繋がっているもの

2015年07月16日

歴史は繰り返す? 1

今の日本は、幕末の頃に良く似ていると感じる。

琉球王朝がその昔、清(中国)と交易を持ちつも、薩摩(鹿児島)に侵攻された後、結果的には450年続いた琉球王朝は日本に統合されてしまう。

今の日本はまさに琉球王朝そのもののように思う。
第2次大戦後からはずっとアメリカの言いなりで、憲法違反を犯してまでアメリカの言い分を丸のみし、中国や韓国
、北朝鮮を牽制する役割を持たされている。

戦争をしないためとは言いながらも、必要とあればいの一番に利用されるのは目に見えている。
小さい島国でありながらも、排他的経済水域面積は意外にも世界6位というから驚きだ。
そんな海洋王国日本の資源や資産を、各国は虎視眈眈と狙っているのだ。

歴史は繰り返すことがあり得るなら、日本はアメリカの51番目の州になってしまうのだろうか…

enji_152 at 20:30|PermalinkComments(0)

2015年07月09日

本性

人には誰しも他人には語れない素性や本性がある。
普段はそれを隠していても、ふとした瞬間にそれが表出することがある。
しかも、当人はまったく気付かないうちに、というところがまさに本性と言っていいだろう。

良い本性ならば良いが、自分でもどうしてこうなんだろう?と思うような事柄もある。
それは、母親のお腹の中で身に付いたものなのか、前世からの宿命を背負っているのか?
自分でも分からないのだから、そうとでも思うしかないだろう。

それに気付いたのならば、それを捨てることは出来ないが、そこから少しでも脱却出来る生き方を学ぶしかない。
人は学んで成長する生き物だ。
前々の巡り合わせから、今手中にある己の業を、少しでも良い物に昇華していけるよう、日々精進したいと思う

enji_152 at 20:07|PermalinkComments(0)

2015年04月20日

心の声8

心の声7のつづき

心の声が時々「?」と思うことを発することがある。
現在の私にこれは必要なのか?と思うようなことだ。
現在もそうだが、未来においても必要とは思えないような事柄なのだ。

だが、疑問に思おうが、元々興味のないことであろうが、とりあえずは心の声に従って、浮かんだ事柄に取り組んでみる。すると、フシギなことに想像とは違う世界が広がっていて、あっさりハマることがあるのだ。

これまでの人生でも何度となくそういうことがあった。
周囲からも、「将来それが何の役に立つの?」と言われたこともあったが、長い目で見た時に、それらが必ず役に立つ日がやってくるから面白い。

そうやって、今も心の中では「?」が浮かんでいるが、目標と定めたことに向かっている。
これがクリアーされ、将来どんな形で繋がっていくのか…楽しみにしておこう


enji_152 at 19:46|PermalinkComments(0)

2015年04月02日

心の声7

心の声6のつづき

今世での役割が何なのか?と考えると、自分の意思で選ぶ未来もあるが、知らないうちにその道にいた、ということもあるだろう。
私も強い意志で何かを目指したという気はないが、気付いたら今の道にいた。

社会人として働き、その役割を果たすことと、家族や自分を取り巻く人との付き合いにおいて、誰かの役に立ったり、影響を与えたり…と、それもまた今世でのお役目なのだ。

漠然とした毎日の繰り返しであったとしても、知らず知らず、自分の資質や方向性は見えてくるし、人それぞれ役目が違うから世の中は回っているのだ。

周りと比べて自分を卑下することなく、目の前のやるべきことに懸命に取り組み、心の声が指し示す方向に進んでいければ良いのだろう。

心の声に耳を傾けることと、それを素直に受け止めることで、良い道が開けていくのだと思う


enji_152 at 19:56|PermalinkComments(0)

2015年03月28日

心の声5

心の声4のつづき

心の声は、実は誰にでもあるものだと思う。
誰にだって第6感があるように、そこを糸口として心の声を聞けるのではないか、と。

そうなれるには、自分と対峙すること、どこどこまでも自分の奥深くを見つめ、自戒したり、見えない働きに気付けるようになることが大切だ。

神仏に詣でたり、尊敬出来る人の話を聞いたり、建設的な意見交換をすること等も、自分を磨く方法のひとつだろう。
今ある現状に満足し、己を高めていく努力をしなければ、恐らく心の声は聞こえない気がする。

頼るものは己しかないのが目に見える現実だが、実は目に見えない多くの働きを頼りとし、己の心を磨いていくこと、それが大きなポイントだと思う

enji_152 at 17:48|PermalinkComments(0)

2015年03月27日

心の声4

心の声3のつづき

心の声は、第6感なのか…と思う時がある。

情報番組などで、データ連動でゲームに参加出来るものがある。
4色のボタンのどれかを押すと、そのゲームに答えるという形になるので4択なのだが、毎日見ていると何となく次に出る当りが分かるようになる。
それは、毎日番組を見ているからこそ分かることだ。

だが、その理屈とは違う声がたまに聞こえるのだ。「違うよ、今日は〇色だよ」といった具合に。
そんなバカな~と思って自分が当初思っていたボタンを押すと、心の声の勝利、というわけだ。

ちょっとした運試しみたいなものだから、深刻に考える必要はないが、心の声はやっぱり正確なのかな~などと、負ける度に思わされている




enji_152 at 19:43|PermalinkComments(0)

2015年03月26日

心の声3

心の声2のつづき

人付き合いの中で、「心の声」が聞こえていないのだろうか?と思うことがあり、知人に聞いてみた。
すると、事も無げに「そんなのないよ」と言われた。

私にしてみれば「?」しか浮かばないのだが、大方の人がそうである現実を知らされ、それからはそういうことはあまり口にしないようにしている。
なぜならば、私が感じたことで相手を不快にさせるからだ。

時には「それでも良いから分かったら教えてほしい」という人もいる。
だが、やはりなかなか口には出来ないな、ということがある。
それは、良くない結末が分かる時だ。

もしかすると、その人の努力や周囲の影響で良い方向に向かう時だってあるのだから、いくら心の声が聞こえたからと言って、おいそれと話すわけにはいかない。
むしろ、それが聞こえたとしても、プラスに転じていけるよう、私に出来ることで力になれたら…と願っている

enji_152 at 19:43|PermalinkComments(0)

2015年03月25日

心の声2

「心の声1」のつづき

心の声を聞いたら、大概はその通りにするのだが、そうもいかない時がある。
それは、他の人が絡む時だ。
自分一人だけの事柄なら、如何ようにも対応するのだが、いかんせんそう出来ない時が辛い。

心の奥底では「やめておいたほうがよい」とのささやきがあれども、あえて逆らわざるを得ないのだ。
すると、やっぱり「やめておけば良かった」ということになってしまう。
だからと言ってそれで相手を責めるわけにもいかず、物事のままならぬ日常にほぞを噛む…といった具合だ。

もちろん、心の声が反対するのに決行せざるを得ない時は、見えない存在に祈る。
私を守ってくれている守護霊であったり、神仏であったりに加護を求めるのだ。
それがあるからこそ、たいしたことのない後悔で終わることもある。

心の声そのものが、実は自分を守る見えない者たちからのメッセージなのかもしれない

enji_152 at 19:40|PermalinkComments(0)

2015年03月24日

心の声1

日常の中のちょっとした事柄でも、自分の内なる声が聞こえる時はないだろうか。
いつもと同じ道を通って帰宅しようとすると、「今日はこの道がいいんじゃない」とか、「今日はお買い得品があるから、このお店に寄ったら?」などと言った感じだ。

何かを成すことは自分の意思であるのだが、時にその思いとは裏腹な声が聞こえてくることがある。
もう何十年も前からそれは聞こえているので、今ではその声に従順な私だ。

若い頃はその声を無視していたが、必ずと言っていいほどしっぺ返し?がある。
それでも、自分の思いじゃないと思う時には逆らってみる。
すると、またしても先々で手痛い目に遭うのだ。

なぜこのようなことが起きるのか、自分でも分からないが、それは誰しもが持っているものだと思っていたが、友人らに聞くとそうでもないらしい…ということが分かった


enji_152 at 19:30|PermalinkComments(0)