前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

カテゴリ:今世 > 霊(みたま)様のこと

日本の幽霊の寿命は400年!?証拠に「関ヶ原近辺で目撃される落ち武者の霊が激減」…衝撃のツイートが話題を読んだ。

上記によると、人は肉体を離れて400年経つと、そこからいなくなるのか?魂が昇天するのか?いずれにしても、存在しなくなるようだ。

我が家は母方が若干の霊感があるため、昔から曰く付きの所に行くと、霊に付いて来られたり、見えたりする。

私もその血を受け継いでおり、時々見えない方々と遭遇することがある。子供の頃は怖いと思っていたが、今は生身の人間のほうが怖いので、そうでもなくなった。

私の父が亡くなったのが今から6年前だが、亡くなる1か月前に救急搬送された際、まだ生きていたが、魂は身体から抜け出て我が家に帰宅し、私に付いて回って「何で俺は病院にいるんだ?」としつこく聞かれた。

あんまりしつこいので「早く病院に戻らないと、そのままあの世逝きだよ」と説明すると「いっぱいお茶を飲ませてくれ」と言うので、湯呑に並々とお茶を注ぎ、父がいつも座っているテーブルに置くと、ほどなくして魂はいなくなった。

亡くなってからは、ほぼ1年間毎日のように我が家にいた。
生前から超食いしん坊だったことから、あれ食べたい、これ食べたいと注文があり、その度にせっせと供え物をした。

2年目から少しずつやってくる頻度が減り、3年目を迎えたある日、朝方夢枕に立ち「今まで引越さないでくれてありがとう。俺もうあっちに行くから」と言った。

その言葉通り、4年目以降はそれまでのように俗世っぽい雰囲気で出てくることは無くなった。

ということは!?人は亡くなって3年間は、こちらの世界とあの世を行き来しているのかも?と思わされた。

その後は、遺影を見れば何を言いたいかが分かるようになったので、恐らく?めでたく昇天された様子。

あの世のことや、霊(みたま)のことは、目に見えない世界のことなので、いい加減なことは言えないが、これは私が実際に体験した話だ。

信じるか信じないかはあなた次第!(ってことで)。

GWの最中、墓参に行った。

久しぶりの墓参だったので、いつもより丁寧に墓石を磨き、風雪にさらされ溜まった土埃や、雑草等も丁寧に抜いた。やってもやってもなかなか思うようにキレイにはならないが、山の上にあるお墓なので、太陽がダイレクトに射す中、体力も限界となり、掃除に見切りを付けた。

花や食べ物のお供えを並べ、心を静めてご先祖様に手を合わせた。
万全な掃除が出来なかったこと、なかなか参拝出来ないことをお詫び申し上げ、そんな子孫をお守りくださっていることにお礼を申した。
そして、これからのこともお守りいただけるよう、お願いさせていただいた。

いつもしていることだが、最後に墓参出来ない家族に見せるため、写真を撮った。
世間ではお墓の写真は撮らないほうが良いという意見もあるが、墓参したくても行けない身内もいるため、それを見せることで安心することを思うのと、お墓の痛みなどもチェックできるので、記録として撮っている。

すると、今回初めてお墓にいくつかの金色の小さな光が映り込んでいた。
日中であり、周囲には誰もいなかったし、フラッシュもたいていない。
う~~ん、これは一体?我が家のお墓でこんなフシギな写真が撮れたのは初めてだったこともあり、何だかワクワクしてくる。

ご先祖様が墓参を喜んでくださっていれば、何よりありがたい限りだ。

霊(みたま)様のこと10のつづき。

亡くなった父は、今世では大成したとは言い難い人生だったが、趣味の植木いじりには精を出していた。

軽石に蘭の枝を根付かせるのが好きで、いくつも作品?をこさえていたが、ほとんど根付かず、なかなか思うような成果が出ないままだった。

その他にもいろいろと作っていたが、作っては枯らしたり、ムダに大きくなり過ぎたりで、狭い庭にビッチリ父のセンスのない趣味が満載で、家族はウンザリしていた。

亡くなってから、これ幸い?と、そのほとんどを処分したが、ひとつだけ記念に?というか、全部捨ててはかわいそうかと思い残しておいた。
それでも、ただ庭に置いてあるだけで、まったく手入れなどしていなかった。

数日前、それに蘭の花が咲いているのを見つけた。
まさに、父の執念?が実を結んだようだ。

言い方は悪いが、あまりパッとしない今世だったが、亡くなってから念願の花を咲かせることが出来た。
父の思いは、この花を通して生きているのだな…と思わされた

白蘭

霊(みたま)様のこと9のつづき。

お彼岸で墓参に行った。
春秋のお彼岸、お盆の時期は、どこの霊苑も賑わっている。
我が家のお墓のある霊苑も相当な人出で、まるで観光地のような賑わいだった。

この時期になると、霊様の思いや声、存在感がグッと近くなるように感じる。
お盆の時期もそうだが、もしかするとこの時期は、霊様が私達の世界に里帰り出来る時期なのではないか?と想像する。

だから、今世を生きている私達もそれを感知し、墓参して霊様との間柄を、縁をより確かなものにするのではいか?とも思う。その縁が強固であればあるほど、その見守りも強くなるように感じる。

母も霊感が強いが、「2、3日前からお父さんが来てうるさくてしょうがない、早くお墓参りに行かないと」と言っていたほどだ。

最近の母は歳のせいもあり、到底遠出が出来る体力がないうえに、花粉症に見舞われ、外に出るのも嫌がるほどだが、墓参はぜがひでも!の勢いで、無事に行くことが出来た。
そのおかげで、母の気持ちも落ち着き、父の霊も落ち着いたような?感じを受ける。

人間の心理として、定期的に霊様を思うように出来ているのか?はたまた、霊様の世界の扉が開くのか?それこそ見えない世界の話だから、不確かではあるが、ただひとつ言えることは、霊様を大切にする気持ちは、即ち自分を救うことになるのだ

霊(みたま)様のこと8のつづき

霊(みたま)様のこと7にも書いたが、私は沖縄に浅からぬ縁がある。
その始まりは、20代の頃に体験した、遺骨収集ボランティアだ。

第2次世界大戦で、日本で唯一決戦の地となったのは沖縄だ。
特に本島南部では多くの方々が犠牲となり、未だ風雨に晒されている遺骨が多数ある。

私が参加したボランティアでは、敵国だったアメリカ軍の兵士達も多数参加していた。
当時は敵国であっても、亡くなった方を偲ぶ思いは、万国共通なのだ。

南部の壕で亡くなった方々は、アメリカ軍ではなく、日本軍の火炎放射器や手りゅう弾に晒されて亡くなった方が多い。
アメリカ軍が残した当時のフィルムからも、それは紛れもない事実だし、それらの映像は、日本で大々的に放送されることはない。

どんなに映像を見たところで、亡くなった方々の思いは計り知れないが、せめて私の出来ることで…と思い、この活動に参加させてもらった。
100名以上の方々と共にジャングルに分け入り、壕に入り、多数の遺骨を収集させてもらった。
皆で見つけさせていただいた遺骨は、相当数に上り、中には身元が分かるものもあった。

これだけの霊様に直に触れ合っていたにも関わらず、まったく霊障はなかった。
むしろ、活動の後は、心地よい疲労感だけが残ったほどだ。

それから10年以上経ち、再び私は沖縄を訪れることになった。
すると、そこから堰を切ったように毎年沖縄に呼ばれている?と思うほど、行かずにはいられない状態が続いている。

前世から今世に繋がる見えざる繋がりは、沖縄の霊様達が繋いで下さったもののように思えてならない

霊(みたま)様のこと7のつづき。

友達の家に泊まりに行った時のことだ。
家の構えを見た瞬間、「あ、いるな!」と感じた。
だが、家まで来てしまって、「やっぱり帰る」とは言えず、イヤ~な予感を抱きながらも、上がらせてもらった。

起きている間は良かったが、床に入ってから、やっぱり何だかイヤな気配は消えず、ほぼ眠ることが出来なかった。
翌朝、友達から「眠れた?」と聞かれたので、答えに困っていると、「実は…」と、友達が語り出した。

その家の2階には、大家さんの荷物がまだ残っていて、その荷物の何かが夜中になるとゴソゴソ動きだすのだそうだ。友達は、怖くてそれを確かめられずにいた。

で、私にその荷物を見て欲しい、と言うのだ。
困っている友達を目の前にして、引き返すわけにもいかず、恐る恐る2階に上がった。

部屋を見回すと、ドッキューン!と目が合った。
それは、人形だった。
「ここから出して、ご主人の元に帰りたい!」という思いが伝わってきた。

人形は、大家さんに置いていかれて、寂しい思いをしていたのだ。
そのことを友達に告げ、後日人形を大家さんに引き取ってもらった。
それからは…2階からの物音も無くなったそうだ。

人形は「人の形」をしている。だからか?人の思いが宿りやすいように感じる。
かわいがったものほど、思いが伝わりやすいのだ。

大事にしているものであればあるほど、その処し方には誠意を込めることが大切なのだ

霊(みたま)様のこと6のつづき。

東北と北陸の一部を除くほとんどの道府県を旅行してきたが、各地それぞれに良いところがあり、どこが一番とは言い難いが、自分に向いている土地があるな、というのが感想のひとつにある。

それは、私の前世と関係があるようで、日本の北側(北海道を除く)にあまり縁がない。
どちらかと言うと南に縁があり、今やほぼ毎年行く沖縄にもっとも深い縁がある。

それが分かるまでには、旅先で多くのフシギ体験をした。
私の前世で敵であったと思われる場所に行くと、必ずと言っていいほど、霊様に悩まされた。
それは、この場所は私が立ち入るべきではない、と言われているようにも感じたほどだ。

だが、縁のある場所の霊様達はとても温かい。
沖縄で出会った霊様達などは、心から喜んでくれているように感じるし、私自身も懐かしさで涙が出るほど心が震えるのだ。

自分を守ってくれている霊様にも縁があるのと同じで、自分のいるべき場所というのもまた、霊様の導きの賜物なのだと知らされた

霊(みたま)様のこと5のつづき。

元同僚のおばあちゃんが、100歳近くで亡くなった。
彼女は母子家庭だったため、働く母親に変わり、おばあちゃんに育ててもらったようなものだ。

晩年のおばあちゃんは寝たきりだったが、頭はシャンとし、食べることにも貪欲だった。それでも、日を追うごとに、徐々に身体の機能が衰えていくという、人間として理想的な最期を迎えた。

おばちゃんが亡くなった日、なぜか彼女は出社していた。
「親戚達がたくさん来てやることないから会社に来た」と言うのだ。
その瞬間、私は後頭部をガッツーン!と殴られた。

どうも、おばあちゃんらしい。おばあちゃんの思いを感じた私は、「やることないから会社に来たなんて…おばあちゃんと最期のお別れなんだから、ちゃんと側にいてあげなきゃダメでしょ!今すぐ帰りなさい!」と言って、帰ってもらうことにした。

おそらく、彼女はおばあちゃんの亡骸の側にいることが耐えられなかったのかもしれない。
幼い頃からおばあちゃんにかわいがられて、最後の最期まで介護しつくしていたから、人一倍その思いは深かっただろうとも思う。

だからこそ、それをきちんと受け止め、今世でのおばあちゃんとの別れをきちんとするべきだ、と私は感じていたし、おばあちゃんもそれを願っているように感じたのだ。

霊様は、こうやって時にとっても手荒いことをする。恐らく、それはその霊様の格によるのだと思う。
どういう手段でその存在を知らせるのか?それは、その霊様次第、ということだ。

忌引きをしっかり取り、おばあちゃんと最期の別れを告げた彼女が再び出社した時には、悲壮感ではなく、爽快感さえ感じたほどだ。
亡き人との別れは、きちんとするべきだな…と、彼女の姿を通して教えてもらった

霊(みたま)様のこと4のつづき。

親しい人の身の上に何か大ごとがある時、虫の知らせ?みたいなことがある。

20代の頃、中学の同級生の赤ちゃんが夢に現れ、「お母さんを助けて欲しい」と私に伝えてきた。
当時友達は既婚者だが、子供が出来たとは聞いていなかった。
だが、その夢があまりにもリアルだったので、翌朝、友達に電話をした。

すると、受話器の向こうで号泣された。
ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻した後、「何で分かったの?」と友達。

今朝見た夢のことを話すと、彼女は少し前に流産してしまい、悲しみの淵にいたそうだ。
そして、そのことが原因で、ご主人と離婚話も持ち上がっていたとのこと。

彼女の話を聞くだけで、他に何か出来るわけではなかったが、後日、友達から言われたのは、一番苦しかった時に、私から電話が来たことがとても嬉しかったし、励みになったのだそうだ。
形のうえでは何も出来なくても、相手を思う気持ちは伝わるのだな、と思った。

そして、友達の窮地を知らせてくれた赤ちゃんの霊様の働きにも感動した。
この世に生を受けられずに亡くなった魂だが、それでも母親を思う気持ちがあったのだ。

あれからン十年経ち、今年の年賀状には、彼女の初孫の写真があった。
友達が今幸せであることを、とても嬉しく思った

霊(みたま)様のこと3のつづき

人間、眠っている間は、魂があの世に帰っている、という説がある。
睡眠中の記憶はないが、夢で憶えていることはある。これが、そうなのか?事実は定かではないが…。

父が亡くなる2ヵ月前、腸閉塞で救急搬送された。
術後1週間はICUにいたが、その間の記憶はまったくなかった(本人談)。

だが、その間、父の霊(みたま=魂)は家にいた。
私に付きまとい、なんで俺はこうなんだ?と、うるさく聞くので、救急搬送されたことを伝え、肉体は病院にあるから戻るように、と伝えた。

すると、納得したのか、家からはいなくなった。
が、また朝になると、「お腹が空いた」と言って、家にいる。
神棚にごはんを供えて、父にもこれを分けてもらえるよう神様にお願いした。

すると、落ち着いたのか、また家からいなくなった。
そんなことが数回続き、当人の意識が戻った時、私の周りから父の霊が消えた。

肉体は生存していても、魂は身体から抜けることもある。
父が退院後、そのことを聞いてみたが、本人は何も憶えていなかった。

亡くなった後も、1年くらいはちょいちょい家に戻っていたが、最近はそれも少なくなった。
自分が霊となり、神様の元に帰ることが納得出来たのだろう

霊(みたま)様のこと2のつづき。

記憶のある霊様との出会いは、小学校5年生の頃だっただろうか。
子供部屋で勉強をしていると、右後ろから何か視線を感じる。
その方向に目を向けると、そこに4歳の頃に亡くなった母方の祖母が、紋付の留袖姿で立っていた。

その姿は超リアルで、生前の頃とまったく変わらなかった。
「おばあちゃん?」と声をかけると、その姿はスッと消えてしまった。
その後、祖母が既にいなくなっている現実を思い、ゾーッとしたことを今でも憶えている。

祖母は、私のことをとてもかわいがってくれていた、と母から聞いている。
私の記憶の中では、祖母と入る五右衛門風呂のことが一番印象的だ。
五右衛門風呂は、風呂釜に触れるとヤケドをする。だから、祖母は小さい私を抱きかかえて一緒に入っていてくれたのだ。

大人になって一人暮らしを始めた時、朝方「来るよ、来るよ!」と、ベッドで寝ている私の肩を叩く祖母の声が聞こえた。「おばあちゃん?何?」と、思った瞬間、ガタガタガタ!と震度4の地震が来た。
罰当たりな私は「震度4で起こさないでよぉ~!」と宣った(ごめん!おばあちゃん!)。

こんな感じで、私のことを心配してくれる祖母はいつも近くで見守ってくれているのだ。
姿はなくても、思いは在り続けている。

自分を守ってくれる霊様もまた、ありがたい存在なのだ

霊(みたま)様のこと1のつづき。

アメリカからSOSメールをくれた友人が泊まったホテルは、昔からある老舗で、霊様が出るので有名だそうだ。

友人は、私のアドバイスを真摯に受け止め、ベッドルームに置いた盛り塩を撤去し、霊様に今回の無礼を詫び、その部屋を霊様に返し、自分はリビングで寝たそうだ。
すると、それまで毎日怪音が鳴り響き、友人の眠りを妨げていたのが、ピタッ!と止んだとのこと。

霊様といえども、元は私達と同じ肉体を持った人間なのだ。
だからこそ、私達が目に見える他人に接するのと同じように、霊様にも礼を尽くすことが大切なのだ。

よく悪霊を祓う、などと言うが、そんなことをしても何の意味もない。
祓ったところで、落ち着けばまた戻ってくるからだ。

それだけ執着を持った霊様を悪霊扱いしたところで、何の解決にもならないし、ますます霊様の思いを頑ななものにしてしまうだけのことだ。
生身の人間だって、悪癖があるからといって家や社会から追い出したら、更なる犯罪を重ねるのと同じだ。

霊様の声に気付けない人が多く、なかなかその思いを理解してあげられないから、霊様は感じる人のところに現れるのだ。

友人が今回体験したこともまた、友人にしか感じられない何かがあったのだろう。
この霊様との縁がどういうものか、今はまだ分からないが、先々で繋がることもあるかもしれない。

見える世界も、見えない世界にも、自分にとって何がしかの繋がりがあることを頭の片隅に入れておいたほうが良いだろう

<はじめに>
霊(みたま)様のことを書かせてもらうことにした。
私は聖職者ではないが、幼い頃から若干の霊感があり、今でも声が聞こえたり、匂いがしたり…と、さまざまな現象に出遭うことがある。
以前から、知人に聞かれることもあったので、経験の中から、霊様との付き合い方のヒントにしてもらえればと思う。

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アメリカに滞在している友人から、「宿泊先のホテルで霊に見舞われ、眠れない日々が続いていて、塩を撒いても効果がない」というメールをもらった。

ホテルには霊様がいることはちょいちょいある。私も、何度か霊様に遭遇したことはあるし、一晩中眠らせてもらえないこともあった。

霊様は、自分の存在に気付いて欲しいと思っているのと、どこの馬の骨だか知らない人間に、自分の居場所にズカズカ入ってこられることを嫌がっているのだ。

うまい具合に、すぐにそこを立ち去れれば良いが、そうも出来ない場合、私は心の中で霊様に語り掛ける。
今回、こういう理由でこのホテルに泊まらせてもらっています。霊様の領域に入ってしまい、申し訳ありません。
どうか、お許しいただき、ここに泊めてください…と、祈るのだ。

そもそも、霊様は肉体のない人間だ。肉体は滅びても、魂は生き続ける。
現世に思いを残し、神の世界へ戻れない霊様がいる、というだけのことだ。

友人にもそのことをメールし、土足で霊様の領域に踏み込んでいるのは、私達のほうなのだから、誠意を以て接するように、と伝えた。
ひとまず、友人もそれで少しの安心を得られたのか、久しぶりに眠れたそうだ。

この世は、人間だけのものではない。目に見えないエネルギー体や霊様、精霊などなど、多くの働きがあるのだ。まずは、そのことに生身の人間は気付かねばならない

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