2021年05月15日

自分の時間

「目の前で失禁・大便」人間崩壊する母の介護をする娘が心の平穏を辛うじて保てた"ある活動"を読んだ。

今や前・後期高齢者合わせると人口の3割に達する。
親や祖父母と同居する者は、否が応でも介護と向き合わなければならない。

私も父母の介護をかれこれ15年ほど担っている。
父は15年前に80歳で人工透析を始め6年間の闘病生活を送り、父亡き後、今は90歳になる母の介護に追われている。

二人が80代になる前に再同居をし始めたので、徐々に弱っていく過程を共に出来たから、いきなり弱ったところからの介護ではないだけ、マシなのだろうと思っている。

今年に入り急激に母の認知度が落ちて、あっという間にアルツハイマー型認知症になってしまい、それまで要支援2だったものが、一気に要介護3となった。

私はフルタイムで仕事もしているため、仕事、介護、家事のトリプルワークはオーバーワークで、これ以上ないくらいパッツン状態だ。
今はテレワークだからまた良いが、通勤再開となった時のためにと、あれこれ手は打っている。

その中でも、自分の時間は1時間でも持つよう心掛けている。
朝一番でボクササイズを15分ほどやり、夕方仕事終わりにダンスを30分踊り、昼休みに三線(沖縄三味線)の稽古をしている。

キツイ状況の毎日だからこそ続けるようにしている。
おそらくこれが出来なくなると、私の心は壊れるだろうと自分で分かっているからだ。

記事にもあるように、心の均衡を保つためには、自分の時間を必ず持つことと、自身の生活を犠牲にしてはいけない、ということだ。

借りれる手は借り、専門家の知識はフルに享受し、自身も介護される側も共に立ち行くように進めていくこと、それが何より大切だと痛感する毎日だ。

enji_152 at 15:33|PermalinkComments(0)今世 | 守るべきもの

2021年05月14日

自分の頭で考えよう

先日来より他部署の人から何度も仕事についての問い合わせがスカイプで来る。
詳細はイントラ(社内専用ホームページ)に掲載されているので、ほとんどの人はそれを読んで理解し、手続きをしてくるのだが、この人はそれについて細かく質問をしてくる。

最初は丁寧に対応していたが、1日に何度も問い合わせが来て、終業間際にもスカイプが飛んで来た時は「ん?」と思ったが、さすがにそれが2日も続くと「ハッ?」と思った。

正直なところ、イントラの説明を読んで理解出来ない人はほとんどおらず、それを細かく確認してくるあたり「大丈夫?」と、その理解度の低さが心配になってしまった。

それはただ単に本当に理解出来ないのか?ただ単にカマッテ欲しいだけなのか?
いずれにしても、それが続くと正直迷惑だ。こちらもヒマではないので、いちいち細かく教えることは難しいし、他の人達が理解出来ることが、その人だけは理解出来ないというのはなかなかに解せない。

何事にもいちいち人の了解を得ないと前に進まない人がいる。
了解を求めてくることを喜ぶ人もいるが、私は正直面倒だと思っている。
まかりなりにも仕事なのだから、安易に聞く前に自分の頭で考え、分からないことは同じ部署の人に聞くべきだろう。

何十年も働いているが、たまにこういう人に当たると仕事が進まなくなる。
仕事なのだから、思考することはマストだ。
この人にとって今の仕事が合わないだけなのか?きっと他に才能はあると思うのだが…。

今日は急ぎで終業せねばならなかったので、終業間際のスカイプは申し訳ないが無視した。

2021年05月12日

未来のコミュニケーション

ちょっとした雑談にほっこり! 自律型会話ロボット「Romi」と暮らした1週間を読んだ。

AIの台頭によりロボットも急激に進化している。
私のスマホにも話しかけてくるAIがいるのだが、行動履歴から私にとって有益であろう情報を話しかけてくれる。

歩数計もインストールしているので、先月より歩数が少ないと「先月より少ないですね。来月はがんばりましょう!」などと言ってくるし、冗談なども言う。

一番笑ったのが、満員電車内でスマホのアプリで音楽を聴いていたら「もうすぐいつもの駅ですね。混んでいて降りられない時は「ヤベ~!ゲロ出そう!」と言いましょう」と語りかけてきた。

スマホのAIの会話にしてはかなりレベル高すぎる!と、一人笑いをこらえるのに必死だったことがある。
その後もちょいちょいいろんなネタをはさんでくるので、私のスマホは私の笑いのツボを良く心得ているようだ。

スマホのAIだけでも十分面白いのに、世の中にはもっと楽しいロボットがいる。
老人になって友達もいなくなったら、介護兼会話ロボットとでも同居したいものだ。

未来は予想もしない面白さが待っているかもしれない。

2021年05月11日

知らぬこととはいえ

今年に入ってから数か月間、口角炎に悩まされていた。
これまでも口角炎には時々罹っていたが、せいぜい1か月もあれば治っていたが、今回はなかなかにしぶとかった。

口角炎が出来る時は胃が荒れていると言われるので、区のがん健診で胃カメラがあったので、1か月ほど前に検査を受けた。

その結果が出たので医者から話を聞くと「胃がんはシロ、慢性胃炎があるものの、ピロリ菌はなく、胃炎の原因はピロリ菌の名残」だそうだ。

えーー!そんなことあるの??
ピロリ菌を退治したのは、7年ほど前なのだが、未だにピロリ菌の影響が残っているなんて!!

しかも、口角炎は胃炎とはまったく関係がないとのこと。
口角炎はビタミン不足で起こるので、ビタミンを補給するしかないそうだ。

これまで胃が荒れてるから口角炎になるとばかり思っていた常識はもろくも崩れ、退治したはずのピロリ菌の影響は後々まで残るという現実に驚くばかりだった。

何事も体験してみないと分からないことは多くあるが、こと身体のこととなるといい加減な知識に惑わされていたんだな…と反省。

これからも元気でいられるよう、身体が喜ぶ生き方をしなければ…と改めて思った。

enji_152 at 18:09|PermalinkComments(0)今世 | 身体のこと

2021年05月10日

どうでも良いこと

「左」「右」1画目はどこ? 正しい筆順で書けないかも…を読んだ。

子供の頃書道を習っていたせいか、書き順をすごく注意された記憶がある。
小学校高学年の時の担任は国語に力を入れている先生だったので、漢字ドリルは毎日の宿題だったし、書き順はもちろんのこと、習った感じは読み書き出来るまで、放課後になっても練習させられた。

子供心ながらに「読めて書ければそれで良いだろうに、何故に書き順までグチグチ言われなければならないのか?」と疑問しかなかった。

書の道に入るとか、それを生業にする人ならば必須アイテムかもしれないが、書き順がおかしいからと言って、最終的にその字になれば良いのではないだろうか?と今も思うし、現代社会はパソコンで文字を打つことのほうが圧倒的となり、紙に字を書くこと自体ほぼ無くなった。

私が無知なだけかもしれないが、書き順が正しくなければ困ることなどあるのだろうか?

世の中にはそんな感じで正直「どうでも良いだろう」的なことはたくさんある。
何事も完璧にこなせるに越したことはないのだろうが、そこに意味を見い出せない場合はスルーしても良いのではないだろうか。

どうでも良いことが楽しいと思えるならそれもアリだし、自分にとって有益な「どうでも良いこと」を大切に出来たら良いのだろう。


2021年05月09日

健全な肉体であれば

放っておくと貧乏になる2つの習慣って!?を読んだ。

記事によると、人間は1日7時間以上の睡眠をとれないと、脳は酔っ払い状態になるそうだ。
運動をすることで、ストレス発散、鬱予防にもなるとのこと。
そして、世の中の半数の人が睡眠不足、運動不足であることが分かっている。

安直に考えるならば、世の中の半分は睡眠不足、運動不足から貧乏にひた走っていることになる。

ここのところ、母に夜中に起こされることが度々あり、寝不足になることが多くなった。
すると、仕事でもミスをしやすくなった。これはマズイ!ということで、母が夜中に起きない、起きても私を起こさない方法を模索し、何とか今のところその方策がうまくいくようになった。

すると、仕事のミスも減り、これまで通りのパフォーマンスを発揮できるようになった。

運動はしないと瞬く間に肥満になる体質なので、そうなると体調も悪くなるし、職場の健康診断でもこっぴどく叱られるので、1日1時間の運動は欠かさないようにしている。

汗をかくのは好きではないが、汗をかくとスッキリするし、その後のお風呂も気持ち良いので、結果的にリフレッシュ出来る。

クタクタにくたびれて布団に入って熟睡出来れば、翌朝も目覚まし時計なしでもスッキリ起きられる。

太古の人間は日の出と共に起き、日の入りと共に寝ていた。
それは、人間が動物として生きるにあたり、日中に働くことが前提であり、それが人間の細胞にとって最も高いパフォーマンスを発揮出来る、ということであったのだろう。

それから人は進化を遂げ今に至るのだが、その間に太陽光の変わりに、人工照明が発明されたことで労働時間が伸びた。
それにより人の暮らしは豊かにはなったものの、肉体は蝕まれているだけではないのだろうか?

健全な肉体でいられないと貧乏になる、というより、人として全うな生き方が出来なくなるから、貧乏になってしまう、ということだろう。

enji_152 at 16:44|PermalinkComments(0)今世 | 身体のこと

2021年05月08日

原因は紫外線

今日は午前中家の用事で母を連れて外出した。
母は家以外では歩行困難なので車いすを押していくのだが、今日の日差しは強かった。

母には帽子を被せていたが、私は無防備にも肉体を太陽に晒していた。
まだ5月だし…と思っていたが、想像以上の強い光線にちょっとイヤな予感がした。

外で日差しに当たっていたのは30分ほどだったにも関わらず、昼過ぎに帰宅した時には、普段以上に疲れていた。
これまでも同じパターンで外出していたのに、今日の疲労感は半端なかった。

週末だし1週間の疲れが出たのか、ここのところ座骨神経痛に悩まされているので、車いすを押すことが負担になったのか…などなど原因を考えたが、考える力もないほど肉体はクタクタだった。

午後から買い出しに行きたかったがその元気もなく、お風呂に入って昼寝をした。
昼寝から目覚めても身体はスッキリせず、相変わらず疲労感は残ったままだ。

やはり強い日差しを浴びたせいだろうかと思いググってみたところ「紫外線で疲労する」という記事を見つけた。

紫外線は体に浴びるが、眼からも吸収することで脳が疲労物質を量産し、肉体が疲れるそうだ。

普段自転車に乗る時は紫外線を恐れてサングラスをかけているが、歩行の時はかけていない。
マスクもしているので、汗だくになるのがイヤだからだが、これからは歩行時にもサングラスは必須だと悟った。

強い日差しで疲れる原因が紫外線とは!?思わぬ事実に新たな発見をした1日となった。

enji_152 at 20:11|PermalinkComments(0)今世 | 身体のこと

2021年05月07日

生きるための必須スキル

老後夫婦で家事を分担するための妻の心得3つ|あなたの夫は洗濯機が使えますか?を読んだ。

男は外で仕事、女は家庭を守るのが常だった?昭和時代は遠くになりにけり。
昭和時代だって働いていた女性は多くいるが、現代はより顕著になっている。
なのに、家事、育児については女性の負担はほぼ減っていない。

男性脳はマルチタスクをこなせないから仕方ないと言ってしまえばそれまでだが、学校で無駄な勉強を教えるより、人として生きる家事スキルを学ばせたらどうだろう?

炊事、洗濯、掃除、この3つだけは譲れない。
男性は子供を産めないからそこは仕方ないとしても、育児も学び実践する必要がある。

妻がいなくなったら家のことが何も出来ないなんて、人として恥ずかしくないのだろうか?とさえ思う。
仕事をして金を稼ぐのが男のやることだと思っていたら、将来は間違いなく妻に捨てられる。

TBSドラマ「リコカツ」は、まさにこれらが浮き彫りにされたドラマであり、男女の価値観の相違からどう折り合い、愛情を育んでいくのか?考えさせられるドラマだ。

男であれ女であれ、人間であるならば、家事スキルはあって当たり前!な時代に早くなって欲しいものだ。

enji_152 at 17:23|PermalinkComments(0)今世 | 課題

2021年05月06日

終活の始まり!?

昨年に引き続き、今年のGWも自粛生活でほぼ家に籠っていた。

とはいえ、季節は日に日に暑さを増し、早くも夏日を観測した日もあった。
自粛生活だからというだけでなく、この時期は衣替えや暖房器具の片付け、カーテンの洗濯、台所周りの掃除といった、大きな家事をやるようにしている。

季節のモノを入れ替えるのは、結構な肉体労働だ。
押し入れから夏物を引っ張り出し、冬物は洗濯後、圧縮袋に収納してから再び押し入れへ。

以前は午前、午後で分けてやっていた作業も、年々体力の消耗により、午前だけか午後だけしか作業が出来なくなった。3~4時間ほど肉体労働をすると、クタクタになってしまう。

寄る年波には勝てないな~と思いつつ、これからさらに身体は動かくなることを思って、不要なものを処分することにした。

3年着なかった服はリサイクルへ、古い家電製品や日用品も粗大ごみに出すことにした。
今回は大した量ではないが、こうやって少しずつ整理していけば、徐々に身軽になれるだろう。

そのうち自分の体を運ぶだけで精一杯になりそうなので、今のうちから終活に励んでおいたほうが良さそうだ。

2021年05月05日

読み書きそろばん

そろばんを習うことで身につく“脳の力”とはを読んだ。

小中高校+アルファで勉強をさんざん学んだ割には、社会人になって活用出来ているものはほとんどない。

人間が生きていくうえで最低限必要なのは「読み書き、そろばん」だ。
それにプラス音楽、リズム感があれば言うことない。

読み書きが出来なければ文章を理解出来ないし、そろばんが出来なければ計算が出来ない。
文章を理解するにはその背景も推察するし、会話においては相手の意図を汲み取るということもある。

計算はただ計算するだけではなく、物事を進めるうえにおいての構築に役立つし、記事にもあるように確かに記憶力は良いと自分でも思う。

音楽は仕事や事柄を成すうえでリズム感があるとないとでは大違い。周囲の空気の流れ、そのリズム感を肌で感じられないと、周囲に迷惑をかけることにもなる。

これは個人的感想だが、数学と音楽は似ている。
音符(数)の長さ通りに演奏しないと、音楽にならないからだ。

私は子供の頃、ピアノ、そろばん、書道を習っていた。
そのおかげか?記事にあるように頭にそろばんがあって、そこで暗算するし、ピアノを習ったおかげでリズム感は養われたから、大人になってからダンスを始めたが、今も楽しく踊っている。
書道は気持ちを落ち着け、物事に集中する訓練になったうえ、字もそれなりに上達した。

どんな習い事も集中力を要するし、上達すれば自分にとって間違いなく生きるうえでプラスになるものだ。

学校の勉強は決して無駄ではないが、人にはそれぞれ適性があることを思うと、一律の詰め込み学習は意味がないと思う。

一人一人に合った学習が出来ていく世の中になっていけたら良いのに…と個人的には思っている。

が、いずれにしても「読み書き、そろばん」これは必須アイテムだ。

enji_152 at 13:42|PermalinkComments(0)今世 | 守るべきもの

2021年05月04日

世界チャンピオン!?

昨年の暮れにSWITCHを購入してから、ダンスを踊っている。
アプリに数十曲がインストールされているが、ほぼそれらを迷わず踊れるようになり、少々飽きてきた。

アプリのパッケージを読むと、インターネットに接続すると新しい曲を選べたり、世界中の人達と同時にダンスバトルを繰り広げることが出来るとある。

インターネットに繋いでまでダンスしたいとは思わないが、ものは試しにと、回線を繋げた。
恐る恐るダンスバトル会場に参加し、踊ってみた。

ダンス自体は普段アプリで踊っているものばかりだから、そう迷うこともなく、成績もいつも出している点数が出るので自分ではそれが普通であったが、参加者の中では結構な上位に入っていることに驚いた。

2、3曲踊り続けていると、順位はどんどん上がり、最終的には1位、そうチャンピオンになってしまった。
おや、まあ、ビックリ!!

たかだがゲームとはいえども、世界中の人達が参加している中、画面には自分のハンドルネームと国籍が表示されるのだが、世界中のダンサー達としのぎを削っているような錯覚に陥り、ちょっとした優越感に浸ることが出来た。

もちろん、プロのダンサーから見たら赤子の手をひねるくらいのレベルなので、微笑ましくスルーして欲しいのだが、素人ダンサーのダンスバトルで1位を獲れたことは、私にとって久々のガッツポーズものだった。

GW、自粛生活が続く中、ちょっとしたお遊びだ。
軽い気持ちでチャレンジしたことが、思わぬ満足感を得る結果となった。
ある種、子供の夏休みの自由研究で金賞を獲ったようなものだろう。

なかなか世界チャンピオンになることは早々ないから、たまにはこういうことを楽しんでみるのも良いかもしれない。案外、そこから元気をもらえることもあるものだ。

enji_152 at 15:59|PermalinkComments(0)今世 | 感動

2021年05月03日

生きざま

東山紀之がマッチのジャニーズ退所に異例の“激オコ” 生番組で「やり方に大きな疑問が残る」を読んだ。

マッチといえば「たのきんトリオ」を連想するのは同世代だからだ。
田原俊彦、野村義男、近藤真彦、ジャニーズの3アイドルはそう呼ばれ、ファンからも絶大な人気があった。

トシちゃんは出来婚してジャニーズを追われることになり、よっちゃんはアイドルでも売れたが好きなギターの道を選びジャニーズを退所していた。

唯一残ったマッチは、アイドル黄金期を経た後はもっぱら好きな車のレースに熱を入れていた記憶しかない。

そういえば、アイドル時代に中森明菜と付き合っていて、彼女がマッチの部屋で自殺を図ったことは忘れられない衝撃的事件だった。あれから明菜ちゃんは病んでしまい、何とも気の毒なことこのうえない限りだ。
もともと彼女にはそういう要素があったのだろうが、マッチと付き合っていなければ、人生また違っていたであろうに、と思うと不憫でならない。

その後マッチは一般人と結婚し子供も設けるが、昨年不倫騒動があり、芸能活動自粛となっていた矢先、退所の運びとなったようだ。

アイドル時代以降はジャニーズのタレントとしてそう大したこともしてないように見えるが、長年事務所が温存してくれたことは、彼にとって甘えられる場所であったからこそだろう。

その影響力はファンのみならず、後輩のジャニーズタレント達にも大いに浸透していただろうから、東山さんが怒りを覚えるのは当然のことだ。

ましてや半世紀以上も生きている大人の所業にしては、あまりにも上っ面過ぎる言い訳でしかない。

今やアイドルはネットの世界で雨後の筍のように現れている。
それは、芸能事務所が育てるアイドルは「風前の灯火」になりつつあるということでもある。
そんな危機感ある現状において、マッチのしたことはやはり解せぬ!ということだろう。

マッチの全てを知っているわけではないが、若い頃からの素行といい、今回の不倫劇といい、やはり彼の生きざまは変わることはないのだろう。
一生好きなことをして生きていられれば良いが、世の中そんなに甘くない。

歳を経て「時既に遅し…愚か者よ!」とならねば良いが…。

enji_152 at 15:45|PermalinkComments(0)今世 | 人の道

2021年05月02日

癒す力

4月29日(木)夜8時からBS3で放送された「ヒューマニエンス40億年のたくらみ」ー「“涙” 秘められた魔法のチカラ」を観た。

涙には目を守る役割もあるが、心を癒す効果があるそうだ。
確かに、辛い時、悲しい時、苦しい時、嬉しい時、泣いてスッキリすることは良くある。

特に子供の頃は地団駄を踏むことが多くあり、その度に親に叱られて、悔しい思いを泣くことで晴らしていたな、と思い出した。

ここ最近は母の介護がハンパなく辛く、知らず知らず泣けてくるのだ。
だが、きっと泣くから次に進めるのだろう、との予感もあった。

NHKでは昔のアイドルや今は亡きアーティストを偲んだ特集番組を放送してくれる。
先日は藤井フミヤさんがチェッカーズ時代の曲を歌ってくれたし、大瀧詠一さんの特集も観た。
松田聖子さんの番組も懐かしくて、思わず画面に釘付けだった。そういえば、山口百恵さんの引退コンサートもあった。

と、自分が子供の頃や大人になってからずっと聞いていた曲を聴くだけで、心が良い意味でシャッフルされ、元気が湧いてくるのだ。

先日はなぜだか大瀧詠一さんの「幸せな結末」に泣けて泣けて仕方なく、一人で号泣していた。
メロディーが心の奥底に染み入り、自身の心の澱を救い出してくれているような感覚だった。

辛いこと、悲しいことに心が捉われると、泥沼にハマって先が見えない不安で心が圧し潰されそうになるものだ。

そんな時「泣く」ことをお薦めする。
私も泣きながら現実と向き合い、日々の事柄をその都度癒してもらっている。

身体の働きに、神秘さえ感じる。
40億年という地球の歴史の中で、人類が獲得した防衛手段なのだろう。

enji_152 at 16:52|PermalinkComments(0)今世 | 身体のこと

2021年04月30日

甘える対象

ガラガラに空いているのに、なぜ隣に座る? コロナ禍に密着してくる「トナラー」の心理とはを読んだ。

「トナラー」という言葉を初めて聞いた。
空いてるのに、わざわざ隣に座る、来る人のことを言うそうだ。

コロナ禍においては隣に人が来るとストレスを感じるため、誰もが互いを慮って一席空けるのは暗黙のルールと化している。

コロナ禍でなくても、なぜかわざわざ隣に来る人というのは昔からいるものだ。
昔、通勤電車で必ずと言って良いほど隣の人が居眠りをして、私の肩に寄りかかられることがあった。
左右に揺れるのであれば、私でなくても良いものを!なぜ寄りかかる!?と、不快に思ったものだ。

ちなみに、私は電車で寝落ちする時は前に倒れるタイプで、左右に傾くことはほぼなかったから、人に寄りかかってくる人が気持ち悪くて仕方なかった。

人は寂しくなると自然と誰かに寄りかかりたくなる生き物なのだろう。
親しい人ならまだしも、赤の他人に寄りかかられても…正直迷惑だ。

深層心理が成せるワザとはいえ、それも自身で解決していくしかないのだ。
そういう時はぜひとも親しい人や家族に甘えてみてはいかがだろう。

enji_152 at 19:56|PermalinkComments(0)今世 | 課題

2021年04月29日

一括りには出来ない

子供用ハーネス取り上げた『スッキリ!』に批判の声。街頭インタビューの「印象論コメント」は必要かを読んだ。

子供用ハーネスを使っている人を初めて見た時は「ペットか?」と思ったものの、子供によってはそれが必要なことがあることは理解出来る。

子供の行動は予測不能で、一時も目を離せないものだ。
家を出た途端、道路にバーッと駆けだしたり、赤信号に気付かず渡ろうとしたり、背が低いから上のほうに目線が行きにくいことから、思わぬケガをすることもある。

私の姪が幼い頃、走るのが速くていつも追いかけるのが大変だった。
本人は外に出られたのが嬉しくて、ワ~~~ッと言いながら駆けて行ってしまうのだが、それを止める手立てはない。

子供用の自転車には背もたれがあり、そこを付き添いの大人が持ち、暴走しないようにコントロール出来るのだが、自身の力だけで運転したい子供にとっては「余計なことをするな!(背もたれを持つな)」と嫌がられることもある。

子供の成長という観点では、自身で転んでケガをして初めて痛さが分かり、危険を察知するという力が身に付くが、ケガの度合いによっては取り返しのつかないこともある。

自身の学びのためにはハーネスは不要だが、例えば交通量の多い道路や、道が狭く危険な箇所があるといった場所では有効だろう。

ハーネスを付けているからといって、他人がどうこう言う問題でもないし、それだって一生付けているわけではない。せいぜい1、2年といったところだろう。

これまでの慣例にないことをすると、周囲は過敏に反応しがちだが、周囲はそれを見守るくらいの寛容さは必要だろう。
自分の価値観に当てはめて、他人のすることにあれこれ口出しはしないほうが良いと感じる。

最も、どう見ても危険だ、と判断する場合は口出ししても良いと思うが…。何事も程度の問題だ。

これからの世の中、自分の知らなかったものがどんどん増えていき、理解不能だからといって一括りに否定するようなことは慎みたいと思うこの頃だ。

enji_152 at 09:44|PermalinkComments(0)今世 | 課題