再び

2024年01月27日

いつの日にか

都心の駅に「地下シェルター」整備へ……「なんで麻布?」「ついに日本にも」 海外の例や災害時は?を読んだ。

世界ではきな臭い紛争や侵攻が頻発し、日本とて他人事ではない状況になりつつある。
お隣の某国からはしょっちゅうミサイルが飛んでくる。たまたま国土に着弾しないだけであって、実はとても大きな危機に直面しているのだ。

記事にあるように、今更感満載ではあるものの、漸く「地下シェルター」整備が報道されるようになった。ということは、危機はもうすぐそこまで来ていると捉えたほうが良いのかもしれない。

日本には昔から、ここ!という場所には防空壕があり、そこは一般人は立ち入り禁止だし、その存在さえ知らされていない。

私が以前聞いた話では、昔防空壕だった場所が地下シェルターに改良され、その上にやんごとなき方々が住んでいる、というものだ。

皇居にしろ、それにまつわる土地の下には、既に巨大な地下シェルターが整っていて、やんごとなき方々は有事の際にはいつでも避難出来るようになっているそうだ。

地下鉄を通すから、あなたの土地の下を掘ります、という説明を受けた知り合いがいる。
そこには地下鉄なんて通っていないのに!だ。
どうやら、なにがしかの秘密基地的なものが作られているとのもっぱらの噂が絶えない。
私が住んでいる街には、日本の中枢を担うサーバーセンターがある、という話も聞いたことがある。

ということは、表向きに発表されているものはほぼほぼダミーであって、真実は民間人など知る由もなく、ミサイルが飛んできても、私達が避難出来る場所はないと思ったほうが良いのだろう、とも思う。

とはいえ、ミサイルが飛んでくるような有事になって、下手に生き残るほうが後々厄介なのでは?とも思う。一度戦争になってしまえば、おそらく何年も続くことになる。
そうなれば、食べ物も無くなり、飲み水にも困ることになるだろう。

若い人ならいざ知らず、人生半世紀以上生きた身としては、これまで十分多くの恩恵を受けてきているので、それ以上欲張る気は毛頭ない。出来ることなら、若い人達に道を譲りたいと思う。

いつ何時有事はやってくるか分からないが、出来る準備を怠ることなく、心の帯はしっかり締めておきたい。

enji_152 at 15:52|PermalinkComments(0)

2022年01月03日

次の楽しみに向けて

以前はデパートなどの初売り福袋商戦に参加していたが、寒さと列に並ぶのがイヤで昨年から参加しなくなった。
福袋は魅力的ではあるものの、それを手にするまでの時間と体力が無くなった、というのが本音だ。

それだけ自分も歳を取ったのだな~と思うものの、欲しいものも無くなったせいもある。
とはいえ、初売り商戦が落ち着いた頃に、時間を見繕ってデパートに赴いてみたところ、思いのほか福袋が残っていた。とはいえ、人気商品は既になかった。

それでも、普段定価で買うよりは若干お得な価格設定の福袋だから、人によっては魅力的なことだろう。

コロナ禍でこの2年ほどは正月の賑わいも薄かったが、今年は誰もがマスクはしているものの、以前のような活気は感じた。そういう光景を見ているだけでも、何となくホッとする。街の賑わいもまた、正月の風物詩ということだろう。

明日は仕事始め。これからまた新たな日常が続いていく。
正月気分も、また1年後までお預けだ。次のそれを楽しみに、共に頑張っていこう!

enji_152 at 15:59|PermalinkComments(0)

2021年04月17日

微妙な立ち位置

日米間の“駆け引き”とは 共同声明 異例の長さにを読んだ。

アメリカと中国による世界の覇権争いは日を追うごとに加熱している。

2020年の中国のGDP成長率は今や世界2位となり、アメリカに迫る勢いだ。
ちなみに1位はアメリカ、3位は日本だ。
とはいえ、日本のそれは中国の三分の一ほどだ。

破竹の勢いで中国は世界の中心に躍り出ようと、南、東シナ海を我が物にするため、各国に援助という名のワイロを送りまくり、陸のない海に基地を立て、ウイグル自治区やモンゴル民族等に対しても教育という名の非人道的な洗脳、虐待、悪事を繰り返している。

今や手段を択ばず人権は端から無視し、国際判断とて聞く耳持たず、自国の繁栄が世界の繁栄と信じ切っている中国は、第2次世界大戦中のナチス軍以上の脅威だ。

日本では尖閣諸島に毎日中国の戦艦が立ち入り、日本の排他的水域など完全無視で、実行支配を現実のものとしようとしているし、自由だった香港では民主主義が奪われ、台湾は攻撃対象となっている。

非人道的な行為を世界が容認するわけもなく、その非を是正しようとしているが、超強気の中国はまるでひるむ様子もない。

日本、特に八重山諸島にある日本の自衛隊基地が最前線で守ってくれているが、いつ中国がその刃を向けるかは未知だし、それはいつ起きてもおかしくないほどの超緊張状態だ。

日本がアメリカと同盟を結んでいることで、有事の際はアメリカ軍が沖縄、八重山から発動することになる。そこに台湾を巻き込み、中国に対戦する構えだ。

中国としては台湾、日本を手中とし、アメリカに対戦したい、というのが本音だろう。

幕末の開国を巡る有事と現在はとても良く似ていると思う。

果たして、日本はどこへ向かうのだろう…。
野蛮な国に屈服するのだけはぜひとも避けたいものだ。

enji_152 at 19:02|PermalinkComments(0)

2019年01月04日

戦いは朝一から

毎年恒例の福袋争奪戦を2日に家族総出で行ってきた。
地元にある食品専門館の福袋はかなりお得なうえに、品数も豊富だ。

2011年にお店がリニューアルしてから毎年参加しているが、年々列も長くなるうえ、並ぶ時間も早くなる。
最初の頃は開店30分前に行っても誰もいなかったのに、今や2時間前にはすでに並んでいる。
それだけ評判ということだろう。

毎年のごとく家族で担当を決め、誰が何を買うかの作戦を練り、開店と同時に、一目散に目的の売り場へ走る。もちろん、カートの上下にカゴを乗せてだ。

人気の商品は誰もが狙うので、ものの5分も経たないうちに無くなる。
今年は、欲しかったものすべてゲット出来たので、個人的には満足だ。
帰宅後、それらの品を写真に収め、一人ほくそ笑んだ。

恒例の戦いは、朝一から始まる。戦える体力があるのだから、まさに正月早々縁起がいいや~!ってな!?


enji_152 at 22:07|PermalinkComments(0)

2018年05月26日

時代は巡る


会社でも、中高年のオジさん達は電話ばかりする。メールで事足りることも、いちいち電話で確認したがる。

電話が嫌いな私はかけることはまずない。火急の時か致し方ない時にしか使わない。
電話が嫌いな理由は、話が長くなるのと、都合かまわず話すことになると、予定が狂うからだ。
メールなら気付いた時に確認すれば良いし、返事も落ち着いて考え返すことが出来る。

私が就職した頃に台頭したのがファックスだった。必要なことを紙に書いて流すのは便利だな、と思っていた。
だが、オジさん達はファックス送信後に電話でそれを確認するのだ。意味ないじゃ~ん!

メールもSNSも、付いていけない人は永遠に使わない。そして今あるものは、未来においては古いものになっていく。

数十年後、新たな文明の利器に付いていけるかどうか…だな。



enji_152 at 20:24|PermalinkComments(0)

2018年02月21日

相変わらずトンチンカン

日本航空の時代錯誤ー驚きのメッセージカードーの記事に賛同だ。

日本航空を使ってお気に召したところをカードに書いて社員に渡してくれ、という通知が来たそうだ。

はぁ~!?何を考えてるんだ!!
時代錯誤どころか、民間企業としてサービスを提供するのが仕事なのに、その仕事ぶりを誉めてほしいとは?有り得ない発想だ。

「クレームがないこと=誉められている(当たり前のこと)」という図式がサービス業の使命なのだから、いちいち誉められねばサービスは向上せず、従業員のモチベーションは上がらないのか?と言いたい。

過去この企業にいた身として思うことは、相変わらず上層部は「アホ!」だ。
経営破たんし、世間からあれほどのバッシングを受けても、その時は殊勝な姿勢だったが、数年でV字快復したら、あっという間に元の木阿弥だ。

どういう意図で、上記のようなカードを顧客に送り付けたのかその真意は不明だが、明らかに世間ズレしている。トンチンカンにもほどがある。

こんなことしてると、また同じ轍を踏むぞ~~~!!
と言ってもみても、お気楽な上層部には届かないんだろうな。

enji_152 at 19:46|PermalinkComments(0)

2017年12月01日

人生リセット

人間は生まれた時に、親や保護者が名前を付けてくれる。
それが自分にとってシックリくる名前ならうれしいが、いまどきはキラキラネームだったり、当て字の名前などもある。

それを誇りに思えればアリなのだろうが、名前は自分がというより、他人が認識するほうが圧倒的だろう。それを思うと、読みにくかったり、歳相応ではない名前だと、何となく恥ずかしかったり、気まずかったりすることもある。

いわゆる普通の名前を付けてもらったとしても、長い人生の間には、封印したい過去や、誰にも自分の居場所を知られたくない、なんてことだってあるかもしれない。
だが、名前から居場所を特定されることもある。

それらから解き放たれたい時は、改名という手があることを知った。
自分がそうしたい、というわけではないが、世の中にはそうしたい、そうせねばならぬ人生を歩んでいる人もいる、ということだ。

これも、人生リセットのひとつの方法なのだろう。


enji_152 at 19:56|PermalinkComments(0)

2017年01月01日

スタート!2017

2017年、あけましておめでとうございます!
東京は美しい晴天で、気分も晴れ晴れします。
まさに、新しい年を迎えるにふさわしい1日となりました。

新年を迎えるたびに、今年はこれをやろう!などと思いながら、達成出来ることもあれば、繰り越すこともある。
義務ではないから、達成出来なかったからと言って落ち込むことはないが、出来れば年内にやるべきことはやっておきたい、というのが人情だ。

そうは言いながらも、昨年の課題の積み残しはいろいろとある。
あれも、これも…と思うことしきりだが、あまり自分にプレッシャーをかけすぎてもな…などと、少々自分を甘やかす言い訳をする。

人間、こうであらねばならぬ!ということは、人の道を外れない限りあまりないように感じる。
あとは、自分がどう受け止め、どう対処していくかが課題になるのだろう。

2017年もスタートを切ったものの、紆余曲折の毎日、さてはてどうなりますやら…。
ケセラセラ…の気分で、でも、やるべきことはしっかりこなしていきたいと思う


enji_152 at 19:18|PermalinkComments(0)

2016年12月21日

忘年会

今宵は部の忘年会だった。
年に1度の忘年会…ということで、年の瀬、今年も1年みなさんよくがんばりました!かんぱ~~い!!!
と、宴に興じてきた。

普段は仕事が忙しくて、なかなかバカなことも出来ないが、呑みの席だとある程度の無礼講は許されるし、あまり話さない人とも会話が出来る。そういう意味では、新たな発見もある。

こうやって、1日1日を積み重ねながら、時々ハメを外しつつ、人との距離も縮まっていく。
人との付き合いは、これくらいゆっくりのほうが気が楽だ。
仲良くなりたくて、急ぐと後悔することもある。

時間はかかるが、人間関係はこうやって構築していくのだろう。
忘年会もまた、社会人にとって必要な行事なのだ

enji_152 at 23:24|PermalinkComments(0)

2016年10月16日

時代は巡る

最近、20代の若者がレコードを購入している、というニュースを目にした。
デジタル音源より、レコードのほうが温もりがあるのと、ジャケットがカッコイイ!というのが大きな要因らしい。

CDが出てくるまではレコードがスタンダードだったが、レコードプレーヤーは、何度も聞くと針が摩耗して、聞けなくなる。その度に針を買い替えるのが面倒だと感じていた私には、CDやデジタル音源のほうが便利で良いな、と思う。

レコードのEP版もさることながら、LP版にいたっては、狭い日本の住宅事情を考えると、多くをコレクションするには厳しいのだ。

映像も、ビデオからDVDやハードディスク等に保存出来るようになり、何とも便利な世の中になったな、とは思うものの、そうなると若い世代はあまり映像を見ないというのだ。何とも皮肉なものだ。

便利なデジタル社会を享受すればするほど、不便なアナログに心惹かれるのが人間なのだろう。
まさに、中島みゆきの「時代」という曲を彷彿とさせる。

人間自体がアナログなのだから、最後に戻るべきところはそこなのだろう




enji_152 at 16:55|PermalinkComments(0)

2015年12月09日

歌の力

最近、若い頃に聞いていたアーティスト達のベスト盤が次々と発売されている。
懐かしさから、思わず購入した。

時を経て、若い頃聞いていた曲を再び聞くと、ブワ~ッと一気にその当時に気持ちが戻っていく。
世間知らずでおバカだった頃の自分を思い出し、若いなりの心模様が蘇ってくるのだ。
と同時に、なぜだかテンションが上がってくるからフシギだ。

歌には力があると常々思っていたが、身を以て聞いてきたものは、細胞に刻みこまれているかのようだ。
昔のことを懐かしみ、思い出すだけではただの回顧になってしまうが、その頃の気持ちを今の歳だからこそ持たなければ!と、つい老け込みがちな自分に言い聞かせる。

歌からパワーをもらいながら、元気な心で邁進していきたいものだ

enji_152 at 20:20|PermalinkComments(0)

2015年06月29日

あ~~夏休み~~~

7月も目前だが、今年も夏休みシーズンがやってくる。
企業によっては、7~9月の間に夏休みを取るよう奨励しているところもあるだろう。

暑い時期、いつもより長めに休みを取って、英気を養おうということなのだが、家族が多ければ多いほど、夏休みのイベントは大ごとだ。
旅行なんてことになれば、費用も時間も労力もハンパないだろう。

行けば行ったで、それぞれが好き勝手なことをするし、やりたいことや食べたいものもなかなかまとまらない…なんてことはないだろうか。
そういう時は、共有する時間と、自由行動の時間を分けるのもひとつの手だ。

幼い子供がいればなかなかそうもいかないだろううが、少しの時間でも自分が満足出来る時間を持つこと、それがとても大事だ。

と…ここまで書いて思ったのだが、リフレッシュのための時間も、結局はいつもと大差ないのかもしれない。
職場から解放されても、家族という集団の中で、結局は同じことを繰り返しているのだ。

だが、違う環境に身を置くことで、ある種のリフレッシュになるのかも。
結局人間は、日々修行ということなのだろう


enji_152 at 20:21|PermalinkComments(0)

2015年04月28日

やっぱりいいね

※カテゴリー「再び」シリーズの続き。

今宵は、前職の同僚達との飲み会だった。
レディスチームもそうだが、男子を交えた元同僚達も、年月が経った分、たくさんの経験をして大人になっている…はずだった。

だが、やっぱり変わらないんだよねぇ~~。
外見だけはオッサンやオバサンになってるけど、中身はほとんど変わらないのだ。
これって、やっぱり人の本性は早々変わるものじゃない、ということの証明にもなるうえに、そんな仲間とのバカ騒ぎが心地良い、ということなのだ。

これから先また何年後かに会っても、きっとやっぱり変わらないんだろう、とも思う。
良い仲間がいること、これぞまさに得難い宝だ


enji_152 at 23:59|PermalinkComments(0)

2014年07月08日

何時間あっても

今宵は、前職のレディスチームと飲み会だった。
久々のメンバーもいたが、会えばあっという間に当時に戻れる。

前職は、とにかく仕事量が膨大なうえに時間に追われ、方々の部署からひっきりなしに問い合わせがあったりで、まさに生馬の目を抜くか?というほどの忙しさだった。

そこで培われた年月のおかげで、「あ・うん」の関係が築けた。
だからこそ、長い年月会っていなくても、会えばいつでもその時に戻れるのだ。

働いている時は辛いことのほうが多かったが、得難い友を得れたことは何よりの宝だ。
宴は遅くまで続き、終電を気にしつつ解散となった。

また次の宴でも皆に会えるよう、明日からの日常をコツコツがんばりたい

enji_152 at 23:59|PermalinkComments(0)