前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

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小泉進次郎、滝川クリステルの結婚が日本中を驚かせた。
あまりにも意外な?組み合わせに、ニュース速報に釘付けになった人は多いだろう。

才色兼備に文武両道、まさに非の打ちどころのないカップルに、喜ぶ者、悲しむ者、嫉妬する者…さまざまだ。

政治家もスポーツ選手も、夫を支えるという意味では、姉さん女房のほうが上手くいく例が多いようだ。
クリステルさんなら、頭脳明晰さを生かし、政治家である進次郎氏を影に日向に支える、というよりまさに二人三脚で話題をさらっていくことだろう。

自民党でも若手のホープである進次郎氏、間違いなく?将来の総理になると睨んでいる。
その隣には才色兼備の奥さんがいる。まさに無敵だ。
結婚報告を総理官邸で行う人なんて、まずいないし、今後も現れないだろう。

世間では嫉妬まじりに「したたかな女」という者もいるが、したたかであっても、それくらいでなければ、政治家の嫁は務まりはしない。

互いの才能を十二分に高めあい、日本を心豊かな未来へ導いてくれたら、言うことはないだろう。

20代の頃に勤めていた会社の社長の告別式に参列した。

その会社を辞めてから数十年ぶりに、昨年の秋に社長夫妻の住む町を、元同僚達と訪れた。
久しぶりの再会に、社長達は喜んでくださり、食事を共にしながら、ひと時を楽しんだ。

あれから1年経ち、社長は亡くなった。
お世話になった事柄の数々を思うと、やりきれない気持ちになるが、最後だからこそきちんとお別れをさせていただこうと思った。

会場には日本全国に散らばった元社員達の懐かしい顔、顔、顔!
こちらも数十年ぶりの再会だ。

祭壇で笑う社長の遺影を見ていると、涙より笑みが浮かんだ。
社長が繋いでくれた縁の数々がここにあった。

これからの私たちに出来る恩返しは、社長の願いに笑顔で応えることだろう。

引っ越しが決まってから、引っ越しまでおおよそ2週間ほどしかない。
それまでに、不用品の処理、引越業者さんとの打ち合わせ、必需品の買い替え、行政手続きに、光熱費等の転居依頼等々に追われ、目の回る忙しさだ。

ことに不用品の処理にはお金がかかる。今やゴミはお金を出して引き取ってもらう時代だ。
物のなかった時代から見たら、現代は贅沢極まりないのだが、だからと言って処分しないわけにもいかず、気持ちと現実のギャップにも悩まされている。

思い出の品だったり、長年愛用したものは手放しがたいが、それ以上に新古品も多くあることを思うと、古いものを処分し、新しいものを使うほうが有用だろう。

結局、人は必要最低限のものさえあれば生きていける、ということなのだ。
そのために、今はフル回転でその準備をしている。

その先には、シンプルな生活が待っている。

かねてより引越しを検討していたので、今年に入ってから断捨離を進めていた。
長年の溜めに溜めた品物の数々といったら…(@_@;)

暑くなる前には引っ越したいと思い、ここ1か月ほどマジで物件探しに奔走した。
家庭の事情を考慮した物件を探していたので、なかなか思い描くものに出合えず、出合っても予算が…と苦戦していたが、ようやく理想の物件を見つけることが出来た。
審査も無事通過し、いよいよ契約にこぎつけるまでとなった。

審査が通り、引越しまでには2週間くらいしか待ってもらえないそうで、これから引越し業者を探し、荷物の選別をし、荷造りをしなければならない。
引っ越すにあたっては、役所や住所を知らせるべきところへの手続きが満載だ。
こんなフル稼動な事柄を、たった2週間で、しかも平日は仕事あるし、その中でこなすのだから、マッハ級の忙しさになることは必須だ。

だが、良き物件に出会えることも、その審査が通ることも、縁なくしては成せぬ業だ。
この時期に探したから出会えた物件だし、そのタイミングを逸していたら、その縁はないものだった。
人との縁も、家の縁も、まさに運命の巡り合せだ。
そのためなのだから、2週間のマッハ級の多忙など大したことではないだろう。

良き縁をさらに進化出来るよう、気合を入れて進んでいきたい。

縁シリーズの続き。

前職の友達と久しぶりに杯を交わした。
このメンバーとはフシギな縁で結ばれているようで、職場を辞しても、なぜか交流が続いているうえに、自然と人の流れが集まるのだ。

広い首都圏で、同じ職場にいることも縁だが、その中で価値観や心の在り様が似通う人に出逢うことは稀だ。
それが、一人や二人ではないから、これまた不思議な縁を感じざるを得ない。

時期が来れば人との別れはやってくるものだが、数年経つと、再びその縁が復活する。
久しぶりに会っても、そもそもの価値観が似通っているから、すぐに当時に戻れるし、やはり心地よいと感じる。
そんな縁をもらえている人達とは、何年も、何十年も付き合いが続いている。

人間関係は淘汰されていくのが必然ではあるが、やはり元からある素養というものはそうそう変わるものではない。
これもまた縁のなせる業かもしれないが、そんな仲間に恵まれていることに感謝!だ

※カテゴリー「縁シリーズ」の続き。

縁とは、思い合う心だな、と感じる出来事があった。

久しく会っていない人のことが心に浮かぶと、「元気かな?」という思いが湧く。
すると、不思議なことに、2、3日中にその相手から連絡があったり、街中でバッタリ!遭遇する。

その時に出る言葉は、「会いたかったの!」だ。
これも、互いがそう思っているのだ。まさに、以心伝心とはこのことだ。

この思い合う縁の中には、更なる進化を遂げるものもある。
偶然の出会いから、するすると一本のヒモがほどけるように、次から次へと事柄が起きて、あれよあれよと言う間に関係性が深まるのだ。

ほんの数ヵ月前までは、そんなことになるとは夢にも思わないし、ましてやその人と再会するなど、想像もしていないから、余計この巡り会いの神秘さに驚きと感動を覚える。

「縁は異なもの味なもの」とは言うが、男女の縁だけではなく、天の意思としか思えない巡り合わせは、理屈では説明のつかないものであり、その縁はもっとも大切にせねばならないものだと、改めて思わされた

※カテゴリー「縁シリーズ」の続き。

縁22で偶然再会出来た方と、今宵酒を酌み交わした。
一緒に仕事をしていた頃のことや、その後のこと、現在のことなど、多くを語り合った。

その中で感じたのは、やはりここにも深い「縁」があった、ということだ。
仕事を一緒にしていた頃は、あまりプライベートなことは話したことはなかったが、今は利害関係がないから、個人的なことも話せる。

そこで分かった共通点の数々。
「縁」は目に見えないが、見えなくても、知らず知らず引き寄せの法則が発動しているのだ。

歳を経るごとに人間関係は淘汰されていく。
その中で、再びの縁が復活したことは、スゴイ奇跡なのだ。

今ある自分の境遇は、そうした見えない数々の縁で繋がっているのだと、改めて思わされた

※カテゴリー「縁シリーズ」の続き。

会社からの帰り道、以前勤めていた時に取引のあった業者の方と、5年ぶりにバッタリ!出会った。
仕事仲間のなかでは、一番信頼がおけて、同じベクトルに向かって仕事が出来る人だっただけに、以前からどうしているかな?と思っていた。

それは、相手も同じだったようで、「フェイスブックで探したけどいなかった!」と。
そう言ってもらえるだけでも、ありがたいな、と思う。

5年前にやっていた仕事とは職種が変わっていたが、それはお互い様で、なんと、同じ仕事をしていたことが判明。
これは、やっぱり「縁」だな、と感じた。
しかも、私の会社から歩いて10分もかからない場所にいたのだ。

会った瞬間、遠目から見てもすぐ分かるほど、お互い変わっていなかったが、会わなかった間には、劇的な変化が多くあったようだ。
今日は、偶然の再会を喜び、後日またゆっくり会う約束をした。

再び繋がったこの縁、さてさて、どう展開していくのか?楽しみにしたい

※カテゴリー「縁」シリーズの続き。

元大物野球選手が麻薬所持で逮捕された。
この件は、ずいぶん前から週刊誌にも取り上げられていたし、薬の多量摂取で救急搬送されたこともあれば、外国で事情聴取を受けたこともあるという。

それでも逮捕されなかった理由とは?
それは、大きな後ろ盾があったからだろう、と推察する。

彼が逮捕された時を同じくして辞任した政治家がいる。あまりにもタイミング良過ぎないか?
大きな後ろ盾がある間は、どんな事実が発覚しても、絶対と言っていいほどおおごとにならない。
それは、影で誰かがそれをもみ消しているからだ。

ニュースでも、事件の一報が伝えられた後、何事もなかったかのように、それについては一切報道しないものがある。それらはまさにこれで、誰かの力でもみ消されているのだ。

かの夢の国でも、事件は起きている。実際に働いている人から聞いた話だから間違いないが、それらが表沙汰になることは決してない。そんなことは、想像するだけでも両手に余るくらいあるほどだ。

人間には、多かれ少なかれ、何がしかの後ろ盾はあるだろう。それがあるから、助けられながら生きていけるのだ。
だが、その後ろ盾の方向性が間違っていたらどうだろう?破滅の道へと進んでいるのに、その後ろ盾のせいで、まっとうな道に戻れないのだ。

後ろ盾がある間は良いこともあれば、そうでない場合もある。
自分にとって確かな後ろ盾に巡り合うこともまた、大切な縁なのだ

※カテゴリー「縁」シリーズの続き。

毎日会っていた人でも、突然別れはやってきて、それっきりもう二度と会うこともない、なんてこともある。
そうかと思えば、数十年も会っていなかったのに、ひょんなことから縁が復活することもある。

今宵の宴の仲間はまさに後者で、縁12にも書いたメンバーだ。
書いたブログを見て驚いたが、1年前の宴も同じ日だった!
つまり、1年ぶりの再会だったが、この1年があっという間過ぎて、久しぶりといった感じはしなかった。

だが、話し出すと、次から次へといろんな話が飛び交い、やはり1年経ったのだな~と実感。
あっという間のように思っても、それぞれに1年分のあんなことやこんなことがあったのだ。

1年経って、また再会出来たメンバーに、自分はどんな報告が出来ただろうか?
皆に笑って会えていただろうか?でも、楽しかったと思えたから、この1年はきっと正解だったのだろうと思う。

仲間を通して、自分が見えてくることもある。
次に会った時にも、皆と笑い合っていられる自分でいたいと思う

※カテゴリー「縁」シリーズの続き。

縁には「不要な縁」もある。
人や事柄との出会いは、必然なのだが、それと出会ったことでマイナス方向に引きずられたり、思わぬ不幸に見舞われることもある。

人との縁は大概似た者同士(同じような価値観)で結びつき、その関係も淘汰されていくものだが、時になぜこのような人が側にいるのだろう、ということもある。

側にいるだけでも、その人から放たれるマイナスのエネルギーは自分にとって負でしかない。
出来ることならとっとと退散したいのだが、そうもいかない時もある。

そんな時は早くその人との縁が切れるよう念じ、その人との対応において自分が負のエネルギーに巻き込まれないよう、精神を強く持つことが何より大事だ。

逃げるが勝ちということもある。ただ、そのような人と出会ってしまうことも、考えようによっては自分のこれまでの環境が恵まれていたことの再認識にも繋がる。

周りに恵まれていることは当たり前ではないのだ。
それを教えてくれるために、時にそういう人との縁が巡ってくるのかもしれない

※カテゴリー「縁」シリーズの続き。

人との巡り会いは何ともフシギだ。なぜなら、その縁によって、新たな一面が目覚めることがあるからだ。

その人と出会うまでは、何事にも積極的になれず、すぐにグダグダになっていた人が、ある人と出会い、毎日顔を合わせるようになり、少しずつ話をするうちに、ある日顔つきが変わった。

元々その人が持っている良い資質が現れ始めたのだ。
当の本人はそのことにまだ気付いていないようだが、私にはハッキリと、その人が良い方に向かい始めたとのだと感じ取れた。

1日に話す時間はほんの数十分もあるかないかだが、その積み重ねが互いの縁を深めていく。
良い方向に変われた人も、変われるきっかけを与えることが出来た人にとっても、双方が幸せな縁だと心から思えた

※カテゴリー「縁」シリーズの続き。

物事を新しく始めたいと思っていても、なかなか腰が上がらない時がある。
それを始めれば新たな一歩を踏み出せるのだから、最善のチョイスをするために、リサーチにも余念がない。

あれこれシミュレーションを重ね、もうやる気マンマン!といった感じになっても、最後の最後でやっぱりヤーメタ!ということになるのだ。
自分でもなぜそうなるのか?理由を上げればキリがないが、結局のところ、やめる=まだ機が熟していない、ということなのだろう。

だが、さんざんリサーチしたことは決してムダにはならない。
なぜならば、必ずといっていいほど、先でまたこの事柄が復活するからだ。

人生に無駄ごとはないのだ。一見無駄に思えたり、見えたりすることも、未来の自分に結びつくように出来ているのだ。
これもやはり縁という名の巡り合わせに思えてならない

※カテゴリー「縁」シリーズの続き。

職場でなかなか人が続かない、ということがある。
劣悪な環境でもなく、人間関係がいびつなわけでもなく、まともな神経を持った大人ならば、むしろ居心地の良い職場なのに、人が長続きしないのだ。

何が原因なのか?働く人達も頭を悩ませ、新しく来た人を大事にすることを心掛けているにも関わらずだ。
もっとすごいのは、着任初日に具合が悪くなり、結局来れなくなった人もいるのだ。

私が思うのは、この場所の「気」に合わないのだ。
土地にはその土地ならではのエネルギーや気の流れがある。
その人の心の在り方によっては、居ることが出来ない場所があるのだ。

これもひとつの「縁」と言ってしまえば話は簡単だが、「縁」にも合うものと合わないものがある、ということだ

※カテゴリー「縁」シリーズの続き。

縁には、人間関係だけでなく、今ある環境なども含まれる。
最近、なかなか興味深いと思う事柄に、職場がある。

やりたい仕事と勤める場所において、自分の希望が常に叶うとは限らないし、思わぬ所から声がかかることもある。
職場を探している時に諸条件も大事な事柄だ。それらが自分の意思にピッタリ!と思っても、実際入ってみたら違ったり、面接などで聞いていた内容(ちょっとネガティブ)と、実際に入ったら思いのほか良い環境だったり…と、行ってみないと判らないことのほうが圧倒的に多い。

だが、これも不思議なもので、自分の心の状態によって職場の縁も引き寄せているな~、ということを実感している。
給料が高くて、条件が良い職場であるほうが誰だって良いのだろうが、一番大事なのでは、自分にとって最も良い縁のある職場なんだと思う

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