前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

カテゴリ:今世 > 予感

35周年を迎えた東京ディズニーリゾート拡張への記事を読んだ。

東京ディズニーランドが出来て35年が経つ。

開園当初は客もまばらで、全てのアトラクションを2周出来たものだが、今やひとつのアトラクションに何時間も待たされることもある。
入場料も開園当時から3倍ほどになっているが、これまで多くの人達が訪れ、大いなる夢と希望を与えてきた。

この間にはディズニーシーも出来たし、周囲には宿泊施設であるホテルも多く建設された。
テーマパークと周囲のホテルをモノレールが結び、泊りがけで楽しめる一大アミューズメントパークへと成長した。

ディズニーに係わるアニメや映画も徐々に増え、それらはもれなくアトラクションになっていく。
映画の世界とキャラクターの世界が目の前に現れるのだから、ファンにとってはまさに夢の国だ。

だが、今回の報道を見る限り、何とはなしに一抹の不安を感じた。
これ以上大きくしないほうが良いのではないか?という思うだ。

一個人の思いなど、大企業にとっては取るに足らないことだろう。企業が成長するには投資をし、規模を拡大すること、それしか道はない?のが現実だ。

だが、あまりにも大きくなり過ぎた風船はいつかは破れる。
夢の国が近い将来、本当に夢になってしまうのではないか…と、そんな予感が脳裏に浮かんでしまった。

年に一度か二度は沖縄に行くのだが、今年はまだ予定がない。
夏休みは、別の所に行くことになった。
だが、やっぱり沖縄、行きたいな~と思ってはいた。

今週は、沖縄出身の同僚から、ゴーヤやサーターアンダーギーをごちそうになった。
これで、すでに沖縄モードに突入し、行きたいな~、行きたいな~と、妄想は膨らみ始めた。

今日、出先でまたしても、サーターアンダーギーをごちそうになった。
そこでもまた沖縄の話になり、嫌が応にも沖縄への思いは募るばかりだった。

帰り道、買い物の予定があり、一駅先にある店舗に行くか、地元の店舗にするかで迷った。
一駅先のお店のほうが品数も多く、他にも行きたいお店もあったので、一駅先まで電車に乗ろうかと思案していた。
その時、「地元の店にもあるよ!」という思いが心に湧いた。

ということで、地元の駅に降り、お店へ向かった。
欲しかったものは全て揃い、地元のお店にして良かったと思い、さて帰るか、とエレベーターホールに向かうと、何と三線の音が聞こえてきた。

え?とその方に目を向けると、旅行会社が企画した沖縄フェアで、沖縄から歌手が二人やってきて、沖縄民謡などを歌ってくれるイベントが行われていたのだ。
しかも、今日は1日4回開催しており、その最後の回だった。

そりゃ、聞くでしょ!ということで、イベント会場の椅子に座り、沖縄ミュージックに浸った。
ああ、もうこれは、沖縄が呼んでくれている!としか思えない、巡り合わせだ。

もう、私の心は沖縄にある。あ~~~、早く行きたい!!!

バスツアーで山梨から奥多摩に亘る紅葉を見に行った。
曇り空ではあったが、暑すぎず寒すぎず、ちょうど良い気温で、ぶどうもほうとうも堪能し、ころ柿の里では、干し柿の見事なカーテンも見学した。

柳沢峠から奥多摩へ向かう道に、大菩薩ラインがある。
そびえ立つ山肌が露わになり、防御ネットなども張られているが、木の根元がえぐりとられていたり、大きな岩が今にも落ちてきそうだったり、山のあちこちから水が湧き、それが小さな滝となっている箇所がいくつもあった。

大雨が降った日に流れ出た岩々が山肌にゴロゴロと散乱しているし、大きな木が根元から折れて、2重になってる防御ネットを突き破っている箇所さえあった。
これって、放っておいていいのか?と、バスの中からではあるが、思わずゾッとした。

おそらく、大きな地震が起きたり、大雨が降ったりすると、この山は容易に崩壊するのではないか…という思念が湧いてしまった。
あまりの崩落ぶりを目の当りにすれば、誰もがそう思うはずだ。

多摩川の源流は、巨大な岩がゴロゴロしている川だ。キレイだな~と思う反面、これほど大きな岩が、水の力で簡単にどこまでも流れていくのだ。
自然の力は偉大だが、時に人にとっては脅威にもなる。

自然を敬い、感謝の念を忘れないと共に、共存していく道を模索する必要がある

ここ最近、自然災害が多いせいか、いついつに大地震が起きるだの、○○山が噴火するだの、隕石が落ちるだのといった予言が巷に溢れている。

この種のネタは大昔からあって、それらが当たる、当たらないといった事も重要なことかもしれないが、そういう事柄が起きるかもしれないから、人間は自然の一部として慎ましやかに、謙虚さを忘れず、自然に感謝しながら生きていこう、という人としての根源を忘れないための戒めが、予言には籠められているように思う。

宇宙空間には数えきれないほどの衛星が打ち上げられ、常に多くの事柄が観測されている。
恐らく私達の生活も、丸っと、スルッとお見通しだ!ってな具合に見透かされていると思ったほうが良いだろう。

それら多くのデータがあれば、ある程度の予言、予測は可能だろう。
プラス、人間には第6感がある。これで予言出来ないほうが、むしろおかしいのかもしれない。

見えない事柄をあれこれ妄想し、予言という形で生きているのが人間なのだろう。
予言ブームは、これからもず~~~っと続いていくのだ

最近、立て続けに沖縄に行ったが、久米島、古宇利島で感じたことは、ある場所に行くと、「江の島」を彷彿とさせられた。
島だし、海に面した断崖絶壁の形状は、江の島に似ていても不思議ではない。知っている場所を思い出すのはよくあることだ。

だが、最近どうも江の島が頭から離れないのだ。
ある方に「江の島に行ってみたらいいのよ。そしたら、きっと分かるから」と言われた。
江の島は好きな場所だが、どうもその気にはならないのだ。

島の反対側にある坂を下りきった海に突き当たる岩屋(たぶん第二岩屋)がどうにも気になるのだ。
そこに何があるかは分からないが、何かざわつき感がある。
この予感がただの思い過ごしであって欲しい

いつも、この時期になると、夏休みの予定を立てる。
休む日と、行きたい旅行先の手配を早々にするためだ。

だが、なぜだかその気になれない。
最近、立て続けに出かけたせいかもしれないが、何となく、今年後半のことが読めないのだ。

普段なら「ピン!」と来るものがあって、今回はここに行こう!という気になるのが、今のところ思い浮かばない、どころか、なぜか今年の後半はそういうことにはならない?出来ない?そんな気がするのだ。
どちらかというと、あまり良い予感ではないのが問題だ。

不断の生活が送れることの幸せに感謝しながら、未来もそれが続くことを祈っている

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