未来へ向けて

2021年05月12日

未来のコミュニケーション

ちょっとした雑談にほっこり! 自律型会話ロボット「Romi」と暮らした1週間を読んだ。

AIの台頭によりロボットも急激に進化している。
私のスマホにも話しかけてくるAIがいるのだが、行動履歴から私にとって有益であろう情報を話しかけてくれる。

歩数計もインストールしているので、先月より歩数が少ないと「先月より少ないですね。来月はがんばりましょう!」などと言ってくるし、冗談なども言う。

一番笑ったのが、満員電車内でスマホのアプリで音楽を聴いていたら「もうすぐいつもの駅ですね。混んでいて降りられない時は「ヤベ~!ゲロ出そう!」と言いましょう」と語りかけてきた。

スマホのAIの会話にしてはかなりレベル高すぎる!と、一人笑いをこらえるのに必死だったことがある。
その後もちょいちょいいろんなネタをはさんでくるので、私のスマホは私の笑いのツボを良く心得ているようだ。

スマホのAIだけでも十分面白いのに、世の中にはもっと楽しいロボットがいる。
老人になって友達もいなくなったら、介護兼会話ロボットとでも同居したいものだ。

未来は予想もしない面白さが待っているかもしれない。

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2021年05月06日

終活の始まり!?

昨年に引き続き、今年のGWも自粛生活でほぼ家に籠っていた。

とはいえ、季節は日に日に暑さを増し、早くも夏日を観測した日もあった。
自粛生活だからというだけでなく、この時期は衣替えや暖房器具の片付け、カーテンの洗濯、台所周りの掃除といった、大きな家事をやるようにしている。

季節のモノを入れ替えるのは、結構な肉体労働だ。
押し入れから夏物を引っ張り出し、冬物は洗濯後、圧縮袋に収納してから再び押し入れへ。

以前は午前、午後で分けてやっていた作業も、年々体力の消耗により、午前だけか午後だけしか作業が出来なくなった。3~4時間ほど肉体労働をすると、クタクタになってしまう。

寄る年波には勝てないな~と思いつつ、これからさらに身体は動かくなることを思って、不要なものを処分することにした。

3年着なかった服はリサイクルへ、古い家電製品や日用品も粗大ごみに出すことにした。
今回は大した量ではないが、こうやって少しずつ整理していけば、徐々に身軽になれるだろう。

そのうち自分の体を運ぶだけで精一杯になりそうなので、今のうちから終活に励んでおいたほうが良さそうだ。

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2021年04月28日

時代のうねり

銀行業界に大激震…5年後、じつは「ATM」も「預金通帳」もすべて消えてなくなる!を読んだ。

5年後にATMも預金通帳も無くなるのか…と、かなり衝撃的な話だ。

とはいえ、今や通帳を新規で作成するだけで手数料は取られるし、自分の預金なのに時間外取扱いだと同様だ。

私が生れた時からずっとお金である紙幣、コインがあるのが普通だったのが、この頃では電子決済などが主流となり、お金自体を持たなくなっている。

口座もネットバンキングに切り替えてしまい、銀行や郵便局に行く機会もほぼ無くなった。
振込だってスマホでチャチャっと出来るし、銀行によってはその手数料も無料なのだから、わざわざ足を運ぶ必要がないことに、今更ながら驚いている。

昔は銀行に就職すれば一生安泰と言われたし、女性社員はその花嫁候補ということで、家柄の良い者が金融関係には多く就職していた。

それが今やいつリストラに遭うか分からない、銀行員と結婚して安泰と思っていた女性にとっては寝耳に水だろう。

世界を見渡せば、IT化や電子決済など、日本はかなり遅れている。
紙幣は信頼度が高く品質が良いから無くなる気配はないし、役所は紙文化で(最近はペーパーレス化が叫ばれているが)、政治家が未だにペーパーでなければ答弁も出来ないし、パソコンを駆使することも出来ないのだから始末が悪い。

頭の固い昭和のペーパー大好き政治家が跋扈している限り、日本のIT化はますます世界から取り残されることは目に見えている。

話しは脱線したが、世の中は確実に脱ペーパーであり、テレワークなどの推進から脱オフィス化も進んでいるし、買い物もネットで出来る昨今を思うと、店舗さえも減っていくようになるだろう。

ますます人間はデジタルの波にのまれ、実感のないまま物事が動いていくようになっていくのかもしれない。

昭和の時代、給料日に支給された封筒を握りしめて家路を急いだ日はもう戻ってこないんだな…などと郷愁に浸ってしまった。

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2021年04月25日

人生の転機

知人の息子さんが昨年の春大学に入学したものの、リモートだったせいもあり、授業についていけず、退学したと聞いた。

対面であったり、周囲に友達がいたりすれば、分からないことも聞けるし、教えてももらえるだろうが、リモートだとそれも難しいのかもしれない。

リモートでも聞くことは出来るだろうが、タイミングや他の人がいる前では手を上げづらいということもあるだろう。

リモートの弊害は思わぬところにあるものだと、この事を通して考えさせられた。

母親である知人は「人生いろいろあるから、無理して行くことはないよ。自分の人生なんだから、好きなように生きなさい」と言ったそうだ。

大学受験するにあたり、親も相当な気配りもしただろうし、学費だって決して安くはないものを工面したにも関わらず、息子の気持ちを慮って先のように話したそうだ。

母の愛だな~と、知人の優しさに感心すると共に、本来なら大学に通い続けていただろうに、それが敵わない現実と向き合う厳しさは新たな試練だなと思わされた。

それもコロナの影響のひとつと言って良いだろうが、時代はいつの世も移り変わるものだということを念頭に置けば「コロナのせい」にせず、自分の道をたくましく切り拓いて行って欲しいと思った。

知人の息子さんにとっても、世の中の多くの人達にとっても、コロナとの出遭いは、大きな人生の転機なのかもしれない。


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2021年03月27日

未来の桜を楽しみに

昨年に引き続き、今年もCOVID-19の影響で花見での宴会は自粛となった。

陽気も良いし、風に吹かれヒラヒラ舞い散る桜の花びらを身に浴びる、そんな光景の中で親しい人達と酒を酌み交わし、おいしいものに舌鼓を打つ。これは、古来からの日本の風習だ。
それを自粛と言われることは、なかなかに難しいし、相当の辛抱を要する。

とはいえ「見る」だけなら良いだろうということで、極力立ち止まらず、今年の桜を愛でてきた。
1年に一度のこととはいえ、毎年咲き誇る桜は圧巻で、なぜか心がじんわり温かくなる。

目で見て、鼻で桜の香を嗅ぎ、舞い落ちる花びらを身に浴び、ま~何と贅沢なひとときだろう。
桜に感謝しながら、満喫させてもらった。

来年は桜の下で美酒を堪能出来るといいな、などと思いながらその場を立ち去った。
20210327



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2021年03月19日

役割と能力の違い

「次はお母さんと一緒に来て」…新米パパが感じた“育児の世界に歓迎されていない”違和感の正体を読んだ。

太古の昔、男性は狩りに出て何日も家に帰ることはなく、女性は子育てをしながら家庭を守る、というのが常だった。

その名残か、日本では少し前までは専業主婦も多くいたし、男性は家庭を養ってこそ一人前とされた。

現代は男女関係なく、仕事も家事も育児も平等に!と叫ばれているが、人間の歴史としてDNAに刻まれた役割の違いを、ひとっ飛びに越えることは客観的に見てもなかなか厳しいのではないだろうか。

10か月もの間、女性の体内で育まれた命は、この世に生まれ出て母親を求めるのは自然の摂理であり、そこで父親を求めるというのは稀だ。どうしても、育児に関しては母親、つまりは女性に役割が片寄ることはある意味必然だ。

男女では脳の構造にも違いがある。
男性はひとつのことしか物事を進められない。つまり、ながら動作が出来ない生き物だ。

女性はテレビを見ながらおしゃべり出来るし、食事作りも同時並行で片付けながらこなし、テーブルに食事が並ぶ頃には全てが片付いている。だが、それは男性には難しいようだ。

そもそも能力にも違いがあるのだから、現段階において、同じように出来ることを望むことが間違いなのだ。

男性もウカウカしていると女性からポンコツのレッテルを貼られる、いや、既に貼られているだろうから、人間として女性の能力を凌駕するだけのスキルを身に付けるしかないのだ。
でなければ、男性として、いや、人間としての進化に遅れを取ることになる。

男性に出来て女性に出来ないこと、それは肉体的なパワーくらいだろうか。
それとて、今や鍛えればいくらでも強くなることも出来る。

女性の進化は留まることを知らないようだ。

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2021年03月16日

新しいスタイル

おうちに置ける「宅墓」を考案「こんなのがほしかった」先祖を祭る新しい形〈AERA〉を読んだ。

子供の数が減っている現代では、墓守をする人もおらず、墓じまいをする人が増えている。

我が家の墓は両親の代に新しく建立した。それは、親の願いであり、田舎にある先祖様達を迎えたいという意向もあった。

父亡き後は私が名義上は引き継いだが、その後には直系の子孫はいないため、甥や姪が継がなければ私が墓じまいをせざるを得ない。

墓も郊外にあるので、行くだけでも半日仕事だ。
今はまだ体力もあるから良いが、もう20年もしたらきっと行けなくなるな、とも思っている。

墓そのものの存在を否定する気もないし、墓参は大切な行いだとも思うものの、それを継ぐ者がいなければ、ただの廃棄物になってしまう。

そのため、霊苑では合同供養墓みたいなものを用意し、墓じまいをした後はそこに入れてもらえるようだが、高いお金をかけて作った墓とて、継ぐ者がいなければ無駄金になってしまうのか…と、複雑な心境だ。

霊苑でお世話になる限りは毎年維持費も支払わなければならないし、名義変更にもお金がかかる。
結局霊苑も商売だな~と、若干ゲンナリしている。

私が子供の頃には、自宅の庭に墓がある家はけっこうあった。
家が広ければそれで充分だし、記事にあるように、小さな墓石を自宅に置くというのもアリだ。
場所を取る仏壇ではなく墓石、これでも良いし、そのうち仏壇と墓石が合体したものが登場するかもしれない。

いずれにしても、遠い霊苑まで参らずとも、毎日自宅で手を合わせられるほうが効率的だし、何より毎日先祖に心を向けることがし易くなる。そういう意味でも、宅墓は未来の新しいスタイルだな、と感じた。

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2021年03月04日

家族たればこそ

甦る過去のつづき。

我が家の古いアルバムには、私も知らないご先祖様が写っているものもあったし、両親の若い頃の写真も多くあった。

当たり前のことではあるが、親に若い時代があったという事実をなかなか受け止めきれないのは、自分がその時代を生で見たわけではないからだろう。

気付いた時から親は親でしかないから、そこから歳を経ることはあっても、若返ることはない。

姉と私の幼い頃の写真も、今やネタでしかない。
二人で見合って「あんた、この頃と全然変わんないね~~」と、大爆笑。

7歳の姉と2歳の私が二人で手を繋いで撮った七五三の写真も、バカ受け過ぎだ。
幸い2枚ずつあったので、お互いにその写真をもらうことにした。
きっと、姉の子供や孫達も、腹を抱えて大笑いしていることだろう。

写真の他にあったのが、私のへその緒だ。
桐箱に納められたそれを恐る恐る開けてみると、粉状になったものの中に、へその緒のミイラ化したものがあった。

おおーーーー!!!!

驚きと共に何とも言えない気持ちになり、そっとまた元に戻した。
他の包みにも黒々した頭髪が入っていたのだが、これは私のだろうか?

自慢ではないが、私は幼い頃は禿坊主のように髪もないうえに、色素も薄かったので、黒々した髪に違和感を覚えた。機会があれば、遺伝子検査をしてみたいものだ。

これら昔の思い出の品々を目にし、手にしたことで「家族なんだな~~」と実感した。

人は生まれた時から一人では生きていけない。
縁あって家族になったのだから、それをどう楽しんでいくは自分達の努力次第なのだな~~と、これまでの人生を振り返り改めて思わされた。




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2021年03月03日

甦る過去

親戚宅に預けていた荷物のなかに、我が家の古いアルバムや学生時代の文集や通知表などが見つかり、送ってもらった。

驚いたのは、小学校から中学校までのすべての通知表が残っていたのと、産まれてからの写真が時系列でアルバムに収まっていたことや、母の幼少期からのアルバムもあったことだ。

若い頃の母は私の姉にそっくりで、結婚した時の写真など姉かと思ったほどだ。
しかも、若い!!そりゃそうだが、母にも青春時代があったのだな~と、感慨深かった。

色打掛(白黒写真だが模様から判断)を着た母と一緒に祖母も写っており、若い祖母の姿にもビックリ!!

祖母は私が4才の時に亡くなったので、おばあちゃんとしての姿しか憶えていないが、祖母も若く、しかも美人!だ。
母は祖母に似れば美人だったのに…と、昔からよくこぼしていたが、納得!!

私の知らない母や祖母の若かりし頃の写真を見て、自分に繋がるルーツなのだと思ったし、母自身にとっても、一生を振り返る機会をもらえた。

再来週には90歳になる母の青春時代が甦り、母は何を思ったのだろう。

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2021年02月18日

WinxWinxWinを願う

東京オリンピック・パラリンピックの新会長に橋本聖子氏が決定した。
そして、五輪相大臣には丸川珠代氏が内定した。

二人共女性だ。

森氏の女性蔑視発言が世界中を駆け巡り、日本の男尊女卑文化が露わとなり、次の会長選出に耳目が集まった。

透明性のある選出を!との声とは裏腹に、組織委員会の中で事は内々に進められ、予想通りというか、選ばれるべくして選ばれたのが橋本氏だろう。

彼女の活躍は誰もが知り得るところではあるものの、森氏の尻拭いに、過去のセクハラ騒動も蒸し返され、コロナの影響もあり開催自体も危ぶまれ…と、これまでの歴史にない困難が待ち受けてはいるが、それを凌駕するほどの活躍を、現役選手時代並みに発揮していただけたらと願うばかりだ。

橋本氏の後任が丸川氏に内定したことを受け、偶然か意図的かは定かではないが、まさにDouble WomanでWin x Winになればと願う。

日本の組織は女性の活躍を妨げる土台がまかり通っている。
長い間組織で働いてきて見えたものは、無能な男ほど女の足を引っ張る、ということだ。
こういう輩は仕事も出来なければ、家庭でもクズ野郎なことが多い。

万一オリンピックが開催中止となれば「これだから女に任せるのは反対だったのだ」とか「やっぱり女はダメだな」とか言われるのは目に見えている。

多くの意味でペナルティだらけの船出を女性に押し付けた形となった今回の会長交代劇。
東京都知事も女性であることも加えれば、オリンピックや日本の未来は、Triple Womanにかかっている!?とも言える。

今こそ「出来る女性の底力」を発揮し、性別の差別が無くなる当たり前の世の中になって欲しい!と、心から願っている。

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2021年02月12日

未来は変えられるか!?

東京オリンピック・パラリンピック会長である森さんの辞任は、国内、国外からの多くのバッシングの声+オリンピックスポンサーからの物言いなどで大きく舵が切られることになった。

昭和の家族経営的感覚(義理人情を重んじる)のままリーダーとして手腕を振るえていたのは昔のことであり、現代においては有り得ない状況にも関わらず、これまでの功績と物言わぬ圧力で周囲にNOと言わせなかったのだろうが、今や民意の声はそれにNOを突き付けている。

「女は男の後ろを黙って付いてくれば良い」という基本理念がある世代だから、パワハラだのセクハラだの言われても理解出来ないのだろうが、そうであるならば、とっとと現役を退き、若い人達に道を譲ることが真っ当な人間のすることだ。

自分が辞任するのであれば「後任を決めねば」という考えは、ある意味では責任を持って後始末をするようにも取れるが、違う視点では、自分の意のままになるであろう人を後釜に据えようとする思惑とも取れる。

百歩譲って悪気がなかったとしても、時代の流れや方向性を見誤り、自身の力を過信し、周囲を意のままに従わせようとしたことが己の身を滅ぼす結果になった、いわゆるこれも自業自得ということだろう。

日本は、真の意味で国際社会の仲間入りが出来るのはいつの日だろう…。

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2020年12月13日

再生するピアノ⑤

再生するピアノ④のつづき。

自分が子供の頃に習ったピアノが、未来において思いもしなかった展開に繋がったことを思うと、どんな習い事も、学んだことは無駄にはならないな、とつくづく思った。

今回買い取られたピアノは、キレイにお化粧直しをして、知らない誰かの手に渡るのだろう。
それを買った人が、次は新たな物語を紡いでいくのだ。

NHKの番組で「街角ピアノ」というのがある。
人が集まる場所にピアノを一台置き、自由に弾いてください、というもので、それをカメラがウォッチしており、弾いた人にインタビューする。
ピアノを通して、人それぞれの人生、物語があることはとても興味深い。

ピアノだけではなく、人にはその人にしか分からない人生模様があり、それらは全て未来に繋がっているのだ。

今回買い取ってもらったお金は、これまで預かってくださった親戚の方に送らせてもらうことにした。
長年に亘り大切に保管してくださっていたからこそ、またこのピアノは生まれ変わることが出来るのだ。

ピアノが弾かれなかった期間はあまりにも長すぎたが、これから再生し、新たな人に弾いてもらえたら、と心から願っている。

おしまい。


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2020年12月12日

再生するピアノ④

再生するピアノ③のつづき。

東京に来てからピアノを習うことはなかったが、ある目的でエレクトーンを数ヵ月習い、その後は今も毎月2回ほどエレクトーン演奏をしている。

音楽とは細々と関わり続けている中、姪が幼稚園の教師を目指すことになり、彼女が高校2年生の途中からピアノを教えることになった。

その後彼女は保育専門学校に進むのだが、高校生の時点では音符も読めなかったので、まずは音符を読み、鍵盤の音階を教えるところから、まさにイロハのイからの始まりとなった。

幼稚園教師や保育士にとって必要な音楽の知識やどういう曲目を弾く必要があるのかを私も独学し、トータル3年間姪に教えたおかげで、念願の幼稚園の教師となり、今も活躍している。

そんな姪がこの10月に結婚式を挙げたが、その際、教え子達からのビデレターが紹介され、その中で彼女がピアノを弾き、子供達が歌うシーンがあった。

私はそれを見て感無量!!
私から始まったピアノは、姪に引き継がれ、その先には大勢の子供達がいたのだ。

姪は自身が幼稚園児だった頃に幼稚園の先生に憧れ、自らもそれを目指した。
姪の生徒の中には、姪と同じような子が現われるかもしれない、などと一人妄想にふけっていると、自分が習ってきてことが、何がしかの役に立てたことが嬉しかった。

私が弾いていたピアノのおかげで、未来に思わぬ展開があったことを思うと、買い取ってもらったピアノには感謝しかないのであった。

明日につづく。

enji_152 at 17:13|PermalinkComments(0)

2020年12月11日

再生するピアノ③

再生するピアノ②のつづき。

まさか半世紀近いピアノを買い取ってもらえるとは想像だにしておらず、思わぬ臨時収入となったわけだが、そもそもこのピアノは、私が子供の頃に親が買ってくれたものだ。

小学校低学年の頃から学校にあるピアノをいつも弾いている姿を担任の教師が見ていて、家庭訪問の際に、私がピアノが好きなようだから習わせたらどうか?と、親に提案してくれたそうだ。

とはいえ、本当に練習をするかどうかを見極めるため、ピアノを購入してもらえたのは、小学校高学年になってからだ。それまでは、姉が幼少期に買ってもらったオルガンがあったため、ずっとそれで練習していた。

ピアノへの本気度を漸く親に認めてもらい、裕福ではなかった我が家にとってはかなり高価な買い物であり、何年間かかけて支払いをしてくれたのではないか、と思う。

結果的には購入して5年ほどしか私が弾くことはなく、上京するため泣く泣くピアノは親戚に預けることになった。

その後は親戚の子供達が弾いていた時期もあったそうだが、そのほとんどは使われることなく、親戚の家に置かれたままとなった。

明日につづく。

enji_152 at 19:29|PermalinkComments(0)

2020年12月10日

再生するピアノ②

再生するピアノ①のつづき。

書面で契約書にサインをし、業者へ送付した。
数日で引き取り業者から連絡が来て、1週間後に引き取りが決まった。

ピアノは預けてからほとんど使っておらず、中身もどういう状態か全くの未知だから、査定額を鵜呑みには出来ないし、万一中身が腐っていたり、問題があった場合はどうしたものか?と思案しているうちに、引き取りの日となった。

引き取りには私が立ち会えないため、預けている親戚の者に立ち会ってもらった。
万一だが、運送業者に引き取り代を請求されたりはしないか?と気を揉んだが、ちゃんとした業者だったようで、大きなトラブルもなく書類にサインだけして持ち帰ってくれたそうだ。

それには本当に安堵した。
何十年も預けっ放しだったものを、自身が立ち会うことなく引き取ってもらうことになり、心苦しいやら、何かトラブルが起きてはいないか?と、見えない現場に思いを馳せた。

引き取り後も業者からは何の連絡もないまま、引き取りから3日後には、査定額が振り込まれた。
どうやら、ピアノ自体には問題がなかったようだ。

明日につづく。

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