から羨ましがられる生活を送ることに満足し、他者とは違うという優越感にひたることが奥さんの喜びであれば、それもありだろう。

奥さんがしてきたことは努力の賜物だとは思うが「ダンナや子供のため」という大義は、家族にとっては重荷だったのではないかと感じる。

自己を犠牲にして、家族のために尽くしてきた!という思いが一番にあるから、家族は重たすぎる思いに辟易し、逃げていくのだ。さらには、家族のためだけに生きてきた者は、本当の意味で自身のために生きてないから、家族にその不満をぶつけるのだ。

先の記事に出てきた奥さんは、自分を大切にしてこなかったのだろう。
自身の足で立つことなく、家族というステータスに依存してきた結果なのだ。

いつも不思議に思うのだが、ダンナや子供の自慢話をして自身はむなしくないのだろうか?
家族に尽くしてきた事実はあるとしても、優秀なのはあくまでもダンナや子供であって自分ではないのだ。

家族の自慢話をしてくる人を見るたびに「で、あなたは?あなたは何かあるの?」と聞きたくなるのは私だけだろうか。