前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

カテゴリ:今世 > 高級養老院物語

昨年の10月から放送されたNHKの朝ドラ「スカーレット」が本日最終回を迎えた。

朝ドラ101作目で、100作目の「なつぞら」に比べると話も出演者も地味な印象だったが、主演の戸田恵梨香の演技に惹かれ、回を追うごとに物語の深さに触れ、気付けばがっつりハマっていた。

日本初の女性陶芸家が幼い頃は父の教育に翻弄され、結婚してからは夫に尽くしつつ、自分も陶芸の道に目覚め、気付けば夫を凌駕するほどの実力を持ったがために離婚することになり、陶芸家として名を成してからは、一人息子に先立たれるという、一見苦労続きだけのようにも感じるが、その中で主人公が自分の生きる意味を見出し、その道を貫く、自分の足で立ち、生きていくことの大切さを現わしているように感じた。

これまでの朝ドラとは一線を画した作品だとも思うし、人間としての生きる基本、何が大切なのかを、日常の生活を通して主人公が学んでいく姿にも共感を覚えた。

と、感慨に浸っていたところで…何げなくテレビを入れると競馬番組が放送されていた。
チャンネルを変えると母が「私、競馬好きなんだけど」と言った。

「は??」とその言葉の真意を測れない私は「競馬、好きなの?」と聞いてみた。
「うん、好きだよ!」と母。

えーーーーー!!!!!
これぞまさに青天の霹靂。
これまで酒もタバコもギャンブルにも程遠い生活を送ってきた母から出た言葉とは、俄かには信じられない!!!

よくよく聞いてみると、どうやら昔から好きだったそうだ。
そんなこと、一度も聞いたことなかったし、競馬番組を母が見ているのを目撃したこともなかった。

御歳89歳の母の言葉から「生きるということ」の奥義がまだまだ分かっていない自分だと、改めて思わされた出来事だった。

エピソード7:新たな世界へ20のつづき。

ショートステイ2日目の午前中は軽い運動療法があり、若いスタッフの方に手取り足取り指導いただいたそうだ。
そんなこんなでお昼ごはんとなり、午後3時には退所の時を迎えた。

ありがたいことに、往復送迎が付いているので、安心してお願い出来る。
部屋も個室だし、正直我が家の狭い寝室より圧倒的に広い。トイレを完備している部屋もあるので、事前にお願いしておくと、極力希望を叶えてもくれる。

食事も三度三度栄養バランスを考え出してくれるし、献立ごとにお皿も違う。
食べ終わると薬の準備までしてくれ、飲ませてくれる。

本人が嫌がることは無理強いなどせず、意思を尊重してくれる。
中には認知症の方もいるから、意思疎通が難しいこともあるだろうと推察する。

スタッフの方々は若い方が多いが、言葉遣いも丁寧だし、家族にもきちんと説明や対応をしてくれる。
何とも行き届いている施設だな、と感心しきりだ。

それだけ充実した施設であっても、家に帰ってきた第一声が「あ~~、やっぱり家が一番!」という母。そんなこと、スタッフの人には言えないな…とも思う。

だが、後日ケアマネさんから「どうでしたか?」と聞かれたので、正直に答えたところ「皆さんそう仰います」と返ってきた。

高齢者のために日々奮闘してくださるスタッフの方々のことを思うと、何とも申し訳ない気持ちになる。
私達家族に出来ることは、スタッフの方々の働きに感謝し、労うことしかないが、少しでもスタッフの方が笑顔で勤められるよう願っている。

エピソード7:新たな世界へ19のつづき。

ショートステイ初日はご飯を食べに行っただけの形となった。
私が帰った後は、部屋でテレビを観て過ごしていたようだ。

後に母から聞いた話によると…。
「夜は良く眠れた?初めての場所だったからなかなか寝付けなかったでしょ」と私。
「眠れなかったね~、やっぱり家が一番よ」と母。
「夜中に誰か入って来なかった?」と私。

母と私は少しばかり霊感があるので、見えない世界の人が見えたり感じたりすることがある。

「それがさ~、出たわよ、夜中に。私の部屋に入ってきた!」と母。
「何時頃?」と私。
「時間は憶えてないけど、何回か来たよ」と母。

「ああ、それね、夜中に巡回しているスタッフだよ。数時間おきに部屋の見回りしてるらしいから」と私。
「そうなの?どうりでおかしいと思った!」と母。

母が滞在中、1時間毎にどう過ごしたかを記録した用紙が、帰宅時に渡されていた。それによると、2時間おきに巡視をしてくださっており、母がトイレに起きた時には都度それを手伝ってくれていた。
本当にスタッフの方の働きには頭が下がる。

それを見えない世界の人と勘違いするなんて、まったくとんでもない母娘である。

エピソード7:新たな世界へ18のつづき。

たった2か間のお試しショートステイだが、母の不安はMAXだった。
初日は姉に付き添ってもらい、午前中にお迎えが来た。

施設に行ったものの、前の人がまだ帰らないため部屋が空かず、母はリビングで待たされることになった。
ランチもそこで食べることが出来たものの、付き添いの姉は空腹のまま部屋が空くのを待つハメに。

逐一その状況が姉からLINEで送られてくる。
ようやく部屋が空いたのは午後3時を回っていた。部屋の様子を写真で送ってくれ、母が落ち着いた頃を見計らって姉は帰宅した。

生まれて初めてのショートステイ体験につき、私も少し心配していた。
基本的に他人に合わせることが苦手な母なので、周囲の人とうまくやっているだろうか?と。

終業後に寄るとちょうど夕飯の後で、他の方々と一緒にリビングでまったりしていた。
お腹が満たされ、既にお眠モードのお友達が数人いる中、一人かくしゃくとしているお姉様がいた。

皆に挨拶すると、そのお姉様が「お母さま初めてなんですって?大丈夫よ。私が付いてるからね」と仰る。私が礼を述べると「お母さま、まだお若いでしょ」と聞いてくるので「そこそこいってますよ」と話すと「私は95よ!」と、誇らしげに語るお姉様。

はは~~!!おみそれいたしました!!と、ひれ伏すばかりの私。
お姉様曰く「娘のために私はここにいるの。そのほうが娘も安心するでしょ。だから、お母さまも娘さんのために、ここにいてね!」と、私が言いたいことを代弁してくれる95歳のお姉様。

だが、初日で何が何だか分からなくなっている母の耳は全ての会話をスルーしていた模様。
リビングから母の泊まる部屋に移動し、少し話をしてから私は帰宅した。

母は部屋から私を見送ってくれたが、その顔は悲し気だった。
いやいや、そこで仏心を出してはいけないのだ。母のためにも、ここは心を鬼にせねば!

母も私も共に修行だ。

エピソード7:新たな世界へ17のつづき。

ショートステイお泊り前日にもう一ついつもと違うことがあった。
前日というより数日前から、というほうが正解だ。

母は先の予定を早くから伝えても忘れるのと、勘違いをするので、大筋は早めに伝えつつ、数日前に詳細を伝えるようにしている。

詳細を伝えた直後から「いつから行くんだっけ?明日?」と言い始めた。
「今度の月曜日だよ」と話すと、その時は「ああ、そう…」と言いながらも、少し時間が経つと同じことを聞いてくる。その度に私も同じ答えを繰り返す。

ショートステイ2日前からお泊りセットを準備し始めた。
すると「明日行くの?」と聞いてくる。「明後日だよ」と私。

つまり、数日前から母の日常ではない出来事への不安はMAXになっており、その思いが何度も同じことを聞いてくる、という形で現れた。

それは、同じことを何度も聞くことで、私が「それなら行かなくても良いよ」と言ってくれるのを待っているのか、何度も聞くことで、それが現実であることを自らに言い聞かせているのか…。真相は謎だが、母の心理に大きな影響を与えていることだけは確かだ。

そういえば、私が遠出する時は必ずと言っていいほど、同じことを聞いてくる。
それは、私が傍にいないことへの不安の現れだ。つまり、今回の現象もこれと同じなのだ。

とは言いつつ、母の精神的な自立のためにも、私は心を鬼にして?ショートステイへと送り出したのだった。

つづく。

エピソード7:新たな世界へ16のつづき。

1泊2日のお試しショートステイをするにあたり、お泊りセットの準備が始まった。
1泊だからそんなに荷物もないようだが、揃えてみればそれなりの量になった。

着替えの下着と服、洗面セット、部屋で使うための水筒、スリッパ、処方箋等々…。
たった1泊なのに、次から次へと要るものがあった。

また、それらに名前を書き、持ち物リストへの記入も必要だ。
まさに、子供のお泊り会と同じだ。母自身で準備が出来ないので、私がやることになるわけで…。

1泊だから要らないと思ったが、小銭を持っていきたいと言うので、小銭入れに数百円を入れて渡した。バックのポケットに入れといてね、と母に渡し目を離した隙に、それが行方不明になった。

とは言え狭い家のなか、棚の上とか、その辺に置いてあるだろうと思い探してみるものの見つからない。
すでにカバンには荷物がパッケージされていたが、それらを全部取り出して中身をチェックするが、やはりない。

さんざんっぱら探したが、結局見つからなかったから、小銭入れを持参することは断念した。
それにしても、どこに行ったのやら…未だにそれは見つからない。

手にして、どこぞに置いたか仕舞ったかした当の本人が憶えてないのだから、どうしようもない。
まあ、これも忘れた頃に出てくるだろう…と、ひきつる笑顔で対応。

こんな調子でショートステイはどうなるやら…。
一抹の不安を感じたお泊り会前日だった。

つづきは、また明日。

エピソード7:新たな世界へ15のつづき。

母が自分の母親を介護した時代は、それこそもう半世紀以上も前の話になるが、まだ介護という制度もなく、年老いたら不衛生な場所に追いやられる…といった悪いイメージしかなかった。

母の中では、そんな暗くて汚いイメージが頭にあったからか?施設に、という話になった途端、拒絶反応を示した。ある意味、それは当然の反応だろう。

ケアマネさんと相談し、まずは施設を見学に行くことにした。
建物に入ると、スタッフの方の対応が明るく元気だ。ショートステイの見学をということで、忙しい最中嫌な顔もせず、部屋や食事の場所、お風呂などを説明し、見学させてくれた。

施設は掃除が行き届いていて、清潔だし臭いもない。
母とほぼ同年代と思しき方々がいたが、暴れたり騒いだりすることなく、スタッフの方々と談笑したり、レクレーションをしたり、傍目にもその穏やかさが伝わってきた。

20分ほどの見学だったが、母のイメージは良い意味で打ち砕かれ、施設を後にする時には「良い所ね~」と言うほどだった。

好感触のうちにケアマネさんと相談し、まずはお試し1泊2日コースを予約することにした。

つづきは、また明日。


エピソード7:新たな世界へ14のつづき。

最近、改めて介護申請をした母に下りたのは、要支援2だった。
担当医曰く「お母さんは認知症じゃないから、要介護にはならないよ」とのこと。
要支援と要介護の境目は、認知症じゃないか、病気などで寝たきりではないか、ということだそうだ。

歳相応に物忘れもあるし、思い違いや聞き違いもしょっちゅうだが、脳スキャンしたところによると、脳みそはしっかりしてる!とお墨付きをいただいたので、認知症ではないそうだ。
足腰は弱り、一人では外出もままならず、新しい家電製品はこれまでと勝手が違うので触らないので、家事もほとんどすることがなくなり、一人では生活出来ないと判断され、要支援2の沙汰が下りたわけだ。

これまでは歩行訓練に特化したサービスだけを受けていたが、これからはデイサービスも利用出来るようになった。

母の世話をすることは私も厭わないが、たまには旅行もしたいので、その間母を預かってくれると安心だな、というのもあり申請をした次第だ。

で、今月からお試しデイサービスのお泊り会に参加することになった。
最初にこの話をした時、母は「子供がいるのに、そんな所に預けるなんて!!」と激怒した。

やっぱりそうだよな~と、予想通りの展開に、次の一手を講じることにした。
明日へつづく。

エピソード7:新たな世界へ13のつづき。

仕事を終え帰宅すると、母が顔面汗だらけで迎えてくれた。
「どうしたの?」と聞くと、「掃除機かけてたら、暑くて暑くて~」と言う。

10月なのに未だ30℃近い日が続いているので、1日中クーラーも入れていたが、少し身体を動かすと汗をかくようだ。

と、母の着ているものを見て思った。
「暑いなら上着脱げば~」と言うと「だって寒いんだもん!」と母。

動いていれば暑くなるが、じっとしていると寒くなるから、薄いカーデガンを羽織っており、そのままの恰好で掃除をしたら暑くなった、というわけだ。

「掃除する時は脱いだほうが良いよ」と言うと「あら、そうなの?脱いでいいの?」と母。
毎度のことながら脱力する回答が返ってくる。

「いいのよ~、ほら、汗だくでしょ~」と、母の汗をぬぐってあげると、嬉しそうに母はニコニコしている。

そうそう、母は既に母ではない。子供と同じなのだ。
かわいい子が同じことしたら、しょうがないわね~とか言いながら、子供の汗をぬぐってあげるだろう。そういうことだ。

とか言いながら、また母は同じことを繰り返すのだろう。

エピソード7:新たな世界へ12のつづき。

週に2回、運動療法のデイサービスを利用している母だが、痛いところや、弱い箇所があるため、痛みを伴う運動は控えるようにしている。

それを見たお仲間の老婆が「あんた、どこも悪そうにないのに、何でやらないの?」と聞いてくるそうだ。母は言っても分からないだろうから、やんわりとやり過ごしていたそうだが、毎回同じことを聞いてくるようになったそうで、ゲンナリしている。

夕飯時に「明日行ったら、私言ってやるわ!」と母。
「そうそう、言ったほうが良いよ。そういう人はガツン!と言わないと、ずっと同じこと言い続けてくるから」と私。
「あの人は、ボスなんだよ。だからあれこれ口を出してくるの、本当にキライだわ!」と母。
「そういう人って、誰も何も言わないから、一発かまして来い!ケンカしても良いよ~!」と私。

私が子供の頃、同級生にいじめられたことがあった時、母は「やられたらやり返せ!」と言って励ましてくれた。
私もその教えに従い、母に同じことを伝えた。

子供でも大人でも、いや死ぬ間際になっても、いじめっ子はいるものだ。
そういう奴には、ガツン!と一発お見舞いしてやらなければ、進展はない。

老齢となり、日々穏やかに暮らしたくても、そうはいかない現実!
人間、生きている間はずっと修行の日々だ。

エピソード7:新たな世界へ11のつづき。

「私のチーズどこ行った?」
チーズの外包みが食卓テーブルの上に放置され、その中身がないと、片手に食べかけのパンを握ったままの母が言った。

「食べたんじゃないの?」とまずは第1回答。

「食べてないよ、今パン食べてたんだから」と言いながら、下に落としたのかと、キョロキョロ探している。

チーズってそれなりに大きさのある固形物だから、そんなものが落ちれば一目だし、食べた記憶がないこと自体が面白すぎる!と私は一人ニヤニヤしていた。

「イキの良いチーズだから、どっかに飛んでいったんじゃないの?」と第2回答を発言してみた。

すると、「あ、そうかもね!」と、真顔で答える母。

「イキが良いから、気付かないうちに、お腹の中に飛び込んでいったんだよ」と第3回答で留めを刺す。

「ああ、そうか…」と、自分のお腹を見ながら納得する母。

歳相応に物忘れがあるとはいえ、今食べたものを探すのって…見ていると、結構面白いのだ。
そういう時は、それ自体を面白がることにしている。
すると、母もそれに乗ってくる。

何事も直球で受け止めたら、疲れるだけだ。
疲れない秘訣は「何事も笑いに変える!」ことだ。

エピソード7:新たな世界へ10のつづき。

今年米寿になった母は、4月から歩行訓練に特化したデイサービスに通い出したが、行けば行ったで、女子トークの洗礼を受け「人の悪口ばかり言う人がいてイヤだ~~」と駄々をこねる時がある。

だが、スタッフの方々の対応は抜群で、その姿勢が変わることはない。いつも細かいところまでケアしてくださり、感謝しかない。

歩行訓練、体力強化訓練のおかげで、以前より食欲も出てきたし、体重も増えた。一時は40キロを切るところまで行っていただけに、体力増強したことはありがたい限りだ。

それまでは体力低下のため、周囲のことを気にかける余裕もなかったが、徐々に周囲の雑音が気になりだしたようだ。
「イヤだと思う感情も、脳には良い刺激なんだから行ってきなさい!」と、叱咤激励する私。

親といえども子供と同じだ。どんなに駄々をこねようが、本人のためになると分かっていることは、こちらがブレない姿勢で貫くことも大切だ。

新たな世界で進化し続ける母との闘い?は、まだまだ続く。


今日から母が歩行訓練施設に通い始めた。
初日ということもあり、いつもは何にも動じない母ではあるが、ちょっとばかり緊張していたようだ。

自宅までスタッフが迎えに来てくれる。
すでに5人のお友達が乗車していたので、皆様に挨拶をし、母を送り出した。

母にとってはこの歳で迎える新たな世界の扉を開いた瞬間だ。
歳を経るほど、新開拓をする機会は減ることを思うと、今回のことはまさにご縁の巡り合わせだな、と思う。

午前中いっぱいをかけてプログラムを進める。
帰りはまた自宅まで送ってくれる。

久しぶりに長時間外の世界に触れた母を心配し、会社から昼過ぎに電話をしてみた。
すると、声も弾んでおり、「楽しかったよ!」とのこと。

ああ、良かった~~と、受話器越しに私は胸を撫でおろした。
これからも、元気に通ってくれることを願っている。


先週末、ケアマネさんと、訓練施設の方達と最後の打ち合わせと契約手続きを兼ねた面談があった。
これからのケアプランや、施設での説明などを受けた。

ついこないだまでは「もう死にたい」と言っていた母だったが、翌週から行ける施設のことや、他の人達と触れ合えることを想像したようで、徐々に表情も明るくなった。

彼らが帰った後、「来週から行くのに、靴がない、ズボンもない、買って!」と言い出した。
「もちろん!じゃ、一緒に買いに行こう!」そう言い、この土日はその準備のための買い物にも出かけた。

今年に入って初めての買い物だったし、バスにも乗った。
人の気力たるや、何か目的が生まれると、こんなにも元気になるのかと、驚かずにはいられなかった。

行き始めたら始めたで、イヤなこともあるかもしれないが、それも含め、良い刺激を受けて、生きる糧になることを祈るばかりだ。


過去の悪夢を真逆の言葉に転換することで、自分との闘いに負けることなく、母の機嫌も良くなるという、ウインウインの状況に変わることを身を以て体験した。

そうは言いつつも、それも長くは続かない。
というのも、私が褒めれば褒めるほど、母の猜疑心が膨らんでいったからだ。

「子供の頃は心ないことばかり言われたけど、私は言わないし、叩いたりしないよ」という私の言動が、母の中にある罪悪心を呼び覚ましているのか?その言動に傷付いたのか?徐々に私からの褒め言葉を訝しがるようになっていった。
私から褒められれば褒められるほど、イライラが募る、と言うのだ。

それは、自分が発した言葉や態度が、真逆となって返ってくるのだから、それらが心に尽き刺さるのかもしれない。それでも私は負けじと、褒め続けた。

ケアマネさんとの面談や、歩行訓練施設のスタッフの方々に褒めちぎられた時の母の反応は、意外にも?良いものだった。その言葉を疑ったり、すねたりすることなく、素直に受け止めていたのだ。

子供である私の言葉には複雑な感情が生まれるようだが、他人様の言葉には心が開くようだ。
こうやって、外界の刺激を受けることが、何より大切なのだ、ということを学んだ。

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