前世|今世|未来へ

今感じていること、成していることが未来を作っています。
今は、過去、前世から継がれたことでもあると感じています。
前世、今世、未来に向けて、日々感じたこと、そこから起きている事柄を綴っています。

カテゴリ: > 与論島

今回の与論島再訪で改めて気付かされたことは、自然の美しさと偉大さだ。

前回初めて訪れた時にも大いに感動したが、今回もそれらを上回った。
歳を経て感じることが増えたせいか?前回の感動を忘れていたせいか?かもしれないが…。

島はリーフに囲まれているから、どこまでも穏やかな波が打ち寄せる。
そこにボーッと身を置くだけで、体内細胞のひとつひとつが目覚めるような感じさえした。
島の食材でいただいた食事もおいしかったし、それを身体が喜んでいることも感じた。

何から何まで楽しく、満足な旅だった。
またいつかここに来れることを楽しみにしながら、今回の旅の話は終わりにする。

20180402与論島10

与論島では畜産が盛んで、牛の数は人口とほぼ同じ数になる。
町並みを外れると、広い放牧場や牛舎を良く目にする。
島の匂いも、牛のニオイがするくらい、畜産に力を入れていることが分かる。

12年前に私が与論島を訪れた頃は、人口より牛の方が多いという話を聞いていたので、この何年かで人の方が増えたのだろう。
町並みは以前より栄えていたし、道路整備も拡張された様をみると、人の推移が良く分かる。

島をドライブしていると、突如現れたのが写真の島のオブジェだ。
調べたところ、翔龍橋の近くの広場に、2010年に突如現れたオブジェだそうで、その詳細は不明のようだ。そのインパクトの強さに、思わず車から降りて写真を撮ってしまった。

牛のオブジェ以外看板等の説明もないため、何ともフシギな空間に迷い込んだように感じたほどだ。
これもまた、与論島の新たな名物になるのだろうか。

20180401与論島9

沖縄三味線である三線(さんしん)を習っているが、その中で「十九の春」も習った。

この曲は、沖縄の流行歌で1972年にレコード化された曲であるが、この元となったのは、与論島で作られた与論小唄と言われている。
与論小唄は、昭和の始め頃に福岡の炭鉱の女性達が歌っていた「ラッパ節」の替え歌としえ、与論島に伝えられたもので、そこから独自の進化?を遂げたようだ。
それが第二次大戦前に沖縄に伝わり、那覇の遊郭で流行った歌となった。

「十九の春」の歌詞は、妻のいる男性を好きになった女性が、今更別れるなら出会った頃の19に戻して欲しい、こんなにあなたのことが好きなのに、あなたには奥さんがいる…といった結構ドロドロしい曲だが、メロディーが能天気?なので、そんな陰鬱さは感じない。

そんな曲の元祖が与論島にあったということで、その碑にもお目にかかることが出来た。
1曲にも歴史あり、だ。

20180331与論島8

与論島の歴史や文化に触れられる「与論民俗村」へ行った。

古代の人々が暮らした家や焼き物、道具などが展示されていて、その時代を垣間見ることが出来る。
経営者であるご主人が敷地内を案内し、詳しく説明をしてくれる。
地元で生まれ育った人でなければ知り得ないことを教えてもらった。

与論島の昔の建物は茅葺が一般的で、琉球瓦を使った家は少ないそうだ。
島独自の文化が、家にも表れていることを知った。

芭蕉布(沖縄、奄美地方の織物)は、バナナの葉から出来ていた、という話には「え?」と耳を疑った。
物の資料には、イトバショウから採った繊維とあるが、バナナの葉からも取れていた、ということだそうだ。

先人達は島の恵みを存分に生かしながら生きていたことが窺えた。
与論民俗村、ぜひ行って欲しい場所だ。

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与論島には、15世紀頃に建てられたと言われる与論城跡がある。

今は石垣のみが現存しており、広い敷地を囲んだ跡が残っていた。
標高も94メートルと決して高くはないが、島では一番の高台のため、眺めは抜群だった。

与論城に隣接する琴平神社は、そこも城跡の一部のようであり、島で唯一の?大きな神社だった。
昔は金刀比羅大権現だったが、明治時代以降、菅原神社、厳島神社を合祀した神社になったそうだ。

与論城の詳細も不明だが、琉球列島の真ん中に位置し、その繁栄に貢献していたのかもしれない。はるか彼方のいにしえに思いを馳せることもまた、旅の楽しみだ。

20180329与論島6

与論島は沖縄と鹿児島の文化、風習、食事を楽しめる。
元は琉球列島の一部だから、琉球文化が土台にあり、そこに鹿児島のそれらも付加されたことになる。

滞在中はそれらおいしいものを、たくさん食した。
味付けも出汁が土台にあるため濃すぎず、食材の味を堪能出来るのも嬉しい。
地の野菜、海藻、魚、肉をいただけることは、何にも代えがたい贅沢でもある。

特に好きなのが、もずくと島らっきょうの天ぷらだ。
これは東京でも食べられるが、やはり島で採れたてをいただくのが一番だ。

島の食事もまた、旅の楽しみの大きな要因だ。

20180328与論島5

映画「めがね」の中で、民宿ハマダを営むユージがいつも釣りをする防波堤にも行った。

ここは実際には船着き場と言うのか?釣漁船が海に出る場所のようで、海に向かってなだらかなスロープが続き、岸には船が何艘か停泊していた。

映画で見ると防波堤で釣りをするシーンしか映らないが、実際にはこういう場所なのか、としげしげ眺めていると、周辺にはコケと言うか、海苔?らしきものがたくさん付着していた。
潮が引くと、美しい緑色の海苔が現われるのだ。

これだけ美しい海だと、海苔も絶品だろう。
そういえば、他のビーチで潮が引いた時に岩海苔取りをしている人達がいたな~と思い出した。

映画では最後に魚ではなく、風で飛ばされたタエコのめがねがユージの竿にかかる、というシーンがあったが、それが再びタエコをこの島に引き寄せることになる、という印象的なシーンだった。

海の美しさと、映画の奥深さ、しみじみ感じ入る場所だった。

20180327与論島4

映画「めがね」の中で、メルシー体操のシーンがある。
もたいまさこ扮するサクラが、海を背にして皆に体操を指導?し、それを見ながら子供から大人まで数十人が体操をしている。

このビーチは寺崎海岸隣にある、トゥーマイビーチだ。
ここに足を踏み込んで驚かされたのは、その砂の粒子の細かさだ。
他のビーチもそれなりにきめ細かいが、ここは群を抜いていた。

潮の満ち引きや風の吹き具合等によって大きく変わるのだろうが、まるでスノーパウダー?と思しき砂浜に驚いたし、感動した。

与論島は小さな島だから、すべてのビーチを1日で回ることは容易だ。
それらを回ってみて、ここのビーチが一番だな!と思ったほどで、滞在中2回も行ってしまった。
砂浜も地元の人が定期的に清掃をしているからだろうか、ゴミひとつ落ちていなかった。

こんなに素晴らしい自然を満喫させてもらい、感謝!感謝!!だ。

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映画「めがね」で主人公が滞在する宿「ハマダ」の建物が現存する。

与論島ビレッジというペンション、ホテル内の敷地にあり、自由に見学出来るとのことなので、お邪魔させていただいた。

映画を撮ったのは10年も前のことだから、風雨に晒され痛みはあるものの、それがそこにあることに感動した。
映画の世界に迷い込んだようだし、自分もハマダのお客さん?になったような気さえした。

この映画はセリフが少ないが、役者の表情や表現で、言わんとすることが心に響いてくる。
それは口に出して語るものではなく、自分の心の中で考え、熟成させ、その先を想像することへと繋がっていく。

与論島から帰ってきてから再びこの映画を見たが、何度見ても心を揺さぶられる。
めがねの奥にあるもの、その先にあるものは何なのか?自分に問う作品だ。

20180323与論島2

約13年ぶりに鹿児島県最南端にある、与論島に行ってきた。
島は13年前とほぼ変わっていなかったが、道も整備され、人口も増えた?ようで、以前よりも街中では人と多く出遭った。

街を離れると、牛舎とサトウキビ畑がメインだ。島の香しい?匂いもそれのためだが、これも与論島の良さなのだ。
島は20平方キロと小さいが、周囲は珊瑚礁に囲まれ、どこから見ても青く美しい海が臨める。

今回は、映画「めがね」のロケ地を巡った。来る前にも映画をおさらいし、それらを辿ってみた。
映画さながらに、今回は「たそがれる」ことを目標にしていたが、貧乏性の私はやっぱりあちこち巡った。

久しぶりの与論島だったが、変わらず自然はやさしく、美しかった。

20180321与論島1

与論島5のつづき

自然に囲まれた島では、朝陽が昇り、夕には陽が沈む。
それは、島だけではなく、世界中どこも共通なのだが、なぜだか島にいると、それを如実に感じることが出来る。

地平線の彼方から昇る朝陽の神々しさ、夕には再びそこに沈むはかなさ。
いずれも、その光線に照らされた景色が刻々と移ろい、人の心を揺さぶる。
自然の力とは何とも偉大だ…と、痛感せざるを得ない瞬間だ。

与論島の夕陽も目が離せない美しいものだった。
そして、ここから私の離島巡りが始まるのだ

与論島6

与論島4のつづき

映画「めがね」の中のセリフに、「たそがれてる…」というのがある。
美しい海を目の前にして、主人公が東京での生活をあれこれ思いながら、物思いにふける…というものだ。

確かに、あの美しい海を眺めていれば、自然とたそがれることが出来るのだ。
波の音以外何も聞こえてこない。ただただ波が引いては押し寄せる、その繰り返しだ。
無心になる空間でもある。

都会で満員電車に揺られ、毎日忙しく働いていると、自然と心がささくれだってきやすい。
ちょっとしたことでもイラッとしやすくなる。何とも精神にはよろしくない。
人が多い場所では気を遣い過ぎて、人の心は神経をすり減らしやすいのだ。

年に1度でも大自然の中に身を置き、「たそがれる」ことは、とても大事なことだ

与論島5

与論島3のつづき

与論島に行った時は、まだ島巡り初心者で、見るもの、聞くもの、食べるもの、感じるもの、すべてにいちいち感動していた。
その中で、初めて目にし、口にしたのが南国のフルーツだ。

南国で初めて食べるそれらのおいしさと香しさに、一発で好きになった。
今でも南国フルーツ大好きで、夏になると南国からお取り寄せしているほどだ。

島の栄養と、サンサンと降り注ぐ太陽光線に海からの風、それら自然の恵みを一心に浴びたフルーツは、おいしくないわけがない!と言っても過言ではないだろう。

こんな記事を書いていると、また食べたくなった!

与論島4

与論島2のつづき

与論島は、元々琉球列島の一部だ。
明治時代に、鹿児島県に組み込まれ今に至っている。
その名残で、島には琉球と日本の建物や文化・風習が混在している。

その中でも珍しい看板を見つけた。与論島の方言を書いたものだ。
それは、琉球の方言をベースとしながらも、独自に進化?したものだそうだ。
琉球の言葉も内地の人間には外国語だが、与論島の方言もしかりだ。

だが、その島独自の言葉の響きは心地よく感じる。
島の人たちが大事に守り伝えてきた言葉だからなのだろう。
意味は分からなくても、この島にいることを実感させてくれるものだ

与論島3

与論島1のつづき

与論島で地元の方から聞いた話では、島は人間よりヤギのほうが多い。ちなみに、牛も多い、という事実だ。
確かに、道を歩く人は観光客しかいないし、繁華街といっても、小さな銀座商店街があるのみで、一番大きなお店がCOOPだった…。

外に出れば、かぐわしい臭いが漂ってくる。
もれなく、牛舎が…。で、その近くにはレストランが…。
う~~ん、何とも複雑な心境…。だが、そこで食べた料理はおいしかった。
そして、店外に出ると、またしてもかぐわしい臭いが…するのだ。

ヤギ舎もよく目にしたが、このヤギって?
「もちろん、食べるのよ~」と、こともなげに言われ、目の前にいるかわいいヤギに同情せずにはいられなかった。
本土ではヤギを食べる習慣がないから、なおさらかもしれない。
だが、島の人にとっては貴重な食料なのだ。
牛を食べても罪悪感がないのに、ヤギを食べるのには抵抗を感じる…というのも、確かに矛盾している。

だが、やはり食べ慣れないヤギを口にする気にはなれず、かわいいヤギを見て勝手に癒されていた

与論島2

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