課題

2021年05月07日

生きるための必須スキル

老後夫婦で家事を分担するための妻の心得3つ|あなたの夫は洗濯機が使えますか?を読んだ。

男は外で仕事、女は家庭を守るのが常だった?昭和時代は遠くになりにけり。
昭和時代だって働いていた女性は多くいるが、現代はより顕著になっている。
なのに、家事、育児については女性の負担はほぼ減っていない。

男性脳はマルチタスクをこなせないから仕方ないと言ってしまえばそれまでだが、学校で無駄な勉強を教えるより、人として生きる家事スキルを学ばせたらどうだろう?

炊事、洗濯、掃除、この3つだけは譲れない。
男性は子供を産めないからそこは仕方ないとしても、育児も学び実践する必要がある。

妻がいなくなったら家のことが何も出来ないなんて、人として恥ずかしくないのだろうか?とさえ思う。
仕事をして金を稼ぐのが男のやることだと思っていたら、将来は間違いなく妻に捨てられる。

TBSドラマ「リコカツ」は、まさにこれらが浮き彫りにされたドラマであり、男女の価値観の相違からどう折り合い、愛情を育んでいくのか?考えさせられるドラマだ。

男であれ女であれ、人間であるならば、家事スキルはあって当たり前!な時代に早くなって欲しいものだ。

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2021年04月30日

甘える対象

ガラガラに空いているのに、なぜ隣に座る? コロナ禍に密着してくる「トナラー」の心理とはを読んだ。

「トナラー」という言葉を初めて聞いた。
空いてるのに、わざわざ隣に座る、来る人のことを言うそうだ。

コロナ禍においては隣に人が来るとストレスを感じるため、誰もが互いを慮って一席空けるのは暗黙のルールと化している。

コロナ禍でなくても、なぜかわざわざ隣に来る人というのは昔からいるものだ。
昔、通勤電車で必ずと言って良いほど隣の人が居眠りをして、私の肩に寄りかかられることがあった。
左右に揺れるのであれば、私でなくても良いものを!なぜ寄りかかる!?と、不快に思ったものだ。

ちなみに、私は電車で寝落ちする時は前に倒れるタイプで、左右に傾くことはほぼなかったから、人に寄りかかってくる人が気持ち悪くて仕方なかった。

人は寂しくなると自然と誰かに寄りかかりたくなる生き物なのだろう。
親しい人ならまだしも、赤の他人に寄りかかられても…正直迷惑だ。

深層心理が成せるワザとはいえ、それも自身で解決していくしかないのだ。
そういう時はぜひとも親しい人や家族に甘えてみてはいかがだろう。

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2021年04月29日

一括りには出来ない

子供用ハーネス取り上げた『スッキリ!』に批判の声。街頭インタビューの「印象論コメント」は必要かを読んだ。

子供用ハーネスを使っている人を初めて見た時は「ペットか?」と思ったものの、子供によってはそれが必要なことがあることは理解出来る。

子供の行動は予測不能で、一時も目を離せないものだ。
家を出た途端、道路にバーッと駆けだしたり、赤信号に気付かず渡ろうとしたり、背が低いから上のほうに目線が行きにくいことから、思わぬケガをすることもある。

私の姪が幼い頃、走るのが速くていつも追いかけるのが大変だった。
本人は外に出られたのが嬉しくて、ワ~~~ッと言いながら駆けて行ってしまうのだが、それを止める手立てはない。

子供用の自転車には背もたれがあり、そこを付き添いの大人が持ち、暴走しないようにコントロール出来るのだが、自身の力だけで運転したい子供にとっては「余計なことをするな!(背もたれを持つな)」と嫌がられることもある。

子供の成長という観点では、自身で転んでケガをして初めて痛さが分かり、危険を察知するという力が身に付くが、ケガの度合いによっては取り返しのつかないこともある。

自身の学びのためにはハーネスは不要だが、例えば交通量の多い道路や、道が狭く危険な箇所があるといった場所では有効だろう。

ハーネスを付けているからといって、他人がどうこう言う問題でもないし、それだって一生付けているわけではない。せいぜい1、2年といったところだろう。

これまでの慣例にないことをすると、周囲は過敏に反応しがちだが、周囲はそれを見守るくらいの寛容さは必要だろう。
自分の価値観に当てはめて、他人のすることにあれこれ口出しはしないほうが良いと感じる。

最も、どう見ても危険だ、と判断する場合は口出ししても良いと思うが…。何事も程度の問題だ。

これからの世の中、自分の知らなかったものがどんどん増えていき、理解不能だからといって一括りに否定するようなことは慎みたいと思うこの頃だ。

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2021年04月27日

思考することの大切さ

毎日スマホばかりはNG。東大教授が語る「思考習慣がない人」14の特徴を読んだ。

先週母が受けた脳の検査結果が出て、医師から認知症であることを告げられた。
アルツハイマー型かと思いきや現状はグレー状態ではあるものの、認知症であることには変わりがないそうだ。

とはいえ、齢90歳であれば、脳が萎縮するのは普通のことであり、認知機能が現われることも当たり前のことだ。90年もの間使い続けた脳もその役目を終えるために認知症という症状を現しているのだ。

長年使い続けた脳ならまだしも、若いうちからスマホに依存していると、自分で物事を考えることが出来にくくなるだろうな、と想像する。

昔は分からないことは分厚い辞典で調べるとか、年長者に教えてもらうなど手間をかけていたが、今や指一本で何でも分かってしまう。それは便利ではあるものの、自分の頭で考えることが苦手になっていくことは必至だ。

私は仕事柄1日中パソコンを見ているので、プライベートではパソコンもスマホもあまり使わない。
必要があれば使うが、電車の中では景色を眺めたり、人間観察をしたりするし、大概周囲の人がスマホとにらめっこする場面においては、その状況を観察し、妄想にふけることが多い。

人間は自分の脳で考え、構築することをしないと、あっという間にその機能が衰えるように思う。
そのことからも、現代人は認知症になるのが早いのではないか、と予想出来る。

昔から妄想族な私だが、脳内思考、妄想、想像は無限大だし、思いもしないアイデアはスマホから得ることは出来にくい。
自分の脳を活用することこそが、自分を生かす最大限の武器なのだ。


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2021年04月26日

生ぬるさの代償

「川崎に来るしかない」改札からあふれる人…宣言初日、都民押しかけた神奈川を読んだ。

昨日から東京は3度目の緊急事態宣言が発令された。
春の行楽日和、今週末からはGWも始まるというのに、どこにも行けないもの悲しさからか、隣県に行く人が増えるのは当然のことだ。

川崎は普段から人が多いのに、昨日は更なる人出だったようで、想像しただけでゾッとする。
記事によると、買い物や映画館、水族館に行く人が多くいたようだが、こんな時期にわざわざ行かなければならない理由が分からない。

映画の上映期間が終わるからと言っても、そのうちまたやるだろうし、水族館だって無くなるわけではない。
子供がいたらずっと家にいることも出来ないから、手頃な場所に行きたいのは分かるが、わざわざ混むと想像つく場所に行くこともないだろうに…とも思ってしまう。

東京だけ規制をかけたところでこうなることは容易に想像つくし、いっそのこと電車も全部止めるくらいしないことには、人出が減ることはないだろう。

これまで自由に行きたい時に行きたい場所に行っていた人達にとって、自由を奪われたら精神的にも追い詰められるかもしれないが、戦時中のことを思えば、今の状況はまだまだ生ぬるいだろう。

万一ミサイルでも飛んできたらどうだろう?
一歩たりとも外には出ないだろう。

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2021年04月24日

かまってちゃん増殖中!2

カエルの鳴き声は騒音? 東京地裁で判決を読んだ。

昨今、セミやカエルの鳴き声がうるさい!保育園や幼稚園の子供の声がうるさい!と喚く輩が多々いる。

自然の多い場所や学校や幼稚園といった場所の近くにいれば、それらは昔からあるものだ。
何を今さら!?感が拭えない苦情を申し立てる人の心理とは?

これも、かまってちゃんの一種だろうと推察する。

自分は一人で周囲の騒音を我慢しているのに、誰も褒めてくれない、かまってくれない、という心理が心の奥底にあるから、我慢の限界になると、苦情を申し立てるという手段に出るのだろう。

記事にあるように、沼や池じゃあるまいし、一軒家の庭にいたカエルの声が騒音レベルになることなどまずあり得ない。
訴えを起こした者の神経過敏および被害者妄想が過ぎているのだろう。

そもそも人が集まれば騒音が発生することは必至だし、そんなうるさい場所がイヤなら、山奥にでも引っ込めば良いのだ。

そんな者ほど一人で生きることは出来ないし、かといって他者に迎合する術を持たないし、持とうとしない。

昨日書いたブログ同様、要はこちらも自己中で身勝手な一人よがりな生き方しか出来ない気の毒な人間なのだ。

人はいつからくだらないプライドに振り回され、自身の素直な心を吐露出来なくなったのだろう。
我慢の限界という一線を越えたことで、取り返しのつかない世界へ足を踏み入れてしまう。

それを止める術は他人にはない。
自身で気付き、踏みとどまり、他人と程よい距離感で付き合えるよう努力していくしかないのだ。

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2021年04月23日

かまってちゃん増殖中!1

ノーマスク”の男がJR大阪駅車内で駅員に怒号…最大25分の遅延発生を読んだ。

記事にあるように、ノーマスクのまま電車内で喚き続けること25分間!駅員が来ても訳の分からない屁理屈をこね、最終的に警察に連れていかれるのだが、そこで「令状を出せ!」と、刑事モノのドラマに出てくるようなセリフを吐くかまってオジサン。

以前にも飛行機の中でマスクを付けないと言って降ろされ、その後もたびたびマスコミに登場する、マスクしないで屁理屈こねるかまってオジサンがいる。

彼らに共通するのは、かまって欲しいばかりに、人が嫌がることをして楽しみつつ、更に身勝手な正論を機関銃のようにしゃべり続けることだ。

彼らは頭の回転が速いのだろうが、土台となる思考回路が自己中、身勝手、世界は俺のために回っているくらいの稚拙さなので、どんな屁理屈も正論にしてしまう。

世の中自分の思い通りにならないのが常であり、だからと言って周囲に迷惑をかけたり、自分の正論を認めさせるために騒ぎを起こすというのは、完全にアウト!だ。

こういう面倒くさい人間から、人が去っていくのは当然のことだ。

そうすると今度は寂しくなって、誰かれ構わずつっかかってみる。
となると、益々人は離れていく。

最終的には公衆の面前で、誰でも良いから「かまって~~~!!!」と、猛アピールすることになる。
この手の人間、多いな~~と、感じるこの頃。

コロナの自粛生活で、他者との関わりが減ったことで、精神が崩壊し始めているのだろうか。
だが、そもそも人間は一人で生まれ、一人で死んでいく生き物だ。

生きている間に一人でいられないということは、精神が大人になりきれていないことでもある。

一人の時間を大切に、充足した生き方が出来ること。
まずはそれが大人としての第一歩だろう。


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2021年04月22日

見直すべきもの

危ない!とヒヤリも…歩道を走る「自転車」、なぜ取り締まられない?を読んだ。

私の住む街には自転車専用レーンが増えたが、そこを走らず歩道を自転車で飛ばす人や、左側通行にも関わらず逆走してくる人は後を絶たない。

今や自転車は電動が主流となりつつあることを思うと、すでに普通の自転車ではないのだから、バイクと同じ扱いにするべきだと個人的には思う。

自転車レーンがあるのはありがたいが、そこに違法駐車する車がこちらも後を絶たないから、困ったものだ。
わざわざ駐車した車を迂回するため、否が応でも車道に出なければならない。後続車がいないか確認して車道に出るが、何度もそんなことをするのでは、自転車レーンの意味がない。

だから、歩道を自転車で走る人が後を絶たないのだ。

やむを得ず歩道を走行するのであれば、歩行者がいたら減速することは当たり前のマナーだと思うのだが、下り坂だったり、電チャリだと勢いが衰えず、人の脇スレスレを猛スピードで駆けていく者もいて、ドキッ!とさせられる。

歩行者が高齢者の場合、走行の風圧で倒れてしまうこともあるのだ。それで大けがや死亡にいたるようなことがないとも言えない。

今や昔の交通法では賄えないほど進化した自転車を思うと、こちらも免許制にするとか、何がしかの規制が必要だ。

何事もそうだが、国は国民が声を高らかにあげないと着手しない。
自分達の保身ばかりに躍起になる前に、現状を把握し、誰もから喜ばれる施策を施行すれば、放っておいても保身は出来るのに…。

そんなことも分からない政治家だらけの日本…こちらも大いに見直すべき事柄だ。

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2021年04月18日

一番気を遣うべきは家族

夫の「カレー“で”いいよ」にイラッとする妻、ボタンの掛け違いどう防ぐ?を読んだ。

他人同士がひとつの家族になるには、それ相応の見解、価値観の違いは拭えない。
記事にあるように、夫から「夕飯はカレーでいいよ」との上から目線発言プラス、カレーは簡単には作れないし、副菜のサラダも必要だから、軽~く「カレーでいいよ」と言われることにモヤっとする気持ち、分かるな~と思った。

共働きであれば、例え妻が食事担当だったとしても、何でも簡単に出来ると思っている夫の考えの甘さを見直すべきだし、一人の人間として、男だから食事は作れない、女が作るもの、という概念そのものが間違っていることに立ち返ることが必要だ。
男であれ、女であれ、家事全般は誰もが当たり前に出来ることが、生きるうえでの必須スキルだ。

もう一つの例は仕事帰りに妻に買い物を頼まれることが苦痛なうえ、感謝されないことに悩んでいる夫の例で、疲れた体にムチ打って買い物することがどれほど疲弊するかを思い切って妻に話したら、妻が詫びてくれ、それからは感謝の言葉と気を遣ってくれるようになった、というものだ。

家族であれば何を言っても許されるし、甘えても大丈夫と思っている人が多すぎるように思う。
血の繋がりがあろうが、なかろうが、家族がゆえに、他人よりも気を遣うことが必要だと私は思っている。

我が家は母の介護真っただ中だが、介護は子供がするのが当たり前、親に心配をかけるようなことをするなんて言語道断との思考を持った母の機嫌を損ねないようにするのは、私にとってストレスでしかない。

90歳の老いた親にムチ打つようなことはしたくないし、出来る限りの希望は叶えてあげるように努めているが、それでも不足や不満を口にする姿を見ると悲しくなる。挙句に思い通りにならないフラストレーションを私にぶつけてくるので、結果的に喧嘩になる。

喧嘩をすることで互いに溜まったものを吐き出すことにはなるものの、こういうハードな感情の処理の仕方を私は好まない。出来ることなら日々を穏やかに過ごしたいのだ。

そのことを母に伝えた。
母は昔から気性が激しいので「怒りのエネルギー」をぶちまけるのが日常だったが、それが周囲にとっては迷惑でしかないし、少なくとも私はそれを望んでいないことも伝えた。

母は私がそんなふうに思っていたことにショックを受けているようだったが、人の性格はそう簡単には変わらない。変われないから、私は日々「穏やかに過ごしたいの~~」と言い続けている。

馬の耳に念仏状態ではあるものの、つぶやき続ければ、いつかはそうなっていくことを信じている。
自分が居心地良く過ごせるよう、かと言って萎縮せず、自身の芯はぶれることなく、今後も家族に気を遣っていきたいと思っている。

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2021年04月07日

働き方も自分次第

今はもう「部下を育ててはいけない」と言い切れる理由を読んだ。

新年度が始まり、組織に新しく配属される人もいるが、1週間も経たず登社拒否?をする人もいる。

毎年のことだから驚かないが、たかだか1週間も来ていないのに、もうリタイアですか?と言いたくなるものの、考え方を変えれば、早々にリタイアしてくれるほうがそれ以上教える必要もないから良かった、とも言える。

組織で働くには仕事のやり方や周囲の人達との相性もあるし、何となく居心地が悪ければ行きたくなくなる気持ちも分かる。
続けるも辞めるもその人の自由だから、次に自分に合うところに行ければ良いよね、とも思う。

今時の上司は自分の仕事だけに必死で、全くと言っていいほど部下の面倒をみない(私がいる組織)。
偏差値の高い大学を出ている人が多いが、社会的常識に欠けた人が多く、これまでの人生勉強しかしてきてないんだね~というのが全面に出ているせいか、融通が利かず、物事の判断を誰かに委ね、常に自分は安全な場所にいがちだ。

そんな人が上司だと、全くもって部下は成長しない。
あまりにもそんな若者ばかりが異動してくるから、こちらも疲れ果て、フォローする気力も無くなる。

記事にあるように、仕事の出来る子は何もしなくても一人で学び、仕事が出来るようになるものだ。

私の世代は「仕事は先輩のやり方を見て覚えろ」が普通だったから、それがまた巡ってきただけだろう。

昨今まであった新入社員を手取り足取りお世話するなんて、アホらしい!成人した若者をなぜ組織で育てなければならないのか!?大人の振る舞いまで教えてあげなきゃならないなんて、日本の未来は末期的だ。

これからは人それぞれの能力に応じて、自分に合った働き方を模索する、模索出来ない人は落ちこぼれていく、それが自然の在り方だろう。


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2021年04月06日

どうにかならんのか?

母の認知機能がここ半年ほどで急激に衰えたため、主治医から他の病気の懸念もあるため、大学病院で受診するよう勧められたため、紹介状を携え地元にある大学病院を母と訪ねた。

ま~~~、毎度のことながら、大学病院というところは受診者が多く、予約制になっているのに、いつも待たされる。
予約のない初診となると、さらにその待ち時間は倍増する。

病院の受付から始まり、受診出来るまでにトータル2時間も!かかった。
そもそも何らかの疾患があって来ているのに、2時間も待たせるんだ!!と、これまた毎度のことのように怒りを通り越し、そのシステムの悪循環にゲンナリだ。

せめて自分の番号まで何人いるとか、長時間になるのであれば、どこぞで休憩しても良いよ、とか案内があれば良いが、それもない。
コロナの影響で病院の食堂も使えないから、息抜き出来る場所もない。

こんなに長時間も待たされている間に容体が急変したらどうするのだろう?
しかも、2時間待って診察はものの10分もなかった。次の検査の予約とその結果を聞く予約を入れられただけ。医師は患者を見ることもなく、パソコンに向かって入力するのみ。

これだから!!大学病院はキライなのだ!!!!!

システマチックに進んでいるようでいて、全てがアナログだ。
何十年も同じことしてるんだから、せめて患者が不快に感じないよう進化出来ないのだろうか!?

自分が高齢になった時、デカイだけの病院に世話にならなくて済めば良いのだが…。
いっそのこと、AI医師を大量生産し見ただけで全身スキャン、悪いところを瞬時に判断する!というのを発明して欲しい。そんな夢のような診察が出来るのはいつのことやら…。

帰宅した母は昼ごはんを食べた後は爆睡だった。そりゃ、そうだ。
私は仕事があるため、そうもいかず…。

今宵は早々に寝よう。もう限界だ。

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2021年03月31日

危機感のない役人達

5人以上の会食、ほかに2部署で 23人送別会の厚労省を読んで呆れた。

コロナの影響で、国民の多くが送別会や飲み会などを我慢しているにも関わらず、役人23人が送別会、しかも夜遅くまでマスク対応なしでどんちゃん騒ぎしていたとなれば、どんな言い訳も通用しないし、これで国民の飲み会自粛は一気に崩壊へと向かうだろう。

そりゃあそうだよね。
これまで毎晩飲んでいた人達でさえ、我慢していたのだから、彼らが自暴自棄?に陥って飲んだくれたとしても、国は文句言えないことになってしまった。

役人はよほどのことがなければクビにもならないし、具合が悪くなれば診断書1枚で何年でも病気休暇も取れるから、民間勤めの人より遥かに優遇されている。

そんな危機感のない恵まれた役人には、苦しみの最中にある人のことなんて想像も出来ないのだ。
言葉では偉そうなことを言っても、自身が味わっていないから、実感出来ないのだ。

自身が死ぬか生きるかほどの症状に見舞われて初めて「コロナは怖い!」と分かるのだろう。

人間だからハメを外したい時もあることは十分理解出来るが、23人で送別会とは…。
許可を出したキャリアの課長もこんなことで道を踏み外すことになろうとは…。

全ては自身の考えの甘さ、危機感のなさが招いた結果でしかない。


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2021年03月24日

時代錯誤な混浴事情

東京都、銭湯の混浴可能年齢を6歳以下に引き下げへを読んだ。

銭湯で子供といえども、異性がいることに昔から抵抗を感じていた。

母親が男児を連れて一緒に入るのだが、女性だらけの中でフルチンで駆けまわる子を見てカワイイとは思えなかった。親からしてみれば無邪気なのかもしれないが、他人から見たらギョッ!とする光景だ。

父親が女児を連れて男湯に入るのって、どうなんだろう?と、これも以前から思っていた。
昔と違い、今や児童ポルノもあるし、ロリコン変態野郎も多くいる。
誰が変態かも分からない公衆浴場に女児を男湯に入れるなんて、想像しただけでゾッとする。

昔からこういう事柄は変わらないのだろうが、明らかにそれ目的で銭湯に来る輩もいることを考えると、やはり足が向かない。

そもそも日本人は裸で他人と風呂に入る文化に抵抗を感じる。
外国人がギョッ!とする気持ちが良く分かる。

日本の昔からの風習とはいえ、銭湯も水着か湯着などを着用必須にして欲しいと個人的には思っている。洗う場所も仕切りを付けるとか、何がしかの工夫を施して欲しい。

高齢者にとって混浴は普通のことかもしれないが、現代人にはハードルの高い風習だ。
こちらも、現代風に進化して欲しいものだ。



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2021年03月21日

無いよりあったほうが良いもの

【大地震を経験した私の結論】防災グッズ、どこにしまったか忘れた……という人におすすめの奥の手とは?を読んだ。

昨晩も宮城で震度5強の地震があり、東京でも震度3の揺れを観測した。
ここのところ、日本列島いたるところで地震が頻発している。

コロナの最中にあって、避難せねばならない状況になることがないことを願うばかりだが、大自然の働きを人間の力で止めることは出来ない。

私達に出来ることは最大限の対策しかない。
家族で避難経路を確認する、当面の生活物資を準備しておく、家具の転倒防止をしておくことなどだろうか。

とはいえ、いつ起きるか分からない災害のために、逃げるための避難グッズを枕元に置いて寝るというのも現実的ではないし、実際それらを持って逃げられるかどうかも分からない。

幼い子供や高齢者を抱える家庭では、家族を連れだすことだけで精一杯だろう。
そこに避難グッズまでとなると、かなりハードルは高い。

災害時に家庭に留まっていられたらそれに越したことはないが、まずはそれを念頭に出来る準備をしておくことが大切だろう。

一人ひとりが対策をしていれば、それにより助けられる人も増えるのだから、やはり個々人の意識があるかないで未来は大きく変わるのだろう。

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2021年03月13日

滅多にある事ではないものの

「だまされたのでは…?」 意外と“モヤモヤ”する葬儀代 格安お葬式の知られざるカラクリとプロの見つけ方を読んだ。

人間が生れる時には概算で費用が分かるが、葬式となるとかなりモヤっとするのが現実だ。

父が亡くなった時、費用が抑えられそうな葬儀屋に頼んだのだが、結果的には予想していた金額を上回ることとなった。

遺体を葬儀屋で3日間ほど保存してもらい、葬儀は告別式だけにしても、祭壇に飾る花、納棺にも花を添えるか?とか、引き出物は何にするか?食事は出すのか?故人への食事も用意するのか?などなど、どんどん次から次へと要るものを増やされていくのが現実だ。

何せ葬儀だから、ゆっくり考える時間もなく、流されるがまま、頭の中はキャパいっぱいになって何も出来ない、というより考える回路がショートした状態だから、振り返ってみれば言われるがままになってしまっていた。

それでも、我が家はまだマシなほうだったと、他者を見て思うものの、やはり何ともいえないモヤモヤ感は残る。

そもそも人生において葬儀を仕切ることなんて、一度か二度あるかないか程度だし、平常心ではない状態でそれに臨まなければならないのだから、過酷な人生修行だ。

人間も動物と同じように出来ないものか…と思うが、義理人情の世界に生きていると、そうもいかない。

身内の者を送るに当たっては精一杯のことをしたいと思うが、自分の時はシンプルに葬儀もなくとっとと焼いて、海に撒いて欲しいと思っている。

滅多にないことであるがゆえに、答えの見つからない課題だと思わされた。

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