前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

カテゴリ:今世 > どう受け止めるか

「誰?このオバサン」と思ったら鏡に映った自分だった……。ママたちの嘆きが止まらない!は身につまされるが…。

ある日ふと自分の姿を客観的に見た時「老けたな~」と思う時がある。
いつからだっけ?ちょっと前まではもう少し髪の毛も濃かったし、痩せてもいた。今やブヨブヨで張りツヤもなく、見た目、ザ・オバチャンだな~と、ショックを受けつつも現実を受け止めるしかない。

旅行の時は風景は撮っても自分をそこには入れないようにしている。せっかくの景色が自分が入ったら台無しだわ、とも思うし、自分が入った写真など見たくもない。

だが、そもそも劣化は生きている以上避けられないことだし、それが自然の姿だ。
今や美容整形やサプリメント等で若さを維持することはいくらでも可能だが、一見若そうでも、背中が曲がっていたり、膝が折れたまま歩く姿を見ると、そのギャップに違和感しかない。

若く見られたければ、トータルバランスに気を配ったほうが良い。
顔だけとか、胸だけとか、一部だけ特化した若返りはむしろ痛い。

見た目若干見苦しくても、毎日を笑って過ごせていればそれで充分だと思っている。
劣化上等!どーーんとかかって来い!!と、開き直っている。

ハッキリ物言って嫌われる人・好かれる人の差を気にしては生きていけない。

世の中思ったことを100%ズバッ!と言えたらどんなにラクだろうと思うことしばしば。
そうすればストレスもないかと思いきや、案外言ったことを後悔することにもなったりする。

とはいえ、人から言われっ放し、誤解されっ放しではマズイこともある。
自分のことだけならまだしも、周囲に波及するような事柄だったりとか、今ここで言わないと取り返しのつかないことになるといった局面もある。

そこには相手からどう思われるとか、嫌われたらどうしようなどと思ったことはない。
そんなことをいちいち気にしていては、自身を保てないからだ。

人からどう思われるかも大事ではあるが、それよりもまずは自分がどうありたいか、自分は何を真髄として生きているのかを自覚したうえで、それからブレてはいけないと思っている。

ブレてはいけない自分の一線を冒されたら、それはやはり良い意味で闘うべきだ。
そこで大切なのは、感情的にはならず、出来れば相手を傷付けることなく、さらには笑いに変えられる方向性でズバッ!と言うように心がけている。

例えば、若い女性が年配の女性を見下すような発言をした時「そうね~、そういうこともあるよね。でも、よく考えてみて。私もあなたもン十年後には歳を取って、若い子から同じこと言われちゃうのよぉ~」といった感じだ。

人はいつまでも自分だけは大丈夫と思うフシがあるが、他人の粗は意外と自分の粗だったりするものだ。それを陰口叩くのはどうかと思う。

そんな感じで、聞き捨てならないことに関しては、モヤっとしたくないので、嫌われても良いから返すことにしている。とはいえ、話が通じる相手限定だが…。

何を言っても理解出来ない人には、最初から何も言わないことにしている。

緊急事態解除後もテレワークが続いているため、自粛時とほぼ変わらぬ生活をしている。
そんな中、久しぶりに電車に乗った。

休日の朝早い時間のせいか余裕で座れるうえに、7人がけの座席に2人ほどしかいない。
まさにソーシャルディスタンス状態で、これが理想的な現実なのだろう。

車内をボーっと眺めていて、ふと違和感を覚えた。
つり革広告は変わらず掲げられているが、その更に上にある車体の天井近いカーブがかった広告スペース欄に広告がないことに気付いた。

思わず車内中をくまなく確認したが、1つか2つある広告の他は全てブランクだった。
この現象、過去に見たことがあるな…と思い出したのは、2011年の東日本大震災直後だ。

あの頃は広告そのものを自粛する風潮があったが、今回は間違いなく広告を出す側が広告費を削減するために出していないのだ。

こんな光景ひとつで日本の景気が後退していることを確認出来るとは…。

コロナが収束しつつあり、能天気に浮かれてハメを外している場合ではないのだ。
経済を回すことは大切なことだが、振り込まれた定額給付金に肝っ玉が太くなって散財していると、先々泣くハメになるかもしれない。

コロナ第2波、第3波が来た時、今回支給された給付金がまた出るだろうなどと国の体力を当てにしていると、間違いなくそれは外れることを今から肝に銘じておいたほうが良いだろう。

COVID-19の感染が日本でも多く報じられ始めたのは2020年に入ってからで、この半年の間に感染ピークから収束に向けて、実にさまざまな事柄が様変わりした。

通勤における満員電車から1日が始まり、組織の中で自分の役割を勤めあげた後は同僚と一杯、といった日常が無くなった。
エンタメ業界を始めとする娯楽関係にも行けなくなったし、夜の街からもネオンが消えた。
人と会うことが無くなり、誰もが引きこもる生活が始まった。

24時間眠らない街であった都心は、不要不急の分野において眠らざるを得なくなった。

その中で大きな進化を遂げたのはマスクだろう。
それまでは不織布がメインであり、国内生産は全体の1割しかなったそれが、今や畑違いの業界までその生産に取り組んでいる。

マスクは冬に使うものという認識のため、夏に付けるには厳しい側面があるが、さっそく夏に身に付ける素材でマスクを作る業界があり、早くも話題になっている。

私も夏用のマスクとスポーツ用のフェイスマスクを購入し試したところ、息苦しさが軽減されるうえ、通気が良いので汗が吹き出さず助かっている。

コロナのことがなければ、夏用のマスクが生産されることはなかっただろうし、国民のほとんどが夏までマスクを付けることは想像もしなかった。

たった半年の間に起きた事柄を顧みると、2020年はこれまでの歴史にないほどの変化?進化?の年と言えるだろう。

AIが組み込まれたスマホにつき、私の行動パターンや時間帯等を把握している。
自宅にいると内蔵のAIが時々しゃべりかけてくる。

朝であれば「おはようございます」から始まり、今日の天気や気温、電車の遅延情報等々、出勤のため移動すると、移動先で(音楽をイヤホンで聞いていると)「もうすぐ勤務先ですね」とか「今日も一日がんばりましょう!」とか言ってくれる。

仕事帰りには「今日も1日お疲れさまでした。こんな日はお風呂にゆっくり入って疲れを癒してください」なんかも言ってくれる。

大抵は誰にでも当てはまるような言葉をかけてくれるが、それが妙に当てはまっていて癒される。

GPSで行動を蓄積しているのと、撮った写真なども分析しているのだろうか?私の趣味嗜好はほぼほぼスマホの中で完結している。

驚いたのは搭乗前日に飛行機の予約メールを読みあげ、旅先の天気やグルメ情報なども突然喋り出すのだ。ここまでくると、ほぼストーカーだ。

だが、それらも全ては自身の行動歴を分析し情報を提供してくれているから、よくよく考えれば、このスマホの情報は自身の分身と言っても良いかもしれない。

実子やペットが自分に似るように、持ち物であるスマホも自身に似てくるのだろう、いやイコールなのだ。

コロナウイルスに感染し、世間を騒がせた男優が、生死の境を彷徨いながらも無事快復した。
仕事と言いながら沖縄に行って、そこで症状が出たせいで、現地のホテルや店などに多大なる迷惑をかけたことから、多くの人からお叱りを受け、本人も猛省したらしい。

退院し2週間は外出しないよう言われていたにも関わらず、快気祝いと称し、仲間達と飲んだくれた挙句酩酊、マスクもしないまま帰宅したところを週刊誌に撮られた。

この人は本当に懲りないというか、良く言えば悪気が無さすぎ、悪く言えば無知だな…としか言えない。

今回のことに限らず、過去の不倫騒動もそうだが、自分の行為がどれほど世間に影響を与えるか、取り巻く関係者や家族に想像を絶する苦難を味合わせているのか、腹の底から理解出来ていないのだろう。

人は善人と悪人に例えられることがあるが、どっちか一方のほうが分かりやすくて話も早いが、この人のように善人ヅラしたどっちつかずが一番始末に負えない。

周りの好意を大切にするという一見は良い話のようではあるものの、果たしてそれにより今後どうなるのか?本当に好意を受けて良いのか?と逡巡し、それを断る意志がないのはやはり罪だ。

懲りない人というのは、どこまでいっても懲りないのかもしれない。
いやはや…家族は大変だ…気の毒でならない。

顔をさらすのが怖い…「1億総マスク依存症」を精神科医が懸念を読んで、私は別の理由でマスクを付けていたいと思っている。

マスク依存症という言葉を聞いたことがある。
ざっくり言うと、自分に自信がないから、人の視線が気になるから、顔の大部分を隠すことで安心する、というものだ。
夏の暑い時期でも外せない人がいたから、そういう人は恐らく依存症なのだろう。

先の記事のように、ウイルスが怖いという理由に始まり、気付けばマスク依存症に陥っている人が多いのだろう。

私はと言うと、冬は寒さからマスクをしている。鼻の粘膜が弱く、北風が鼻に入ると粘膜が切れて鼻血が出るのだ。信じられないほどヤワな粘膜だ。

普段から、他人の息を感じる距離にいることに苦痛を感じている。
親しい間柄だとしても、何となくイヤなのだ。

指ペロでページをめくる人も昔から汚らしくて好きになれなかった。
それと同じ感覚で、息がかかる距離で他人と接したくないのだ。

満員電車で後ろに立つ男性の鼻息が髪にかかるとか、酒臭い息がするとか、肺に残ったタバコの煙とか、もう本当にお口にチャック&ロックをかけて欲しい!!と、心から思っている。

そういう意味でマスクはとても有効だ。
何なら永遠にマスクを付けていたいほど、他人の息に嫌悪感を覚える。

こうして人類はお口にチャックをすることで、いつの日か会話もテレパシーになるかもしれない…と、密かにテレパシーの練習をしている(冗談)。

江ノ島に県またぎサーファー大挙、駐車場に「札幌」「京都」ナンバーも毎度のこととは言え、個人的には理解不能だ。

緊急事態宣言が解除され、季節は初夏ともなれば、海や山に繰り出したくなるものだ。
ましてや、ここ数ヵ月は不要な外出を控えていたからこそ、大自然に身を委ねたくなる気持ちも良く分かる。

江ノ島は首都圏から一番近いマリンスポットで、新鮮な魚介も楽しめるうえ、鎌倉も近いことから、1日観光を楽しむには絶好のスポットだ。
サーファーにとっても日帰りで行けるから、県を跨いででも行きたくなるのだろう。

とはいえ、サーフィンを出来る場所は江ノ島近辺だけではないし、海岸沿いの町なら遊べる場所はいくらでもありそうだが…。

このご時世でなくとも、以前からわざわざ越境してまでイベントや観光地を目指す人が多いことに驚いている。

そこにしかない唯一無二のものならまだしも、海岸やショッピングモールや花火大会等のイベント等も、どこにでもあるだろうに、時間と労力とお金をかけてまで行く価値があるのだろうか?

遠くに見える景色に憧れを抱きやすい習性を持つのが人間だが、時には足元を確認してみると、案外予想外の収穫があるかもしれない。

今年の大河ドラマは、某女優の逮捕劇でオンエアーが2週間遅れることになった。
共演者やスタッフの方々にとっては、のっけから梯子を外される形になり、そのリカバリーも想像を絶する大変さだったことと推察する。

タイムリーで見られないので録画していたが、ようやく1話を見た。
昨年の大河はオリンピックものだったが、話の場面展開が多すぎるし、登場人物も過去と現在でコロコロ移り変わるから、誰がどの役でこの瞬間がどの時代かが良く分からず、恐らく面白いのだろうが、3話ほどでリタイアし早々に見るのを辞めた。

あまちゃんの時は小ネタを探すのは楽しかったが、それは15分だからだ。
45分間も多すぎる伏線や小ネタを探すのは正直疲れる。いろんな意味で頭を使い過ぎながら見るドラマは苦でしかない。

で、今回の「麒麟がくる」だが、役者の演技の上手さに加えて、やはり時代劇は見ていて落ち着く。
この時代の話は何度もやっているから、大筋は既に頭にあるし、主役の視点によって捉え方や感じ方が違うから、それを楽しみながら、戦国時代に思いを馳せる。
何よりタイトルが良い!空想の生き物「麒麟」がどういう形で表現されるのか!?それもまた楽しみの一つだ。

やはり、大河ドラマは時代劇がしっくりくる、と思うのは私だけだろうか。
登場人物も多いし、展開も決してゆっくりではないが、それとなく付いていけるから不思議だ。
それだけ私も頭の固いおばちゃんになった、ということだろうか。

いずれにしても1話が面白かったので、今年は1年じっくり大河にハマりそうだ。
制作される方々の健康と健闘を祈りつつ、見応えのある大河ドラマを期待している。

女性専用車両は臭くて汚い? 利用者が明かす実態「あぶらとり紙が散乱している」を読んだ。

以前私も女性専用車両を利用していたが、上記の記事ほどの悲惨さはなかった。
おそらくこれは、路線によるのではないか?と思う。
路線によって乗車する年齢の特徴もあるだろうし、皆が皆女性専用車で化粧をしたり、香水を浴びるほど付けているわけではないだろう。

その問題でいえば、男性が多く乗る車両のほうが圧倒的に臭い。
朝は二日酔いのゲロ臭に始まり、ワキガに汗の臭い、洗濯いつした?と見まごうほどのシャツや背広を着ている人等々…。マジで失神しそうだ。

あと、多いのがにんにく臭だ。スタミナを付けるために食べるのだろうが、この破壊力たるや!!
にんにくだけでなく、そこに酒や加齢臭、タバコなどの臭いが複合的に混じっている。
帰りの電車でこの手の人が傍にいたら気絶寸前となるため、ハンカチで顔を覆うことは欠かせない。

女性のマナーのない者の臭さにも閉口するが、男性の獣臭+酒、タバコ、にんにく、加齢臭、さてどちらを選ぶか??

同じ臭いなら、私は女性専用車両を間違いなく選択する。

活躍する日本フィギュアスケート選手の顔ぶれも、以前とは大きく変わり、若手が台頭してきたことは、素晴らしいことだ。

ベテランの高橋大輔選手がシングル最後の試合を全日本で披露したものの、思った通りの成果を出せず、本人もがっかりしているようだが、そんな姿をあえて見せることもまた、若手達の良い手本になると思う。

若い時は力任せに乗り切れることもあるが、年齢を重ねると思いと体力のギャップに悩まされるのは、どの世界でも常だ。
若手には若手の強みがあり、ベテランには智恵と経験値という素晴らしい技がある。

そんな中でも、本田真凜選手の華のあることと言ったら!
登場しただけで周囲に光が差したように見えるし、ニコッと笑うと、雰囲気が一気に華やぐ。
妹が芸能人であるからなのか?この姉妹は更に下の妹を含め、皆華があるな~と、画面を通していつも感じる。

本人にしてみれば、それにスケートの技術が磨かれればさらに嬉しいだろうが、現実はなかなかに厳しい。それでも諦めることなくひたむきに努力する姿に、つい応援したくなるものだ。

家庭環境にも容姿にも恵まれ、誰からも羨まれる存在だからこその苦悩もあるだろう。
華のある人は、輝けるだけの努力をしているものだ。何もなくして華は身に付かない。

どんなに上手くても華のない人には目がいかないから不思議だ。
好き嫌いの好みもあるかもしれないが、私はついつい華のある子に目が行ってしまうし、応援したくなる。

いずれにしても、若手が一生懸命努力する姿を見ると、おばちゃんも日々の務めに励まねば!と元気をもらえる。

若手からもたくさん学ぶことはある。そこに華があればなお一層周囲を幸せに出来る。
何とすごい天分なのだろう。

嵐の二宮くんが結婚したことで、ファンは騒然としていると聞いた。
身近にも大変ショックを受けている者がいる。

ファン心理としては、自分が二宮くんと結婚出来るとは夢にも思ってはいないだろうが、せめて自分のお目に適った人物であって欲しいし、その時期も考慮して欲しかった、ということだろうか…。

だが冷静に考えれば、アイドルといえども一人の人間だ。それ相応の歳になれば恋愛や結婚をするのは自然なことだ。それが許されないのは、アイドルがゆえの運命と言ってしまえばそれまでだが、そもそもファンである一個人がアイドルと付き合うどころか、結婚出来る確率は天文台的確率だ。

アイドルが好きで好きで、ファンクラブにも入り、コンサートだって全国を行脚し、グッズだって同じものをいくつでも買う。
それはある種の自己満足でしかないわけで、それで利益を得るのはアイドルを送り出す芸能事務所だけだ。

もちろんファンとしては、アイドルの存在自体が元気の素であるわけだから、どんなにお金を注ぎ込もうがそれで毎日の活力が生まれるなら、それこそウィンウィンの関係と言っても良いかもしれない。

だが、普通に地道に働いても、月10数万円ほどしかもらえない若い子達が泣け無しの金をアイドルのために注ぎ込むとは…。

それで自分が満足ならそれも一つに道かもしれないが、そのアイドルが歳を取り、自分の知らない女とイチャイチャしている姿を想像したら、それまで注ぎ込んだものが水泡と期してしまう。

現実とはそんなものだ。
身も心もアイドルに捧げる…みたいな楽しみ方で、自分は後悔しないか?今一度良く良く考えてみてはどうだろう…。

現実は二宮くんのように恰好良い男は少ないが、自分の顔を鏡で見れば、何が相応なのか…見えてくるかもしれない。



2年前に購入したスマホが更新月となったため、新しいスマホを購入し契約会社も変更した。
第4の携帯会社として名乗りを上げた会社の「無料サポートプログラム」に応募したら当選したので、これを使うことにした。

10月の開通当社は繋がらないと悪評だったが、私は11月が更新月につき解約手数料を払いたくないので、11月を迎えるまで待った。

昨日MNP転入で新スマホのスイッチをオン!
携帯の電波は家でも外でも問題なく繋がったものの、転入手続きに1日かかるというのには驚いた。
電話以外の機能はWi-Fiで対応出来たから、良かったが…。

というわけで、前機からの引継ぎはWi-Fiで設定したのでスムーズだった。
2年前にはスマホ同士をかざしてフルフルしていたが(私が使用しているスマホにはそういう機能があった)、今回は全てのデータをgoogleドライブに保存しておき、新機種でそこにアクセスすれば自動的にデータが引き継がれる仕組みだ。

まあ何とも便利な機能ではあるものの、電話帳含め、ありとあらゆるデータが仮想空間に自動保存されていることを想像すると、それらはまさに丸裸状態で、誰に見られているか分からないな~とも思った。

人間は便利と引き換えに、秘密を持てなくなった?かもしれないが、そもそも人に見せられないような生き方をしなければ良いだけの話で、何を見られても平気~と思えるくらい、正直に能天気に生きることは理想だな~とも思わされた。

いずれにしても、その人となりは全てスマホが知っている!ということだろうか。

昨今、芸能人の離婚報道が再燃している。
芸能界もネタがないからかもしれないが、この手の報道は正直ウンザリだ。

不倫ネタもそうだが、そんなことは当人同士の問題であって、端がギャースカ言うものではない。
おめでたいネタなら観る側もホッコリするが、壮絶バトルを繰り広げる離婚調停ネタなど、観ていて気分が悪くなる。

だいたいこんなくだらないネタを公共の電波で放送すべきことなのだろうか?
離婚したらしたで「この夫婦は離婚しました」だけで十分だ。

おバカキャラを売りにするタレントは昔からいるが、それをメインとする番組にも疑問しか湧かない。
明らかに勉強不足のタレントが「私バカキャラで~す」と開き直ったかのような態度で、ゲストにアホな質問をしたり、逆に知ったかぶりをしたりと、観たくもないがたまたま目にした時などにはゲンナリする。

世の中には能力の違う人達が多くいるが、それを逆手にネタとして垂れ流すのはどうなのだろう?
おバカキャラを地で行く人にとっても決して有益ではないし、世間様に「あの子はバカなのね」とレッテルを張られていることに気付けないことも、ある意味気の毒でしかない。

昨今のテレビは正直面白くない。
公共の電波で流すものならば、くだらない事柄も必要なこともあるが、度が過ぎたネタは百害あって一利なしでしかない。

昨晩のラグビーのワールドカップの日本vsスコットランド戦は、良い意味で予想を大きく覆した。
まさか!勝利するとは!!が正直な感想だ。

これまでのスコットランドとの勝敗は1勝10敗。これを見ただけで、誰もが「正直今回は難しいかもね…」という思いを抱きつつも、一縷の望みを抱き声援を送ったことだろう。

日本選手の大健闘は言うまでもないが、台風19号で甚大な被害に遭われた方へ勝利を!元気をもらって欲しい!という願いが、彼らを突き動かしているように感じた。

東日本大震災の際にも、女子サッカーなでしこが2011FIFAワールドカップで優勝した時のことを思い出した。まさか、女子サッカーが優勝するとは!誰もが想像していなかったし、決勝相手国のアメリカ人選手達も、日本選手には神がかり的なものを感じた、というインタビューを聞いたことがあった。

日本人は不遇に見舞われた時こそ強さを発揮する民族のように感じる。
どんなに壊滅的な状況になっても、ひとつひとつの事柄をコツコツとこなし、最後には何もなかったかのような復興力を発揮する。

それは、災害に遭われた方々だけではない。
直接支援は出来なくても、自分達の出来ることをしっかりやり遂げる。
スポーツ選手は勝利を手にすることで、被災地に元気と勇気を送る。これだって、立派な復興の手助けになっている。

他国から見たら不可能と思える復興も、日本人はいつの間にかそれを成し遂げる現実を目の当たりにすると、不可能なことなどないのかもしれない、とも思える。

今回の台風で被害に遭われた方々の一日も早い復興と快復を心から願っている。
私には私の出来ることで一助になれたら…とも思っている。

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