昨今は個人の意思を尊重、人権を侵害しない、という観点から、職場でも学校でも無理強いをしない風潮にある。

日本人は昔から団体で同じ方向に進んでいく習性が強いせいか、周りの空気を読み、場に馴染むことに長けているように見えるが、本心を隠して同調しているだけだから、ストレスも溜まりやすい。

団体行動から零れた、もしくは自らドロップアウトした人達は、自らの才能を如何なく発揮するか、引きこもるか?大まかに2極に分かれているように見える。

昔と違い寿命も100年近いことから、その間には挫折や災害に遭う機会も増えている。
人間だから思いがけない事柄に出遭えば、身も心も壊れてしまう時もある。

そういう時はそれまでとは違う環境に身を置き、快復を待つことも必要だ。

だが、長い年月引きこもっている人たちは、そこを安住の地としてしまい、進化を止めてしまったかのようだ。

方や自分に厳しくストイックに役目を全うすべく精進する人達は、そのストイックさが自身を破壊してしまうこともある。

人にはそれぞれ違う才能と役目があるのだから、それを知り、精進しつつそれらを発揮出来れば良いのだが、両者は脇目も振らず逆方向に突き進んでいるように感じる。
そこに脇道はなく、ただ真っすぐなのだ。

枝分かれした道があれば、寄り道したり、遠回りしてみたりしながら、それまで気付けなかったこと、思いがけない発見に出遭うこともある。

人生の王道とは別の脇道で違う世界を体感する機会がないと、長い人生を進むことは険し過ぎるだろう。

一つのことを成し遂げることは偉大なことではあるが、時には他の窓を開けて新鮮な空気を取り入れることも大切だ。

方や一つの場所に留まり、自分の殻に閉じこもって新鮮な空気を取り入れない限り、花は咲かない。

そこに気付ければ、人生もっとラクになるのだが…。