日々時間に追われる生活をし、仕事でストレスに晒されていると、たまには夜の宴でどんちゃん騒ぎをしたいという気持ちは良く分かる。

親しい仲間と酒を酌み交わし、言いたいことを話し、少しばかりハメを外す。
それでスッキリして、また明日から仕事に勤しめる、というものだ。

だが、これはコロナ禍以前までのことだ。
今は夜の宴がコロナ感染の大きな要因になっている現実を思うと、そうそう行けなくもなった。

ストレス発散のために行きつけでいっぱいやる、という行為はただ発散するだけであり、そこからの進展はない。少しばかりストレスが軽減されただけだ。

自粛生活により家にいる時間が増え、否が応でも家族と向き合うことになった。
人間の根源的生活は、まずは家族だ。そこを見つめ、絆を深めていくことが、家族と自身の進化に繋がっていく。

昨今は忙しさを理由に家族と過ごす時間をおざなりにした結果、絆は薄らいでいたのではないだろうか。
夫婦は互いを直視せず、子供にも感心を示さず、子供も親には期待せず、それぞれが違う目線で生きる、それが普通になりつつあった。

それがコロナ禍のおかげで、家族の在り方を考えるきっかけをもらえた。
更には、自身で蓋をしていた感情を改めて見つめ直す時間にもなった。

現代人に欠けているものは、自身の内声に耳を傾けることだ。

これまでの生活にはもう戻れない現実を受け止め、これからの道を模索すべく、内なる声に耳(心)を向けることが大切だ。