前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

カテゴリ:今世 > 課題

東京を始め、地方でもコロナ感染は増加の一途だ。
沖縄の離島でもとうとう感染者が出てしまったし、これまで感染者ゼロの岩手も第1号が出てしまった。

地方では感染者が少ないから、その行動履歴がつぶさに日本全国に報道され、本人はさぞやいたたまれないだろうな、と推察する。

日本のPCR検査は人口比での実施数は世界159位だそうだ。
えええーーーー!!!と、驚きでしかない。

恐らく3月頃の感染者数が少なかったのは、ただ単に検査が出来なかったからであり、現在も検査数は増えているとはいえ、それでも世界から見たら圧倒的に少ないのだ。
ということは、隠れ感染者はもっといる、ということだ。

こうなったら、朝、晩の検温と同様に、朝、晩PCR検査が簡単に出来ることが肝要だ。

世田谷区では区民全員に「いつでも、どこでも、何度でも」検査を無料で実施することを発表した。
区単位で出来ることが、なぜ国は出来ないのだろう。

休業要請のために持続化給付金をばらまくより、PCR検査をくまなくやって、感染者は即隔離し、健康な人で経済を回したほうが建設的だと思うのだが…。

GoToトラベルだって、朝晩のPCR検査が可能になれば、安心してどこにでも行ける、というものだ。

まずは「検査をする」そのうえで「選別をする」。
そんなシンプルな仕組みをなぜ国は作れないのだろう。

進化するウイスルにワクチンは有効ではない可能性が高いのだから、そこにかけるお金を検査に回せば良いのに。
あ、そうそう、アベノマスクもね、ドブに捨てる金があるなら、PCR検査だろ!!

コロナ対策で、国は各自治体に大方を丸投げし、あとは自己責任でよろしくね!が普通になってきた。

ここで露見したのが、丸投げされた責任放棄にどう対応したか?各自治体の長の出来・不出来が露わになった。
コロナは長期戦必至であることから、その差は余計広がるばかりだ。

各自治体にどれだけの権限や決定権があるかの詳細は素人には全く不明だが、与えられた中で最善を尽くせるかどうかは、やはり指導者の腕の見せ所だ。

国のやることが後手&ポンコツ過ぎるから、優秀な指導者はそんな者には頼らず、先手で物事を決めるし、実行も早い。自分の専門分野でなければ知見のある者から意見を聞き、余計な情報の精査にも長けている。

国がポンコツなのは、船頭が多くて先に進まないというのが一番の原因だろうから、これはとりあえず置いておくとしても、直近で対応しなければならない優先順位を俯瞰して判断出来るのは、各自治体の良さだろう。

それぞれの人口や予算にも差があるから、一概には語れない部分もあるが、そこはその場で暮らす者が物事の優位性や特質を見抜き判断すべきだろう。

有能な指導者は冷静、沈着、俯瞰する目を持ち、腹が座っているから判断に迷いがない。
ポンコツな指導者は周りの意見に頼り過ぎ、目の前のことに翻弄され、長としての腹が括れていない。

見た目同じ人間であるのに、この差って何だろう…と、報道を見るたびに思わされる。

医療機関としては全国初のコロナ倒産 岸本整形外科医院(岡山)が破産申請を読んで先行不透明さを痛感した。

コロナ感染症により、休業を止むなくされた企業や商店等は多いことだろう。
いくら給付金が出るとはいえ、毎月の売り上げからみたら焼石に水だ。

医療機関はコロナ患者のために病棟を分け、本来治療の必要な人達を後回しにし、医療従事者は昼も夜もなく、ただひたすら患者のために働き詰めだった。

それなのに、夏のボーナスは出ないわ、周囲からは言われなき差別を受けるわ、自身も感染のリスクを抱えている、もしくは感染してしまったという者もいる、挙句の果てに病院は倒産するわ、ではまさに踏んだり蹴ったりも良いところだ。

指定感染症だから患者は医療費が発生しないかもしれないが、手当する側の収入まで無くなる?のでは、ボランティアじゃないんだから、そこは国がきちんと手当するべきだろう。

そもそも病院が倒産してしまっては、他の病気を抱える患者の行く先は無くなるし、コロナ患者を受け入れる病院も無くなってしまうだろう。

誰もが痛み分けをしている現実があるものの、根幹となる医療機関までもが倒れてはまさに本末転倒だ。

国には国の言い分があるだろうが、優先順位が何なのか?よくよく考えて欲しいと切に願うばかりだ。

普段はテレワークをしており、久しぶりに出勤した。

早朝勤務帯を選択しているので、必然的に朝早い電車に乗車するのだが、これが結構混んでいる。
6時台の電車なのに、自分の半径1メートルも空いていない密度だ。

非常事態宣言中のほうが空いていたな、でも、今のほうが感染者多いんだけどな、とも思い周囲を見回すと、おじさん率が高いことに気付いた。

テレワークをしたがらない中年男性が多いというのは記事を読んで知っていたが、電車内のおじさん率から、妙に納得させられた。

ランチ時に外に出たが、オフィス街のため多くの飲食店があり、どこも結構な混みようだ。
あるラーメン店はカウンターのみで、隣の人と肩が触れるほどの至近距離!これって、密じゃん!!
もくもくとラーメンを食べるだけで長時間滞在するわけじゃないから、良しとしているのだろうか。

どんなに感染対策をしているとはいえ、昼休み帯は一斉に街や店に人が押し寄せるから、否が応でも密にならざるを得ないし、消毒の徹底も手薄になりがちだ。

これじゃ東京で感染が広がるのは当たり前だ。
非常事態宣言中はテレワーク出来ていた企業は今後も続行すべきだ。

それを嫌がり出勤したがるおじさん達は窓際もしくはリストラ候補となっても仕方ないだろう。
企業に勤める限り、パソコンが使えないとか、スキルが上がらないとか言ってる場合じゃないのだ。

たいして難しい操作をしているわけではないのだから、せめてブラインドタッチと人並みのスキルを身に付ける必要がある。それが出来ないなら、パソコンを使わない仕事に転職するべきだ。

コロナウイルスには多くの型があり、中国発症の型、ヨーロッパ、アメリカ型等、さらにその種類も多岐に渡るそうで、とうとう日本でも東京型、埼玉型とよばれる株が見つかったそうだ。

侵入した人間の体の中で変異していくため、国や人種等の違いによって、新たな株が誕生するという、これまでにない進化した?ウイルスと言える。

ということは、特効薬があったとしても、人によっては効かないということになるし、ワクチンが出来ても、型の種類が多すぎるため、これまた万能ではないことが理論的に導き出せる。

来年に延期された東京五輪だが、この状況ではどう見ても開催は危ぶまれる。
日本は島国だから、鎖国でもすれば早々に収束するかもしれないが、他国から人が入る限り、それは見込めないし、オリンピックをするのであれば、なおさらだ。

日本選手だけ万全の準備が出来たとしても、他国の選手が拒否すればオリンピックは成立しない。

IOCは延期でOKとは言うものの、状況からして厳しいのが大方の見方であろう。
そうであれば、それに合わせた対策を今から打つべきだろう。
開催ぎりぎりになってやはり中止という選択になれば、何より選手が気の毒だし、関係者にも大打撃だ。

影響が大きければ大きいほど、可否の判断もしくは代替案の決定は早いほうが良いと思う。

政府の施策「GoToキャンペーン」が物議を醸している。

コロナ感染者が増える中、7月22日の旅行から対象となるこの施策、1泊につき一人最大20,000円の補助(内14,000円が実質補助、6,000円はクーポン券など)が出ると聞いたら、そりゃ、行くでしょ!
でも、感染者の多い東京の人は来ないで!と言われている現実を思うと、複雑な気持ちになる。

最初は歌舞伎町や夜の街関連から感染者が出たと言われていたものの、今や感染経路不明者も多数、家族感染もありで、市中感染が広まったといっても過言ではないだろう。

結局ウイルスは何をしても無くならないのだから、これ以上自粛をしてもあまり意味がない気もするが、高齢者や体力のない人にとっては脅威なことを思うと、そこの手当に尽力したほうが良いと個人的には思う。

体力のある若者に遊ぶなと言ってもそれはムリな話だ。
自分達が高齢になって重症化して初めて分かることだからだ。

政府はGoToキャンペーンを撤回する気はない様子。
アノベマスクもそうだが、一旦出した手をひっこめるわけにはいかないだろうし、地域を限定したとしても、意図的にそれを利用する輩も必ず現れるのだから、細かい網を張っても労力と時間と経費のムダだろう。

きちんと自分の頭で考えて、今は行くべきではないと判断すれば行かなければ良いし、今すぐ行かなくてもキャンペーンは来年の3月まで(予定)対象のようだし、状況を見て判断するしかないだろう。

どんな施策でも笑う者もいれば、泣く者もいる。それが良いとは言わないが、そこをどう工夫し、乗り切っていくのか?それに文句を言うだけなら誰にでも出来る。

自分なりに考え、行動に移すこと、それが何より大切なことだ。

タワマンを買うのは「東京を知らない地方の人たち」は本当か?を読んで、だよね~と思った。

タワーマンションに住んでいると言うと、一見セレブ感が漂うが、何が良いのか個人的には理解不能だ。

以前タワマンに住む友人宅(高層階)を訪れたことがあるが、確かに眺めは良いし、角部屋だったのでベランドも広く、窓も大きいから解放感もあって、良いね~と思ったが、ものの1時間もいたら、正直飽きた。

暑いからと窓を開けると強風凄まじいし、モノレールが走る近くのタワマンだったから、その音も結構強烈だった。
人聞きも良いし、見栄えもするが、長年住み続ける所ではないな~というのが正直な感想だ。

賃料目当ての不動産投資ならお得感はあるかもしれないが、長い目で見た場合、それとてたいした収益にはならないのでは?とも思う。

マンションの耐久性はせいぜい30年ほどだ。そのために億単位の部屋を購入したとて、そこに土地は付いてこない。マンションが老朽化したら、管理費も高くなるし、未来においてメリットはほとんどない。

昨今は、川端や海端に高層マンションを建てる傾向にあるため、海風も強く潮風で老朽化も早い。
そんなポンコツ物件を高いお金を払って買いたいとは思わない。

そこに住む人達が見栄っ張りの田舎者だらけかどうかは不明だが、長年東京に住み、その土地柄を知っていれば、まず買うことはないだろう。

「知らぬが仏」とは、まさにこのことか!?

田舎の老人ホームに「80代の母親」を入れたら大後悔した息子の悲劇を読んで誰しも介護に迷っているんだなと思わされた。

以前何かの記事にあったが、人類は人類史上子育てはずっとしてきたけど、親の介護の期間はほぼないか、短いものだった。だから、介護を放置する者が多いし、そもそも人間の遺伝子に介護というDNAはない、と書かれていたことに妙に腑に落ちた。

現代のように100歳まで生きる有様は、これまでなかったことだ。
だからこそ、その対応に誰しも困るし迷うのだ。

子供は育てれば日々成長していくが、高齢者は心身共に衰退の一途を辿るばかりだ。
私も親の介護を始めてかれこれ15年ほど経つ。

その間に父は亡くなり、今は縦のモノを横にも動かさなくった、昔は母、今はお嬢様のお世話にかかりっきりだ。

身体能力も日々衰えていくので、デイサービスに通わせたり、訪問マッサージに来てもらったり、夜は寝るまで様子を見つつ…という毎日だ。

とはいえ、私もフルで仕事をしているので、100%介護が出来ているわけではないが、却ってそのほうが良いと思っている。
もし、介護100%になってしまったら、今度は私が潰れてしまうだろうと想像出来るからだ。

幸いなことに、目は離せない状況ではあるものの、母は自力歩行も食事も出来るので、それだけで充分ありがたいと思っている。日々食も細くなっているので、具合の悪い日の方が多くなってはいるが、それでも、何とか過ごさせてもらっている。

身体能力の衰退もさることながら、精神も子供に還っていくので、あれがイヤ、これがイヤとわがままを言っては困らせられることもあるが、そこで怒りに負けると後で自分が情けなくなるので、何とかそれを笑いに転換できるよう、精進の日々だ。

子育ては親が育てられるというが、介護は子供が育てられる、とも言える。
いずれにせよ、人類史上初めての介護の日々なのだから、手探りで最善を尽くし、自身で出来たことに後悔しない、自分を責めないことが大切だろう。

私も他人から見たら足りないことがたくさんあるかもしれないが、自分が出来る限りのことはしているので、そういう意味でいつ何があっても驚かないし、後悔はない。

子育てに正解がないように、介護にも正解はないのだ。

人間いつかは肉体から離れなければならない。
その日がいつ訪れても良いように、出来る限りのベストを尽くす、それに尽きるだろう。

「リモートワークの体で、実際は出勤していた」――立ちはだかる「昭和おじさん」の壁、ある地方公務員の告白【#コロナとどう暮らす】を読んで笑ったが、笑いごとではない!

PCもろくに使えない昭和のおじさん、たくさんいるよね~~と、同感。
頭が凝り固まっているからなのか?新しいものを吸収する能力が無くなったからなのか?

毎日出勤してPC触っているはずなのに、いつまで経ってもブラインドタッチも出来ないし、エクセルやワードを使いこなすなんて、夢のまた夢。
挙句の果てに、やり慣れないSNSに手を出して、うっかり発言で炎上!する始末。

こういう人達に共通するのは、昔の武勇伝が全てで、そこから脱却、進化する気がないことが大きな要因だろう。
だから、上司という立場を利用して部下を終電まで呑みに付き合わせる。
呑むだけではなく、カビの生えた昔話を延々とリピートし、聞きたくもないヘタクソな昭和歌謡を熱唱され、部下にとってはまさにパワハラ以外の何物でもないだろう。

こういうおじさん達が企業の進化と部下の成長を阻んでいるのだ。

政治家もそうだが、ITが何たるかも知らない人が大臣になる現代、まともにPCやスマホも使いこなせない人を重職に置くことを禁止したら良いだろうとも思う。

世界でIT、AI化が否が応でも進んでいる最中、いつまでも旧態依然とした日本社会の在り方は危機的、いや末期的といっても良いかもしれない。

人間も進化しないと、気付いたら周りに誰もいなくなった…ということになるかもしれない。
それでも昭和のおじさん達は武勇伝を語ることは止めないのだろう…ある意味おめでたいことではあるが…( ;∀;)

荒川決壊したら…避難先はどこ?「江東5区」広域避難の限界露呈は他人事ではない。

昨年10月に見舞われた台風19号では、都内でも45年ぶりに多摩川が氾濫し多くの被害が出た。
その際、荒川も決壊寸前だったと後で知った。

現実問題として、荒川が決壊したら墨田区、江東区、江戸川区、足立区、葛飾区はどうなるのだろう?
地図で見ると江東区は荒川と隅田川に挟まれた、いわば中洲のような地形となっており、それを取り囲むように上記他4区があるから、荒川が決壊すれば被害は甚大だ。

江戸時代以前、東京駅の八重洲側(延長線上含め)はもともと海であり、埋立により今の地形となっているから、上記5区の海抜はほぼ10メートル以下の地域ばかりだ。そんなところで川が氾濫したり、津波が来れば水没する。

台風や大雨、津波が来た際、上記5区が避難する場所は一部の人にはあっても、ほぼないに等しい。
だからといって今更どこかに引っ越すわけにもいかないだろうし、日々の生活がある。

後は一人一人が自衛するために今出来る対策を立てるしかない。
上記5区以外であっても、自然災害は未知だ。
他人事とは思わず、いつ何時何があっても良いように、その対策と心の準備だけは万全にしたい。

篠原涼子主演の「ハケンの品格」が13年ぶりに帰ってきた。
13年前もタイムリーで観ていたが、今回も思わず観てしまった。

多くの資格を持ち、どんな難題でも正社員以上のパフォーマンスを発揮するスーパー派遣社員こと、大前春子の働き方は、13年前ではあり得ないほどのマイペースぶりだったが、現在はそれが一部当てはまっているものがあって、先見の明があるドラマだったのでは?などと思っている。

実際、こんなスーパーマン的な派遣社員がいるかどうかは別としても、ドラマの中で描かれている、正社員は使い物にならないという図は、どこにいっても「そうそう!」と頷けるものばかりだ。

新卒で入社し、その会社しか知らない人間にとってみれば、そこだけが自分にとっての世界であり常識だ。どんなに理不尽なこと、不可思議な事柄でも、その中では当たり前であると、知らぬ間に世間からズレた生き方を強いられることになる。

そんな時、多くの会社を渡り歩き、多様性のある働き方が出来る人間が来ると、その会社のズレや時代遅れを見事に一刀両断し、周りはそれに圧倒されてしまう。

つまるところ正社員がポンコツなのは、ひとつのところに居続けるからである。
稀に出向とかで関連会社に異動することもあるが、所詮関連会社だ。似たような働き方だから、ほぼ進展はない。

正社員も真逆の業界に出向させるなどし、否が応でも精進せざるを得ない状況にすれば、少しは使い物になるかもしれない。
いくら学力が高くても、最終的には人間力がモノを言うし、それが生きる力だ。

ポンコツと言われたくなければ、自らを律しつつ精進するしかないのだが、その方法が分からないという者が殆どだろう。

早い話、ひとつのとろこにずっといると、人間はポンコツになる、ということだ。
ポンコツのまま定年を迎え、ポンコツ気分のまま老後をぬくぬく過ごせればよいが、世間はそんなに甘くはない。

コツコツ貯めた企業年金をまんまとだまし取られないよう、せいぜい人間力を磨いておくことだ。

「女性の社会進出」妨害する日本の悪習の正体は男尊女卑の風習が根深いからだと思う。

女性の社会進出が叫ばれるようになるまでの日本は、男は外で稼ぎ、女は家を守る、が定番だった。

幼い子供であれば母親に甘えたいから、家に居てくれることは安心でもあったし、母親も我が子の成長を間近で見届けられることに幸せを感じる人も多かっただろう。

だが、それは果たして女性だけだろうか?
女性は出産するから、一層その思いが顕著ではあるものの、女性であっても我が子を愛せない母親もいるし、男性であっても母親以上の愛情で子育てをする者もいる。

つまりは子育ても特性なのではないかと個人的には感じている。
とはいえ、長年培われた日本の男尊女卑文化がそれを阻む。男は稼ぐ、女は守る、という構図がいつまで経っても亡霊のように付きまとっている。

この記事にあるように、出産後の職場復帰でよくあることが「発熱による保育園からの呼び出し」だ。
この際呼び出されるのは必ずと言っていいほど母親であり、父親が呼び出されることはない。
夫婦で話し合って行けるほうが行く、という家庭は稀だろう。

知り合いに、子供が母親にしか懐かず、父親では面倒をみれないから、仕方なく母親が対応する人がいる。だが、これは夫婦での話し合いと協力体制が出来ていないからだ。

どんなに子供がぐずろうが泣き叫ぼうが、両親共に懐く状況を作らない限り、いつまで経っても父親が積極的に子育てに参加することはないだろう。
そして、父親の仕事が多忙であることを言い訳に、結局母親だけにしわ寄せが増える結果となる。

女性の賃金が上がらないのも納得いかないが、男性のように上がり切ったところから下降するよりは、変わらず同じ程度をもらえるというのは、考え方を変えれば乱下向がない分安定しているとも取れる。とはいえ、男性のような収入を得ることは現実的には有り得ないのもまた現実だ。

女性が子供を産む限り、いつまでも現状は変わらないのだろうか…。
昔ある女優が言っていたが「玉子で子供産みたい」というその思い、分かる気がする。

レジ袋有料化で「エコバッグ」活用に待った!実は「ウイルスまみれ」の危険性を読んだ。

7月からスーパーやコンビニなどのプラスチック袋が有料になる。
それにあたり、既にマイエコバッグを利用している人も多くいるだろう。

私も以前から折り畳めるコンパクトサイズのエコバッグをかばんに忍ばせている。
お店によっては既に有料のところもあるし、袋をもらわないと数円安くしてくれるところもあるからだ。

記事にあるように、確かにエコバッグはそうそう汚れるものではないから、洗う機会も少ない。
が、最近は買い物から帰ると、買った商品もバッグも消毒液で拭くようにしている。

それでも見落としはあるだろう。

ウイルスは目には見えないから、どんなに気を付けても思いがけない場所に付着していることもあるだろうし、自身が知らぬ間に拡散していることもあるかもしれない。

完璧にウイルスを駆逐出来ないからこそ、出来る限りの防衛をするしかないのかな…と、この記事を読んで思わされた。
あまり敏感になり過ぎるのも精神的には良くないから、これもほどほどに…ということだろうか。

「女性に体当たりする暴走中年」増えた根本原因は小心者の成せる業だ。

自分より弱そうな女性を見つけて体当たりする中年男性が増えているそうだが、私も駅のホームで体当たりされたことがある。

お腹の出っ張った40前後の男性が、停車中のホームの端をスゴイ勢いで歩いてきて、すれ違う瞬間肩からぶつかられた。
思わずヨロけたが、何とか踏ん張れたものの、これが体力のない高齢者だったり、幼子だったら、電車とホームの隙間に落ちたり、電車に身体をぶつけていたかもしれない。

思わず睨み返したが、相手はニヤリと笑って去っていった。
これは意図的だな!と、怒りがこみ上げたが、よくよく考えれば、こんなことでしか憂さを晴らせないとは、何ともコツブな人間だな、と思った。

こういう人は会社や家では小さくなって、言いたいことも言えずに猫をかぶっているかもしれない。
その鬱屈した思いが、弱そうにみえる他者へ牙となって向かってしまうのだろう。
違う見方をすれば、気の毒な人ということになる。

体当たりされそうな側としては、ホームなどの混雑した場所では人が去ってから移動するなど、何がしかの工夫が必要かもしれない。
いやがらせをする人間にするなと言っても直るわけではないから、こちらが進化した対応をするしかない。

コツブはまともに相手にしない。
逃げるが勝ち!で対応するしかないのが現状だろうか…。

政府が進める需要喚起キャンペーン事業、通称「Go To キャンペーン」だが、3千億円という巨額を投じる委託費に野党やマスコミが疑問を呈し、大騒ぎとなり一旦公募中止に追い込まれた。

これは、国交省、経産省、農水省の3省が合同で進めている施策だが、キャンペーン内容は、主にエンターテイメント事業、観光・旅行業、飲食業をバックアップするものだ。

それらを各省庁が仕切れるわけがないから、民間に委託することになるわけだが、その委託費が高すぎるうえに、公募期間が短かすぎる。

これだけ大掛かりな公募であれば、企画提案をする側にとって2週間の公募期間は短かすぎるだろう。
この短さって…どう見ても出来レース公募だと勘繰られても仕方ない。

「持続化給付金」事業の委託先を巡っても物議を醸しているが、国家予算を捻出した後は、民間に丸投げ!金だけばら撒けばそれで済むという思考が透けて見える。

給付金にしても、需要喚起にしても、確かに急を要する事案ではあるものの、その仕組みが短絡的でその場凌ぎでしかないことは、誰の目から見ても明らかだ。

コロナ対策としての長いスパンで物事を捉えられる政治家、官僚はいないのだろうか?
元は国民が収めた税金であることを忘れ、あちこちに忖度しながら予算を編成し、それをばら撒くことに躍起になっているようにしか見えない。

国民から対策が遅い!とバッシングされ、焦って事案をこなしているからこういうことになるのだ。

アベノマスクもそうだが、日本には「それはおかしい!きちんと考えて物事を進めよう!」と、自分の頭で考え物事を言える人はもういないのだろうか…。

言われたことをやってるだけなら、思考回路が停止したサルと同じ、いやそれ以下だ。

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