前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

カテゴリ:未来へ > 介護=親育て

介護=親育て25 のつづき。

父が亡くなり、3歳年下の母は、来年父と同い年になる。

80歳を過ぎた頃から、1年1年体力が弱っていくのが目に見えて分かる。
去年出来たことが今年は出来なかったり、歩く速度が遅くなったり、忘れることが増えたり…。

人間としてこの世に生を受け、80年以上何の異常もなく働き続けてきたのだから、そろそろ不具合が起きるのは当然だろう。

両親と再同居を始めて早や10年以上が過ぎた。
最初に決めたことは「怒らない」ということだ。

親ではあるが、もう昔の元気で頼りがいのある親とは違うのだ。
今は自分が親を守り、育てるのが役目だ。

歳を経るごとに子供に戻っていく親を、今では「かわいいな」と思うこともある。
かわいらしく歳を重ねていけるよう、その力になれたらいいな、と思っている

介護=親育て24のつづき。

親子が同居しない家庭が増え、独居老人宅が増えているこの頃。
独居老人の火事や事故、心の暴走も増えている。
今日も都内で80代の独居老人がアパートで火事を起こし、逃げ遅れて亡くなった。

人間、80歳も越えれば、身体に不自由を来たし、自分でも想像しないような事をしでかしてしまうものだ。
それを未然に防ぐのは、同居している者だけだろう。
この老人に家族がいるのかどうかは不明だが、もし家族がいるのだとすれば、取り返しのつかないことをしてしまったな、と思う。

今は親は親、子は子、というのが増えているが、日本人の良さは、親子孫達が同居することで、異世代の交流が行われ、老人から子供まで、お互いを思いやることが出来るのが良さであった。それが崩壊したことで、独居老人は孤独死したり、事件・事故を起こしてしまうのかもしれない。

もちろん、それぞれの家庭には言うに言われぬ事情があるだろう。
だが、早いうちから親と同居していれば、老いてどうしようもない状況になる前に手は打てるのだ。

介護から免れたと思って自由を謳歌することは、いずれ何倍にもなって大きなツケがやってくることを肝に銘じておかなければならい。
これは、実際に介護をした者からの進言だ

介護=親育て23のつづき。

介護も慣れるまでにはかなりの忍耐と辛抱を要する。
だが、これも恐ろしいもので、時間の経過と共に慣れてくる。
人によっては、そうもいかないほど過酷な状況にある方もいるだろう。
あくまでも、私自身の事として書かせていただく。

親の介護をして良かったことは、介護を経験してない人より、高齢者の気持ちに共感出来る、ということだ。
親が弱っていく姿を目の当たりにしたことで、普段の生活ではこういう場所に気を付けなくては、とか、こういうことを言ったら高齢者は喜ぶ、傷つく、といったことが自然と分かるようになった。

歳を取れば取るほど、肉体も精神も徐々にその機能は衰えていく。それは自然の法則だ。
それに対して、「親のくせに、何でそんなことも出来ないの!」などと言ってはいけない、というか、禁句だ。
いずれ自分もそうなる日が間違いなくやって来る。その時、自分の吐いた言葉もまた間違いなく自分に戻ってくる。

物忘れの多いことや、とんちんかんな言動も、今は「笑いのネタ」にしている。
それに怒りを覚えれば自分の負けだ。
ボケも楽しめば、また新しい世界が広がる。日々プチボケを笑いに変えて、今日も泣き笑いしている

「介護=親育て22」のつづき

人の一生は、死ぬまで現役でいられることが一番の幸せのように思う。
誰だって、好き好んで寝たきりになったり、痴呆になったりするのではないのではないか?

歳を取れば体の動きが鈍くなり、思いがけないところでケガや事故に遭ったりする率が高くなる。
治療をして元気になれればいいが、中にはそれが原因で寝たきりになったり、痴呆を発症したりすることもあるだろう。

元気であれ、病の身であれ、最後はどれだけ周囲から必要とされているか、自分が周りの役に立ち、喜ばれているのか、それを実感出来れば、どんな生活を送っていても幸せを感じられるだろう。

幸せを感じるには、元気なうちから周囲に感謝する心を持ち、今自分が出来ることを精一杯やる。
若い時のようには出来なくても、その真心は周囲に伝わる。
それは、親であれ子であれ、立場はイーブンだ。
お互いを労わる心、尊敬する心、感謝する心、それさえ忘れなければ、どんな状態になっても仲良くやっていけるように思う

「介護=親育て21」のつづき

結局のところ、介護にしろ、子育てにしろ、家族・親族が多ければ多いほど、一人にかかる負担が少ない、ということだ。

嫁・姑問題や、親族や近所の人達による過干渉などで、大家族でいることに辟易した若者達や、田舎には仕事が少ないことで、子供世帯だけで独立したことにより核家族化が増えたため、世代間の助け合いやコミュニケーションが減ってしまい、結果、子・親育てが手詰まりになった、ということのように感じる。

まずは、それぞれが住む地域に仕事があれば、若者は都会に出ることも減るだろう。
都心は渋滞率200%以上(道路も電車もバスも…)と思しき混みようで、人が多い割にはまったく他人には興味がなく、孤独に陥り心を病む人が増加している。
心が病んだまま都会に住み続けると、自殺や犯罪が増える。

自然豊かな場所で育った人達が、都会の砂漠で生き抜いていくのは容易ではないだろう。
だが、田舎のしがらみ(親族・他人による過干渉)も正直うんざりだ。
両者がバランス良く機能すれば、核家族は減るであろう。

若者世代も、高齢世代も、お互い干渉し過ぎず、ちょっと物足りないくらいの助け合いを良しと思えれば、案外うまくいくのかもしれない

「介護=親育て20」のつづき

「子供の世話にはなりたくない、子供には迷惑をかけられない」と言っては、自分でお金を貯めて介護施設に入所する高齢者は多い。お金に余裕があるなら、それもありかもしれない。

災害などで、未だ仮設住宅で不自由な生活を強いられていながらも、やはり「子供の世話にはなりたくない」というインタビューに答えている高齢者を見て驚いた。

確かに、長年住み慣れた土地を離れるのはイヤだろうし、不自由であっても子供に迷惑をかけたくないという親心なのかもしれないが、それはどうなんだろう?と思ってしまった。

人には多くの事情があり、一括りでは語れないことを前提のうえであえて書かせてもらうならば、世話をしてくれる子供や親族がいるのに、市町村や国の税金、多くの善意の募金を使って、自分の意思を貫くのはどうなのだろう?

子供や親族には迷惑をかけたくないが、会ったことのない人々が治めた税金ならば甘える、という図式が成り立ってしまう。もちろん、そのための税金ではあるのだから、決して悪いことではないのかもしれないが、世の中にはもっと不自由な思いをしている人もたくさんいる。

己の情から来る我が、実は世間に多くの影響を与えていることも現実なのだ

「介護=親育て19」のつづき

親を介護する時、兄弟姉妹の誰か一人に押し付ける形になってはいないだろうか?
親と同居した子供が面倒を看るのは自然の流れだが、それを良いことに、知らん顔している兄弟姉妹はいないだろうか?

私は幸いにも近所に姉がいるので、仕事で家を空ける時には姉に頼めるので助かっている。
もし、自分一人だったらと思うとゾッとする。

世の中には一人っ子で両親を看ている人はたくさんいるし、兄弟姉妹がいても誰も助けてくれない人もあるだろう。
そして皮肉なことに、一番かわいがられた子供ほど親の面倒を看ない傾向にあるように思う。

物の道理で考えると、何とも理不尽この上ないのだが、実はかわいがられた子ほど、親の老いた姿を直視出来ない、信じたくない心理が強く働いていると思う。
愛されたからこそ、それを返した時に、親を亡くすのではないかという恐怖心を抱いているのだろうか。

だが、現実はそんなセンチメンタルなことは通用しない。いい加減現状を直視し、自分のやるべきことをやらなかったら、親がいなくなった時に後悔する。そして、そういう人ほど号泣する。
介護し尽くした人ほど、涙は出ないものだ

「介護=親育て18」のつづき

核家族が増えた昨今では、子供達が年配者と暮らさないため、高齢者との接し方が分からない子が多いように思う。それは、彼らが大人となり、社会人になった時に顕著に現われる。

ボーイ・ガールスカウトや町内の子供会等の、地域の大人と交流することを幼い時から経験していればそうでもないが、育った環境の中で接する大人が親だけだと、社会に出た時に高齢の先輩との接し方に苦慮することになる。

子育てにとっては、幅広い世代の人達と交流することは有用だ。
最近では、老人ホームと保育園が合体した施設が増え始めた。
子供にとっても、高齢者にとっても、大きなジェネレーションギャップはあるものの、世代を飛び越えて交流することで、お互い学ぶことは増え、そこには互いを思いやる気持ちが育まれる。

家庭においても、幼い頃からジジ、ババに面倒を見てもらえば、孫が成長した時に、自然とジジ、ババの介護の手伝いをすることになるだろう。それは、かわいがってもらったという心の記憶が、孫達の行動を促すのだ。
何の歴史もなしに、ジジ、ババだからと言って面倒を見る行為には繋がりにくいだろう。

子育てをしたことが、そのまま自分に帰ってきて、今度は子供(孫)が親(ジジ・ババ)育て(介護)を始める。
世代間の層が厚ければ厚いほど、愛情をかけた分だけ、多くの愛情がまた自分に帰ってくるのが介護(親育て)であろうと思う

「介護=親育て17」のつづき

少し前から、母と毎夜トランプをしている。指先と脳の活性化のためだ。
トランプを切ったり、配ったりすることは指先を使うため、細かい神経を必要とするし、トランプゲームで考える力を養えるし、ゲームに勝ったり、負けたりすることで、感情が揺さぶられる。
ゲームだと、楽しんで出来るから長続きしている。

今宵は姪が我が家に来たので、3人でトランプをした。
若い脳みそを持った姪は、次々とゲームを勝ち抜いていく。
すると、バアバも孫に負けまいと、一生懸命脳みそをフル稼働し始めた。
私はおまけみたいなものなので、二人のやりとりをニヤニヤしながら見ていた。

半世紀以上年齢の離れた孫とトランプをすることは、バアバにとっても良い刺激だ。
私は二人の中間にいる世代だが、すでに自分の脳みそが錆びていることを再認識した。
老いは、順番でやってくることを改めて思った

「介護=親育て16 」のつづき

子育ては、幼い子が成長していくのが楽しみでもあり、喜びを感じやすい。
介護は、人としての最期を迎えるための準備だから、これまで生きてきたその人の生き様が、良い部分も、イヤな部分も、すべてが総ざらえ?出血大サービス?と思うくらい、次から次へと噴出する。
それをドストライクで受け止めるため、なかなか喜びには繋がりにくい。

「臭い」、「汚い」、「手がかかる」といった負の面だけしか感じないと、介護はまさに地獄だ。
自分の時間も奪われ、こちらの思いも意図も相手には通じない。
やれどもやれども尽きず、状態はどんどんひどくなっていく。
まさに、負の連鎖だ。

これを断ち切るには、自分の考え方を変えるしかない。
私は、汚いものを触れば触るほど、手間をかけられればかけられるほど、それを面白いと思うようにしている。
普通に生きていたら、なかなか「う○こ」や「ゲ○」を手にすることなんてない。ある種、貴重な体験だ。
といっても、なかなか慣れることではないが…。

臭い、汚い、意思の疎通が図れないことも、いつかは笑って話せるよう、そう思いながら過ごしている

「介護=親育て15 」のつづき

父の介護で一番やっかいだったのは、排泄物の処理だった。
病気をしているせいもあり、普段から体臭がキツイ上に、その排泄物の臭いといったら…。
処理後はしばらく食べ物がノドを通らないほどだった。

下痢をしては下痢止めを飲み、今度は便秘になったと言っては便秘薬を飲む、という繰り返し。
何度物の道理を話しても頑として受け付けず、俺様ルールを貫くのだ。
下痢と便秘を数年間繰り返し、最終的には腸ねん転から腸閉塞を患い、またしても救急搬送された、というわけだ。

親育ても愛情がなければ出来ないが、父に関しては義務感だけでやっていた。
もしここで私が「や~めた!」と言って放置すれば、私がどこぞに連行されてしまう。
何とも理不尽な…。

介護をする者の言うことを聞かず好き勝手した挙句、結局は他人様に迷惑をかける、こういう人の処遇を何とか出来るシステム作りをして欲しいと心から思う。
ちなみに、こういう年寄りはデイケアーなどの施設には絶対に行かない。
なぜなら、俺様ルールを遂行出来ないからだ

「介護=親育て14 」のつづき

日々の中で、これでもか!というくらいダメダメな時がある。
仕事が終わって夜帰ると、居間に寝転がっている母が、「今日は何もしてないよぉ~」と言う。

日中にスーパーでの買い出しを頼んでおいたのだが、それも忘れていて、夕飯の支度もしておらず、昨晩話したメニューさえ忘れていた。
そして、追い打ちをかけるように洗濯物も取り込んでいなくて、部屋の片づけも済んでいなかった。

ハァ~~"(-""-)"これも試練??と思うくらい、ため息しか出てこなかった。
いっそのこと、「なんだとぉ~~!!」と怒れたらスキッ!とするんだろうが、それをやってしまうと、母が萎縮してしまう。自分にそう言い聞かせ、グッとこらえる。

急きょメニューを変更し、それを母に伝え作ってもらった。その間私は2階で片づけものをしていた。
で、夕飯となり「いただきます!」と食べたら、何と今度は味付けを間違えたそうで…。
普段はどちらかといえば料理上手な人だから、こんなことは滅多にないことだ。
ここでもまた高まる感情を抑えつつ、「じゃ、この料理は明日違うものにアレンジしよう」と方向転換。

親育ての日々には、こういうことが付きものだ。
順調に過ごせる日々が実はキセキの連続なのだろう

「介護=親育て13 」のつづき

介護が子育てと同じだなと感じるのは、高齢者だから、子供だからという、どこか上から目線で付き合っていると、うまくいかない、ということからだ。

よく、「幼い子供にそんなこと(注意)を言っても分からない」というママゴンがいるが、それは大きな間違いだ。
赤ちゃんであろうと、幼稚園児であろうと、子供は大人がどんなふうに自分と付き合ってくれるのか、一人の人間として真摯に向き合ってくれるのか、ということを常に感じている。
言葉は理解出来なくても、物事や人としての道筋をきちんと話し(心を向ける)、対峙することで子供は素直に成長していくのだ。

それは、高齢者も同じだ。
例えば痴呆になって何も分からないと思ったら大間違いだ。脳は病に冒されていても、魂は生きているのだ。
それを、粗末に接すれば、それはそのまま自分に返ってくる。

褒めること、悲しむこと、楽しむこと、叱ること(良い意味で)も、常に真剣勝負だ。
対人間であること=対自分であることを忘れてはならないと思う

「介護=親育て12 」のつづき

我が家は、どちらかと言えばしつけの厳しい家庭だったと思う。
両親揃って昭和一ケタ生まれ世代のためか、軍事教育を背景として育ったためか、有無を言わさず、というところがあった。
子供の頃はそれがイヤだったが、大人になると、世間の緩さに驚き、厳しく育ててもらったおかげで、多少のことでは動じない強さが身に付いていた。

親が育ててくれた感覚は、そのまま私の気質となっているため、親に対しても、子供の時に受けた感覚のまま接していると、親のほうが音を上げた。
私にしてみれば、「エッ?」って感じだった。
受けた恩?をそのまま返しているだけだと思っていたが、親のほうが意外にも弱かった。
というか、親は自分のしてきたことなどすっかり忘れていたのだ。

これもまた理不尽だな~と思いつつも、弱い部分を見せることもまた、親にとっては勇気のいることだろうなと思い、私も方向転換した。
自分がどうされたら心地よくいられるか…。答えは、案外すんなり見つかった

「介護=親育て11 」のつづき

親と子の立場が逆転し、今や私が母のお母さんみたいになっていて、呼び名も下の名前(first name)で、「ちゃん」付けで呼んでいる。

母曰く、子供の時から「○○ちゃん」と、ちゃん付けで呼ばれたことがないから新鮮だ、とのこと。
呼び名から始まり、生活先般に亘り、母にとって良いと思うことをアドバイスし、後は本人にやりたいことを選択してもらっている。

私がモットーとしていることは、出来るだけ感情的にならないことと、叱らないことだ。
頭ごなしに叱ると萎縮してしまい、傷ついた気持ちがそれを忘れたくて痴呆に走るからだ。

出来ないことには目をつむり、出来たことを褒める、感謝する。
感謝の気持ちを言葉にする。ちょっとしたことにも「ありがとう」を言う。

それを根底とし続けることで、互いに気持ち良く毎日を過ごせていると思う。
気持ちのうえで大事にしていると思っても、やはり言葉にして気持ちを伝えることはとても大切だと思う

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