人の道

2021年05月03日

生きざま

東山紀之がマッチのジャニーズ退所に異例の“激オコ” 生番組で「やり方に大きな疑問が残る」を読んだ。

マッチといえば「たのきんトリオ」を連想するのは同世代だからだ。
田原俊彦、野村義男、近藤真彦、ジャニーズの3アイドルはそう呼ばれ、ファンからも絶大な人気があった。

トシちゃんは出来婚してジャニーズを追われることになり、よっちゃんはアイドルでも売れたが好きなギターの道を選びジャニーズを退所していた。

唯一残ったマッチは、アイドル黄金期を経た後はもっぱら好きな車のレースに熱を入れていた記憶しかない。

そういえば、アイドル時代に中森明菜と付き合っていて、彼女がマッチの部屋で自殺を図ったことは忘れられない衝撃的事件だった。あれから明菜ちゃんは病んでしまい、何とも気の毒なことこのうえない限りだ。
もともと彼女にはそういう要素があったのだろうが、マッチと付き合っていなければ、人生また違っていたであろうに、と思うと不憫でならない。

その後マッチは一般人と結婚し子供も設けるが、昨年不倫騒動があり、芸能活動自粛となっていた矢先、退所の運びとなったようだ。

アイドル時代以降はジャニーズのタレントとしてそう大したこともしてないように見えるが、長年事務所が温存してくれたことは、彼にとって甘えられる場所であったからこそだろう。

その影響力はファンのみならず、後輩のジャニーズタレント達にも大いに浸透していただろうから、東山さんが怒りを覚えるのは当然のことだ。

ましてや半世紀以上も生きている大人の所業にしては、あまりにも上っ面過ぎる言い訳でしかない。

今やアイドルはネットの世界で雨後の筍のように現れている。
それは、芸能事務所が育てるアイドルは「風前の灯火」になりつつあるということでもある。
そんな危機感ある現状において、マッチのしたことはやはり解せぬ!ということだろう。

マッチの全てを知っているわけではないが、若い頃からの素行といい、今回の不倫劇といい、やはり彼の生きざまは変わることはないのだろう。
一生好きなことをして生きていられれば良いが、世の中そんなに甘くない。

歳を経て「時既に遅し…愚か者よ!」とならねば良いが…。

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2021年04月19日

どんな環境であろうとも

「17%がテレワーク中に飲酒」「40%が飲む量増えた」気になる社員の健康管理を読んだ。

昼間のビールはウマイ!とは思うが、勤務時間帯に飲もうと思ったことはない。
ランチ帯とはいえ、呑んだら疲れるだけで、仕事の効率も下がると分かっているから呑まない。

仕事中に飲酒する人達は、それで仕事がうまくいくのだろうか?
酒に対する抗体?もあるだろうから、飲酒したからといって何の影響もない人もいるかもしれないが、職場であれば間違いなく呑まないのだから、テレワーク中とて同じことだ。

世の中には酒がないと生きていけない人達が多くいるようだ。
確かに仕事終わりの一杯はウマイ!!気持ちは良く分かる。
が、グデングデンに酔っぱらって、周囲に迷惑をかけるほど呑むというのは、既に酒に呑まれている状態だ。

それも人それぞれ自由ではあるものの、そうなると、徐々に人生も狂い始め、気付けばアルコール中毒になっていた…なんてことにもなりかねない。

環境の変化により飲酒量の増減があったとしても、それは大したことではないだろう。
そもそも些細な変化で酒に呑まれる人というのは、何をしても呑まれるのだ。

自身を律する必要がある時にそう出来ないこと自体、自分に負けていることになる。
どんな環境であろうと「呑まれるか呑まれないかは自分次第」ということだ。

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2021年04月12日

足るを知る

脳科学が解説、なぜ人は自分より優れた人が不幸になると喜びを感じるのかを読んだ。

若い頃は周囲の目が気になったり、同世代の子達と自分の在り様を比べたりして、自ら生きづらい道を歩いていたな、と思うことがある。

端から見ると、たいして努力もせず幸せになっているように見える人を妬んだり、思いがけずその人が災難に見舞われたりすると、心の狭い私はほくそ笑んでいたこともある。
今思えば何ともゲスな自分だな、と反省しきりだ。

ある時から他人を気にせず、自身の信念、心の声を重視する生き方に変えてからは、その苦しさが徐々に薄れていき、今では全くといって良いほど周囲のことが気にならなくなった。

「足るを知る」とは、足りない事柄を並べて不満ばかりを口にするのではなく、現状与えられいる事柄に感謝する心、今を喜べることが大切、ということだ。

人間はそもそも不平等ではあるものの、幸せの量も不幸せの量も実は誰しも同じで、その人の生き方次第でその量をいかに変えられるか、ということが課題のように思う。

不幸せと思える境遇の中でも「今日はこれが出来た」「あんな素敵なモノがあるけど、私にはコレがある。なんてありがたいことなんだろう」と思えたら、心が満たされるし、不満を口にすると永遠に止まらず、心はささくれ立つばかりだ。

同じ境遇でもどう生きたか、どう考え、思いを持てたかで、未来は大きく変わっていくのだ。

他人の不幸を見てほくそ笑んでいる間は、自身に幸せなど巡って来ないものだ。
他人の幸せを喜べる自分になると、それが巡って自分にも幸せがやってくる。

人生とは、そんなものだ。

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2021年04月10日

親切も過ぎればただのお節介

ウザい「お節介教え魔」が日本人に多すぎる訳を読んだ。

20代の頃、区のプールに通っていたが、ある時見知らぬ初老の男性から声をかけられ「クロールはこうすると良いよ」と言われた。

「はあ~、ありがとうございます」と一応返したものの、その後もあれこれ言ってくるので、面倒くさくなってそのプールには行かなくなった。

アドバイスをする側に悪気はないし、むしろ親切心なのだろうが、こちらはそれを望んでいないので、正直迷惑に感じた。とはいえそうも言えず、自分からフェードアウトするハメになった。

チームで行う習い事では、上手な人が初心者を教えるということはありがちだが、それは同じ志、例えば同じ舞台に立つとか、試合に出るなどといった目的があるから成り立つわけで、そうではない部外者からあれこれ口を出されるのは気持ちの良いものではない。

教えて欲しければこちらから聞くから、見て見ぬふりをしてればよいものを、どうしても口出ししたくなるのは、誰かと話したい、自分からアドバイスする振りをしてカマッテ欲しい、ということでもあろう。

親切と言う名の押し売りは迷惑なうえに、お節介が過ぎると嫌われることとなり、カマッテ欲しい人にとっては裏目となるだけだ。

相手から聞かれない限りは余計なことは言わない。その方が現代は生き易いように思う。
時と場合によるけどね…。

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2021年04月02日

好きだけじゃ

眞子さまと小室圭さん 30歳の「誕生日ウエディング」は絶望的かを読んだ。

眞子様が一般人であれば、誰と結婚しようと自由だろうが、皇室の人となると、事はそう簡単な話ではない。

イギリスのヘンリー王子と結婚したメーガン妃は、英国王室を嫌い夫婦でアメリカに渡ったものの、彼女のゴシップが絶えることはない。
父親や腹違いの姉などが登場し、言いたい放題の暴露話を披露している。
どう見てもエゲツナイ家族であることは、誰の目から見ても明らかだ。

そんな家族がイヤでメーガン妃は王子様をゲットしようと、手練手管を駆使したのだろうし、自身を良く見せることに必死だったのだろう。とはいえ、そんなものはまがい物のメッキと同じで、すぐに剥がれてしまう。自身がどんなに気を付けていても、身内が足を引っ張るのだから、どうにも出来得ない。

王室や皇室の人間は生まれた時からその使命が定められているし、国民の税金で生活をしていることを思うと、人権の尊重を重視するというのは建前でしかない。

万一好きな人と一緒になれたとしても、一生マスコミからは追いかけ回されるし、男を騙して金を搾取する母親がいるなんて前代未聞!!そんなエゲツナイ親を持つ人を皇室が結婚相手として許すわけがないのだ。

そんな簡単なことも分からないほど眞子さまは良く言えば一途なのだろうが、結婚したら後悔することは必至だ。たとえ後悔しなかったとしても、皇室に暗い影を落とすことは間違いない。

人間どんなに好きでも一緒になれないものはなれないのだ。
好きだけで添い遂げられるほど世の中は甘くない。

好きでスキで結婚し、自らの淫らな画像まで流出させてる卓球の愛ちゃんでさえ、今や離婚調停中という。卓球しかしてこなかったから、世間知らずなんだろうね~とは思うものの、あまりの脇の甘さに笑うしかないが…。

いずれにしても「好き」だけで世の中渡っていけるほど甘くはないし、現実は「艱難辛苦」修行の連続だ。
あえて茨の道を選ぶというのであれば、自己責任でお願いしたいものだ。

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2021年03月30日

人を尊ぶ

「嫁」じゃなくて、「新しい家族」とか「僕の娘」って紹介してくれた…義父の配慮に感謝する投稿が話題「最高のお父さん」を読んだ。

これまでは妻を人に紹介する時に「奥さん」「嫁さん」「女房」などと言ったり、夫の場合は「ダンナ」「主人」と言ったりする。

正解は「私の妻です」「私の夫です」だ。

それが悪いわけではないが、日本人は謙虚さから自分の身うちを貶めるような呼び方をする傾向にある。夫が妻のことを「愚妻」と言ったり、親が子供のことを「愚息」と無意味な謙遜語で呼ぶ。

人に贈り物を渡す時にも「つまらないものですが…」と、これまたへりくだった言い方をする。

私はこの言い方が昔から嫌いで、つまらないものを人に渡すのか!と、言葉のまま受け止めてしまうので、私が人に渡す時には「私が好きでおいしかったから」とか「この状況にあっても困らないものかな」といった言葉を添えるようにしている。

謙遜とはいえ、間違っても相手に対して「つまらないもの」を渡しているわけではないよ、とさりげなく伝える。

「つまらないもの」かどうかは、受け取った側が決めることなのだから、渡す側がそんなことを口にすること自体がおかしいのだ。

家族は血の繋がりもあるし、配偶者は他人とはいえ、一つ屋根の下に住んでいるから、ついつい甘え心が出ることは仕方ないとしても、一番お世話になっている大切な家族を謙遜からとはいえ、貶める言い方はやめた方が良い。

日本人の慎ましやかな謙虚さは、時に人を傷つけているし、知らず知らず上から人を見下すことにもなりかねない。

老若男女、どんな人であっても、相手を思いやり、尊ぶ気持ちを持って接すること、それが何より大切なのだと感じている。

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2021年03月22日

怖い者なしの老害政治家

麻生太郎氏の「マスクなんていつまでやるのか」発言にロンブー淳が名回答を読んだ。

麻生さんね、毎度のことながら、この人も全く周囲を気にしないというか、無知過ぎるというか、政界でトップにいるから、まさに怖い者なしの超高齢者だ。これを老害と言わずとして何と言うのだろう。

こういうデリカシーのかけらもない、自分中心に世界が回っていると本気で思ってるような人が副総理兼財務大臣で「コロナのせいで国民の預金が増えて経済が回らない」とか「マスクはいつまで付けるの?」とか、ふざけこと言っても、周囲の者が誰も注意しないのって…。日本の政治家も長い者に巻かれろ…なんだろう。

こういうとんちんかんな老害政治家が日本を牛耳っている限り、日本の明るい未来はないと断言出来る。
80歳にもなって子供達の未来のこと、日本の将来を真剣に憂いているとは毛頭思えない発言の数々…。

二階さんと言い、麻生さんと言い、森さんと言い、こういうの、本当に定年制度儲けて撤退してもらいたいものだ。

じいさん達がいなくなったらなったで、若い力が台頭するだけのこと。
自分達がいなければ日本が回らないとかマジで思っているのだったら、とんだ勘違いであり傲慢としか言いようがない。

若い人達ももっと声をあげるべきだ。いつまでも老害に好き勝手させて良いのだろうか。


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2021年02月26日

カエルの子はカエル

「うっせぇわ」は教育上よくない? 懸念の声に松丸亮吾が反論「全ての善悪を親が判断したら...」を読んだ。

「うっせぇわ」はサビの部分だけ、テレビで流れてるのを聞いただけで、全曲を聞いたことはないが、今時の若者の本音なんだろうな~、くらいに思っていた。

この手のものが出るたびに、ギャンギャン騒ぐ親達は必ず現れる。

私が子供の頃はドリフターズのコントで「カ~ラス、なぜ泣くの~、カラスの勝手でしょ~」とか「ちょっとだけよ~!」とか、そういうものに大人達は目くじら立てていたな~と、思い出した。

俗的なものは、どんなに規制したところで世の中から無くならないし、それが人の本音だったりするから、それを見なかったことや、蓋をしてしまうことは、却って危険だ。

記事にあるように、善悪の判断を親が決めてしまっては、子供は自分の頭で考えることを止めてしまう。それは子供の未来を奪うこととイコールだ。

人間は悲しいかな、どんなに周りからアドバイスを受けようとも、自身で体験しないことには学ばない生き物だ。自身で転ぶことはとても大切なことなのだ。

子供の頃にたくさん転んで痛い思いをするから、思いやりを覚えるし、他人への対処も身に付く。それを大人がレールを敷いてしまうと、それ以外に目を向けようともしないし、親がいなくなった時、自らの動きを封じてしまうことにもなってしまう。

どんなに周囲の環境に劣悪なものがあったとしても、子供は親を見て育つし、親の遺伝子を受け継いでいるのだから、その子の未来は親とほぼ同じと思ったほうが良い。

「トンビが鷹を生む」ことは稀で、所詮「カエルの子はカエル」でしかない。

周りに対して目くじらを立てるより、自分の頭で考えられる子供に育っていくよう、親自身がアップグレードしていくことのほうが何よりも大切だ。

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2021年02月24日

人としての生き方

なぜか「運がいい人」たち、じつは「意外な共通点」があった…!を読んだ。

信仰を持つ者はどちらかと言えば「運が良い」と思う。

それは、人としての生き方を常に見つめ直し、改め、神仏の願いに沿った生き方をしようと努力しているから、神仏から見ても「かわいい氏子」と映り、神仏に心を向けない人よりその加護が厚いのだ。

世の中には、特に日本には多くの神仏がいらっしゃるから、何を拝めば良いのか悩むところだろう。
我が家は祖母の代からご縁をいただいている神様がいるので、ずっとそこに参拝させていただいている。

人との相性や縁があるように、神仏にも縁がある。
どの神仏が良いとか悪いということはなく、あくまでもその人との縁なので、自分が引き寄せられる神仏、気付けば参拝している神社仏閣等がそれにあたるのではないだろうか。

信仰心があっても、生きていれば災難も災害も不運なことも自身の身の上に降りかかることがある。
「信心していてどうしてこのような難儀なことが起こるのだろう?」という発想は、そもそも間違いだ。

人はこの世で自身の役目を果たすために生まれて来ているのだから、その課題をクリアーするには艱難辛苦があるのは当たり前だ。

それを少しでも和らげたり、時期をずらしてもらったり、助けてくれる人が現われたりと、課題をクリアーするに当たって、普段から神仏に祈っていれば、その力をいただくことが出来るのだ。

神仏と仲良くなるには、普段から生かされていることへの感謝を忘れることなく、礼を言う心を持ち続けることが第一であり、それから自分の願いを神仏に伝えれば良い。

人と付き合うにも普段から心易くしている人のほうが、何かあった際にすぐ駆けつけたり、連絡を取ってみたくなるのと同じで、神仏も、普段からまめに参拝し、心を向けてくれる人のことを助けてくれるのは、当然のことと言える。

神仏という目には見えない働き、力を信じることが出来なければ、そもそも論的に関係は成り立たない。

自身の力だけで生きていけると思っている人も世の中多くいるが、見えざる働き、恵みの中に生かされていることに気付けていないとは…何とも哀れだ。

人として全うな生き方をしたいのであれば、神仏に心を向けることが一番の近道であり、道理に適った生き方だ。



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2021年02月21日

精神力の大切さ

大坂なおみ選手が2年振りに全豪オープンで優勝した。

テニスに詳しいわけではないが、子供の頃「エースをねらえ!」にハマっていたせいか、大坂選手の最近の精神力の強さと優しさが、先のマンガと重なった。

どんな世界でも一流、トップに立つ人というのは、心技体全てが揃っている。
そうなるには、人の何倍も何十倍も辛酸を舐め尽くしているものだ。

人の気持ちを理解するには、自分がその苦しみを味わっているからこそ共感できるのと同じように、他人が経験したことのない事柄を身に付けた者には説得力があるし、その力が如何なく発揮できることは必然だろう。

数年前までの大坂選手は、精神的に追い詰められたり、気に入らないことがあるとすぐ不貞腐れ、ラケットをコートに叩きつけたりと、感情のコントロールが決して上手とは言い難いものがあった。

それが昨年頃から精神が安定し、負けてもそれをひきずることなく、ポジティブに次へ向かえるようになっている。

おそらくコロナ禍を通して自身を見つめ直す時間があったことや、彼女を取り巻く縁の下の力持ちの働きが良い方向へ進んでおり、彼女もそれらに素直に感謝出来る気持ちが生まれてきたのではないか、と推察する。

選手として肉体的な精進はそれこそ私達素人には想像を絶するものであろうし、精神力の鍛錬はその何倍も上回るものだろう。

だがそうやって手にいれた精神力は、どんな場面においてもブレることなく、自身の技を如何なく発揮出来ることに繋がっていく。

心技体の連携あってのことではあるものの、やはり精神力を平常心に保つことはどんなことより忍耐の要ることであり、かつ自身を幸せへと導いてくれる鍵なのだ。



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2021年02月17日

放置が招くもの

[コラム]森喜朗、浅田真央の忠告を聞いていたならばを読んだ。

森さんの失言は昔からで、浅田真央選手のソチオリンピックでの成績が振るわなかった時も、相当失礼な発言をし、世間からバッシングを浴びたことは今でも鮮明に覚えている。

それに対する浅田選手の対応は森さんの何倍も大人だった。
上記のコラムにあるように、彼女から人の道を学んだほうが良かったのでは?に賛同する。

森さんも最初から厚顔無恥であったわけではないだろうが、長年政治家としてトップに君臨し、イエスマンだけを側に置き、ノーを突き付けるものを排除してきた結果が今回に繋がっている。

耳の痛いことを言ってくれる人と付き合うのはエネルギーもいるし、面倒でもあるが、それを排除することは、自身の成長を妨げるばかりか、未来の展望をも台無しにする可能性にも繋がる。

価値観の合う人とだけ付き合っているほうがラクではあるものの、国民の上に立つ者が自身の嗜好のみで人付き合いを精査するのはどうなのだろう?とも思う。

最終的に自滅する人というのは、自らその道を選んでいるとも言える。
だからこそ、イヤな奴がいたら放置していれば良いのだ。

こちらがあれこれ算段しなくとも「勝手に自滅する」それが自然の法則だ。

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2021年02月16日

自分を認められるのは自分だけ

「やっかいでイヤな人」ほど他人と関わりたがる理由を読んだ。

いつまで経っても精神的に大人になれず、周囲に気付いて欲しいカマッテちゃんは、世の中にゴロゴロいる。

中には自分がカマッテちゃんである認識がありながらも、なぜそうなのか?という視点には移行せず、満たされない心の溝を埋めることのみだけに躍起になる者が多いことを思うと、精神が子供だから、物事を論理的に思考することも出来ないのだろうか、と思う。

人には持って生まれた能力の差や育った環境の違いがあるから、誰もが羨むような暮らしをしている者を見て「自分にはそんな恵まれたものはない、良いな~、あの人は…」などと妬んだところで、それは仕方のないことだ。

世の中にはどんなに頑張っても「仕方のないこと」は必ずある。

ならば、自分の置かれた立場、環境、容姿、能力等々に見合ったものを探し、それを慈しむ心と向き合う覚悟を以て精進するしかないのだ。

羨むような人にだって、その人にしか分からない苦難は必ずある。

他人を羨まず、褒めてもらうことを目的とするのではなく、自分で自分を認めてあげること、精一杯がんばっている自分を自身でまずは認め、褒めてあげよう。

どんなに他人に承認欲求を求めたところで、自分が自身を認めていなければ、どこまでいっても心が満たされることは決してないのだから。

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2021年02月10日

これも自業自得

知人から「60代男性の就職口はないか?」と相談された。
「60いくつですか?」と私。
「確か65歳かな…」と知人。
「定年退職されたの?」と私。
「いや、事情があって仕事辞めたらしい」と知人。
「何かスキルある?」と私。
しばしの沈黙の後「うーーん、ない」と知人。
「そりゃあ、ダメだ!」と私。

65歳男性。それまではそれなりの会社でそれなりの地位にいたらしいが、おそらくコロナの影響で早期退職することになったのだろうと推察する。

その年齢まで働いてるのなら、今更働かなくても年金があるだろうに…と思ったが、働き口を探しているらしい。

私が勤める職場には再雇用の高齢者も多くいるが、それらはいずれも技術職であったり、何がしかの専門職の人ばかりだ。

サラリーマンで偉くなっても、その組織を離れたら何の役にも立たない、というのが常なことを思うと、やはり手に職のある者には敵わない…ということになる。

しかも、それなりの地位にいた人ならば、今更違う組織で若い上司の元でなんてプライドが許さないだろうし、特段のスキルがなければ戦力として働くことは厳しいうえ、そんな高齢者を組織が雇うということもまた、ほぼ皆無だろう。

人が羨むような組織で偉い人と言われていても、そこを出てしまえば、ただの使えないオッサンでしかないのだ。

現役の間に人脈とスキルを磨く努力を怠れば、退職後はたちまち路頭に迷うことになるのは必至だ。

それも、自業自得ではあるのだが…。

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2021年02月08日

変われない人達こそ

老害の顛末のつづき。

森会長の発言は世界中に伝播し、波紋を広げている。
それでも、組織の上の人達は慰留するのだから、その神経は理解不能だ。

結局のところ、老害老人が仕切っている組織だから、自分達まで追い出されることが怖いのだろうと邪推する。

森会長が言う「女性は話が長い」だが、それは人による。

会議における発言では、男性であろうが、女性であろうが、論点をまとめられず、話してるうちに本筋からどんどん脱線して、話を広げ過ぎてまとめられない人に男女の違いはない。

感情的に物事を論じる人ほど、話の収集がつかないことが多い。

女性の中には普段の会話において、昔のことまで延々と語る人がいる。
一度口を開いたら、次々と過去の出来事が芋づる式に口をついて出るのだろう。

こういうのが森会長が言うところの「話が長い」人だろう。
それが、女性にありがちだから、そういう発言になったのかもしれないが…。

男性で話が長いのは、やたらと過去の武勇伝を語り、いかに自分が出来る人間かを披歴したがる人だ。
会議中でも自分の過去のやり方を押し付けたり、自分を通さないと怒り狂ったりと、こちらも感情をコントロール出来ないポンコツだ。

自己中心的に話の長い人、性差を一括りにしか語れない人、いつまでも過去のやり方にこだわる人、時代の流れを読まない人等々、いずれも自分中心に物事を動かそうとするから、差別的発言に繋がるのだろう。

時代は瞬時に変化し続けていく。
変われない人達が時代に取り残され、老害と化していくのだろう。



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2021年02月05日

老害の顛末

森会長の繰り返される失言、無神経さに憤り 見えた五輪組織委の限界に呆れるを通り越して、哀れみを感じた。

歳を経ても現役でバリバリ仕事をしたい、というのは誰しもが願うことだろうが、それが世間様に迷惑をかけるようになっては本末転倒だ。

人間には理性があって、本音を語らないように出来ているが、歳を経ると理性の蓋が外れて、言ってはいけないことをペラペラしゃべる、それがいわゆる痴呆と言われる現象でもある。

83歳にもなって、未だ組織のトップに君臨し、誰にもNOと言わせない無言の同調圧力でもって牛耳る姿勢は、まさに昭和の暴君そのものだ。

平成も終わり、令和の世となっても「女はただの子産み道具でしかなく、男の後ろを黙ってついてくれば良い」と、本気で思っている世代は、今や産業廃棄物以下でしかない。

ご自身の発言に「老害で粗大ごみだと思うなら解任すれば良い」といったものがあったが、自身でそう思っているのなら、とっとと辞めれば良いものを、権力の座にしがみつき、他人からひれ伏されることを未だに良しとしている人間性には哀れみしか感じない。

こういう人が日本のトップに未だ多くいる現状だから、日本はIT化にも遅れを取り、男性の育児参加は一向に増えず、男尊女卑社会が変わるわけがないのだ。

政治家にもぜひ定年を設けたほうが良い。
一言発すれば下々がひれ伏すような老害がいつまでも上にいるから若手も育たないのだ。

これだけ世間から、世界中から叩かれても、理性の蓋が外れた老害老人には何も心に響かないのだろう。


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