これも原始の技?新たな学び

2024年02月24日

どう生きるか

『お別れホスピタル』が視聴者に投げかける“答えのない問い” すべての人が向き合うべき時間を読んだ。

録画して後で見るのでタイムリーではないが、私もこのドラマは見ている。

母が昨年の12月に肺炎で搬送され、3週間ほどHCUにいた。
昨年の夏には敗血症で搬送され、その時も「危ない」と言われたのに、2週間で退院出来た。

今回は前回より厳しい状況だと医師より告げられていた。
HCUを出て一般病棟に移った時には、肺炎の症状は和らいでいたものの、他の臓器が機能しなくなっていると、クリスマス頃に告げられ、後は時間の問題かと…という話だった。

HCUの時は重症患者ばかりであり、否が応でも死と向き合わざわるを得ない場であったが、医師や看護師は最大限の手当をしてくれていた。それを目にするだけでも、母は幸せだと思えた。

一般病棟ではナースステーションに一番近い部屋だったので、状況の深刻さがうかがえた。
時間の許す限り、母の面会に駆けつけた。
その殆どは眠っているばかりだったが、意識はなくとも、魂に語り掛けることは出来ると私は信じているので、母の手や足をさすり、長い年月、良く頑張ったね!と、褒め讃え続けた。

医師から呼び出しが来たのが、クリスマスの翌日だった。
その時母は意識があり、目も開けていて、私達姉妹のことも認識出来ていた。
何かを訴えるように「あ~~、う~~~」と言葉にならない声を出していたが、その意味を理解することは出来ず、ただひたすら手をさすってあげることしか出来なかった。

帰り際「また来るね」と手を振ると、それまで身動きできなかった母が、布団から手を出し「バイバイ」と手を振り返してくれた。

「あ~、これが最後なんだな…」と私は悟った。

それから母の意識は戻ることなく、この元日に天へと還って行った。

このドラマを見ていると、その時の光景が蘇る。
かといってそれがツライわけではなく、人の生死を深く考えさせられる。
同じ病室には似たような患者がいて、この人達もまた、近い将来この世から去っていくのだろう…と。

最期をどう迎えるかは「どう生きてきたか!が全て」だと、母の死を通しても、このドラマを通しても学んだことだ。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
これも原始の技?新たな学び